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現実味(リアリティ)
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『密室殺人』
『不可能犯罪』
『まるで推理小説』
ここ最近、テレビのニュースや新聞記事などで、これらの見出しをよく目にする。
立て続けに起きた殺人事件が、いずれも推理小説まがいの密室殺人で、警察も捜査が難航し手を焼いているのだという。
「参ったな……」私は独り言つ。
これらの事件のおかげで、世間で「推理小説の悪影響」などと騒がれ、犯罪を扱う創作が規制されようものなら、商売上がったりだ。
というのも、かくいう私自身、推理作家の末席に身を置くひとりなのである。
ベストセラーや自作品のドラマ化・映画化とはまるで縁がないが、なんとか自分自身の食い扶持を稼ぐ程度には、世のミステリファンの支持を得ているようだ。
そんな騒ぎの中、新作の打ち合わせを行うため、私はとある出版社へ出向いた。これまでも拙作を何冊か出してもらっている版元だ。
「――ところで先生、今朝のニュース見ました? また起こったそうですよ」
次回作の方向性が決まり、打ち合わせがひと段落すると、担当編集者の木下が世間を騒がせている殺人事件の話題を持ち出した。編集部内でもちょっとした騒ぎになっているのだとか。
「ああ、今話題の密室殺人事件ですか。私も見ました」
「また完全密室の不可能犯罪らしいですね。こんな事件が続くと、そのうち推理小説をバッシングするコメンテーターとか出てくるんだろうなあ」
木下は打ち合わせの際に机に広げた資料を揃えながら、不満を口にする。
「それに、先生の作品は現実味がありながら、それでいてトリッキーな密室物が多いから、槍玉に挙げられるんじゃないですか?」
「いやいや、私のようなマイナーな作家は相手にもされないでしょう。もっと有名なベストセラー作家の方が影響力もあるだろうし。東○圭吾先生とか」
そう言いながらも、名前と作品が世間に知られるのならそれも悪くないかと、邪な考えが頭をよぎったのはここだけの話だ。
「それじゃあ先生、締め切りまではたっぷり時間があるので、原稿お願いしますよ」
木下は営業スマイルで私を見送ろうとしたが、突然なにかを思い出したように、
「あ、忘れるところだった。先生、ちょっと待ってください」
と続ける。
エレベーターの扉が閉まりかけたので、私は慌てて「開」のボタンを押した。
「なんでしょう?」
「うちに届いた先生宛の郵送物を渡すの忘れてました。これです」
木下は私の次回作に関する資料を収めたファイルケースの中から、封書を五通取り出し、私に差し出した。
「ファンレターでしょう。ちゃんと読んであげてくださいよ?」
「分かってますよ。いつも数が少ないから読むのに時間は掛かりません」
つい自虐的になってしまう。いや、このご時世に手書きの手紙をくれるのだから、感謝しなければ。
「ん?」不審な封書が目に留まる。「これもファンレターなのでしょうか?」
私は一通の封書を手にして、木下に向けた。
なんの飾り気の無い、真白な封筒の表に出版社の住所と私の名前(もちろんペンネームだ)が、無機的な印刷文字で記載され、裏に差出人の住所氏名はなかった。
しかも、切手と消印も無い。
「これは……どうやら郵送したんじゃなくて、うちの郵便受けに直接入れたようですね。なんでしょう? いたずらかな」
封書を受け取った木下は、表裏を何度も見返す。
「どうします? 危険物ってわけではないと思いますけど、こちらで内容を確認しますか?」
薄い封書だ。さすがに爆発物といった類いではないだろう。それに触った感じでは、封筒の中は紙しか入っていないようだ。カミソリの刃などの嫌がらせでもないと思う。
「うーん。いや、このまま頂戴します」
しばらく考えた末、再び木下から封書を受け取った。
「もし熱心なファンだったら、申し訳ないですから」
ファンの少ないマイナー作家としては、ひとりでも大切にしなければならないのである。
帰宅後、テレビのスイッチを点け、コーヒーを淹れてひと息ついた私は、先ほど受け取った手紙にひと通り目を通すことにした。
四通はごく普通の――と言っては差出人に悪いか――ファンレターだった。そのうち返事を書いて、編集部から送ってもらおう。
最後に例の、差出人の記載のない封書を開いた。
無地のプリント用紙に、やはり無機的な印刷文字が並んでいる。
「謹啓」の丁寧な頭語から始まるその手紙には、次のように記されていた。
『私どもの目的の遂行にあたり、貴方の諸作は大変に役立っております。このような形で不躾ではございますが、心より御礼申し上げます。つきましては、ささやかではございますが、謝礼をお贈りしたく存じます。ぜひお受け取りください』
役立つ? 御礼? 何の話だろう。私は合点がいかなかった。
封筒の中を改めると、もう一枚紙が入っていた。小切手である。
一、十、百、千……記載された金額の桁数を数えた私は狼狽した。
「五百万円?」
いったいどこの誰が、何の謝礼で私にこんな大金をくれるというのだろうか?
