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第18話 兎獣人シェリーの早とちり
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その声に引っ張られるかのように五人の獣人は、広い風呂場へ案内される。
一般の家ではフロ桶に湯を張り、流す、洗う、流して終わりである。田舎では川や井戸の水で体を流すだけというところも少なくない。人が湯船に浸かれるのは貴族でない限り、大衆浴場になる。それを風呂好きのクリスが無理を言って作った自慢の風呂である。ゆったりと入りたいという願望もかなえるべく、五人で入っても問題ない大きさである。
「体を良く洗ってから、湯船へ」
クリスが手短に説明すると脱衣所から出て行ってしまう。
奴隷商につかまっているときにも、濡れた布で毎日体を拭くことを命じられていた。それはあくまで義務として体を清潔に保ち、商品価値を落とさないための処置だった。今のように体を温め、心を癒やす為ではなかった。
持ち主が変わっただけなのかもしれない。それでも、これの対応を考えると、これまでよりはかなりマシなのではないかとシェリーは、湯船にゆっくりと浸かりながら考えていた。
「シェリー姉ちゃん!」
そんな心地よい時間を引き裂くように狸獣人の男の子アラフルが、泣きそうな声で脱衣所から戻ってきた。
「どうしたの? そんなにあわてて」
「服がないよ。僕のだけでなくお姉ちゃんたちのも全部!」
ああ、やはりそうかとシェリーは、なんとなく納得した。
世の中に対価のないものなどない。助けてもらって、何もないわけがない。ただ、あれだけのイケメンたちでも、結局は男なのだと逆に感心する。人数は五人ずつだが、狸獣人のアラフルは子供の上、男の子だ。そして、おそらくあのやくざのような男は誰も相手したがらないだろう。
「五人くらいはどうにかなるかな?」
もしかしたら普通でないことを強要されるかもしれない。それでも命までは、とられないだろう。
シェリーは意を決して湯船からあがる。
アラフルや他の獣人にまだお風呂に入っているように言い残すと、用意されているバスタオル一枚だけを体に巻きつける。そして、先ほどガドランドたちがいるリビングへ行く。髪の毛はまだ濡れたままで。
「助けていただいたお礼は、私一人でしますので、他の子たちに手出しないで下さい!」
ドアを開けるなり、シェリーはそう宣言するとバスタオルを落とし、一糸まとわぬ姿になる。暖かなお湯で紅潮させ、湯気をあげている裸体を晒す。
ガドランドをはじめ、ロレンツとウェインが驚いた顔でシェリーを見る。
「どうしたんですか? そんな格好をしていると風邪を引きますよ」
そう言って、落としたバスタオルを紳士的にシェリーにかけるウェイン。
「燃え上がってるなら、俺が相手してやるよ。お嬢さん」
そう言ってプレイボーイのようにウィンクを投げかけるロレンツ。
「お、お、お、女の子がそんなことするんじゃ、ありません!!」
真っ赤になって手で目を覆い、横を向くガドランド。
思っていたのと、まったく違う男たちの反応に逆に戸惑うシェリー。
そこに玄関から元気な声が響いてくる。
「ただいまー。宿の手配と新しい服買って来たよーって何してるの? また、ロッさんが女の子に手を出してるの?」
ルカが子供用も含めて五人分の服を手に戻ってきた。
その口ぶりから、ロレンツが普段から女性に手を出していることが分かる。
「おい、人聞きの悪いことはやめてくれよ。据え膳食わねば騎士の恥って言うだろう。まあ、俺は魔法使いだけどな。このお嬢さんの方から誘ってきたんだぜ」
ロレンツがルカに言い訳をしていると奥のドアが開き、クリスが現れる。
「ロレンツ、洗濯」
ここに来てシェリーは自分の勘違いに気がついた。
服がなかったのは洗濯をしてくれていたからだった。その上、新しい服まで用意をしてくれていた。
男たちの反応を見ても、ただシェリーたちを助けてくれただけのようだった。
自分の短絡的な行動に恥ずかしくなり、真っ赤になってルカから新しい服を受け取ると、あわてて風呂場に戻っていった。
誤解の解けた獣人たちは、新しい服に着替えてルカの手配した宿に移動する。
各々の故郷に戻れるように路銀も渡された。
当然、これらの金はあの魔獣屋でルカが盗んだ物のため、ルカの懐は痛くもかゆくもなかった。
「何から何まで、本当にありがとうございます。でもなぜ、見ず知らずの私たちにこんなことをしてくれるのですか?」
対価も要求されないルカたちの好意に不安を覚える。
「まあ、気にしないでいいよ。ガーさんならこうするだろうなっていうことをしただけだから。だから他のみんなも、何も言わなかったでしょ」
「あの人が……」
どう見ても生まれながらに悪人のような顔つきの男性の顔を思い出す。その顔を思い出すだけで、不安と恐怖が走る。
「それに……」
「それに?」
ルカは他の三人と違い、ガドランドに出会う前までは、盗賊団の一団として犯罪に手を染めていた。生きる為とはいえ、過去の悪事は取り消せない。ただ未来の善行で過去の罪を償うしかない。ガドランドの弟子の一人として、他の三人と肩を並べるためにも、ルカは自分のできる正しいと思うことをやるしかないと考えている。しかし、それはあくまでルカ自身の問題であり、他のだれかに言う問題でもない。ましてや、彼女たちに関係がある話でもない。
「こんなかわいい子たちに助けを求められたら断れないでしょ。それじゃあ、道中気をつけてね。もう悪い連中につかまらないようにね」
