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第8話(R18)
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「夏彦さん、夏彦さーん」
テシに身体を揺さぶられて目が覚めた。まだ眠くてとても起き上がる気にはなれない。
「もう一時ですけどまだ起きないんですか」
「もうちょい寝たい……」
「息子さんは起きてるみたいですよ?」
二度寝しようとしたのに、クソジジイみたいな低俗な冗談を言いながらそれを握られた。頭を軽く叩いてもテシは構わず手を動かし始める。
「ドスケベ」
「ふふっ」
罵ったら嬉しそうに笑われて呆れたけど、抵抗する気力もないし、嫌な気分じゃなかったから好きにさせることにした。
「昨日いっぱい気持ちよくしてもらったからお返しさせてください」
「随分律儀だね」
触られてるうちに段々目が冴えてきて、やられっぱなしもなんだから俺もテシのそれに手を伸ばした。俺のものを触ってるだけで興奮したみたいで、もう硬くなって湿り気を帯びてた。
「触り合いっこしてくれるんですか」
「そんな可愛いもんじゃねぇだろ」
テシのそれから流れ出したものを塗り広げるように先端を撫で回すと、テシは「あっ」と小さく声を漏らす。いじめたくなってそこばかり責めてたら女みたいに喘ぎ始めた。
「お返ししてくれんじゃなかったの?」
テシの手が完全に止まってたから俺も触るのをやめて聞いてみる。
「しますよ、ちゃんと」
上気した顔で吐息混じりにそう答えたテシは自分のそれと俺のそれを両手で包んで腰を動かし始めた。テシのものが敏感なところに擦れて、俺も危うく変な声が出そうになった。
終わった後はまた眠くなってしまって、事後処理を済ませてもう一度寝転んだらテシも横になって抱きついてきた。
「まだ寝ます?」
艶やかに微笑みながら内腿を撫でられると、こいつは淫魔か何かなんじゃないかと思う。そのうち全部搾り取られそうだ。
「寝込み襲われそうだから起きる」
「さすがにそんなことしないですよ」
「寝起きに手コキも大概だろ」
「寝起きに手コキって語感いいですね」
さっきとは打って変わって能天気に笑うテシを見て、狐につままれたような気分になった。どうやら通常営業に戻ったらしい。
元々距離感が近かったテシは恋人となると尚更ベッタリなようで、歯磨きしてても腰に手を回してきたし、風呂場でも後ろから抱きついて肩口や首筋にキスしてきた。
「もっかいしたいの?」
「ただのスキンシップです」
「この状態で言われてもな」
「そのうち収まるのでお気になさらず」
密着されてるとテシのそれがまた硬くなり始めてることがわかって、三十手前にしては元気過ぎる気がした。
「そんな性欲強いと大変じゃない?」
「普段は一回したら十分ですけど、夏彦さんの裸がエッチなので」
「俺のせいにすんなよ」
俺の身体で興奮できるテシの感性はよくわからないけど、そのままにしておくのも可哀想だからもう一回抜いてやった。
「先にドライヤー使っていいよ」
「乾かし合いっこしません?」
風呂上がりに当然のようにそう聞かれて、こいつ女慣れしてんなと思った。わりと淡白な彼女ばかりだったから髪を乾かし合うなんてしたことがない。
「乾かす側ならやってもいいよ」
「髪触られるのはお嫌いですか」
「頭撫で繰り回されるのはなんか屈辱的な感じがする」
「そんなに嫌なんですね」
髪を乾かされるのを拒否したらテシは残念そうだったけど、ドライヤーを用意して手招きすると嬉々としてこっちに来た。
「よろしくお願いします」
「熱かったら言ってね」
「はい」
慣れないなりにテシの髪を乾かしながら、実家で飼ってる犬のことを思い出してた。身体がデカいのに全力で甘えてくるところがよく似てる。
俺も髪を乾かし終えてテシの方を見たら、少し目を離した隙に眼鏡を掛けてたから新鮮に思えた。
「眼鏡してんの初めて見たな」
「コンタクトが外れちゃった時に備えて持ち歩いてるんです。お泊まりは想定外でしたけど」
テシはそう言って照れくさそうに笑う。俺にしたってそこは全くの想定外だった。
「裸眼だとどんくらい見えてんの?」
「生活する分にはそこまで困りませんけど、文字や人の顔はある程度近付かないと判別できないですね」
