猫と横浜

のらしろ

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第9話 明日香の生い立ち

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 疲れた。
 たかが入金だけで、なんであれほど疲れるのかな。
 あ、今回は口座開設もしたからだが、本当に銀行というものは窓口に行くと時間がかかるな。

 でも、口座開設はどうしても窓口でないとATMだけでは無理だし……そもそもこの時代にATMなど無いか。
 しかし、住所も不定で、マイナンバーすら提示すること無しに口座が開けたというのは僥倖だったな。

 普通ならばマネーロンダリングを疑われても仕方がないはずなのに。
 俺の作ったカバーストーリーでも、南米からの金の持ち込みを臭わせていたから、普通ならば絶対に受けない案件だよな。

 俺ならまず麻薬カルテルを疑うし、そんな危ないお金など触りたくもない。
 しかし、この時代であのカバーストーリーが使えるのが分かったので、早い段階で拠点を作ろう。
 幸い現金だけはあるのだ。

 朝一番に銀行に行ったはずなのに昼近くになっているし、一度ホテルにでも戻ろう。
 俺は銀行まで乗って来た人力車にもう一度乗り込んで車夫に行き先を伝えた。

「車夫さん。
 悪いけど、一度ホテルに戻ってくれるかな」

「へい、旦那。
 わかりやした」

 ホテルのロビーに入ると、ラウンジで明日香さんが待っていた。

「お待たせしてしまいましたか、明日香さん」

「いえ、私も今着たばかりです、金田様」

「荷物はそれだけですか」

「はい、そうですが」

「ならば一度部屋にそれを置いて出かけましょうか」

 俺は一度明日香さんを部屋に連れて行き荷物をくるんだ風呂敷包みを二つ部屋の隅に置いてから、車夫に頼んでもう一度関内に出かけた。
 昨日も利用したテラスで飲み物と昼食代わりにパンと他一品を頼んでゆっくりと食事を楽しんだ。

 食後に明日香さんが自分の身の上を話してくれた。
 彼女は物心がつく前から、横浜の老舗(しにせ)娼妓楼の鈴屋で養われていたと教えてくれた。
 そこで藤姉さんについて禿として働き、15歳の時に水揚げをして小妓楼の正式な娼婦としてデビューしたそうだが、すぐにスペインの軍人さんに身請けされて、しばらく山手のお屋敷に住んでいたと話してくれた。

 その生活も長くは続かずに、その軍人さんが急遽国に呼び戻されるときになって、わずかばかりのお金を渡されてさよならとなったと説明してくれた。

「その時に住んでいた屋敷は、すぐに他の国のお偉いさんに売られたとかで、追い出されました」

「え、それでは今どこに住んでいるのですか」

「はい、情けない話ですが、身の上を話して鈴屋さんにお世話になっております」

「でも、鈴谷さんで商売していませんでしたよね」

「はい、私は一度身請けされたものですから、楼主様からは『稼いだら、出て行くと良いよ』と言われております。
 楼主様は、この世界から一度足を洗ったのだからいい人見つけて人並みの幸せをと願っているようなんですがね、私にはこれしかありませんから」

 なんだか寂しそうに話してくれた。
 明日香さんの話では現在一人で客を取りながら小妓楼に居候の形で住んでいたようだ。

 ホテルへの出入りについても身請けしてくれた軍人さんと頻繁に来ていたらしく、なんだかんだあってラウンジでの商売を認めてもらっていると話してくれた。
 尤も、上りの中からホテルには支払いもあるようなのだが。