そう言ってルカは、元奴隷だった獣人たちと別れて帰路についたのだった。
一般の家ではフロ桶に湯を張り、流す、洗う、流して終わりである。田舎では川や井戸の水で体を流すだけというところも少なくない。人が湯船に浸かれるのは貴族でない限り、大衆浴場になる。それを風呂好きのクリスが無理を言って作った自慢の風呂である。ゆったりと入りたいという願望もかなえるべく、五人で入っても問題ない大きさである。
「体を良く洗ってから、湯船へ」
クリスが手短に説明すると脱衣所から出て行ってしまう。
奴隷商につかまっているときにも、濡れた布で毎日体を拭くことを命じられていた。それはあくまで義務として体を清潔に保ち、商品価値を落とさないための処置だった。今のように体を温め、心を癒やす為ではなかった。
持ち主が変わっただけなのかもしれない。それでも、これの対応を考えると、これまでよりはかなりマシなのではないかとシェリーは、湯船にゆっくりと浸かりながら考えていた。
「シェリー姉ちゃん!」
そんな心地よい時間を引き裂くように狸獣人の男の子アラフルが、泣きそうな声で脱衣所から戻ってきた。
「どうしたの? そんなにあわてて」
「服がないよ。僕のだけでなくお姉ちゃんたちのも全部!」
ああ、やはりそうかとシェリーは、なんとなく納得した。
世の中に対価のないものなどない。助けてもらって、何もないわけがない。ただ、あれだけのイケメンたちでも、結局は男なのだと逆に感心する。人数は五人ずつだが、狸獣人のアラフルは子供の上、男の子だ。そして、おそらくあのやくざのような男は誰も相手したがらないだろう。
「五人くらいはどうにかなるかな?」
もしかしたら普通でないことを強要されるかもしれない。それでも命までは、とられないだろう。
シェリーは意を決して湯船からあがる。
アラフルや他の獣人にまだお風呂に入っているように言い残すと、用意されているバスタオル一枚だけを体に巻きつける。そして、先ほどガドランドたちがいるリビングへ行く。髪の毛はまだ濡れたままで。
「助けていただいたお礼は、私一人でしますので、他の子たちに手出しないで下さい!」
ドアを開けるなり、シェリーはそう宣言するとバスタオルを落とし、一糸まとわぬ姿になる。暖かなお湯で紅潮させ、湯気をあげている裸体を晒す。
ガドランドをはじめ、ロレンツとウェインが驚いた顔でシェリーを見る。
「どうしたんですか? そんな格好をしていると風邪を引きますよ」
そう言って、落としたバスタオルを紳士的にシェリーにかけるウェイン。
「燃え上がってるなら、俺が相手してやるよ。お嬢さん」
そう言ってプレイボーイのようにウィンクを投げかけるロレンツ。
「お、お、お、女の子がそんなことするんじゃ、ありません!!」
真っ赤になって手で目を覆い、横を向くガドランド。
思っていたのと、まったく違う男たちの反応に逆に戸惑うシェリー。
そこに玄関から元気な声が響いてくる。
「ただいまー。宿の手配と新しい服買って来たよーって何してるの? また、ロッさんが女の子に手を出してるの?」
ルカが子供用も含めて五人分の服を手に戻ってきた。
その口ぶりから、ロレンツが普段から女性に手を出していることが分かる。
「おい、人聞きの悪いことはやめてくれよ。据え膳食わねば騎士の恥って言うだろう。まあ、俺は魔法使いだけどな。このお嬢さんの方から誘ってきたんだぜ」
ロレンツがルカに言い訳をしていると奥のドアが開き、クリスが現れる。
「ロレンツ、洗濯」
ここに来てシェリーは自分の勘違いに気がついた。
服がなかったのは洗濯をしてくれていたからだった。その上、新しい服まで用意をしてくれていた。
男たちの反応を見ても、ただシェリーたちを助けてくれただけのようだった。
自分の短絡的な行動に恥ずかしくなり、真っ赤になってルカから新しい服を受け取ると、あわてて風呂場に戻っていった。
誤解の解けた獣人たちは、新しい服に着替えてルカの手配した宿に移動する。
各々の故郷に戻れるように路銀も渡された。
当然、これらの金はあの魔獣屋でルカが盗んだ物のため、ルカの懐は痛くもかゆくもなかった。
「何から何まで、本当にありがとうございます。でもなぜ、見ず知らずの私たちにこんなことをしてくれるのですか?」
対価も要求されないルカたちの好意に不安を覚える。
「まあ、気にしないでいいよ。ガーさんならこうするだろうなっていうことをしただけだから。だから他のみんなも、何も言わなかったでしょ」
「あの人が……」
どう見ても生まれながらに悪人のような顔つきの男性の顔を思い出す。その顔を思い出すだけで、不安と恐怖が走る。
「それに……」
「それに?」
ルカは他の三人と違い、ガドランドに出会う前までは、盗賊団の一団として犯罪に手を染めていた。生きる為とはいえ、過去の悪事は取り消せない。ただ未来の善行で過去の罪を償うしかない。ガドランドの弟子の一人として、他の三人と肩を並べるためにも、ルカは自分のできる正しいと思うことをやるしかないと考えている。しかし、それはあくまでルカ自身の問題であり、他のだれかに言う問題でもない。ましてや、彼女たちに関係がある話でもない。
「こんなかわいい子たちに助けを求められたら断れないでしょ。それじゃあ、道中気をつけてね。もう悪い連中につかまらないようにね」
そう言ってルカは、元奴隷だった獣人たちと別れて帰路についたのだった。
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