「へー」
「これで夏彦さんのご尊顔をちゃんと拝めます」
「俺の顔なんか見飽きるくらい見てんだろ」
「飽きないですよ」
コップに水を注いで渡したらテシは「ありがとうございます」と受け取って何口か飲んだ後、急に「あ」と声を上げた。
「動物園まであと三日ですね」
「よく思い出したね」
「危なかったです」
もう絶対忘れないからカウントダウンなんかしなくていいのに。そう思ったけど、言ったところでどうせ続けそうだから言わなかった。
「飯食ってく?」
「いいんですか」
「残りもんでよかったら」
「それはもう是非に」
昨日適当に作った鶏肉と野菜のトマト煮を見せたらテシは爛々とした目で質問してきた。
「ラタトゥイユですか」
「みたいなもんかな」
「美味しそうですね」
主食はパンにしようかと思ったけど今はあいにく食パン二枚しかなくて、今日はもうどんぶりにしてしまうことに決めた。
そういえば食パンも牛乳も消費期限が近いし、ラタトゥイユもどきを温めてる間にもう一品作ろうかと思い立った。
「フレンチトースト好き?」
「大好きです。まさか作ってくれるんですか」
「うん」
「ありがとうございます!」
多分フレンチトーストも好きだろうとは思ってたけど、予想以上に喜ばれて思いっきり抱き締められたから驚いた。
「何かお手伝いできることあります?」
「ないから座ってなよ」
「見ててもいいですか」
「もうちょい離れたらな」
「わかりました」
離れるように促したらテシは邪魔にならない程度に距離を取ってくれた。
「甘いもの好きじゃないのにフレンチトースト作れるなんて意外です」
「素朴な味のもんは好きだよ。甘過ぎるのは嫌いだから外じゃあんま食わないけど」
「好きなもの自分で作れるっていいですね」
卵と牛乳と砂糖を混ぜてたら、テシは何が面白いのかはわからないけどにこにこしながらこっちを見てた。
「夏彦さんって所作が綺麗だからずっと見てられます」
「そりゃどうも」
見られながら作業するのは慣れてても、恥ずかしげもなく褒められるのはむず痒い。
「パンの耳どうする?」
「そのままで大丈夫です」
食パンを半分に切ってフォークで刺してたらテシは興味津々な様子で話し掛けてきた。
「それは隠し包丁みたいなことですか」
「料理やらないくせにそういうのは知ってんだな」
「なんとなくの知識だけはあります」
バーテンダーをやってると「料理も上手そう」とたまに言われるけど、テシは毎回「自炊できないのでコンビニが生命線です」なんて答えてる。
「テシもカレーぐらいなら作れんじゃないの」
「カレーは焦がしちゃいました」
小学校の調理実習レベルのものならできるんじゃないかと思って聞いてみたら、残念な答えが返ってきた。
「どの段階で?」
「ルー入れた後ですね」
「弱火で底の方から混ぜなきゃダメだよ」
「弱火という概念もよくわかってません」
「こんぐらい」
ちょうど弱火を使ってるところだったからコンロを指差す。テシは炎をまじまじと見て「なるへそ」と言った。
「今ならできそうな気がしてきました」
「器用なんだしその気になれば大概できそうだけどな」
「全然器用じゃないですよ。フレアは師匠から匙投げられましたし」
テシは別にどんくさいわけでもないけど、ジャグリングのようなことは全くできなかったらしい。
「フレアの才能あったらうちで働くこともなかったかもな」
「そうですね。夏彦さんと出逢えてよかったです」
もしもの話をしたら小っ恥ずかしいことを笑顔で言われて、どう答えるか迷った。
「俺もそう思う」
「今日は素直ですね」
恥を忍んで同意するとテシはまた抱きついてきた。軽く肘鉄を入れたら離れたけど、なんとなく嬉しそうな顔してる。
食パンを卵液に浸してる間、どんぶりでバターライスを作って、そこにラタトゥイユもどきを掛けたものを一緒に食べた。
「味わい深くて美味しいです」
「ありがとう」
「夏彦さんがカフェ開いてくれたら毎日行きます」
「独特な褒め方だな」
大した料理でもないのにテシは心底美味そうに食ってくれるからいくらでも食べさせたくなる。
「おかわりする?」
「うーん……まだ食べたいですけど、フレンチトーストに向けて余力を残しときます」
「そっか」
「ごちそうさまでした。洗い物くらいはさせてもらっていいですか」
「あー、ありがとう」
