別に恋じゃなくても

らすぽてと

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第9話

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『ご迷惑じゃなければ今から行ってもいいですか?』
 仕事が一段落したところでスマホを見たら、三十分くらい前にテシからそんなメッセージが届いてた。出てってからまだ一時間半も経ってない。
 もしかして志村くんと何かあったのかと思いつつ『鍵開けとくからいつでも来ていいよ』と送ったら、すぐに『ありがとうございます』と返信が来た。
「お邪魔します」
 数分後にやって来たテシはとてつもなく暗い顔をしてた。こんなにどんよりした雰囲気を纏ってるのは初めてだ。
「大丈夫……じゃなさそうだな」
「そうですね」
 すぐにでも話を聞きたいくらいだったけど、とりあえず部屋に通してソファに座ってもらった。
「どしたの」
「さっき、健太郎くんに告白されました」
 その報告を聞いてそう驚きはしなかった。それにしても、このタイミングで志村くんが行動を起こすなんてあまりにも巡り合わせが悪過ぎる。
「なんて返事したの?」
「『考えさせてくれないかな』って言ったんですけど、泣きそうな顔で帰っちゃいました」
「なるほど」
 保留という形なのにそうなったなら、志村くんがネガティブ過ぎてフラれたと思ってしまったか、テシが完全にダメな空気を出してたんだろう。
「それで、夏彦さんに一つ謝りたいことがあって」
 この流れでその前置きは嫌な予感しかしなかった。聞きたくはないけど聞かないわけにもいかない。
「何?」
「健太郎くんが好きって言ってくれた時、気持ちがグラグラしました」
 昨日の今日でそんなことを言われて梯子を外されたような気分だった。ただ、あれだけ実直な志村くんから告白されたら心を動かされてしまうのもわからなくはない。
「そんなのわざわざ言うって、どういうつもり?」
 もう粗方察しはついてるものの、テシに意図を確認してみる。テシは「なんていうか……」と言い淀んで、少し間を置いてから口を開いた。
「こんな気持ちで夏彦さんとお付き合いするのは失礼だと思ったんです」
 やっぱりこれは別れ話だと確信して気落ちはしたけど、引き留めようとは微塵も思わなかった。恋をしてるのかもわかってない俺なんかより、テシに惚れ込んでる志村くんと付き合った方がテシも幸せになれそうな気がする。
「二十四時間以内にフラれるなんて人生初だな」
「ごめんなさい」
「まあ、気が向いたらいつでも戻ってきなよ」
 申し訳なさそうに俯いてるテシの頭をぐしゃぐしゃ撫でると、テシの瞳が潤んできたからギョッとした。
「なんでそっちが泣きそうになってんだよ」
「だって、夏彦さんが優し過ぎるんですもん」
「あー、もう、しょうがねぇな」
 今にも泣きそうな顔をされたらほっとけなくて思わず抱き締めてしまった。テシは俺の肩に顔を埋めて涙を堪えてるようだった。
「動物園行く約束は絶対すっぽかすなよ」
「瀕死の状態でも行きます」
「それは来なくていい」
 気が紛れそうな話題を振ると真剣なトーンでふざけたことを言われて、ちょっと笑いながらツッコんだらテシも笑ってくれたから身体を離した。
「志村くんとも話してくれば?」
「でも、もうすぐ出勤時間ですし」
「遅刻してもいいよ」
「それはさすがに申し訳ないです」
 志村くんはきっと地獄のように落ち込んでるだろうから早めに返事を聞かせてあげた方がいいんじゃないかと思ったけど、テシはそういうところは真面目だから仕事を投げ出して行きそうにない。
「そしたら、志村くん来た時に話しなよ。俺は席外すから」
「できればいてほしいです」
「なんでだよ」
 二人で話す場を設けようとしたらテシは俺の手を握ってきた。俺はその手を引っぺがしながら理由を尋ねた。
「上手に話せる気がしなくて……お願いします」
 志村くんからしたら意味がわからないだろうから断りたかったのに、不安気な顔で見つめられるとどうも断れなかった。
「取っ掛かりは作ってもいいけど」
「ありがとうございます」
 すっかり情が移ってしまってるのは否めないし、程々の距離感に戻るにはまだ時間が掛かりそうだ。
「もう微妙な時間だし、ゆっくりしてけば」
「今日、ずっと入り浸っててすみません」
「いつもみたいに図々しくしてていいよ」
「俺ってそんなイメージなんですか」
「胸に手ぇ当てて考えてみろよ」
「心当たりないですね」
 色々あったけど気まずくはないし、表面上は今までと変わらない感じがする。普段通り無駄口を叩きながら一緒に紅茶を飲んで、一息ついてから仕事に取り掛かった。
 志村くんはいつもなら十分前には出勤してくれるのに、今日は五分前になっても来なくて、テシはずっと落ち着かない様子だった。
「健太郎くん、来なかったらどうしましょう」
「信じて待つしかないよな」
 志村くんはバックレたりするタイプじゃないと思いたかったけど、出勤時間を過ぎても姿を見せなかった。
「絶対俺のせいですよね」
「それはテシが責任感じることないって。とりあえず電話してみるよ」
 頼むから出てほしいと願いながら志村くんに電話を掛けたら、思いの外すぐに繋がった。
「すみません、今起きました」
 その言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が解けて思わず吹き出してしまった。今年どころか、ここ数年で一番笑ったかもしれない。
「そっか。来れそう?」
「ダッシュで行きます」
「走んなくていいから気を付けて来てね」
 辞めるつもりなんて全くないようだとわかって、安堵しながら電話を切った。重かった空気が一気に軽くなったように感じた。
