229 / 319
第七章 公家の政
第百九十八話 お市さんとの縁談
しおりを挟む岐阜に入り、そのまま信長さんを訪ねた。
いきなりだったので、信長さんは無理だとしてもせめて丹羽様かその配下の人には会いたかった。
まあ、あの目端の利く秀吉さん位には会えると踏んでいたが、いきなり俺は信長さんの前に案内されたのにはびっくりだ。
そういえば信長さんも俺の処に来る時も、いきなりがほとんどだったのでお互い様という気持ちは確かに俺の中にはあったが、俺の処と信長さんの部下たちにとっては勘弁してくれといった所業なのだろう。
時々俺には張さんから文句が来るから、現場の人が困っていることくらいは理解している。
果たして信長さんは理解しているかどうか疑問の出るところではあるが、あの人のことだ、そんな些細な事など無視でもしてろって感じなんだろうな。
幸い今日の面会では丹羽様も同席してくれる。
今日のことで現場にそれほど迷惑を掛けないように調整してくれることだろう。
「最近よく会うな、空よ」
「ええ、張さんとの結婚式以来ですかね。
私も新婚なんですが、おかげさまで非常に忙しく働かされております」
「何だ、その新婚って」
あ、この時代では結婚休暇なんかないか。
まあ葬式くらいは休めるだろうが、結婚した時の休暇なんかないな。
休暇を取って新婚旅行に行くという習慣は無かったな。
今思い出したが、日本で新婚旅行を始めて行ったのが幕末の坂本龍馬だった。
ならこのネタは無理だったか。
俺のくだらないフリを無視して信長さんが話を進めて来る。
本当に無駄を嫌う人だ。
「今日来たのは六角の件か。
空はどうするつもりだ」
「排除ですね。
先代は凄い人だったようですが、今代はダメですね。
部下の暴走が本当に酷い。
特に三雲は騒乱の元しか作らないから、あれを排除します」
「三雲は……
そうだな、すると南近江を支配地とする決心をついたか」
「いえいえ、南近江はうちからだと飛び地になりますので、私には無理です」
「飛び地だと。
お前は京にいるではないか」
「京は帝をお守りするためにいるだけですよ。
仲間のいる本拠地は伊勢ですから。
ですので、隣の伊賀はこちらで押さえます」
「伊賀を抑えれば南近江は飛び地でなくなるな。
なら良いではないか」
「いえ、伊賀を抑えるのに当然六角が邪魔になります。
やるなら一緒に片付けたいかと。
ですので、六角は信長さんにお願いできますか」
「バカ言え。
流石の俺でも大義の無い戦はせんぞ」
願証寺の爆発が歴史通りの元亀元年に起こったのだが、これは本願寺の命令で反信長でのことでは無く、本願寺の命令を無視した完全な暴発だった。
そのおかげで鎮圧もそれほど難しいものじゃ無く、被害も少なかった。
一向一揆の件はこのさいどうでもいいが、俺の言いたいことはこの辺りで完全に俺の知っている歴史から離れている。
本来ならば数年前に信長さんが義昭を将軍として仰いで入京しており、その時に六角は滅んでいる。
しかし、俺のせいで、まず京から三好の勢力を追い出して、実質上足利幕府は滅んでしまった。
まだ、制度上多分四国に将軍がいることになっているはずだが、これでは打倒偽将軍の名目での軍は起こせない。
義昭の方が何を考えているかは分からないが、今の京には幕府の入る隙はなくなった。
それに何より、俺と信長さんとは同盟関係にあり、仲も悪くはない。
なので、本来この時期に一挙に近畿の地を抑えている信長さんは、俺のいるこの時代では内政に力を注いでいる状態だ。
なので、尾張に続き美濃も完全に抑えたようだ。
それを俺は知っている。
今なら六角に向かって軍を起こしても問題はない。
あるとするならば軍を起こす大義だけだ。
流石に私利私欲で南近江に向け軍を起こそうものなら、京まで入り天下を取ろうとする野心を他の勢力から疑われる。
少なくとも朝倉は警戒するだろう。
上杉謙信も健在な今ならいきなり武田が攻めてくることは無いだろうが、領地を接する信長さんに警戒心はもつだろう。
どちらにしたって、信長さんにとってあまり良い事ではない。
とにかく今の信長さんは他の有力大名を警戒している。
それに何より、信長さんは今の京にそれほど魅力を感じてもいないし、心配もしていない。
俺が京に入り治安を守るようになったので、尊王の気持ちの篤い織田家では寄付こそすれ、自身が京まで行って帝をお守りする理由が無いのだ。
それよりも俺を側面から協力していく方が遥かに利があることくらい理解している。
だからなのだろう。
大義の無い戦は起こさないと先ほどからしきりに言ってくる。
「いくら空のためとはいえ、流石に俺でも大義の無い戦はできないぞ」