小切手に記載された振出人の氏名は『山田五郎』。いかにも偽名といった名前だ。おそらく住所も正確なものではないのだろう。
『本日未明、東京都○○区の個人宅で中年男性の遺体が発見されました。外傷の様子から他殺の可能性が高いとのことです。警察の発表によれば、殺害現場の部屋はドアと窓が全て内側から施錠された、完全な密室であることから、これまでの事件と同一犯によるものとして――』
テレビのニュースが新たな密室殺人事件を報じた。
私は全身が粟立つのを覚えた。
「謝礼」として突然手元に届いた、五百万の小切手。
私はこれを素直に受け取っていいものなのだろうか……。
〈了〉
『不可能犯罪』
『まるで推理小説』
ここ最近、テレビのニュースや新聞記事などで、これらの見出しをよく目にする。
立て続けに起きた殺人事件が、いずれも推理小説まがいの密室殺人で、警察も捜査が難航し手を焼いているのだという。
「参ったな……」私は独り言つ。
これらの事件のおかげで、世間で「推理小説の悪影響」などと騒がれ、犯罪を扱う創作が規制されようものなら、商売上がったりだ。
というのも、かくいう私自身、推理作家の末席に身を置くひとりなのである。
ベストセラーや自作品のドラマ化・映画化とはまるで縁がないが、なんとか自分自身の食い扶持を稼ぐ程度には、世のミステリファンの支持を得ているようだ。
そんな騒ぎの中、新作の打ち合わせを行うため、私はとある出版社へ出向いた。これまでも拙作を何冊か出してもらっている版元だ。
「――ところで先生、今朝のニュース見ました? また起こったそうですよ」
次回作の方向性が決まり、打ち合わせがひと段落すると、担当編集者の木下が世間を騒がせている殺人事件の話題を持ち出した。編集部内でもちょっとした騒ぎになっているのだとか。
「ああ、今話題の密室殺人事件ですか。私も見ました」
「また完全密室の不可能犯罪らしいですね。こんな事件が続くと、そのうち推理小説をバッシングするコメンテーターとか出てくるんだろうなあ」
木下は打ち合わせの際に机に広げた資料を揃えながら、不満を口にする。
「それに、先生の作品は現実味がありながら、それでいてトリッキーな密室物が多いから、槍玉に挙げられるんじゃないですか?」
「いやいや、私のようなマイナーな作家は相手にもされないでしょう。もっと有名なベストセラー作家の方が影響力もあるだろうし。東○圭吾先生とか」
そう言いながらも、名前と作品が世間に知られるのならそれも悪くないかと、邪な考えが頭をよぎったのはここだけの話だ。
「それじゃあ先生、締め切りまではたっぷり時間があるので、原稿お願いしますよ」
木下は営業スマイルで私を見送ろうとしたが、突然なにかを思い出したように、
「あ、忘れるところだった。先生、ちょっと待ってください」
と続ける。
エレベーターの扉が閉まりかけたので、私は慌てて「開」のボタンを押した。
「なんでしょう?」
「うちに届いた先生宛の郵送物を渡すの忘れてました。これです」
木下は私の次回作に関する資料を収めたファイルケースの中から、封書を五通取り出し、私に差し出した。
「ファンレターでしょう。ちゃんと読んであげてくださいよ?」
「分かってますよ。いつも数が少ないから読むのに時間は掛かりません」
つい自虐的になってしまう。いや、このご時世に手書きの手紙をくれるのだから、感謝しなければ。
「ん?」不審な封書が目に留まる。「これもファンレターなのでしょうか?」
私は一通の封書を手にして、木下に向けた。
なんの飾り気の無い、真白な封筒の表に出版社の住所と私の名前(もちろんペンネームだ)が、無機的な印刷文字で記載され、裏に差出人の住所氏名はなかった。
しかも、切手と消印も無い。
「これは……どうやら郵送したんじゃなくて、うちの郵便受けに直接入れたようですね。なんでしょう? いたずらかな」
封書を受け取った木下は、表裏を何度も見返す。
「どうします? 危険物ってわけではないと思いますけど、こちらで内容を確認しますか?」
薄い封書だ。さすがに爆発物といった類いではないだろう。それに触った感じでは、封筒の中は紙しか入っていないようだ。カミソリの刃などの嫌がらせでもないと思う。
「うーん。いや、このまま頂戴します」
しばらく考えた末、再び木下から封書を受け取った。
「もし熱心なファンだったら、申し訳ないですから」
ファンの少ないマイナー作家としては、ひとりでも大切にしなければならないのである。
帰宅後、テレビのスイッチを点け、コーヒーを淹れてひと息ついた私は、先ほど受け取った手紙にひと通り目を通すことにした。
四通はごく普通の――と言っては差出人に悪いか――ファンレターだった。そのうち返事を書いて、編集部から送ってもらおう。
最後に例の、差出人の記載のない封書を開いた。
無地のプリント用紙に、やはり無機的な印刷文字が並んでいる。
「謹啓」の丁寧な頭語から始まるその手紙には、次のように記されていた。
『私どもの目的の遂行にあたり、貴方の諸作は大変に役立っております。このような形で不躾ではございますが、心より御礼申し上げます。つきましては、ささやかではございますが、謝礼をお贈りしたく存じます。ぜひお受け取りください』
役立つ? 御礼? 何の話だろう。私は合点がいかなかった。
封筒の中を改めると、もう一枚紙が入っていた。小切手である。
一、十、百、千……記載された金額の桁数を数えた私は狼狽した。
「五百万円?」
いったいどこの誰が、何の謝礼で私にこんな大金をくれるというのだろうか?
小切手に記載された振出人の氏名は『山田五郎』。いかにも偽名といった名前だ。おそらく住所も正確なものではないのだろう。
『本日未明、東京都○○区の個人宅で中年男性の遺体が発見されました。外傷の様子から他殺の可能性が高いとのことです。警察の発表によれば、殺害現場の部屋はドアと窓が全て内側から施錠された、完全な密室であることから、これまでの事件と同一犯によるものとして――』
テレビのニュースが新たな密室殺人事件を報じた。
私は全身が粟立つのを覚えた。
「謝礼」として突然手元に届いた、五百万の小切手。
私はこれを素直に受け取っていいものなのだろうか……。
〈了〉
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