「遅くなってすみません!」
 志村くんは店に入ってくるや否や、昨日よりも大きな声で詫びを入れて頭を下げた。
「いいよいいよ。生きてりゃ寝坊する日くらいあるって」
「本当に申し訳ないです。以後気を付けます」
 最敬礼を通り越すくらい深くお辞儀した後、やっと顔を上げてくれた志村くんの目元は少し腫れてるように見えた。きっと泣き疲れて寝てたんだろう。
「事件や事故に巻き込まれたわけじゃなくてよかったよ」
「ご心配お掛けしてすみません」
 テシから笑顔で声を掛けられて、志村くんはなんとも言えない複雑な表情をしてた。まだ気持ちの切り替えはできてないらしい。
「仕事始める前にちょっと、プライベートなこと話していい?」
「え、あ、はい」
 俺が話を持ち掛けたら志村くんは若干上擦った声で返事をした。用件なんて当然わかってるみたいだ。
「そこ座ってくれていいよ」
 四人掛けのボックス席を勧めると、志村くんは緊張した様子で壁際の席に腰を下ろす。テシはテーブルを挟んで志村くんの対面に、俺はテシの隣に座った。
「テシから事情は聞いたんだけど、このままじゃ気まずいだろうし一回ちゃんと話しといた方がいんじゃないかなと思って」
「申し訳ないです」
「謝ることないよ」
 志村くんに謝られたテシは穏やかにそう答えた後、いよいよ本題を切り出した。
「健太郎くんが好きって言ってくれたの、ホントに嬉しかったし、俺も付き合いたいって思うくらい好きだよ」
「えっ」
「だけど、夏彦さんのことも好きで……だから、ごめんね」
 なんか妙な入りだなと思ったらテシは志村くんをフッたから、付き合うつもりじゃなかったのかと面食らった。俺のことなんて伏せといたっていいだろうに、バカ正直に話すから志村くんは何か勘付いたようだった。
「あの、もしかして、二人って、付き合ってます?」
 志村くんからそう尋ねられて、テシは「なんて答えたらいいですか」と言いたそうな目でこっちを見てきた。ここまで来たらもう、変に隠し立てするのも気持ちが悪い。
「昨日付き合い始めたけど、ついさっき別れた」
 俺が事実をありのまま打ち明けたら志村くんはきょとんとしてた。あまりにも端折り過ぎたし、そりゃそうなるよなと思う。
「まあ、要するに志村くんの告白でテシの気持ちが揺らいだって話だよ」
 この件に関して一番重要だと思ってることを伝えると、志村くんは幾分か理解してくれたようだった。ただ、どことなく死んだ目をしてた。
「一旦整理させてもらいたいんですけど」
「うん」
「店長のことも俺のことも好きだから選べなくて、どっちとも付き合わないことにした、ってことで合ってますか」
「そうだね」
 テシの答えを聞いた志村くんはしばらく項垂れてて、数十秒後、不意にスイッチが入ったように顔を上げた。
「俺のこと好きなんだったら、店長のことも好きなままでいいから付き合ってくれませんか」
「え?」
「やっぱ志村くんすげぇな」
 志村くんの突拍子もない発言で、俺は気付いたら思ったことをそのまま口にしてしまってた。普段からなんとなく面白い子ではあるけど、ここまでぶっ飛んだことを言うなんて思ってなかった。
 浮気を容認するという俺の中にはなかった発想に対する感覚は、不思議なことに抵抗感よりも好奇心の方が強かった。
「志村くんと付き合うなら俺とも復縁してよ」
「それって……3Pするって意味じゃないですよね?」
 便乗して復縁を申し入れたら、テシはおずおずと明後日の方向からの質問をしてきた。最初に気になったのはそこなのかと呆れざるを得なかった。
 志村くんは突然の下ネタに心底驚いた様子だった。でも、ひょっとしたら「勅使河原さんがしたいなら」なんて言うかもしれない。
「念のため聞くけど、志村くんは3Pってどう思う?」
「ありえないですね」
「俺もそう思う」
「ですよね。ちょっぴりドキドキしちゃいました」
 さすがに志村くんも全否定してくれて安心した。テシは照れくさそうに目を伏せてたけど、内心ガッカリしてそうな気もする。
「で、どうするつもり?」
「どうもこうも、二人とお付き合いするなんて絶対おかしいじゃないですか」
 俺が改めて聞いてみると、テシは急に道徳的なことを言い出した。3Pの話をした後でそれはどう考えても無理がある。
「こそこそ二股すんのはどうかと思うけどさ、志村くんも俺も納得してるんだから問題なくない? 男同士なら万が一ってこともないし」
 ちょっと背中を押せば乗ってくるかと思いきや、テシは意外に長考してた。誰も何も言わないまま時間が流れていった。
「健太郎くんは本当に納得してる?」
「もちろんです」
 心配そうに尋ねるテシに志村くんは迷いなく即答する。意志の強さが伝わったからか、テシの気持ちも固まったようだった。
「じゃあ……不束者ですがよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 テシが姿勢を正して恭しく頭を下げると、志村くんも同じように頭を下げた。
「俺はテシが志村くんを選んだとしても二人に対して不当な扱いはしないからそこは安心してくれていいよ」
「わかりました」
 一応、絶対にパワハラしないということだけは伝えておいた。志村くんもせっかくバーテンダー修行を頑張ってくれてることだし、できることなら長く付き合っていきたいと思ってる。
「それじゃ、仕事は仕事ってことで、今日もよろしくね」
「はい」
 志村くんはしっかり返事してくれたけど、よく物思いにふけって魂が抜けてる時があるから、この状況で果たして仕事になるのかわからない。
 開店して一時間経った頃にふと洗い場を見たら志村くんは同じグラスを延々と洗い続けてた。やっぱり先が思いやられる。
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