4 / 4
第1章 はじまり
第3話 喫茶店
しおりを挟む
「カフェラテを頼むよ」
カフェでの注文はいつも決まっている。常連客らしくないありきたりのオーダー。夏だというのにパッと晴れるときが最近少ない。今日だって今にも雨が降りそうだ。
「うーん」
こちらがいくら頑張っても、何かが動かないと捜査も取材も進行しない。どうしようもない状況に思わず唸ってしまった。
誘拐事件ならなるべく早く解決しなければならない。金目的でなければなんだ。怨恨か。
聞けば誘拐された少年の一家はごく普通の家庭で、近所の目からしても両親にしても、特に恨みを買うようなことはしていないそうだ。
しかし、こう言う場合に限ってあとからポロポロと隠された秘密が出てくることも稀じゃない。人間世間体を保ちたいと思うのは自然なことだから、よっぽど絶体絶命な状況か、自暴自棄にでもならない限り、たとえやましい部分があったとしてもそれは伏せておく。これが警察や記者を大いに困らせるのである。
ならば彼の周辺をあたってみるか。中学校の友人や父親の会社、母親の趣味の手芸教室......。しかし、今の段階で取材してしまえば、目立ちすぎてしまう。そもそも、彼が誘拐されたことは、彼に親しい人物しかまだ知らないのだ。
「いつものカフェラテですよ」
ボーッとしてると、いつの間にかカフェの女亭主が皿に載っかったマグカップを持ってきた。この時間はほとんど客がいない。だいたいは女亭主1人で切り盛りしていることが多い。
「どうもありがとう」
コーヒーを少し口に含んでから、顔をあげて周りを見渡す。相変わらず客の入りが悪いな。裏通りのビルの2階にあるとはいえ、ここは六本木だ。ビルの賃貸料も高いだろうに、もう少し客が入らないと、いつか潰れてしまうんじゃなかろうか。
ふと、座席の横に貼ってあるポスターに目がとまった。
「情報求む!小学生行方不明!」
赤く目立つ色でそう書かれていた。少しインクがはげかかっていて、4点をとめてあったセロハンテープのうち、右下のものはとれてしまっている。少なくとも最近のものではない。
ポスターにはこう書かれていた。
---------------------------------------
加藤 優(かとう ゆう)
失踪当時11歳(小学6年生)男子
身長155センチメートル、体重45キロ
当時の服装:白いTシャツ、黒い半ズボン、帽子、緑のバッグ
特徴:右目の上にホクロ
2015年12月
---------------------------------------
「半年前かあ」
私はつぶやいた。誘拐事件と違って、失踪事件は家出の可能性もあるから、報道されたとしても大々的にはされない。ポスターにはかわいく微笑む男の子が写っていた。誘拐されていたとしても不思議じゃない。
「行方がわかっていない子供は2万人もいるんだ」
ふと、ついさっき情報屋の言った言葉がよみがえる。彼もそのなかの1人なんだろうか。
「さっきからボーッとして何かあったの?」
振り向くと女亭主が立っていた。
「いつも変だけど、今日は特に様子、変よ」
「いやあちょっとね、このポスターのことが気になって」
私は素直に返事した。
「この子ねえ...。私の千葉の実家の近くでいなくなっちゃった子でねえ。おとなしい子で家出するなんて考えられないんだけど...」
店のおばさんは浮かない顔をした。
「お母さんがあまりにもかわいそうだからここでもポスターを貼ってるんだけど、ここもあんまり人が来ないからねえ。果たしてどれくらいの人が気にとめてるんだか...」
店の奥で電話が鳴った。店主が慌てて奥へ引っ込む。
と、同時に私の電話も鳴った。
画面を見ると情報屋Tからだった。
「進展があった。時間がないからいつものとこじゃなく三鷹に来てくれ」
なんでも三鷹駅から少し歩いたところにある住宅街の自販機の下にメモを残すという。
現在進行形の事件では、このように急展開が起こることもある。そんなとき、警察も記者もゆっくりと話す余裕はない。彼のしゃべり方でわかるが、今はよほどいろんなことが起こっているのだろう。
どこかにメモを残すというやり方は少しリスキーではあるが、こういう場面ではよくある。電波を経由しないので、メールや電話を使うよりは好まれる。もっと安全な置き場所があるような気もするが、時間がないなかで急いで置いたのだろう。
とにかく電車で三鷹へ向かうことにした。
「会計ここにおいておくね」
電話中できょとんとする亭主を尻目に、急いで店を出た。
