魔法剣士は師匠の夢を見る  ~黒猫獣人の甘い誘惑~

三原みぱぱ

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第四話 ダンジョンの奥には誰がいるの?

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 クロフェが目を覚ますとミズホは焚き火に枯木を足していた。
 クロフェはあたりを見回し、主人であった元ガースの死体を見つけ、夢でなかった事を確認する。
 首から上がなくなったガースのそばに行くクロフェの黒い瞳には涙が浮かんでいた。

「この! この! あたしが獣人だからって! この! あたしが奴隷だからって! あたしだって蹴られれば痛いのよ! この!」

 クロフェは動かぬ死体を何度も蹴る。これまで何度も蹴られ叩かれた分を返すように。
 どのくらいそうしていただろうか。疲れたのか、気が済んだのか、クロフェは蹴るのをやめて死体を漁り、書きかけの地図と金の入った布袋を奪う。

「ミズホ様、助けていただいてありがとうございます!」

 焚き火のそばに座っている美女顔の魔法剣士に近づき、お礼を言う。

「私はお礼を言われるようなことはしていませんが?」
「あなたがどう言うつもりだったかわかりませんが、あたしをあの男から解放してくれました。ありがとうございます」

 クロフェは深々と頭を下げると長い黒髪がばさりと地面に着く。

「それでもう一つお願いがあります。この奴隷輪(どれいりん)を外していただけないでしょうか?」

 クロフェは白い肌に対照的な黒い首輪を見せると、ミズホは首輪を詳しく調べる。

「隷従(れいじゅう)と鍵の呪術紋(じゅじゅつもん)が施されていますね。外せなくはないですけど……」

 ミズホは面倒くさそうに答える。

「お願いします。助けてください。何でもします」

 ミズホは少し考えて静かに口を開いた。

「ねえ、君、強い男性がどこにいるか、知らないか?」
「強い男の人ですか? ……知ってます! 知ってます。これを外していただければお教えします!」
「……わかりました」

 金髪の美しい青年は脇に置いてある小さなバッグから細身の片刃短刀を取り出す。
 少年のような美しい声で何か呟くと刀身が優しく光る。
 
「動かないように」

 片刃短剣の剣先を首輪に当てると一瞬、パチンと小さく弾けるような音がした。

「これで普通に外せるはずですよ」
「ありがとうございます。先程の詠唱のようなものは何ですか?」

 クロフェは首輪を投げ捨てながら質問する。
 湿った地面の上に黒い首輪が落ちる。

「詠唱? 祝詞のことですか? この神刀の力を引き出す詠唱のようなものですよ」

 ミズホは短刀を鞘に収めて、バッグの中にしまう。

「それで、強い男性はどこにいるんですか?」
「すみません! 知りません」

 クロフェはダンジョンに入ってから何回目か頭を下げる。
 殴られるかもしれない、蹴られるかもしれない。だが、今までと違ってもう奴隷の証は首にはない。それだけでどんな暴力も耐えられる気がした。

「……そんな事だと思ってましたよ。これだから……」

 クロフェの予想に反して、ミズホはただ、そう言って呆れた顔をしていた。
 その呆れ顔も妖艶に美しい。クロフェは思わず見惚れている自分に気が付いた。

「すみません! 代わりと言っては……」
「結構です」

 服を脱ぎ始めたクロフェにきっぱりと断った。

「獣人は……お嫌いですか?」
「いえ、興味がないんです」

 武芸の道にストイックで色恋に興味がない。なんてステキな人なんだろうか? クロフェは今までの持ち主だった男たちとは違う態度に胸の高まりを感じていた。

「わかりました。ちなみに強い人を探していると言うことですが、ダンジョンの下層部には強い冒険者しかないと思いますよ」
「ええ、私もそう思って下の階層にいたのですが、モンスターしかいなかったんですよ。やっと会えたのがあなたたちだったんですが……はぁ」

 そう言って深いため息をする姿も艶やかだった。

「た、ただ、最下層にはダンジョンマスターがいると噂されています。ダンジョンマスターであれば強いのではないのでしょうか?」
「ダンジョンマスター……どのくらい下にいるのです?」
「わかりませんが、下に行けば行くほど強いモンスターもいますよ」

 ミズホは火に枯木を足しながら、すこし考えていた。

「そうですね。すこし休んだら下に行ってみますね。情報ありがとうございます」

 そう言うとミズホは日本刀を脇に置き、横になる。
 クロフェもそのすぐ隣で横になった。


 クロフェは夢を見ていた。 
 五才の誕生日の前だっただろうか。クロフェたちがいた山間の小さな獣人の村を奴隷盗賊団が襲ったのは。
 父は目の前で首を切られ、絶命した。
 母とは別々の馬車に乗せられて以来、会っていない。生きているのか死んでいるのか、クロフェには知る術がなかった。
 捕まったクロフェたちは子供たちだけでまとめられ、ひと月もしないうちにある商人に買われた。
 それから何度か主人は変わった。いろいろな経験をさせられた。思い出したくないようなことがほとんどだった。
 獣人であるクロフェは主人たちの良心の呵責もなく、慰みものとされ、鬱憤のはけ口とされ、道具扱いされた。
 良い思い出などなかった。
 何度か逃げ出しそうとしたが、その首に繋がれた首輪がそれを許してくれなかった。
 首輪から電気が走り、首を絞め、クロフェの行動を阻害する。そのため逃げるのを諦めた。

 クロフェはハッと目を覚ますと自分の首を触り、首輪がないことを確認してホッとする。
 周りを見回すと焚き火から離れ、弱い光のあるしっとりとした地面に首のないガースが転がっているのを見て、寝汗を拭う。
 どのくらい寝ていたのだろうか? ミズホは既に起きていた。

「ああ、起きられましたか。それでは私はこれからダンジョンマスターを探しに下の階層に行きますね」

 そう言ってポニーテールにまとめたサラサラの金髪を揺らして立ち上がる。

「ちょっと待ってください! あたし、こんなところに一人で置いていかれても困ります。あたしも連れて行ってください。荷物持ちなら出来ますし、この荷物の中にはいろいろな道具が入っていますので何かと役に立ちます!」

 ミズホはクロフェの話を聞いているのか、聞いていないのか、無言で立ち去る準備をしている。

 まずい!

 クロフェは自分の言葉が全く届いていないことに気がついた。
 無理にでもついていくしかない。クロフェは大慌てで出かける準備をして、大きなバックを担いだ。

「駄目でも無理について行きますからね」

 そう言って広場を出ようとするミズホの後を追いかけた。
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