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親父との再会
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約束の五月五日の夕方、親父がやってきた。
知子が夜、一緒に食事をしようとその時間にしたのだった。
後ろにまとめられた茶色い髪には白髪が交じって、顔はこんがりと日焼けして、目尻に皺が見られる。一見、人なつっこそうな還暦近い男が俺の実の父親だった。
「それで、和也はどれが良いんだ?」
出されたコーヒーを飲んでひと息ついた親父は、そう切り出した。
落ち着いて余裕のあるその顔を見るに、俺がわざわざ作家自身に話しを聞きにパリまで行ったとは思っていないだろう。
俺の回答を聞いて、悔しがれ。
「それは……」
「ねぇ、お義父さん。オードリーは好きですか?」
俺の言葉を遮るように知子が親父に尋ねた。
「いや、トゥース! なんて、どこが面白いか分からない。僕は昔のスタイルの漫才が好きだな」
「だから、なんでここでお笑いのオードリーの話になるんだよ!」
俺は思わずツッコんだ。すると知子も後に続いた。
「お義父さんはアンチオードリーなんですね……いえ、そうではなくてヘップバーンの方です」
「ああ、永遠の妖精の方かね。そりゃ、好きだよ」
そう言って親父はにっこり笑う。
その笑顔は、なんだか裏のあるような笑い方だった。
「やっぱりそうですか。私も好きなんですよね。なにの映画が好きですか?」
「なあ、話を進めて良いか?」
俺はしびれを切らして知子の言葉を遮ると、知子は笑って頷いた。
「それで、話を戻すぞ。親父はなんでこんな絵を送ってきたんだ?」
「あ!? 葉書に書いてあっただろう。結婚祝いだよ」
「そんな事を行ってるんじゃ無い。プロの画商である俺に駆け出し画家と素人の絵を送ってくるなんて、どういうことだって言ってるんだよ」
「どちらの絵も気に入らなかったか?」
「気に入るとか、気に入らないとかって話しじゃないんだよ……まあ、いい。俺はこっちの絵を選ぶ」
そう言って、ポールが描いたポップで明るい絵を指さした。
それを見て、親父は少しがっかりしたようだった。
親父の事だ。風景画を選ばせて、「これは僕が描いたんだ~」とか言って俺を馬鹿にするつもりだったのだろう。残念だったな。
いくら無名画家とは言え、ド素人と比べちゃ可哀想だ。
「そうか、それを選ぶか」
「ああ、悪いがプロとして、ド素人の親父が描いた絵を選ぶ訳にはいかないんでね」
「なんだ、知っていたのか。もしかしてポールと会ったのか?」
親父はバツが悪そうに頭を掻いていた。
さあ、これでクソ親父の鼻を明かしてやった。
そう思ったときだった。
「ねえ、お義父さん。和也くんはその絵が気に入ったみたいなんですが、私も選んで良いですか?」
それまで、絵に興味を示していなかった知子が急に参戦してきた。
俺がポールの絵を選んだから、親父の事が可哀想になって、親父の絵を選ぼうというのだろうか? 優しいのだが、それでは何の勝負にもならないだろう。何を考えているのだろうか?
「ああ、いいよ。知子さんはどれが良かったんだ?」
「私はこれが良いです」
そう言って知子が選んだのは、俺の小さい頃の写真が印刷された葉書だった。
確かに、その葉書は俺達家族が幸せだった頃の思い出だ。しかし、ただの印刷された葉書だ。そんな物に何の価値もないだろう。
そんな俺の考えとは裏腹に親父はニヤリと笑った。
「知子さんはそれを選ぶのか。もしかして、それの本当の価値も知ってのチョイスなのかい?」
本当の価値!? どういう事だ?
「ええ、ちょっと不自然でしたから、調べてみました」
「ちょっと、待ってくれ。この葉書に何があるって言うんだ?」
知子は葉書を俺に見せた。親父のクセのある文字が書いている方を。
「この切手。送りもしないのに葉書に切手を貼っているっておかしくない? それも三枚も」
「まあな。でも切手なんてたかだか数百円の物だろう」
「ふふふ。和也くん、シャレードって映画知ってる? オードリーヘップバーン主演の」
「ああ、戦争中に金塊を巡って繰り広げられるサスペンスだったよな……あ!」
「思い出した? 最後に25万ドル相当の金塊は何にかえて、持っていたのか。三枚の切手よ。あれのモデルになったと言われる切手がこの三枚なのよ。しかし、お義父さん、よくこんな切手を手に入れましたね」
「妻が、和也の亡くなった母があの映画のファンでね。あいつが生きていたときから探していたんだよ。和也が結婚したらお祝いに渡そうと思っていたんだが、ただ渡すだけだと面白くないと思ってね」
そんな事のために、絵を注文したり、自ら描いたりと、手の込んだことをしたのか?