普通だったら客人には洗い物なんてしてもらわないけど、もうそういうわけでもないかと思って任せることにして、俺はフレンチトーストの続きに取り掛かった。
「何飲む?」
「一番お手を煩わせないものでお願いします」
「牛乳飲んでほしいからカフェオレでいい?」
「はい」
飲み物を淹れ終えたところでフレンチトーストもちょうどいい焼き加減になってた。ベストなタイミングでことが運ぶのは気分がいい。
「味の保証はしないけど」
「ありがとうございます」
「蜂蜜好きなだけ掛けていいよ」
「至れり尽くせりですね。いただきます」
フレンチトーストと一緒に蜂蜜をチューブごとテシのそばに置いたら、テシは意外にも蜂蜜に手をつけなかった。
「ふわとろで最高です」
普段通り作ったからテシからしたら薄味なくらいかもしれないと思ってたけど、そのままでも美味そうに食ってる。
「蜂蜜しこたま掛けるかと思ってたよ」
「ほんのり甘いのも美味しいですよ」
「ならよかった」
気を遣われてるわけでもなさそうだし、いつもよりゆっくり味わって食べてくれてる気がして嬉しい。
「美味し過ぎて食べ終わるのが嫌です」
「またいつでも作るから早く食いなよ」
「次は作り方教えてくれます?」
「いいよ」
「よろしくお願いします」
ちょっと話しただけでテシがこんなに料理に対して前向きになるなんて思ってなかった。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「綺麗に平らげてくれてありがとな」
食事を終えるとテシはまた洗い物をしてくれた。うちに来るのは二回目なのに、仕事で一緒に過ごしてる時間が長いせいで当たり前にそこにいるような感覚がある。
今までは昼間働いてる彼女と生活のリズムが合わずに無理してた部分もあったけど、テシとはそういうすれ違いもないから理想的なパートナーと言えるかもしれない。
ただ、友達としては上手くいってたのに恋人となると居心地が悪くなってしまうことが多かったから一抹の不安はある。仕事の上でもテシがいなくなったら困るから仲違いしないようにしたい。
その時、テシのスマホが鳴って、反射的にそちらに目をやってしまった。見るつもりはなかったけど志村くんの名前が視界の隅に入って、なんとなくドキッとした。
志村くんに対して罪悪感がないと言えば嘘になる。かといってどうすればよかったのか考えても、結局どうしようもなかったんじゃないかと思った。
志村くんがテシを好きかどうかは不確定なことだし、わざわざ確認するのもおかしな話で、あまつさえ「俺もテシのこと好きだからごめんね」と言うわけにもいかない。
「なんか通知来てたよ」
「はーい」
洗い物を終えたテシに通知の通知をしたら、テシはスマホを見て「わぁ」と嬉しそうな声を上げた。
「健太郎くんが駅前の広場でお祭りやってるから行きませんかって」
「あー、もうそんな時季か」
「一緒に行きません?」
そんな提案をされて志村くんが不憫に思えた。志村くんは間違いなくテシと二人で行きたいだろうから。
「百パー俺のことは呼んでないだろ」
「みんなで行った方が楽しいじゃないですか」
「俺いたら志村くん気ぃ遣うって。二人で行きなよ」
志村くんのためを思って断ったら今まで見たことないくらい悲しそうな顔をされてしまった。
「夏彦さんはそういうの嫌じゃないんですか」
テシからそう尋ねられた時にようやく、数ヶ月前に彼女と別れた時の自分と同じ轍を踏んでることに気付いた。我ながら学習能力がなさ過ぎる。
テシは束縛された方が嬉しいみたいだし、一緒に行くか引き留めるかした方が円満でいられるのかもしれない。だけどそれは俺にとっては不本意なことだ。
「それだけ信用してるってことだから、あんまり後ろ向きに捉えないでほしい」
「わかりました」
慎重に言葉を選んで伝えたら、少し寂しそうではあったけど理解は示してくれた。いきなり揉めずに済んで本当によかった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。祭り、楽しんできてね」
「ありがとうございます。それじゃあまた後で」
「うん」
「お邪魔しました」
別れ際、ぎゅっとハグしてから頬にキスされた。外国人みたいな愛情表現をナチュラルにやってのけるのはテシらしいと思う。
テシを見送った後は昨日ほっぽり出した仕事に手をつけ始めたけど、ふとした瞬間にテシの悲しそうな顔を思い出して、やっぱり俺は恋愛ベタなんじゃないかと考えてしまった。
テシに身体を揺さぶられて目が覚めた。まだ眠くてとても起き上がる気にはなれない。
「もう一時ですけどまだ起きないんですか」
「もうちょい寝たい……」
「息子さんは起きてるみたいですよ?」
二度寝しようとしたのに、クソジジイみたいな低俗な冗談を言いながらそれを握られた。頭を軽く叩いてもテシは構わず手を動かし始める。
「ドスケベ」
「ふふっ」
罵ったら嬉しそうに笑われて呆れたけど、抵抗する気力もないし、嫌な気分じゃなかったから好きにさせることにした。
「昨日いっぱい気持ちよくしてもらったからお返しさせてください」
「随分律儀だね」
触られてるうちに段々目が冴えてきて、やられっぱなしもなんだから俺もテシのそれに手を伸ばした。俺のものを触ってるだけで興奮したみたいで、もう硬くなって湿り気を帯びてた。
「触り合いっこしてくれるんですか」
「そんな可愛いもんじゃねぇだろ」
テシのそれから流れ出したものを塗り広げるように先端を撫で回すと、テシは「あっ」と小さく声を漏らす。いじめたくなってそこばかり責めてたら女みたいに喘ぎ始めた。
「お返ししてくれんじゃなかったの?」
テシの手が完全に止まってたから俺も触るのをやめて聞いてみる。
「しますよ、ちゃんと」
上気した顔で吐息混じりにそう答えたテシは自分のそれと俺のそれを両手で包んで腰を動かし始めた。テシのものが敏感なところに擦れて、俺も危うく変な声が出そうになった。
終わった後はまた眠くなってしまって、事後処理を済ませてもう一度寝転んだらテシも横になって抱きついてきた。
「まだ寝ます?」
艶やかに微笑みながら内腿を撫でられると、こいつは淫魔か何かなんじゃないかと思う。そのうち全部搾り取られそうだ。
「寝込み襲われそうだから起きる」
「さすがにそんなことしないですよ」
「寝起きに手コキも大概だろ」
「寝起きに手コキって語感いいですね」
さっきとは打って変わって能天気に笑うテシを見て、狐につままれたような気分になった。どうやら通常営業に戻ったらしい。
元々距離感が近かったテシは恋人となると尚更ベッタリなようで、歯磨きしてても腰に手を回してきたし、風呂場でも後ろから抱きついて肩口や首筋にキスしてきた。
「もっかいしたいの?」
「ただのスキンシップです」
「この状態で言われてもな」
「そのうち収まるのでお気になさらず」
密着されてるとテシのそれがまた硬くなり始めてることがわかって、三十手前にしては元気過ぎる気がした。
「そんな性欲強いと大変じゃない?」
「普段は一回したら十分ですけど、夏彦さんの裸がエッチなので」
「俺のせいにすんなよ」
俺の身体で興奮できるテシの感性はよくわからないけど、そのままにしておくのも可哀想だからもう一回抜いてやった。
「先にドライヤー使っていいよ」
「乾かし合いっこしません?」
風呂上がりに当然のようにそう聞かれて、こいつ女慣れしてんなと思った。わりと淡白な彼女ばかりだったから髪を乾かし合うなんてしたことがない。
「乾かす側ならやってもいいよ」
「髪触られるのはお嫌いですか」
「頭撫で繰り回されるのはなんか屈辱的な感じがする」
「そんなに嫌なんですね」
髪を乾かされるのを拒否したらテシは残念そうだったけど、ドライヤーを用意して手招きすると嬉々としてこっちに来た。
「よろしくお願いします」
「熱かったら言ってね」
「はい」
慣れないなりにテシの髪を乾かしながら、実家で飼ってる犬のことを思い出してた。身体がデカいのに全力で甘えてくるところがよく似てる。
俺も髪を乾かし終えてテシの方を見たら、少し目を離した隙に眼鏡を掛けてたから新鮮に思えた。
「眼鏡してんの初めて見たな」
「コンタクトが外れちゃった時に備えて持ち歩いてるんです。お泊まりは想定外でしたけど」
テシはそう言って照れくさそうに笑う。俺にしたってそこは全くの想定外だった。
「裸眼だとどんくらい見えてんの?」
「生活する分にはそこまで困りませんけど、文字や人の顔はある程度近付かないと判別できないですね」
「へー」
「これで夏彦さんのご尊顔をちゃんと拝めます」
「俺の顔なんか見飽きるくらい見てんだろ」
