猫と横浜

のらしろ

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第6話 美女との邂逅

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 ホテルに戻るには十分に早い二時過ぎに戻って来た。
 フロントでカギを借りて部屋に入る。
 俺の荷物がいじられた形跡は無かった。

 とりあえず今日のところは無事に済んだわけだ。
 しばらくはPCを使ってこのあたりについての状況を調べてみる。
 俺のいた世界の歴史でないことは先の元号ではっきりとしたので、全てをそのまま受け入れるのは問題あるが、おおよそのところは大丈夫だろう。

 明日以降に調べられることについては調べていくつもりだ。
 それから、この後のことを考えていたらいつのまにか寝ていたようだ。
気が付くと夕方になっていた。

 昨日とほぼ同じ6時に下の食堂に行き、夕食を注文した。
 今日はワインと一緒にゆっくりと肉料理を楽しんでから、ラウンジ隣のバーカウンターに行く。

 酒でも飲みながらコールガールと言うのか、女性たちを観察してみたくなった。
 雰囲気がちょっとハードボイルドぽくある。
 カウンター越しにバーテンダーにウイスキーのロックを頼んだ。

「ウイスキーのロック、ワンフィンガーで」

「かしこまりました」

 なんだかレイモンド・チャンドラーの作品に登場する主人公にでもなった気分だ。
 ゆっくりとラウンジを眺めていると、ラウンジにはどんどん女性たちが昨日同様に集まってきている。

 ラウンジでは昨日同様にどんどんマッチングがされて女性たちは消えていくが、それと同時に新たに外から女性たちが入ってくるので、女性の数が減ったという感じはしていない。

 そのうち、一人の美女と目が合った。
 東洋人……いや、洋装の日本人の美女だ。
 その女性が俺にウインクをしたかと思ったらバーカウンターまでやって来た。
 ますます物語に出てきそうな雰囲気だ。

「こんばんわ、お隣いいですか」

「美女に問われれば否とは言えないな。
 マスター、彼女に何か、そうだなマンハッタンは作れるか」

「はい、ございます」

「彼女に、マンハッタンを」

 実は、先ほどPCで調べたのだよ。
 ハードボイルドの世界に色を添える酒の話を。

 俺の知るカクテルって、ソルティードックかマティーニくらいしか知らなかったのだが、そもそもソルティードックってカクテルか。
 どちらにしてもこの時代ではまだ発表されて無さそうで、鹿鳴館と一緒に検索した時に見つけたカクテルを頼んでみた。

 俺がカクテルを頼むとバーテンダーはすぐにシェイカーを振ってカクテルを作ってくれた。
 そして本当に絵になる仕草で隣の美女にカクテルを差し出す。

「あら、素敵。
 頂いても、よろしくて」

「ああ、そのつもりで頼んだのだ。
 美女との会話のきっかけになればってね」

 気障っぽくセリフを考えながら話しては見たが、どうしても物語のようにかっこよくはいかないが、それでも女性は楽しんでくれているようだ。
 尤も彼女は営業のつもりだろうが。
 とても絵になる姿でカクテルを飲み干してから女性は話しかけてきた。

「日本の方ですよね……」

「ええ、日本人ではありますが、生まれは遠く海外なのですよ」

「そうなのですか?
 そのあたり、ゆっくりとお話が聞ければいいのですが」

「では、このホテルに部屋を取っておりますから」

「私は安くはありませんよ」

 美女との会話でしっかりと誘導された感はあるが、それでもスマートに会話ができたと思っている。
 目の前の美女は、そう言ってから目立たないように指を二本立ててきた。
 一晩二円ということか。
 二円ならばずいぶんと安い……このホテルの部屋が一晩で一円なのだからそう考えると高級娼婦になるか。

 まあ、そんなの今はどうでもいいかな。
 俺は静かにうなずいてから、バーテンダーにチェックを頼む。
 すると、伝票を差し出されたので、「部屋番号とサインでいいのか」と聞くと、バーテンダーは「そうだ」と言ってきた。

 俺は胸ポケットから長野で仕入れた万年筆を取り出してバーテンダーの言う通りにサインを入れてから伝票をバーテンダーに戻してから女性の後ろに手をまわしてエスコートしていく。

 うん、これって、絶対絵になるよね。
 もうこれだけで十分この世界に来たかいがある。
 なんて俺は心の中で舞い上がっている。

 ハードボイルドの世界にどっぷり漬かっていたことが幸いしたのか、女性に対して下手にスケベなことをせずに済んだのもよかったのだろう。
 俺たちはそのまま二人で俺の部屋まで向かった。

 部屋に入り明かりを付けると言っても、階段脇に居たホテルのボーイにガス灯を付けてもらったのだが、バーにいた時よりも明るいところで女性を見ることができた。
 確かに美女だ。

 化粧の関係もあるが、今まで俺の周りには居なかったくらいの美女だった。
 令和での感覚で考えると一泊のホテル代の倍であるから、一晩で6万円から10万円くらいの娼婦だ。

 それも、高級ホテルで仕事をするくらいなのだから、あの時代で考えるのならば、モデルか売れない地下アイドルあたりを相手にするくらいと考えればいいのかな。

 この時代の基準が分からないが、たぶんこの時代でも美女のクラスには変わりが無いのだろう。

 俺は彼女の顔をまじまじと見てしまった。
 女性は顔を赤らめて少しそむけるような仕草をしている。
 しかし、少しだけ気になるところを見つけてしまった。

 顔が少し赤い。
 熱っぽく見えなくもない。
 まあ、気のせいだと思うことにして先に進む。
 確か、一晩で2円ということでいいのだよな。
 俺は、女性の見える位置にある机に一圓札を二枚置いて、女性に話す。

「一度湯あみでもしてくれ」

「ご一緒しますか」

「いや、俺はすでに済ませたから」

 女性は、俺の前で服をすべて脱ぎだして見せつけてきた。
 これも彼女のサービスなのだろうが、俺は見つけてしまった。
 秘所が腫れていた。

 あ、もしかしなくともこれはあれだな。
 女性が浴室に向かうのを確認後に、俺は女性の履いていた下着を観察すると、何かついているを発見したので、それを長野で仕入れた成りきりセットに入っていたピンセットで取り出して、すぐに携帯顕微鏡にセットしてみた。

 初めて使ったのだが、それでも操作が簡単ですぐに映像が出てきた。
 いろいろなものが映っていたので、俺は適当に選んでその都度画像検索の操作を続けると5回目にヒットしたのがあの有名な病気だった。

 もうこれではできないな。
 俺のハードボイルドごっこはここで終え、この後どうするかを考える。
 せっかくの美女だが、このままだと彼女の将来はきつい。
 袖触れ合うなんてことわざもあるが、一度話をした以上見殺しにはできそうにない。

 彼女とそのあたりについて話をするか。


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