訳が分からない。
「お義父さん。わざわざ、家族の写真を葉書にしたのって、和也さんとの仲を修復したいって表れでいいんですよね。二枚の絵は照れ隠しですか?」
「……今まで済まなかった。あいつが死んだ事がつらくて仕事に打ちこむ事で忘れようとしてたんだ。その結果、お前が寂しい思いをしていたことにも目をつむってしまった。許してくれ」
初めて親父から謝罪の言葉を聞いた気がする。
母親との思い出の切手と家族写真。
「和也くん」
知子が俺の手をそっと握った。
俺の凝り固まった心が少しだけほどけた気がした。
確かに急に知子が亡くなってしまったら、俺もおかしくなるかも知れない。そう考えると、親父の気持ちも分かる気がする。
「親父、母さんのことを教えてくれるか?」
「和也」
こうして俺達は、今までただ身振り手振りだけでお互いの気持ちをぶつけてきたシャレードを止めて、言葉で話し合う仲に変わっていった。
知子が夜、一緒に食事をしようとその時間にしたのだった。
後ろにまとめられた茶色い髪には白髪が交じって、顔はこんがりと日焼けして、目尻に皺が見られる。一見、人なつっこそうな還暦近い男が俺の実の父親だった。
「それで、和也はどれが良いんだ?」
出されたコーヒーを飲んでひと息ついた親父は、そう切り出した。
落ち着いて余裕のあるその顔を見るに、俺がわざわざ作家自身に話しを聞きにパリまで行ったとは思っていないだろう。
俺の回答を聞いて、悔しがれ。
「それは……」
「ねぇ、お義父さん。オードリーは好きですか?」
俺の言葉を遮るように知子が親父に尋ねた。
「いや、トゥース! なんて、どこが面白いか分からない。僕は昔のスタイルの漫才が好きだな」
「だから、なんでここでお笑いのオードリーの話になるんだよ!」
俺は思わずツッコんだ。すると知子も後に続いた。
「お義父さんはアンチオードリーなんですね……いえ、そうではなくてヘップバーンの方です」
「ああ、永遠の妖精の方かね。そりゃ、好きだよ」
そう言って親父はにっこり笑う。
その笑顔は、なんだか裏のあるような笑い方だった。
「やっぱりそうですか。私も好きなんですよね。なにの映画が好きですか?」
「なあ、話を進めて良いか?」
俺はしびれを切らして知子の言葉を遮ると、知子は笑って頷いた。
「それで、話を戻すぞ。親父はなんでこんな絵を送ってきたんだ?」
「あ!? 葉書に書いてあっただろう。結婚祝いだよ」
「そんな事を行ってるんじゃ無い。プロの画商である俺に駆け出し画家と素人の絵を送ってくるなんて、どういうことだって言ってるんだよ」
「どちらの絵も気に入らなかったか?」
「気に入るとか、気に入らないとかって話しじゃないんだよ……まあ、いい。俺はこっちの絵を選ぶ」
そう言って、ポールが描いたポップで明るい絵を指さした。
それを見て、親父は少しがっかりしたようだった。
親父の事だ。風景画を選ばせて、「これは僕が描いたんだ~」とか言って俺を馬鹿にするつもりだったのだろう。残念だったな。
いくら無名画家とは言え、ド素人と比べちゃ可哀想だ。
「そうか、それを選ぶか」
「ああ、悪いがプロとして、ド素人の親父が描いた絵を選ぶ訳にはいかないんでね」
「なんだ、知っていたのか。もしかしてポールと会ったのか?」
親父はバツが悪そうに頭を掻いていた。
さあ、これでクソ親父の鼻を明かしてやった。
そう思ったときだった。
「ねえ、お義父さん。和也くんはその絵が気に入ったみたいなんですが、私も選んで良いですか?」
それまで、絵に興味を示していなかった知子が急に参戦してきた。
俺がポールの絵を選んだから、親父の事が可哀想になって、親父の絵を選ぼうというのだろうか? 優しいのだが、それでは何の勝負にもならないだろう。何を考えているのだろうか?
「ああ、いいよ。知子さんはどれが良かったんだ?」
「私はこれが良いです」
そう言って知子が選んだのは、俺の小さい頃の写真が印刷された葉書だった。
確かに、その葉書は俺達家族が幸せだった頃の思い出だ。しかし、ただの印刷された葉書だ。そんな物に何の価値もないだろう。
そんな俺の考えとは裏腹に親父はニヤリと笑った。
「知子さんはそれを選ぶのか。もしかして、それの本当の価値も知ってのチョイスなのかい?」
本当の価値!? どういう事だ?
「ええ、ちょっと不自然でしたから、調べてみました」
「ちょっと、待ってくれ。この葉書に何があるって言うんだ?」
知子は葉書を俺に見せた。親父のクセのある文字が書いている方を。
「この切手。送りもしないのに葉書に切手を貼っているっておかしくない? それも三枚も」
「まあな。でも切手なんてたかだか数百円の物だろう」
「ふふふ。和也くん、シャレードって映画知ってる? オードリーヘップバーン主演の」
「ああ、戦争中に金塊を巡って繰り広げられるサスペンスだったよな……あ!」
「思い出した? 最後に25万ドル相当の金塊は何にかえて、持っていたのか。三枚の切手よ。あれのモデルになったと言われる切手がこの三枚なのよ。しかし、お義父さん、よくこんな切手を手に入れましたね」
「妻が、和也の亡くなった母があの映画のファンでね。あいつが生きていたときから探していたんだよ。和也が結婚したらお祝いに渡そうと思っていたんだが、ただ渡すだけだと面白くないと思ってね」
そんな事のために、絵を注文したり、自ら描いたりと、手の込んだことをしたのか?
訳が分からない。
「お義父さん。わざわざ、家族の写真を葉書にしたのって、和也さんとの仲を修復したいって表れでいいんですよね。二枚の絵は照れ隠しですか?」
「……今まで済まなかった。あいつが死んだ事がつらくて仕事に打ちこむ事で忘れようとしてたんだ。その結果、お前が寂しい思いをしていたことにも目をつむってしまった。許してくれ」
初めて親父から謝罪の言葉を聞いた気がする。
母親との思い出の切手と家族写真。
「和也くん」
知子が俺の手をそっと握った。
俺の凝り固まった心が少しだけほどけた気がした。
確かに急に知子が亡くなってしまったら、俺もおかしくなるかも知れない。そう考えると、親父の気持ちも分かる気がする。
「親父、母さんのことを教えてくれるか?」
「和也」
こうして俺達は、今までただ身振り手振りだけでお互いの気持ちをぶつけてきたシャレードを止めて、言葉で話し合う仲に変わっていった。
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