「確かに大義の無い戦は私も望みませんが、それでも、今の六角氏は害にこそなれ益には絶対にならない存在なのに、居る場所が交通の要衝だという最悪の組み合わせ。
先代なら仲間に引き入れることも考えましたが……」
俺の気持ちを察した丹羽さんが一つの解決策を提案してくれた。
「空さん。
朝廷から綸旨でも出ませんかね」
「丹羽様。
出せなくはないですが、どうも綸旨はね~」
これよりも前の建武の新政の時にかなり数の綸旨が出され、京の庶民ですらバカにしていたくらいの歴史がある。
正直言って評判は良くない手だ。
それに俺らが伊勢を取ったのも綸旨より権威のある勅命を以てしたこともある。
「綸旨か。
それでも弱いな、何か……」
「そうそう勅命を出させるのも。
それに最近近衛関白とはうまくいっていないので、勅命は無理ですね。
私では綸旨が精々でしょうか」
「そうだ、それよりも空よ。
この前結婚したが、残りはどうするのだ」
何を思ったのか急に信長さんが話を変えて来た。
「残りといいますと、葵や幸のことですか」
「おお、その二人のことだが、どうするつもりだ」
「彼女たちはまだ幼いので。
でも約束はしておりますから、来年にでも正式に側室にしないといけないかなとは考えております」
「来年か。
来年にさらに側室を囲うのならうちからも出しても良いよな」
「へ?」
「殿。
まさか、お市様をお考えですか」
「ああ、美濃攻略する時、俺らと反対側の浅井に市を嫁がせて牽制しようかとも思ったが、思いのほか堺との交易が成功したことで、十分な鉄砲も手配できたし、それで浅井と同盟を組む必要が無くなったしな。
どうせ浅井は朝倉の寄子だ。
織田とは相性が悪い。
なにせ、守護である斯波から領地を奪った因縁もあるし、所詮は我ら尾張勢とは仲良くはできないしな。
浅井長政は良い男とは聞いていたが、それよりも良い男も身近にいるから、どうせならそっちの方が良いだろう」
「そうですね。
そうお考えでしたら、良きお話かと。
これで近衛少将とは血縁を結べますし、より強力な同盟関係を築けるかと」
「ちょっと、ちょっと。
俺の目の前で、勝手に俺の嫁を決めないでよ」
「何言っているんだ。
どうせお前の正室だって政略結婚だろう。
何も正室にしろと言っているんじゃないし、太閤や弾正にはきちんと筋は通しておくから心配せずとも良いだろう」
「空殿。
殿は十分に待っていたのです。
ただの思い付きではございません」
「だって、丹羽様は先ほど……」
「ええ、ああ申しましたが、殿の中ではかなり前からお考えだったのでしょうね。
張殿に遠慮していた節もあります。
なにせ殿に勝てる人などそうそういませんから、張殿は数少ないお人なのです。
殿もたいそうお気に入りですし、その張殿が側室に入られたのなら遠慮しなくても済みますからね」
「五郎左、余計なこと申すな。
空よ、これは決まりだ。
この乱世ではそういうものだと理解せよ」
「分かりました。
では市殿を娶りましょう。
ただし、その代わりに南近江は信長さんに面倒見てもらいますよ」
「ああ、うちから軍勢を出すから安心されよ」
「軍勢もそうですが、その後です。
南近江も織田家でということです。
私から上奏しておきますから占領後朝廷からお墨付きを出すようにします」
「空殿。
我らにはこれ以上の領地など……」
「五郎左。
何を言う。
良いではないか。
市の結納の品として受け取ろう」
「六角攻めの大義はこちらで準備します。
また、伊賀は望月さんに任せてありますから、伊賀より伊勢の軍を南近江に織田勢と合わせて向かわせますので、占領後はそのようにお願いしますね。
でないと、大好きな兄との間に敵国があれば、お市の方が心配なさるでしょう」
「ああ、南近江を抑えられれば京まですぐだな。
せいぜい邪魔するのは叡山くらいだろう」
「あ、それも大丈夫ですよ。
やっと水運の目途も就きそうです。
水運なら叡山の妨害はありませんよ。
あれ、丹羽様はご存じであったはずでは」
「ああ、でも淀もできていないうちから一々殿には報告していませんよ。
それに何より、六角がいるうちでは我々には使い勝手も無かろうに」
「確かにそうですね。
どちらにしても南近江を抑えなければ我々には旨味も出ませんしね。
では、詳しい事は伊勢から人を出しますので、そちらと相談ということで」
俺の目的である南近江の件を無事に信長さんに丸投げして岐阜での会談を終えた。
21
あなたにおすすめの小説
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる