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第七章 公家の政
第二百三十六話 御所の現状
しおりを挟む御所の中は、どこも酷い有様で、絶対に主上がお通りにならない場所などは廊下ですらかなりの部分が腐っている。
だが、俺の身分ではそういう場所を通らないと公卿たちが政治をする溜まりには向かえない。
足元を十分に注意しながら進んでいるのだが、何度も廊下をぶち抜きそうになりひやりとしたものだ。
やっとの思いで、本来政治を行う部屋に着いたのだが、誰も居ないので、閉まりきって空気がよどんでいる。
あかん、これでは病気にでもなってしまう。
俺と五宮は手分けして部屋の窓や扉を開き、中に光を取り込んでいく。
「しかし、誰も居ないな」
「分かり切ったことではありますが、誰か来ますかね」
「少なくとも、関白殿下は来ないだろうな。
途中の廊下が危なくて、とてもじゃないが高貴な身分であると自覚の有る奴らはこれないだろうな」
「おかしな話ですよね。
それこそ本来ですと、私などの身分では特別な理由でもない限り入れない部屋なんですけど。
公家たちはこの部屋に入れる、この部屋で仕事ができる身分をこぞって望んでいるのですがね」
「今でも公家たちは、そんなことを望んでいるのか」
「ええ、それは変わりませんよ。
ただ実際に、ここにきて仕事をしたいと思う公家は今では一人もいないでしょうね。
その証拠に、この部屋は多分数年ではきかないくらい使われた形跡がありませんから。
掃除くらいは数年くらいの間隔が空くでしょうが、していたようではありますがね」
いつ聞いても、腹が立つことばかりだ。
ひょっとして俺の知る歴史と大きく変わってしまい、天皇家もこの時代で滅ぶのではと正直危機感すら覚えた。
少なくとも俺が使っていた教科書には天皇の生活についてほとんど記載が無かった。
ネットで前にちょっと読んだ限りでは陛下自から女官を通して崩れた壁の隙間から書などを近隣の篤志家に売って飢えをしのいでいたとか。
そうそう、女官といえばもっとひどい話で、これも信じられなかったのだが、女官が体を売っていたと云うのもあった。
それでも天皇家は続いていたんだよな、俺が生まれた世界では。
この世界ではどうなるのかな。
今までは知らなかったが、少なくとも主上お付きの女官に体を売らせるようなことは絶対にさせたくない。
俺は今にも崩れそうな御所で、心に強く誓った。
どれくらい、御所にいたのだろうか。
少なくとも一刻は居ただろう。
その間、ただ何もせずぼ~~っとして居た訳ではなく、しばらく時間が取れず、後回しにしている懸案を今回同行している五宮と相談していた。
その相談が一段落したので、もうこれ以上ここにいても埒が明かないとして戻ることにした。
まあ、こうなることは想定していたので、埒が明かないというよりも言い訳にするには十分と判断したためなのだが、どうせあいつら関白一派はこの後もしつこく付きまとってくるだろうから、そういう体を取る。
屋敷に戻ると、伏見の護衛を終えた弾正が俺のことを待っていた。
「お~お。やっとお戻りか」
「お戻りって、そちらこそでは」
「やっとじゃないだろう。
それに、こっちは太閤殿下だけでなく、陛下も一緒だったのだぞ。
気の休まらないこと甚だしい。
それくらい、察してほしいものだな」
「何を私は察すればいいのですか」
「もう、そんな話は良いか。
それよりも、持ってきたぞ。
陛下からのお言葉を書面にしたものと、山科卿からの手紙を。
これで、あいつらが何か言って来るのを待つだけだな」
え、何のことだ。
「何を考えている。
しっかりしろよな。
もうこちらから仕掛けているのだぞ。
これからはどんどん打ち合わないとこっちがまずくなる。
そのための仕掛けだ」
よくよく話を聞くと、主上からのお言葉と云うのが、自分が御所から出たのだから、遠慮なく御所の修繕をしてくれというものだ。
山科卿の手紙には、近衛関白に御所修繕のための費用として三蔵の衆から献上された金額まで知られていることが書かれているそうだ。
「この二つを関白に届ければ良いだけだな」
「そういう事なら、それと時を同じくして、京の街中に流言を流しましょう」
「どういうことだ」
「ですから、あいつらが京にいられなくなるように、御所の修繕費用が既に献上されているのにいつまでたっても関白が修繕をしないので、いたたまれなくなった陛下は京から出たと。
それとは別に、献上された御所修繕費を関白はそのまま横領したことなんかも流せれば、少なくともすぐにでも修繕を始められなければ京には居づらくなりませんかね」
「あとは、いかにして関白にこれを届けるかだ」
「それなら、直に使いの者がここに来るのではないでしょうか」
「は?