「そうか、なんか苦労しているんだな。
 それで、小妓楼を出てくる時に何か言われたのか」

「いえ、楼主様からは何も。
 でも同部屋のお姉さんからは、怪しいからしっかり監視をしとけと言われました」

「まあ、そういわれるよな。
 ……一度、小妓楼の楼主様に会えないかな。
 今後、この横浜で商いする上でも挨拶だけでもしておこうかと」

「え? 金田様は横浜で商いをするおつもりなのですか」

「ああ、君の治療結果を待ってからだが、治療ができるようならば薬として販売していきたい」

「え! それでは、今後はこの病気におびえなくとも……」

「いや、まったくおびえなくて済むとは限らないよ。
 まずは治療方法を確立しないとな。
 でも、その前にホテル住まいから、どこかに拠点を構えたいがね」

「それでしたら、楼主様は横浜でも顔が広いので相談するにはいいかもしれませんね。
 これから向かいますか。
 ここからならば、すぐなんですが」

「え、約束していなくとも大丈夫なのか」

「ええ、この時間ならばまだ店を忙しくないと言いますか、一人も客を取っていませんので」

「なら、そうしようか」

 軽く昼食を済ませた後は、明日香さんの勧めもあり、彼女が住んでいたという鈴屋という名の小妓楼に人力車で向かった。
 鈴屋に着くと、明日香さんは鈴屋に走りながら大声で楼主を呼んでいた。

「明日香です、楼主様」

「やれやれ、騒がしいな。
 先ほど出て行ったのではないかな。
 何かあったのか」

 奥から優しそうな人が出てきた。
 こういう商売をしているから、てっきりいかつい人が力で女性たちを束ねているかと思ったのだが、もともとから違法な商売でもないので、そういう人ではないようだ。
 大店の主人と言った感じか。

「楼主様。
 私に治療をしてくださる金田様をお連れしました。
 金田様が一度楼主様にご挨拶がしたいと。
 ですので、お時間を少々頂けませんか」

「他ならぬ明日香の願いだ。
 それくらい構わないが、そちらの御人が、明日香の言う金田様というのは」

「はい」

「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。
 金田一と申します。
 生まれは海外ですので、この辺りの常識に疎くて恥ずかしい限りですが」

「ほ~、そういえばそんなことを言っていたかな、明日香は。
 ここでは何ですので、奥にどうぞ」

 奥に通された俺は、そこでも早速俺のカバーストーリーを話すことになった。

「そうですか、金田様もご苦労なさって」

「いや、苦労したのは祖父や父の世代ですかね。
 私は祖父たちが成功したおかげで勉学もさせていただきましたし、それに日本に来る時にもかなりのものを持たせてもらいましたから」

「それで、これからは」

「はい、横浜で商いをしようかと」

「商いですか、どのような商売をお考えかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ええ、まずは拠点を持ってからになりますが、薬の製造と販売を考えております」

「薬の製造と販売ですか」

「ええ、日本に来て最初に明日香さんに出会いましたが、残念なことに明日香さんは梅毒に侵されているのが分かりましたので」

「は~!」

 店主には伝えてなかったらしい。

「ええ、まだ初期段階のようですので、ですので私の育った南米にある治療方法を日本人にも効果があるのか試すようにと昨日から治療を始めました。
 もし、これがうまくいくようならばそれを薬として売っていきたいと考えております」

「え? 梅毒は治るのですか。
 不治の病とばかり聞いておりましたが」

 ここでも先ほど銀行で交わした嘘八百が火を噴く。

「この梅毒という病は日本に無かったものと聞いております。
 日本に限らずお隣 支那でもありませんので、治療法もできなかったのでしょう。
 しかし、この病は元々が南米にあった病でして、それを白人が世界に広めたという歴史があります」

「そうなのですか。
 初めて聞くことばかりですが」

「ええ、私も南米で育ってなければ知らないことばかりなのでしょうが、たまたま幼少の頃より良くしてくれた地元の巫女とでも呼べばいいのでしょうか、主に病気の祈祷などをしている人がおり、その人から秘術を教わったことがあります。
 これが、どうも秘術というよりも漢方のような治療に近いと思えまして、私は向こうでそういう勉強をしてまいりました。
 ですので、明日香さんにもそれを試してみて、治るようならばその薬を使って商売にしていければと考えております」

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