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病室と誓い
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僕がコウに再会したのはまだ肌寒、三月の初めだった。
場所は関西の病室だった。
「よう、久しぶり。元気か?」
ニット帽を被り、青い患者衣を着たコウの再会第一声は、まるで夏休み明けに会った友人のようだ。
「こっちは元気だよ。それより入院ってどうしたんだ?」
僕は見舞いのお菓子を渡して椅子に座る。
「ガンだとよ。肺ガン。帰国直前からえらく咳が出るなと思ってたんだけど、いくら経っても収まらないから調べてもらったら、肺ガンの末期だとよ」
「……治るのか?」
「分からん。……分からんが、難しいらしい。なのでまだ元気なうちにいろんな人に会っときたいんだよ」
それから僕たちは別れてからの三年間の話しをした。
コウは東京での話やセネガルであったこと、僕はその後の大学の話、就職してからの話をした。
「なあ、僕になにかできることはあるか?」
「そうだな、何か楽しいことや俺がうらやましがるようなことを携帯に送ってくれ。それ見て俺ももっと生きてやるって思わせるようなものをな。まだまだ、世の中には俺の知らない楽しいことがあふれかえってるんだろうからな」
そう言って笑うコウは少しやせてはいるが、元気そうだった。
「ああ、とびっきり楽しい写真を送ってやるよ」
「そう言えば、唯ちゃんとはその後どうなったんだ?」
「唯とは四月から同棲することになった。まだはっきりとしてないけど来年くらいに結婚する予定だ」
「ほんとうか! おめでとう。結婚式には呼んでくれよ。その時はエレキでロック調のテントウムシのサンバをうたってやるから」
「お前は昭和か!」
笑いあった僕たちは大学時代に戻ったようだった。
「なあ、たっくん。一緒に日本一周した時に俺が言ったことを覚えてるか? 最後に死の瞬間を知りたいって言ってたのを」
「……ああ、覚えてる」
「あれは七十や八十まで生きて、それまでに結婚して、子供が生まれて、子供が結婚して、孫が生まれて、いろいろなところに行って、いろいろの人と話をして、いろいろな体験をしてその最後にっていう意味だったんだ」
「そうだろうな」
コウはぎゅっとシーツを握りしめていた。
「まだ死にたくねえよ。まだまだやりたいことがあるんだよ。俺が何か悪いことしたか? なんで俺が? 寝るたびにもう起きれないんじゃないかって思うんだよ」
コウの言葉に僕はかける言葉を探す。
何を言っても空虚な表面的な言葉にしかならないような気がした。
『がんばれ』と言うことは簡単だ。何をどう頑張れと言うのだろか?
『気を落とすな』ということは簡単だ。健康な僕が言って立ち直るのか?
『あきらめろ』とは口が裂けても言えない。
「コウ、今だからぶちまけるよ。僕はお前がうらやましかった。女にもてて、音楽もできて、やりたいことがあってそれを実行できる行動力があるお前が。はじめは唯もお前に惚れてると思ってたくらいだからな」
僕の言葉にコウは顔を上げる。
「だから、僕からの最後の願いだ。最後まで僕が好きなかっこいいコウのままでいてくれ」
「……ホモかよ」
「かもな。唯に浮気者って怒られるな」
連絡が来たのは四月の末だった。
今日、僕は自分に合った喪服を持って、唯と二人で葬儀場へ行くと白く痩せ、冷たくなったコウが待っていた。
ずっと握っていた唯の手は暖かく、僕を元気づけてくれた。
僕はコウがしたくても出来なかった、幸せな自分の家庭を唯と二人で築こうと心に誓い、帰りの新幹線に揺られる。
場所は関西の病室だった。
「よう、久しぶり。元気か?」
ニット帽を被り、青い患者衣を着たコウの再会第一声は、まるで夏休み明けに会った友人のようだ。
「こっちは元気だよ。それより入院ってどうしたんだ?」
僕は見舞いのお菓子を渡して椅子に座る。
「ガンだとよ。肺ガン。帰国直前からえらく咳が出るなと思ってたんだけど、いくら経っても収まらないから調べてもらったら、肺ガンの末期だとよ」
「……治るのか?」
「分からん。……分からんが、難しいらしい。なのでまだ元気なうちにいろんな人に会っときたいんだよ」
それから僕たちは別れてからの三年間の話しをした。
コウは東京での話やセネガルであったこと、僕はその後の大学の話、就職してからの話をした。
「なあ、僕になにかできることはあるか?」
「そうだな、何か楽しいことや俺がうらやましがるようなことを携帯に送ってくれ。それ見て俺ももっと生きてやるって思わせるようなものをな。まだまだ、世の中には俺の知らない楽しいことがあふれかえってるんだろうからな」
そう言って笑うコウは少しやせてはいるが、元気そうだった。
「ああ、とびっきり楽しい写真を送ってやるよ」
「そう言えば、唯ちゃんとはその後どうなったんだ?」
「唯とは四月から同棲することになった。まだはっきりとしてないけど来年くらいに結婚する予定だ」
「ほんとうか! おめでとう。結婚式には呼んでくれよ。その時はエレキでロック調のテントウムシのサンバをうたってやるから」
「お前は昭和か!」
笑いあった僕たちは大学時代に戻ったようだった。
「なあ、たっくん。一緒に日本一周した時に俺が言ったことを覚えてるか? 最後に死の瞬間を知りたいって言ってたのを」
「……ああ、覚えてる」
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「そうだろうな」
コウはぎゅっとシーツを握りしめていた。
「まだ死にたくねえよ。まだまだやりたいことがあるんだよ。俺が何か悪いことしたか? なんで俺が? 寝るたびにもう起きれないんじゃないかって思うんだよ」
コウの言葉に僕はかける言葉を探す。
何を言っても空虚な表面的な言葉にしかならないような気がした。
『がんばれ』と言うことは簡単だ。何をどう頑張れと言うのだろか?
『気を落とすな』ということは簡単だ。健康な僕が言って立ち直るのか?
『あきらめろ』とは口が裂けても言えない。
「コウ、今だからぶちまけるよ。僕はお前がうらやましかった。女にもてて、音楽もできて、やりたいことがあってそれを実行できる行動力があるお前が。はじめは唯もお前に惚れてると思ってたくらいだからな」
僕の言葉にコウは顔を上げる。
「だから、僕からの最後の願いだ。最後まで僕が好きなかっこいいコウのままでいてくれ」
「……ホモかよ」
「かもな。唯に浮気者って怒られるな」
連絡が来たのは四月の末だった。
今日、僕は自分に合った喪服を持って、唯と二人で葬儀場へ行くと白く痩せ、冷たくなったコウが待っていた。
ずっと握っていた唯の手は暖かく、僕を元気づけてくれた。
僕はコウがしたくても出来なかった、幸せな自分の家庭を唯と二人で築こうと心に誓い、帰りの新幹線に揺られる。
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