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11. 他人が語る、夫の話
「じゃあ、いってくる」
「いってらっしゃいませ」
この、内容のない会話を毎朝、繰り広げている。
(キスをしてお見送り? そういうことをする夫婦なんて、異世界のことでしょ)
今日も変わりないつもりでいたのに、シリルは朝日を受けながら、くるりと振り返った。
「もしかしたら、王城から迎えの馬車が来ることがあるかもしれない」
……なんですって?
「そのときは、従って王城を訪れてほしい」
シリルの、長い指を持つ手が私の手を取った。
「君を僕の事情に巻き込んだら、ごめん」
親指が、私の指の関節をなぞる。
離すのを名残惜しいとでもいうように。
でも、手を離した彼は私が訊ね返すのも待たずに行ってしまった。
朝の別れ際が気にはなったけど、私にどうにかできるものではない。
午前中はパスコヴィラダ公爵家の荘園経営資料を見て勉強をして何事もなく過ごした。
けれど……昼食のあと、シリルの予告どおり王城から使いが訪れた。
手配された馬車に乗り込み、私はいざ王城へ──シリルがいて、働き先にしている場所へ向かう。
˚˙༓࿇༓˙˚
フィフタージュ王城。かつて、私のご先祖様が建てて住んでいたお城。
レミントン家の祖先は水精霊と結ばれ加護を受けた王家だった。
代を経るごとに、水精霊の加護が薄くなってただの人となり、病弱な王が続いたことから、摂政をしていた家系に王統を譲ったのですって。
レミントンの先祖は公爵家を興して、現王家に手厚く保護を受けた。
たぶん、今のフィフタージュ王家も譲位したご先祖様も、レミントンから娘なり嫁がせて、祖王の血を今の王族に受け継がせるつもりだったのだと思う。
でも、果たされなかった。
しばらく男児しか生まれなかったから。
そのうちに、お祖父様が「本来の王家は自分の家だ」と反旗を翻し。
しかも異国の……赤毛の姫を娶った。
それまでは、レミントンの家の子どもは水精霊の容姿を受け継いだような、銀や、雪色の髪の子ばかり生まれていたそうだけど、以降は赤毛の子どもしか生まれなかった。
これが『先祖の罪色、ダリア嬢』の背景。
水色の瞳は、祖王の子から変わらず受け継いでいて、私もそうなのだけど。
そんなもの、誰も気にしていないわね。
お祖父様の罪にばかり、目がいきすぎて。
到着したフィフタージュの王城で、私は王侯貴族用のゲストルームに通された。
踏むことを躊躇う、緻密な模様の絨毯。
フィフタージュ王家の紋章入りのタペストリーがかかった壁。
でも威圧感はない。パステルグリーンのカーテンと、サーモンピンクの布地の張られたソファと、青リンゴを思わせる柔らかな色合いで、爽やかな匂いがする。
この素敵なお部屋で、待っているよう、侍女に申し渡された。
誰が呼んだのか、要件すら教えてもらえなかったけど……丁重に扱ってくれている。
お茶を用意しに侍女が出ていってしまったから、私はひとり、ソファにかけた。
フィフタージュがこれだけ立派に繁栄しているのは、祖王の子孫として誇らしい。
思いを馳せていたら、窓から音がした。
何かと思って窓に目を向けたら──なんと窓枠が音を立てて持ち上がっていく。
(えっ? えー!? 侵入者!?)
黒豹のような男が、窓枠を押し上げて堂々と室内に入ってきたのだ。
ここは、二階なんだけど……?
「ダリア殿だな? 失礼! お待たせして申し訳無かったので、最短距離で参らせていただいた!!」
ええ!? 最短距離なら、窓からでもいいの? いいのかしら……? この方は?
蛮族のような、革の上下に腰にはナイフをいくつか。真っ黒な髪はよく理髪師の手が入っている端正さで、顔立ちに粗野なところはない。
(どういうカテゴリーの人なのかしら?)
「あなたを招待したのは、おれだ。サムとでも呼んでくれ」
親しみやすく語りかけられてしまった。けれど、果たして言われるままにしていいのか。
迷っていると、サムは大股で近づいて私の顔をしげしげと覗き込む。
「とんでもない美姫だな! いやあ、シリルの好みがよくわかったぞ」
シリルの知り合い……、気を遣ってくれて、私を絶賛してくれている。
「式にも参加させていただいていたのだがな。遠くからで豆粒のようにしか見えなかったから、今日はどのような方か、そばで見れて満足だ」
「シリル様と仲良くされているお方、ですか?」
「おお、そうだ! 夫君には世話になっているし……おれからも世話を焼いている。そういう関係だ」
きっと、シリルと気安い関係を築いている人なのだろう。
この豪放磊落を人の形に落とし込んだような人物と、物静かなシリルの取り合わせは反対に思えるけれど、そんな相手が案外、合うのかもしれない。
「なら、せっかくお呼びいただいたことですし、貴方からみたシリル様のことを聞かせてくださいませんか?」
近しい人からの、シリルの人となりを聞けば、私のモヤモヤも晴れるかもしれない。
「いってらっしゃいませ」
この、内容のない会話を毎朝、繰り広げている。
(キスをしてお見送り? そういうことをする夫婦なんて、異世界のことでしょ)
今日も変わりないつもりでいたのに、シリルは朝日を受けながら、くるりと振り返った。
「もしかしたら、王城から迎えの馬車が来ることがあるかもしれない」
……なんですって?