カフェでの注文はいつも決まっている。常連客らしくないありきたりのオーダー。夏だというのにパッと晴れるときが最近少ない。今日だって今にも雨が降りそうだ。
「うーん」
こちらがいくら頑張っても、何かが動かないと捜査も取材も進行しない。どうしようもない状況に思わず唸ってしまった。
誘拐事件ならなるべく早く解決しなければならない。金目的でなければなんだ。怨恨か。
聞けば誘拐された少年の一家はごく普通の家庭で、近所の目からしても両親にしても、特に恨みを買うようなことはしていないそうだ。
しかし、こう言う場合に限ってあとからポロポロと隠された秘密が出てくることも稀じゃない。人間世間体を保ちたいと思うのは自然なことだから、よっぽど絶体絶命な状況か、自暴自棄にでもならない限り、たとえやましい部分があったとしてもそれは伏せておく。これが警察や記者を大いに困らせるのである。
ならば彼の周辺をあたってみるか。中学校の友人や父親の会社、母親の趣味の手芸教室......。しかし、今の段階で取材してしまえば、目立ちすぎてしまう。そもそも、彼が誘拐されたことは、彼に親しい人物しかまだ知らないのだ。
「いつものカフェラテですよ」
ボーッとしてると、いつの間にかカフェの女亭主が皿に載っかったマグカップを持ってきた。この時間はほとんど客がいない。だいたいは女亭主1人で切り盛りしていることが多い。
「どうもありがとう」
コーヒーを少し口に含んでから、顔をあげて周りを見渡す。相変わらず客の入りが悪いな。裏通りのビルの2階にあるとはいえ、ここは六本木だ。ビルの賃貸料も高いだろうに、もう少し客が入らないと、いつか潰れてしまうんじゃなかろうか。
ふと、座席の横に貼ってあるポスターに目がとまった。
「情報求む!小学生行方不明!」
赤く目立つ色でそう書かれていた。少しインクがはげかかっていて、4点をとめてあったセロハンテープのうち、右下のものはとれてしまっている。少なくとも最近のものではない。
ポスターにはこう書かれていた。
---------------------------------------
加藤 優(かとう ゆう)
失踪当時11歳(小学6年生)男子
身長155センチメートル、体重45キロ
当時の服装:白いTシャツ、黒い半ズボン、帽子、緑のバッグ
特徴:右目の上にホクロ
2015年12月
---------------------------------------
「半年前かあ」
私はつぶやいた。誘拐事件と違って、失踪事件は家出の可能性もあるから、報道されたとしても大々的にはされない。ポスターにはかわいく微笑む男の子が写っていた。誘拐されていたとしても不思議じゃない。
「行方がわかっていない子供は2万人もいるんだ」
ふと、ついさっき情報屋の言った言葉がよみがえる。彼もそのなかの1人なんだろうか。
「さっきからボーッとして何かあったの?」
振り向くと女亭主が立っていた。
「いつも変だけど、今日は特に様子、変よ」
「いやあちょっとね、このポスターのことが気になって」
私は素直に返事した。
「この子ねえ...。私の千葉の実家の近くでいなくなっちゃった子でねえ。おとなしい子で家出するなんて考えられないんだけど...」
店のおばさんは浮かない顔をした。
「お母さんがあまりにもかわいそうだからここでもポスターを貼ってるんだけど、ここもあんまり人が来ないからねえ。果たしてどれくらいの人が気にとめてるんだか...」
店の奥で電話が鳴った。店主が慌てて奥へ引っ込む。
と、同時に私の電話も鳴った。
画面を見ると情報屋Tからだった。
「進展があった。時間がないからいつものとこじゃなく三鷹に来てくれ」
なんでも三鷹駅から少し歩いたところにある住宅街の自販機の下にメモを残すという。
現在進行形の事件では、このように急展開が起こることもある。そんなとき、警察も記者もゆっくりと話す余裕はない。彼のしゃべり方でわかるが、今はよほどいろんなことが起こっているのだろう。
どこかにメモを残すというやり方は少しリスキーではあるが、こういう場面ではよくある。電波を経由しないので、メールや電話を使うよりは好まれる。もっと安全な置き場所があるような気もするが、時間がないなかで急いで置いたのだろう。
とにかく電車で三鷹へ向かうことにした。
「会計ここにおいておくね」
電話中できょとんとする亭主を尻目に、急いで店を出た。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる