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第七章 公家の政
第二百六十三話 破戒僧
しおりを挟む全て、こちらで想定した通りの回答をすると、完全に比叡山の使者は何も言えずに帰っていった。
一応、使者としてこちらまで来ていた僧たちの名前を聞いていたので、僧籍名簿を調べても当然のように僧籍名簿に名前がない。
私度僧扱いだった人だ。
まあ、僧籍名簿の更新なんか下手をすると百年以上されていなさそうなので、今の叡山には朝廷の言う僧は誰一人としていないことになる。
皇室の出身の座主ですら朝廷は認めていないことになっているので、俺は律令を盾に取りさえすればどうとでもできることになるけど、そもそもまともに律令が守られていない現状ではさすがにそこまでは無理があるだろう。
何せ天下の将軍様ですら令外官でしかないのだ。
律令を盾にすれば将軍ですら簡単に首を飛ばせる。
今では律令を持ち出すまでもなく、将軍様はどこかに行ってしまわれたので関係ないが。
征夷大将軍を俺が追い出したともいうが、まあこの際どうでもいいので話を戻すが、まだ公式には律令制度は生きていることになっているので、使えるものは使い倒していく。
この後、比叡山はどうするかな。
一応、こちらに歩み寄るのならば俺も手荒な真似をしたくないし、手間もかけたくもない。
宗教だけに専念するようになるのならば、これ以上のことはしないで済むのだが、まだたくさんの僧兵を抱えているしな。
しばらくは様子見になるだろう。
それよりも足元を固めておかないとさすがにまずい。
俺の支配下にある領地ですら、二か国(若狭に越前)になる。
それに近江の西側の一部もあるから、それらを街道で結んできちんと政を滞りなく行えるようにしておかないと、いつ何時また戦乱に巻き込まれるかもしれない。
そうなると領民を守れなくなりそうなので、坂本を抑えた以上優先順位は叡山よりも領地の政になる。
そう、俺はこれ以上叡山なんかに構っている時間は無いのだが、しかし叡山からのちょっかいはあの使者だけでは終わらなかった。
流石に、そのちょっかいだとは思いたくはないが義父でもある太閤殿下から呼び出しがあった。
呼び出されては無視もできないので俺はすぐに太閤殿下の屋敷まで向かう。
向かった太閤殿下の屋敷では、すでに来ていた弾正松永久秀と殿下は話をしていた。
「おお、来たか」
「お待たせしたようで」
「いや、何それほどでもないが。
それよりも、中将殿はいかがするおつもりか」
「いかがとは叡山のことでしょうか、それとも今捕まえている私度僧の犯罪者のことでしょうか」
「私度僧?
また偉く古臭い言い回しだな。
中将殿の云われる私度僧って叡山の僧兵か?」
殿下と今まで話していた松永弾正が俺に聞いてくる。
「ええ、先にも叡山からのご使者の方がお見えになり、叡山の僧兵を探しておられましたが、私の方では誰もいませんとお答えしておきました」
「誰もいないとな?」
太閤殿下が驚いたように俺に聞いてきたので、今までの経緯を簡単に説明していたら、弾正が急に笑い出した。
「これまた中将殿はお人が悪い」
「何を言われますか。
私は成り上がりですので政に詳しくありません。
とにかく常に失敗を恐れながら慎重に進めているのですよ。
幸い殿下からのご支援もあり、私の下には律令に詳しい五宮がおります。
ですので、私はその都度五宮に律令を教わりながら仕事をしております。
その律令には僧籍名簿に名の無い僧は私度僧とか言われるとかで違法なことだと教わりました」
これは嘘です。
俺の方から五宮に確認をしたら、すぐには分からないとわざわざ古い資料を調べてもらったのです。
「端っからそんな名簿の更新などされていないのを知っていて、わざわざそれを行うとは、本当に人が悪い」
「弾正殿の言うとおりだ。
そんなことを言い始めたら今の叡山には誰一人として僧などいなくなる。
陛下の弟君であらせられる座主殿も私度僧となり果ててしまうではないか」
「ええ、ですから私もそれだけだと心配でしたので、叡山に『破戒僧』はいるのかと書面にて確認を取りました。
その返事もいただいておりますが、返事にはそんな不埒なものなど誰一人としていないとのことでした」
「それが何か」
「今私どもで捕まえている者たちの要求で酒と肉がありましたので、牢番にその要求通りお出しするように伝えてありました。
案の定、連中はそれらをおいしく頂いておりましたので、私自身もその行為を確認しております」
「それがなんだというのだ」
太閤殿下はまだよくわかっていなさそうなのだが、弾正の方はすぐに理解して面白そうな顔をしている。
「殿下。
一向宗ならばいざ知らず、叡山では酒も肉も戒律に反します。
それらを食しただけでも破戒僧のそしりを本来ならば受けなければなりません。
尤も、今時それらの戒律を守っている僧の方が少数派でしょうが」
「そういうことか」
「ええ、わざわざ頂いた叡山からの回答では破戒僧は誰もいないことになっております。
私どもで預かっている破戒僧どもは、叡山には居ない連中になりますので、使者には誰もおりませんとお答えしました。
ご使者の方には叡山からの書面での回答と共に破戒僧についてもきちんとご説明しております」
「しかし、そこまでするかね」
「何を言いますか。
僧兵と言えども、仏様にお仕えする身分ですから、きちんと対応しませんと、本当に面倒になります」
「とにかく状況は分かった。
それで、その破戒僧だか何だかの連中をどうするつもりだ」
「犯罪者としてきちんと吟味して処罰を加えます。
市中にもその触れを出しております」
「何!
市中にだと」
俺は計画について素直に太閤殿下に話しておいた。
太閤殿下はあきれながらも、俺の方針を認めてくれた。
いや、認めたくはないようだが、黙認といった恰好か。
でも、流石に今更変更はできない。
あいつらを検非違使の牢に入れるときに、期せずとも市中に引き回した格好になっている。
市中の庶民など無視すればいいと言われそうだが、現状での俺の力の源泉の一部、少なくともここ京における力に京の市民からの信任があると俺は考えている。
力の源泉でもある市民からの信用を利用しない手はない。
そもそも成り行きとはいえ、俺には捕まえたあいつらを何もせずに放つことは既にできない。
政治的にもまずいだろう。
坂本を力ずくで抑えた俺たちがここで奴らをそのまま野放しにでもすれば、叡山に屈したととられかねないことになるので、何らかの処罰を加えないと政治的にまずい。
まあ、俺もそのまま逃がすようなことはするつもりなど一切ないが。
逃がすくらいならば、坂本で逃がすか殺すかしている。
太閤殿下の屋敷から戻ると、俺は急ぎあいつらの処理にかかる。
これ以上、ぐずぐずしていると叡山に繋がっている公家たちが動き出さないとも限らない。
それに、叡山も本願寺と一時的にも手をつなぎかねないので、俺はとにかく情報をあからさまにして、とにかく闇に隠れないようにしておく必要がある。
大義は俺たちにある。
京の治安を守るために、悪党どもをのさばらせないとする確固たる姿勢を京の市民に見せる必要があると俺は考える。
こんな考えは、この時代では異端だろうが、歴史上全く無い訳ではない…と俺は思う。
日本では今回のようなケースでの対応を知らないが、これと似たようなケースであの有名なシーザーことガイウス・ユリウス・カエサルの話があったように記憶している。
市民など考えなかった時代……ではないか。
共和制のローマだったから一応ローマ市民を考えないといけないから、今俺の置かれている状況とは違うが、彼は元老院と対決するために民意を煽るように『ガリア戦記』を記して自分の功績を直接ローマ市民に伝えたと聞いている。
俺は故事に倣って、カエサルの手法を見習い直接庶民に訴えかける。
とにかく貴族や一部宗教関係者からの圧力を避けるために京の市民を利用しようとしているのだ。
力無い京の市民たちは坂本ほどではないだろうが、あいつらに相当やられているので、そうとうヘイトも溜まっているだろう。
そんな市民を巻き込んで裁きをするのだ。
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