「そのときは、従って王城を訪れてほしい」
シリルの、長い指を持つ手が私の手を取った。
「君を僕の事情に巻き込んだら、ごめん」
親指が、私の指の関節をなぞる。
離すのを名残惜しいとでもいうように。
でも、手を離した彼は私が訊ね返すのも待たずに行ってしまった。
朝の別れ際が気にはなったけど、私にどうにかできるものではない。
午前中はパスコヴィラダ公爵家の荘園経営資料を見て勉強をして何事もなく過ごした。
けれど……昼食のあと、シリルの予告どおり王城から使いが訪れた。
手配された馬車に乗り込み、私はいざ王城へ──シリルがいて、働き先にしている場所へ向かう。
˚˙༓࿇༓˙˚
フィフタージュ王城。かつて、私のご先祖様が建てて住んでいたお城。
レミントン家の祖先は水精霊と結ばれ加護を受けた王家だった。
代を経るごとに、水精霊の加護が薄くなってただの人となり、病弱な王が続いたことから、摂政をしていた家系に王統を譲ったのですって。
レミントンの先祖は公爵家を興して、現王家に手厚く保護を受けた。
たぶん、今のフィフタージュ王家も譲位したご先祖様も、レミントンから娘なり嫁がせて、祖王の血を今の王族に受け継がせるつもりだったのだと思う。
でも、果たされなかった。
しばらく男児しか生まれなかったから。
そのうちに、お祖父様が「本来の王家は自分の家だ」と反旗を翻し。
しかも異国の……赤毛の姫を娶った。
それまでは、レミントンの家の子どもは水精霊の容姿を受け継いだような、銀や、雪色の髪の子ばかり生まれていたそうだけど、以降は赤毛の子どもしか生まれなかった。
これが『先祖の罪色、ダリア嬢』の背景。
水色の瞳は、祖王の子から変わらず受け継いでいて、私もそうなのだけど。
そんなもの、誰も気にしていないわね。
お祖父様の罪にばかり、目がいきすぎて。
到着したフィフタージュの王城で、私は王侯貴族用のゲストルームに通された。
踏むことを躊躇う、緻密な模様の絨毯。
フィフタージュ王家の紋章入りのタペストリーがかかった壁。
でも威圧感はない。パステルグリーンのカーテンと、サーモンピンクの布地の張られたソファと、青リンゴを思わせる柔らかな色合いで、爽やかな匂いがする。
この素敵なお部屋で、待っているよう、侍女に申し渡された。
誰が呼んだのか、要件すら教えてもらえなかったけど……丁重に扱ってくれている。
お茶を用意しに侍女が出ていってしまったから、私はひとり、ソファにかけた。
フィフタージュがこれだけ立派に繁栄しているのは、祖王の子孫として誇らしい。
思いを馳せていたら、窓から音がした。
何かと思って窓に目を向けたら──なんと窓枠が音を立てて持ち上がっていく。
(えっ? えー!? 侵入者!?)
黒豹のような男が、窓枠を押し上げて堂々と室内に入ってきたのだ。
ここは、二階なんだけど……?
「ダリア殿だな? 失礼! お待たせして申し訳無かったので、最短距離で参らせていただいた!!」
ええ!? 最短距離なら、窓からでもいいの? いいのかしら……? この方は?
蛮族のような、革の上下に腰にはナイフをいくつか。真っ黒な髪はよく理髪師の手が入っている端正さで、顔立ちに粗野なところはない。
(どういうカテゴリーの人なのかしら?)
「あなたを招待したのは、おれだ。サムとでも呼んでくれ」
親しみやすく語りかけられてしまった。けれど、果たして言われるままにしていいのか。
迷っていると、サムは大股で近づいて私の顔をしげしげと覗き込む。
「とんでもない美姫だな! いやあ、シリルの好みがよくわかったぞ」
シリルの知り合い……、気を遣ってくれて、私を絶賛してくれている。
「式にも参加させていただいていたのだがな。遠くからで豆粒のようにしか見えなかったから、今日はどのような方か、そばで見れて満足だ」
「シリル様と仲良くされているお方、ですか?」
「おお、そうだ! 夫君には世話になっているし……おれからも世話を焼いている。そういう関係だ」
きっと、シリルと気安い関係を築いている人なのだろう。
この豪放磊落を人の形に落とし込んだような人物と、物静かなシリルの取り合わせは反対に思えるけれど、そんな相手が案外、合うのかもしれない。
「なら、せっかくお呼びいただいたことですし、貴方からみたシリル様のことを聞かせてくださいませんか?」
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