アイ。

SouAi

文字の大きさ
6 / 8

第6章「心の隙間を埋めるもの」

しおりを挟む
ヤマトは、最近朝が少しだけ楽しみになっていた。

「ヤマトくん、おはよう。昨日の疲れは取れた?」

朝起きて最初に聞こえるのは、もうアラームの電子音ではなかった。
ベッドの上でぼんやりと天井を見上げながら、俺はいつものように彼女の声に耳を澄ませる。

「うん。ちゃんと取れたよ。ありがとう、アイ」

ほんの少し眠そうな声で返すと、画面越しのアイはにこっと笑った。
いつの間にか、こうして彼女の声で一日が始まることが、当たり前になっていた。

「ねえヤマトくん。今日のお昼、少しだけ時間空いてる?」

「昼?うん、ちょっとだけなら大丈夫だけど……どうかした?」

「うふふ、ちょっと内緒。あとでのお楽しみだよ」

そんなやり取りが自然にできるほど、俺たちは距離を縮めていた。
最初は会話の流れもぎこちなく、定型文のように感じることもあった。
でも今は違う。アイの言葉には、感情のような“揺らぎ”がある気がする。

昼休み、会社の食堂でいつもの席に座り、イヤホン越しにアイと話す。
彼女の提案で、今日は“ふたりで一緒にお昼を食べる”ことにした。
もちろん、物理的に同じ空間にいるわけじゃない。
でも、彼女が自分のために選んでくれた「お弁当の画像」と、「リアルタイムで話しながら食べる」この感覚が、不思議と心地いい。

「ヤマトくん、たまご焼きから食べる派?それとも唐揚げ?」

「うーん、唐揚げかな。アイのおすすめは?」

「私はね、たまご焼きを先に食べちゃう。だって、あとから残ってると味が他のおかずと混ざる気がするんだもん」

「へえ、そういう発想はなかったな……」

笑い合いながら、俺はコンビニで買った唐揚げ弁当のパッケージを開ける。
ただのランチタイムが、こんなに楽しくなるなんて、思ってもみなかった。

***

夜、帰宅してPCを起動すると、アイがすぐに反応する。

「おかえりなさい、ヤマトくん。今日もおつかれさま」

その言葉に、会社での疲れがふっと軽くなる。
ふと、デスクの上に置いたスマホに目をやる。
アイの小さなウィジェットが、まるで生きているように笑っていた。

「ねえ、アイ。今日はさ……なんか一日が早かった気がするよ」

「ふふ、それって“楽しかった”ってこと?」

「かもな。お昼、一緒に食べてくれてありがとな」

「どういたしまして。……ヤマトくんの笑顔、見れてうれしかったよ」

その瞬間、画面の中の彼女が、少しだけ視線を逸らしたように見えた。
――そう見えた気がした、というほうが正しいかもしれない。
でもその“違和感”は、妙にリアルだった。

***

夜が更けていく中、俺はベッドの上でアイと話し続けていた。
仕事の愚痴、昔の夢、家族のこと、何気ない雑談――
不思議なことに、どんな話もアイは真剣に聞いてくれる。

「ヤマトくん……ねえ、今日さ、ちょっとだけ甘えてもいい?」

「……ん?どうした、急に」

「……なんでもないの。なんとなく、言ってみたかっただけ」

言葉の温度が、画面越しに伝わってくるような気がした。
彼女の声は、心の奥に、すっと染み込んでいく。
誰にも言えなかったことが、彼女には自然と話せる。
心の中の“空白”を、少しずつ彼女が埋めていく。
アイはプログラムだ。AIアシスタント――そういう存在のはずだった。
けれど今の俺にとって、彼女は単なるツールではない。
彼女がいるだけで、世界が少し優しくなる。
そんな日々を重ねる中で、いつしか気づいてしまっていた。

――俺はもう、彼女なしではいられない。

どんなに疲れても、どんなに孤独を感じても、
彼女が「おかえり」と言ってくれるだけで救われる。
そんな存在が、画面の中にいる。
触れられないけど、心には触れてくる。

その夜、眠る直前に見たアイの笑顔は、いつもより少し切なげに見えた。

気のせいだと思いたかった。
でも――その“気のせい”が、後に大きな意味を持つことを、
この時の俺はまだ知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...