どういうことだ」
「ですから、私は先ほどまで彼らに呼ばれたので、御所で話を聞くと伝えて御所まで行ってきたのですよ。
酷い有様でしたね。
あそこでは仕事なんかできません」
「だから、空よ。
何でそうなった」
「そうでしたね。
関白たちは相当焦っているようですね。
行幸について俺を問い質して、どうにか打開策を探ろうとしていたようですね。
頭ごなしに俺に会いに来いと言っていたくらいですから。
ですが、こちらとしては、関白屋敷に乗り込む勇気なんか有りませんよ。
どんな卑怯な手を打たれるか分かったものではないので、お役目のことでしたら、公的な報告になる為、慣例に則り御所で報告すると一方的に言って、追い出しました。
あいつらは来ないだろうとは思っていましたが、案の定来ませんでしたね。
ですから次に来たら、用があるのならこっちに来いと呼びつけますよ」
「あははは。
それは良い。
いくら空が殿上人にまでなっても、いきなり目上の関白を呼びつける訳にはいかないよな。
だが、今では行われていない仕来りでも、それを持ち出されれば、あいつらには言い訳もできまい。
流石の関白もここには来ないだろうしな」
その後は弾正と暫く今後について話し合っていると、家宰の助清が、かなり慌ててこちらにやって来た。
「中将殿。
大変です。
関白殿下が、こちらに来ております。
いかがいたしましょう」
「「え??」」
俺と、弾正は二人同時に驚いた。
「まさか、ここに直接乗り込んでくるとはね。
流石腐っても関白は関白だな」
「え、どういう事?」
「あちらも余裕なんか無いのだろう。
仕来りなんかを無視しても、こちらに来て、話を付けるつもりだろう。
格下の屋敷に、自ら訪ねてやったのだから、そちらは十分に譲歩しろって、そんな感じかな」
「譲歩なんかするつもりはこれっぽっちも無いのですがね」
そこで俺は閃いた。
弾正も、主上の警備に当たっていたのだ。
なら、警備や京の町の治安のお仕事関係として処理しよう。
ならば、応接のために奥に通すのではなく、検非違使の仕事で使っている部屋に通して、公的に検非違使案件として処理しよう。
関白は、横領のため修繕ができない御所での話し合いよりは、こちらの方が勝算があると踏んだのだろうが、こっちはこっちで、俺のお役目である治安維持に対しての支払いが一切ないのだ。
なので、俺としては関白屋敷で無ければ、どこでも俺たちの強みが発揮できる。
「助清。
悪いが、関白一行は、検非違使の役所の方に通してください」
「え、あちらですか。
奥の間では無くて」
「ええ、私のお客様ではありませんからね。
どちらかと云うと政敵になるのでしょうか。
どちらにしても、お役目の範疇の内容でしょうから」
「分かりました」
助清は納得ができないと言った顔をしながらでも、奥に引き上げていった。
彼の常識ではありえない対応なのだろう。
元々、先触れも無く招待もされていない人の方が常識を逸しているのだから、気にすることもない。
「へ~、関白自ら乗り込んでくるとはね。
まあ、俺としては面白い展開になっているな」
「何を暢気に。
一緒に出迎えますよ、関白殿下を」
「え、俺もか」
「だから、何をとぼけているのですか。
向こうは主上の動向なども知りたいでしょうから、それなら弾正の方が適任でしょ」
「何を言うか。
俺では官位が足りないだろう。
一応は弾正少弼は殿上の格を貰ってはいるが……」
「それこそ何を言いますか。
太閤殿下と昵懇じっこんの間柄で、殿下の養女を俺に嫁がせた張本人が。
今更ですよ。
それに、ここは御所でも仮御所でもありませんし、関白も勅使として来ている訳でもないので、うちの仕来りで通しますよ。
それに何より、こういった嫌がらせは弾正の方がお得意でしょ」
「空よ、お前は人のことをどう考えているんだ。
それこそ鵺(ぬえ)か何か、朝廷内で跋扈ばっこする魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類たぐいなんかと同列に考えていないか」
「え、それこそ何をですよ。
いいから行きますよ。
私たちはお役目最中に、陳情に来た人との面会ですからね」
「お、おま、……それ、あまりに酷くないか」
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