「飽きないですよ」
コップに水を注いで渡したらテシは「ありがとうございます」と受け取って何口か飲んだ後、急に「あ」と声を上げた。
「動物園まであと三日ですね」
「よく思い出したね」
「危なかったです」
もう絶対忘れないからカウントダウンなんかしなくていいのに。そう思ったけど、言ったところでどうせ続けそうだから言わなかった。
「飯食ってく?」
「いいんですか」
「残りもんでよかったら」
「それはもう是非に」
昨日適当に作った鶏肉と野菜のトマト煮を見せたらテシは爛々とした目で質問してきた。
「ラタトゥイユですか」
「みたいなもんかな」
「美味しそうですね」
主食はパンにしようかと思ったけど今はあいにく食パン二枚しかなくて、今日はもうどんぶりにしてしまうことに決めた。
そういえば食パンも牛乳も消費期限が近いし、ラタトゥイユもどきを温めてる間にもう一品作ろうかと思い立った。
「フレンチトースト好き?」
「大好きです。まさか作ってくれるんですか」
「うん」
「ありがとうございます!」
多分フレンチトーストも好きだろうとは思ってたけど、予想以上に喜ばれて思いっきり抱き締められたから驚いた。
「何かお手伝いできることあります?」
「ないから座ってなよ」
「見ててもいいですか」
「もうちょい離れたらな」
「わかりました」
離れるように促したらテシは邪魔にならない程度に距離を取ってくれた。
「甘いもの好きじゃないのにフレンチトースト作れるなんて意外です」
「素朴な味のもんは好きだよ。甘過ぎるのは嫌いだから外じゃあんま食わないけど」
「好きなもの自分で作れるっていいですね」
卵と牛乳と砂糖を混ぜてたら、テシは何が面白いのかはわからないけどにこにこしながらこっちを見てた。
「夏彦さんって所作が綺麗だからずっと見てられます」
「そりゃどうも」
見られながら作業するのは慣れてても、恥ずかしげもなく褒められるのはむず痒い。
「パンの耳どうする?」
「そのままで大丈夫です」
食パンを半分に切ってフォークで刺してたらテシは興味津々な様子で話し掛けてきた。
「それは隠し包丁みたいなことですか」
「料理やらないくせにそういうのは知ってんだな」
「なんとなくの知識だけはあります」
バーテンダーをやってると「料理も上手そう」とたまに言われるけど、テシは毎回「自炊できないのでコンビニが生命線です」なんて答えてる。
「テシもカレーぐらいなら作れんじゃないの」
「カレーは焦がしちゃいました」
小学校の調理実習レベルのものならできるんじゃないかと思って聞いてみたら、残念な答えが返ってきた。
「どの段階で?」
「ルー入れた後ですね」
「弱火で底の方から混ぜなきゃダメだよ」
「弱火という概念もよくわかってません」
「こんぐらい」
ちょうど弱火を使ってるところだったからコンロを指差す。テシは炎をまじまじと見て「なるへそ」と言った。
「今ならできそうな気がしてきました」
「器用なんだしその気になれば大概できそうだけどな」
「全然器用じゃないですよ。フレアは師匠から匙投げられましたし」
テシは別にどんくさいわけでもないけど、ジャグリングのようなことは全くできなかったらしい。
「フレアの才能あったらうちで働くこともなかったかもな」
「そうですね。夏彦さんと出逢えてよかったです」
もしもの話をしたら小っ恥ずかしいことを笑顔で言われて、どう答えるか迷った。
「俺もそう思う」
「今日は素直ですね」
恥を忍んで同意するとテシはまた抱きついてきた。軽く肘鉄を入れたら離れたけど、なんとなく嬉しそうな顔してる。
食パンを卵液に浸してる間、どんぶりでバターライスを作って、そこにラタトゥイユもどきを掛けたものを一緒に食べた。
「味わい深くて美味しいです」
「ありがとう」
「夏彦さんがカフェ開いてくれたら毎日行きます」
「独特な褒め方だな」
大した料理でもないのにテシは心底美味そうに食ってくれるからいくらでも食べさせたくなる。
「おかわりする?」
「うーん……まだ食べたいですけど、フレンチトーストに向けて余力を残しときます」
「そっか」
「ごちそうさまでした。洗い物くらいはさせてもらっていいですか」
「あー、ありがとう」
普通だったら客人には洗い物なんてしてもらわないけど、もうそういうわけでもないかと思って任せることにして、俺はフレンチトーストの続きに取り掛かった。
