Strange Days ― 短編・ショートショート集 ―

紗倉亞空生

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スーパー・ウォーリアー

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 時計が午後八時を指す。
 そろそろか?

 ――いや、まだだ。まだ早い。

 午後九時。
 もういいだろう。俺は重い腰を上げようとする――が、もうひとりの俺が耳元で囁く。「本当にそれでいいのか?」と。

 その言葉に冷静さを取り戻した俺は、もう少しだけ様子を見ようと、ソファーに腰を沈めた。

 そうだ。焦りは禁物なのだ。

 さらに三十分が経過した。機は熟した。

 今だ、今しかない。

 俺がこれから向かう戦場は、研ぎ澄まされた勘と、長年の経験がものを言う。

 そう、このタイミングを逃す手はない。

 手早く準備を済ませ、俺は颯爽と戦場へとおもむいた。

        ◆

 徒歩十分ほどの現場に到着すると、まずはいつものように駐車場を確認する。

 駐車中の車の数は……この時間にしては、やや多いか……嫌な胸騒ぎがこうべをもたげる。杞憂であって欲しいと、俺は切に願った。

 俺は足早に自動ドアの入り口をくぐり、買い物カゴを手に取る。

 そうして――戦いの幕は切って落とされた。

 まずはいつものように、惣菜コーナーへ向かう。

 焦っては駄目だ。「ソレ」が目的と、ほかの客や従業員に悟られてはいけない。

 あくまでもさりげなく、「たまたま偶然」を装わなければならない。
 
 しかし、そんな俺を待っていたのは、商品が空になった陳列棚だった。

 なんと言うことだ……。

 弁当のたぐいが全滅なのはいつものこと。まあ良しとしよう。もともと期待はしていなかった。だが、いつもなら鶏の唐揚げの一、二パックは売れ残っているはずなのに、今夜に限ってそれすら無い。

 なんたる不覚……俺の脳裏に「絶望」の二文字が去来する。

 今日もまた、冷凍食品に頼るしかないのか……レトルトやインスタントに逃げるしかないのか。

 いや、待て――絶望するのはまだ早い。

 悲しみに打ちひしがれる俺に、一筋の光明が差す。

 そうだ、まだ鮮魚コーナーがあるじゃないか。

 戦いは終わってなどいない。まだだ。まだ終わらんよ。

 俺は藁にもすがる気持ちで、建物の最深部へ向かった。

 するとどうだ。
 俺の目に、にわかには信じられない光景が飛び込んだ。

 冷蔵ケースの中でたったひとつだけ、それはまばゆいオーラを放っていた。

 普段なら速攻で売り切れ、この時間帯ではまずお目に掛かることのない、パック入りの寿司である。

 しかも、ふたには「半額」のシールが燦然さんぜんと輝いていた。

 極上のレアアイテムとの突然の邂逅かいこうに、俺は動揺が隠せなかった。

 だが慌てるな、取り乱したりしてはいけない。血眼ちまなこになって全力疾走で取りに行くなど、もってのほかだ。

 周囲に目をやり、様子をうかがう。

 よし、どうやらほかにこいつを狙う者はいないようだ。

 俺はさりげなく、あくまでもさりげなくお宝に迫り、手に取ってカゴへと収めた。

 勝った――俺は勝ったのだ。

 閉店前のスーパーマーケットという名の、この戦場で。

 消費期限の短い売れ残り商品をけるための、値引きシールと言う名の敵に。

 早い時間だと値下げ率が少ない。
 だからと言って、あまりにも遅い時間では全て売り切れてしまう……。

 そんなギリギリの、まるで綱渡りのような戦いで、俺は勝利を手にしたのだ。

 ――この湧き上がる高揚感。

 店内では、閉店時間を告げる「蛍の光」が流れ始めた。

 まるで俺を祝福しているかのようなメロディが、なんとも耳に心地良い。

 そうだ、今宵は勝利の美酒に酔いしれるとしよう。このパック寿司をさかなに。

 俺はレジへ向かう前に酒コーナーへ立ち寄り、いつもより少しだけ贅沢なビールを手に取った。

        ◆

 半額シールに、そして全国の同好の士、全てのスーパーマーケット戦士ウォーリアー達に、乾杯。

〈了〉
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