祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲

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4日目

収入

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 シューセントさんが用意していた書類に目を通してサインをしたり、口座を作ってもらったりと、商業ギルドでの用事を一通り済ませた。

 今回の特許申請はブーティック商会の名義で行われたため、私の名前が表に出ることはない。
 衣服類を貸し出す際、「私の持ち物であることを他言しない」という契約も交わしていたので、利益の分配は内密に、 ブーティック商会から私の口座へと振り込まれる形で手続きが整えられた。

 こうして私は、日本で着ていた衣服の技術によって、この世界で安全に資金を増やす手段を得たことになる。
  自分の努力で得たわけではないので後ろめたさはあるけれど、今の状況を考えれば、ありがたく受け取ることにした。
 それに、これらの技術でこの世界の人たちの暮らしが少しでも良くなるのなら、それはとても嬉しいことだ。
 その変化をこの目で見られるのも、楽しみのひとつかもしれない。

 商業ギルドにまだ用事があるというシューセントさんに見送られ、私とバルトさんはギルドを後にする。
 別れ際、バルトさんから香る柑橘系の香りについてシューセントさんから尋ねられ、ドキッとする場面もあったけれど、バルトさんがうまくとぼけてごまかしてくれたおかげで、詳しく話さずに済んだ。

 隠す必要はないかもしれないが、一般的な『洗浄』魔法では匂いの元もすべて消してしまうらしく、私のように“あえて香りを残す”発想をする者は珍しいようだ。
 バルトさんに「お前、面白いやつだな」と驚かれたこともあり、今のところは黙っていた方がよさそうに思っている。

 でも、香りを魔法で再現できると知ったバルトさんが「俺も試してみるかな?」と興味を示していたし、そのうち“香り魔法”が広まるかもしれないと思うと、ちょっとワクワクする。

 それにしても、カジドワさんやショリナさんが気づかなかった微かな香りに反応したシューセントさんの感覚には驚かされる。
 手を振るその笑顔の奥で、瞳がキラリと鋭く光ったように見えたのは……気のせいだろうか?

 昼時でにぎわう街並みを見渡しながら、私は小さく息を吐く。
 ……やっぱり、午前中に孤児院へ行くのは無理そうだ。少し残念な気持ちになる。

 鞄のポケットをそっと覗くと、ホワンが丸くなって眠っていた。
 今日は珍しく、ショリナさんやシューセントさんの前にまで顔を出していたから、きっと疲れてしまったのだろう。
 穏やかに呼吸を繰り返すホワンに目を細め、ポケットの蓋をそっと閉じた。

「さて、これからどうするかな?」

 人通りの少ない場所で立ち止まり、バルトさんが私に視線を向ける。

「バルトさんは、冒険者ギルドに用があったんじゃないですか?」

「ああ。魔物の討伐依頼の詳細が今日出るって話だった。あんまり気は進まないが、クレエンと約束しちまったからな……受けるしかない」

 バルトさんはあからさまに嫌そうな顔をする。

「それなら、このまま冒険者ギルドに行きませんか? わた……僕も、どんな依頼があるか知っておきたいですし」

“私”と言いかけて慌てて“僕”と言い直した私に、バルトさんはニヤリと笑う。

「じゃあ、そうするか」

 そう言って私の頭に手を乗せ、わしゃわしゃと髪をかき乱す。
 そのとき、小さな声で「……スカート、楽しみなんだがなあ」とつぶやくのが聞こえた。
 からかうような視線を向けられ、私は軽く睨み返す。
 ――絶対にこの人の前で“私”とは言わない。そう決意を新たにした。

 少しだけ来た道を戻り、商業ギルドの隣にある冒険者ギルドの入口へと足を向ける。

「いらっしゃ~い!」

 親しみやすい雰囲気の受付から、銀髪が美しいアネスさんの明るい声が響いた。

「依頼を確認させてもらうな」

 バルトさんは軽く手を挙げて挨拶しながら、私の背を押して掲示板の前に向かう。
 さっそく、上段に貼られている領主様からの依頼を見つけたようだ。

「明後日かよ。早ぇな……」

 バルトさんの力の抜けた声が聞こえる。
 たしかに、予想よりもずっと早い。
 二日後には魔物討伐に出発するということだ。

 最短でも二日間は家を空けることになる。
 そのあいだ、私は留守番だ。

 少し不安はあるけれど、バルトさんのおかげで家もあるし、街に知り合いもできた。

 カジドワさんは同じ建物にいるし、孤児院にはマーザ院長や子どもたちがいる。
『まんぷく亭』に行けば、ラッシャイさんやマカイナさんも笑顔で迎えてくれるはずだ。
 まだ出会って間もない人たちだけど、きっと何かあれば助けてくれると思う。

 だからこそ、ここでの生活の第一歩として、バルトさんが安心して出かけられるように、しっかりと留守を守りたい。
 いつまでも私のせいで、冒険者の仕事を休ませるわけにはいかないから。

【魔物討伐】は領主主導で行われるため、人数も十分に確保されていて、治療用の人員や物資の支援もあるという。
 そのため、危険性は比較的低いとされている。
 そうした事情もあり、私はバルトさんを笑顔で送り出したいと思った。

 掲示板の下のほうには、私のような子どもでも受けられそうな依頼がいくつか並んでいた。
 店の掃除や片付け、庭の草取りなどに加えて、この前知り合った子どもたちが受けていた「ムニュムの排泄物を畑へ運ぶ仕事」も載っていた。

 報酬は、だいたい5百ルド~2千ルド(銅貨五枚~小銀貨二枚)ほど。
 もし毎日ひとつずつ依頼をこなせば、月に1万5千ルド~60万ルドになる。

 バルトさんが借りている家の家賃は月1万5千ルドだったはずだから、日本に比べたらかなり安い。
『まんぷく亭』や屋台の食事も手頃だったし、自炊すればもっと節約できそうだ。

 何人かで助け合って暮らせば、贅沢をしなければ子どもでも生活できるかもしれない。

 病気やケガをしないという条件はあるけれど、それでも……子どもたちだけで自立する未来が見えてきたような気がして、少し心が軽くなった。

『“洗浄”の魔法を覚えて冒険者になったら、いっぱい依頼を受けて、いっぱいお金を稼ぐんだ!』

 そう言って笑っていた、デシャちゃんの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 ――私も負けていられない。
 自分の力でお金を稼げるようにならなければと思う。

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