「何飲む?」
「一番お手を煩わせないものでお願いします」
「牛乳飲んでほしいからカフェオレでいい?」
「はい」
飲み物を淹れ終えたところでフレンチトーストもちょうどいい焼き加減になってた。ベストなタイミングでことが運ぶのは気分がいい。
「味の保証はしないけど」
「ありがとうございます」
「蜂蜜好きなだけ掛けていいよ」
「至れり尽くせりですね。いただきます」
フレンチトーストと一緒に蜂蜜をチューブごとテシのそばに置いたら、テシは意外にも蜂蜜に手をつけなかった。
「ふわとろで最高です」
普段通り作ったからテシからしたら薄味なくらいかもしれないと思ってたけど、そのままでも美味そうに食ってる。
「蜂蜜しこたま掛けるかと思ってたよ」
「ほんのり甘いのも美味しいですよ」
「ならよかった」
気を遣われてるわけでもなさそうだし、いつもよりゆっくり味わって食べてくれてる気がして嬉しい。
「美味し過ぎて食べ終わるのが嫌です」
「またいつでも作るから早く食いなよ」
「次は作り方教えてくれます?」
「いいよ」
「よろしくお願いします」
ちょっと話しただけでテシがこんなに料理に対して前向きになるなんて思ってなかった。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「綺麗に平らげてくれてありがとな」
食事を終えるとテシはまた洗い物をしてくれた。うちに来るのは二回目なのに、仕事で一緒に過ごしてる時間が長いせいで当たり前にそこにいるような感覚がある。
今までは昼間働いてる彼女と生活のリズムが合わずに無理してた部分もあったけど、テシとはそういうすれ違いもないから理想的なパートナーと言えるかもしれない。
ただ、友達としては上手くいってたのに恋人となると居心地が悪くなってしまうことが多かったから一抹の不安はある。仕事の上でもテシがいなくなったら困るから仲違いしないようにしたい。
その時、テシのスマホが鳴って、反射的にそちらに目をやってしまった。見るつもりはなかったけど志村くんの名前が視界の隅に入って、なんとなくドキッとした。
志村くんに対して罪悪感がないと言えば嘘になる。かといってどうすればよかったのか考えても、結局どうしようもなかったんじゃないかと思った。
志村くんがテシを好きかどうかは不確定なことだし、わざわざ確認するのもおかしな話で、あまつさえ「俺もテシのこと好きだからごめんね」と言うわけにもいかない。
「なんか通知来てたよ」
「はーい」
洗い物を終えたテシに通知の通知をしたら、テシはスマホを見て「わぁ」と嬉しそうな声を上げた。
「健太郎くんが駅前の広場でお祭りやってるから行きませんかって」
「あー、もうそんな時季か」
「一緒に行きません?」
そんな提案をされて志村くんが不憫に思えた。志村くんは間違いなくテシと二人で行きたいだろうから。
「百パー俺のことは呼んでないだろ」
「みんなで行った方が楽しいじゃないですか」
「俺いたら志村くん気ぃ遣うって。二人で行きなよ」
志村くんのためを思って断ったら今まで見たことないくらい悲しそうな顔をされてしまった。
「夏彦さんはそういうの嫌じゃないんですか」
テシからそう尋ねられた時にようやく、数ヶ月前に彼女と別れた時の自分と同じ轍を踏んでることに気付いた。我ながら学習能力がなさ過ぎる。
テシは束縛された方が嬉しいみたいだし、一緒に行くか引き留めるかした方が円満でいられるのかもしれない。だけどそれは俺にとっては不本意なことだ。
「それだけ信用してるってことだから、あんまり後ろ向きに捉えないでほしい」
「わかりました」
慎重に言葉を選んで伝えたら、少し寂しそうではあったけど理解は示してくれた。いきなり揉めずに済んで本当によかった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。祭り、楽しんできてね」
「ありがとうございます。それじゃあまた後で」
「うん」
「お邪魔しました」
別れ際、ぎゅっとハグしてから頬にキスされた。外国人みたいな愛情表現をナチュラルにやってのけるのはテシらしいと思う。
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