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第六章 上洛
第百五十一話 商談
しおりを挟む俺は張さんたちを伴って屋敷から出て、港に向かった。
既に人だかりができていたが、港の沖に1艘の見覚えのある船が泊まっていた。
その船からボートが下ろされ、人が乗り込みこちらに向かってくる。
漕ぎ手が数人と、これも見覚えのある人がもうひとり何やら偉そうな人を連れてこちらに向かってくる。
俺の横でかなり警戒感を顕にしている半兵衛さんに声をかけた。
「半兵衛さん、大丈夫だよ。
彼は以前船を譲ってあげた船長だ。
その彼が、以前取り交わした約束を元にやってきただけだ。
しかし、どうするかな。
偉そうな人がもうひとり居るしな。
ここじゃまずいよね。」
「そうですね、ここでの商談でもあまり芳しくはないでしょう。
大湊にでも連れて行きますか。
あそこならうちで対応もできますが。」
「それも考えたんだけれど、国内の取引ならそれもいいだろうけど、せっかく賢島の港も整備が終わっているしね。
あそこでこういった遠方からの船での取引を一本化したいんだよね。
検疫の関係もあるしね。」
「殿、なんですかその『検疫』って、聞いたことがないです。」
「そうだっけ、初めから賢島の港を整備していたのもその考えもあったんだよね。
最も一番の理由は北畠からの防衛目的だったけど、それも今では意味なさないしね。」
「ですから何なのですかその検疫って。」
「ごめんごめん。
検疫って要は遠方からの流行病を防ぐ方法かな。
ホラもし今九州などで、う~~む何にしようかな、ころりってあるのかな、知っているころりって。」
「ころりですか……あ、流行病の一つですか。
たしかあれが広がると国が滅ぶとか聞いたことがあります。」
「そういう流行病などが流行っている地域から来た船がこっちにも病気をはやらせる原因になるんだよね。
それを防ぐ意味で、どこか一箇所にそういう危険性のある船を集めて管理する場所のことかな。
ちょっと違うけど、俺にはこれくらいしかうまく説明できない。
もし賢島に持ち込まれた流行病でも、賢島は他とは海で隔てられているからそこからは広がらないしね。
そういう場所を作りたかったんだよね。
ただでさえ俺らはあちこちと船で行き来して商売しているし、伯さんだったったけ。彼を通して、これからもっと多くの明の都市とも商いをしていくことになるから、伯さんがこっちで商売したいって言った時から賢島しか許すつもりもなかった。
同様に博多とも一旦あそこを通して博多で流行っている病気を領内には持ち込ませないようにしていくつもりだよ。」
「よくはわかりませんが、管理という意味なら賢島は申し分ないかもしれませんね。
あそこならどこと関係ができようとも六角や三好には漏れませんし、こちらから情報を出さなければ松永や織田にもわかりませんしね。
そうでしたなら、そちらに連れて行きましょう。」
もうすぐそばまでポルトガルのカピタンを乗せたボートが浜に近づいてきた。
「張さん、悪いけど、そういったことだから賢島に彼らを連れて行くことになった。
一緒にあの船に乗り込んで連れて行きましょう。」
「それはダメです。
危険です。
人質に取られて何を要求されるかわかりません。
こちらから船を出させて、その後に付いて来てもらえれば良いだけです。」
「それもそうかな。
それじゃあそうしてね。」
張さんはまさに浜に上陸しようとしているカピタンたちに向かって大声で叫びました。
「ここではお話をお聞きできません。
こちらの船について別の場所に向かってください。
もし無理やり上陸されるのなら敵対関係と理解します。」
急に大声で怒鳴られたカピタンたちはびっくりして動作が止まった。
次に張さんからのメッセージの内容を理解して、一言「了解」とだけ返して再び彼らの船に戻っていった。
こちらとしても提案したのだからすぐに対応をとらなければならない。
船はすぐに準備できる。
割と頻繁にここからあちこちに出かける用事があるので、少なくとも1艘は待機していることが多い。
「俺が行かないといけないね。
政治的なこともあるので半兵衛さんと藤林さんのお二人はもう少し俺に付き合ってください。
賢島に行くからついでに例の博多の案件も一挙に片付けるよ。」
「そうして頂けるのならこちらとしても付いていかなければなりませんね。」
すぐに船を準備してもらい、護衛として藤林様の部下数名も連れて船に乗った。
例の以前に張さんがものすごい交渉テクニックを使って交換した小型のヨットのすぐそばを通って賢島に向かった。
ヨットに声が届く距離で張さんがこの船について賢島に向かうことをカピタンに伝えた。
前に試しで作ったメガホンはこういった場面で使える。
張さんの声は決して小さくもないし、声が高いのでよく通る。
でも大声で怒鳴らなくとも船通しの意思の疎通ができる。
ここから賢島まではちょっと距離はあるがそれでも半日もかからない。
なにせうちらの船乗りには十分に慣れた航路だ。
ややもするとカピタンの船を置いていく心配が出るくらい距離が離れることもあったが、無事にカピタンたちを賢島の港に連れていけた。
ここならカピタンたちの船を桟橋に横付けできる。
カピタンたちは驚いていたが、そのまま護衛たちを連れて豊田さんのいる屋敷に向かった。
屋敷の接見用に使っている(といっても接見に使ったのなんか正月の付近の村長との挨拶くらいしかない)広間で会うことにした。
ポルトガル人相手なので、板の間に簡単な椅子を用意しての接見となった。
最初に俺が張さんに通訳を頼み挨拶を交わした。
「お久しぶりですね、カピタン。」
「お久しぶりです、三蔵の衆の頭である空殿。
前回の商談の回答を持参しました。
が、その前にこちらの方を紹介させてください。」
ポルトガル語で何やら話しかけてくる。
その都度張さんが通訳をしてくれるので意思の疎通には困らない。
これって他の勢力からしたら、これだけでもかなりのアドバンテージだ。
そんなことはこの際どうでもいいか。
まず紹介された人は、カピタン同様に線の細い人だ。
どう見ても海の男じゃない。
ましてや軍人の訳でもない人だ。
最もカピタンもうちの連中基準で農民以下の体格で、この厳しい戦国の世では生きていけないか弱さを漂わせている。
操船術とか航海術に優れているのだろう。
でないと大国ポルトガルで船1艘を任される訳が無い。
そんな彼が紹介してくれたのがマカオ総督府の文官で総督の秘書官であった。
名前をゴンザレスと言い、ポルトガル貴族、なんでも子爵に当たるバーチス家の三男だとか、良い所の出だそうだ。
この時代というより総督府における総督秘書官の地位がよくわからないが、少なくともかなりの高官であることは理解できる。
あ、この時初めて知ったのだが、カピタンも良い所の出で、マークスというそうだ。
ポルトガルの男爵で、マーチン家の嫡男で、新興の貴族だそうだ。
インドやアジアで商いをしている豪商で、3代前の祖父の代で男爵にまで登りつめたとか。
偉い人だったのね。
張さんたら、そんなお偉いさんから尻の毛までむしり取るなんて、恥ずかしい。
話が横道にそれたが、お互いの紹介の後、早速要件となる。
現在就航中のうちの2番艦と交換でマカオでの通商の許可と、そこまでの海図、それに金銭で伯さんに売った時の値段の5倍を要求していた。
流石に高いと交渉になるかと思ったのだが、金銭面では簡単に折り合いがついた。
通商について色々と言ってきたのだが、そこはお互い様だろ。
ポルトガル側は、堺と有利な条件で商売しているので、なかなか折れないが、それでもこちらの条件を飲んだ。
しかし、海図となるとさらに厳しくなってというより、色々と難癖を言ってきてこちら側の譲歩を引き出そうとしているのがわかった。
向こうは最初から全ての条件を飲んででも、あと数隻の高速船が欲しかったようだ。
広い東南アジアやインドの各地に拠点を置いてはいるがライバルスペインの動向が気になる。
なにせスペインはマニラに拠点を構えており、決して油断できない存在だ。
相手を出し抜くにしろ何にしろ情報が重要で、船の高速化は何よりも最優先で要求される。
なにせこの時代の情報伝達は人伝いでしかできない。
一番早いのが船だ。
とにかく速度では現在どこにも負けない位の性能である我々の船を一艘でも多く必要としている。
色々と難癖を言いながらうちから譲歩を引き出そうとしてくる二人にやや辟易しながら譲歩することにした。
うちとしては2番艦に続いて3番4番の3隻を売ることで話し合いは付いた。
しかも、3番艦以降は値引きを要求され結局伯さんに売った値段の2倍で落ち着いた。
それでもかなり吹っかけているのだが、張さんの交渉力って半端ない。
なにせうちの主力艦の交代が間近に来ている。
大型艦の建造に目処がついていたので、ここと三蔵村の2箇所で建造を認めたばかりだ。
小型、いや、うちでは中型になるが今の主力艦は余りこそしないが、そこまで必要ともしない。
ここで中古の3隻を売り払っても何ら問題はない。
何せ次ができるまでは引き渡さない条件を向こうに飲ませたので、実質かなりうちの勝利とも言える取引だ。
張さんの交渉で取引において負ける気がしない。
とにかく2番艦だけの引渡しはすぐにでもなされるとのことで、カピタンたちがマカオに戻ると同時に引取りのための船乗りをここに運んでくることになっている。
しかし、以前カピタンは交渉すらできなかったのに、この秘書官は全権を持って交渉してきた。
それだけ決定権のある人物だったわけだ。
まあ向こうとしても一刻も早く高速船は欲しかったわけで、いちいち条件をマカオまで確認しては取引そのものがなくなってしまう恐れもある。
ましてやインドのゴアにまでお伺いを立てられない。
そういう人材があちこちに居るのだろうな。
正直うらやましい気がするが、相手はこの時代の大国ポルトガルだ。
一勢力の三蔵とは違うと俺自身を納得させた。
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