恋の魔女の初恋

三原みぱぱ

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第27話 恋の魔女の初恋

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 僕達がそこについた時、黒柳は宙に浮いているホウキを椅子代わりにして、夕日に浮かぶ街を見ていた。

「見つけた。昨日とは逆だね」

 僕の声に彼女は振り向くと、空に逃げようとした。それを阻止したのは短距離の女王だった。一瞬で、駆け寄ると黒柳の細い腕を掴んだ。

「逃げないで、月子」
「英里ちゃん」
「お願いだから、逃げないで。ボクは菊池君に救われて、キミに助けられた。だから、今度はボクに二人の手助けをさせてよ。話してよ。二人に何があったの。なんで、さっき、月子は泣いてたのよ!」

 武田は絶対に逃がさないと言う強い意志を、掴んだ手に込めているようだった。
 僕もゆっくりと近づくとまっすぐに黒柳の顔を見た。大人になっているが、親友のつーちゃんだった。みんなから浮いていた自分を受け入れてくれて、自分のままで良いと教えてくれた一番大事な人。

「つーちゃん。僕、記憶を取り戻したよ。会いたかったよ。ずっと、心の奥底で君がいたんだ。心の一番大事なところで」
「そうなの。じゃあ、今までみたいな他人行儀な話し方じゃなくて良いよね、あーくん。ぼくは一瞬たりともきみの忘れたことはなかったよ。だって、きみがぼくの記憶は無くなっていることは知っていたから、ぼくが忘れちゃったら、もう誰もあの時の記憶を持っていないんだもの」

 黒柳はまた、泣き出しそうだった。その彼女を武田は優しく抱きしめた。

「ねえ、ボクは二人がどんな関係だったのか知らないんだけど、どうして、菊池君は記憶を消されなければいけなかったの?」
「ぼくのせいなの。ぼくが恋の魔女になるために、あーくんのぼくに関する記憶を消す必要があったの、でもあーくん一人の記憶を消しても、矛盾が生じるから、この街のぼくたちの記憶を消したの」
「どういうことだ? なんで、つーちゃんが魔女になるために、僕の記憶を消す必要があるんだ」

 僕も武田も彼女の説明が、さっぱり理解できなかった。
 魔女という存在を知られないためであれば、魔女だとバレた時に記憶を消せば良いだけだろう。それなのに、魔女になるから記憶を消すというのは訳が分からなかった。

「あーくんは知ってると思うけど、ぼくは半人前の恋の魔女なの。あーくんの恋を成就させることが出来れば、一人前として認められるの。だから、英里ちゃん、あなたに色々とアドバイスをしたのは、ぼく自身のためでもあったの。ごめんね」
「そんな事はどうでも良いよ。月子に色々相談に乗って貰って、ボクも助かったから。でも、それと菊池君のことがどう結びつくんだ?」
「あーくんがぼくの試験官に選ばれたって言ったけど違うの。ぼくがあーくんを選んでしまったの」

 試験官がいるわけではないと言うことだろうか。黒柳は記憶を消した罪滅ぼしに僕の恋の手伝いをしたと言うことだろうか? さっぱり意味が分からなかった。

「どういうこと?」

 考え込んでいると僕の代わりに、武田が詳しい説明を求める。しかし、黒柳は口をつぐんでしまった。何かを恐れるように。

「ねえ、月子。短い間だけど、ボクは月子の事を何でも話せる親友だと思ってる。だから、愛達にも話せないようなことを相談してきた。だから月子も、ボク達を信じて、ちゃんと説明をしてよ。それがどんな事でもちゃんと受け止めるから」
「そうだよ。つーちゃん。僕達、親友だったじゃないか」

 僕はなぜか、”親友”という言葉に引っかかりを覚えながらも、武田の言葉に同調する。
 僕達の言葉に覚悟を決めたのか、黒柳は小さな声で話し始めた。

「恋の魔女が一番初めに、その仕事をするのは、自分の初恋の人なの。初恋の人と他の人との恋を手伝えることができれば、自分が好意をもつ人から恋の相談を受けても、冷静に対応できるからって理由で。だから、あの時、ぼくがあーくんに自分の気持ちを伝えたとき、ママに言われたの。恋の魔女になるなら、あーくんの記憶を消して、魔女の修行をするか、このまま普通の女の子としてこの街で過ごすか」

 黒柳の言葉で、忘れていた記憶を取り戻した。
 そうだった。
 あの日、いつものように遊んだあと、つーちゃんに好きだと告白されたのだった。いつも、男の僕よりもよっぽど男のような格好と言動をしていたつーちゃんは、その日、珍しくスカートをはいていたのを覚えている。彼女にとって、最大限女の子らしくしてきたのだろう。突然、告白されて驚き、その場ではなんの返事も出来ずに僕は家に戻った。そして、家に戻って悩んだ僕の心の中で、親友だった子から、初恋の女の子に変わったのだった。次の日に自分も好きだと告白しようと考えていたときに、黒柳母娘がやってきて、記憶を消したのだった。

「それで、月子は恋の魔女になる方を取ったのね」
「だって、お婆ちゃんやママと同じ、恋の魔女になるのは、ぼくの夢だったの。でも、ずっとずっとつーちゃんの事も忘れられなくて、やっと会えて、変わらない姿を見て嬉しくてしょうがなかった。でも、あーくんはぼくを覚えていないのを知っていたから、知らない振りをして近づいたの。ごめん」

 黒柳は武田の胸の中でまた、泣き始めた。
 そんな黒柳をそっと抱きしめて、武田も謝った。

「……ごめん」

 その言葉を聞いて、黒柳は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。

「どうして、英里ちゃんが謝るの。謝るなら、ぼくの方だよ」
「だって、月子だって菊池君の事が好きなのに、ボクばかり一方的に相談して。本当にごめん」
「ううん、あーくんが英里ちゃんの事が気になるって言った時、嬉しかった。だって、英里ちゃんは、あーくんといた頃のぼくそっくりだから。だから、ぼくはずっと英里ちゃんに自分を重ねていたの。ぼくの方こそ、ごめん。英里ちゃんもあーくんもごめんなさい」

 全てを話した黒柳は武田に抱きしめられて、謝りながら泣いていた。
 ずっと、心に秘めてつらかったのだろう。しかしそれは決して、自分や武田を傷つけるためではないことは十分に分かった。
 そして、記憶が戻った僕にはある問題が浮上していた。
 それは記憶と共に失われた感情がよみがえって来たのだった。
 恋愛感情。
 あの時、初恋の気持ちは記憶と共に封印されていた。生まれつき恋愛感情が無かったわけではない。ただ、封印されていただけ。
 そしてそれは今解き放たれた。
 初恋の感情と共に。
 そんな僕の変化を感じ取ったのか、武田は黒柳に尋ねた。

「ねえ、月子は今でも菊池君の事が好きなんだよね」
「……うん、好き。大好き」
「ボクはすでに告白したように、菊池君の事が好きだ。でも月子もキミのことを好きだと言っている。そこでもう一度、キミの気持ちをボク達に教えてくれるかな」

 恋愛の基本は早い者勝ちだ。僕は武田に告白の返事をした。OKをした。それを、武田本人が仕切り直そうと言っている。それがどれだけ勇気のいることだろう。それは黒柳にも重々分かっている。

「いや、英里ちゃん。もう、あーくんはあなたを選んだじゃない」
「それは月子の気持ちを知らなかったからでしょう。小学生の時の告白の答えはまだ貰ってないのでしょう。それにボクに対する好きは、恋愛感情でない好きらしいし」

 武田は少しおどけた感じで話しながら、真面目に答えないと怒られそうな雰囲気だった。
 先ほどの返事も少し根に持っているようだった。
 僕は自分の気持ちに正直に、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「つーちゃん、遅くなったけど、あの日の返事を今するよ。僕はつーちゃんの事が好きだ」
「それは、恋愛的な意味で?」

 武田は意地悪そうな顔で聞いてくる。

「恋愛的な意味で……だと思う」
「え! 本当に?」

 そんな答えが変わってくるとは思わず、黒柳が驚きの声を上げた。

「この気持ちは、友達に対する好きとは違うと思う」
「あーくん……」
「じゃあ、ボクに対する好きより強いって事?」

 武田は覚悟を決めたように僕をまっすぐ見据えて言った。
 その瞳をまっすぐ返して答えた。

「でも、記憶が戻ってから、英里子に対する好きも変化した気がするんだ」

 僕にも好きという感情はあった。植物が好きだし、カレーも好き。数少ない友人達も好きだ。園芸部の先輩だった女子部員達の事も好きだった。そういう意味でも武田の事も好きだった。ただ、どの好きも同じに感じてしまっていたのだった。
 それが、記憶を取り戻したことによって、黒柳に対する特別な好きが、武田に対する好きと同じものになっていた。

「どういうこと?」

 僕の気持ちの変化が分かるはずのない武田は素直に尋ねる。
 そんな彼女の疑問に恋の魔女は一つの仮定を口にした。

「ねえ、あーくんが言っていた恋愛感情が分からないって言うのって、もしかしてぼくとの記憶を封印したときにその感情も一緒に封印されていたんじゃないの?」
「じゃあ、菊池君は今、初めての恋愛感情を持ったって言うこと?」
「恐らくそういうことなんだろう」

 僕は封印されていた記憶を思い出す。封印されていたからだろうか。あの時の感情もありありと思い出せる。初めて恋という物を自覚した瞬間だった。愛おしく、狂おしく、みんながあれほど熱心に話をするのを今なら分かる気がする。
 それを僕はこの二人の素敵な女性に抱いているのだろう。

「それで、結局、菊池君はどちらを選ぶの。月子、ここまで来たら、菊池君がどっちを選んでも恨みっこなしよ」

 武田の提案に、黒柳も黙って頷いた。
 改めて本当の意味での、僕の告白。
 昨日までの僕のようにどちらも断るという選択肢は頭になかった。
 二人とも僕にとって大事な人だ。どちらも選ばないと言うことは二人とも傷つけてしまう行為以外何物でも無い。
 僕はしばらく考えた後、口を開いた。

「今の僕の素直な気持ちを言うよ」
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