別に恋じゃなくても

らすぽてと

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第7話

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「動物園まであと十一日ですね」
 一緒に出掛ける約束をした翌日からテシはそんな風に話し掛けてくるようになった。
「当日までカウントダウンする気?」
「そのつもりです」
 その宣言通り、休みの日までわざわざ『あと8日ですよ』とメッセージを送ってきたから笑ってしまった。『わかってるよ』と返信したらパンダが物陰からこっちを見てるスタンプが来た。どういう感情なのかはさっぱりわからない。
 次の日も『もう来週ですね』と送られてきて『わかってるって』と返した。今度はパンダが排水溝から顔を覗かせてるスタンプが届いて、思わず『ペニーワイズかよ』とツッコんだ。
『検索したら怖いピエロ出てきてビックリしました』
『元ネタ知らずに使ってたの?』
『怖い映画は全力で避けてるので』
『直撃させてごめんな』
 テシはそこそこ映画を見てるイメージがあったから、こんな有名なキャラクターを知らないなんて意外だった。
『怖くて寝れなくなったら夏彦さんち行ってもいいですか?』
『来てもいいけど居留守使うよ』
『絶対何もしないので一緒に寝てほしいです』
『必死過ぎて怖いから嫌』
『ガード固いですね』
 ちょっと前に比べたら気を許せるようになったとはいえ添い寝は遠慮したい。これに関しては十中八九冗談だろうけど。
 こないだファミレスで話したことで自分の中の固定観念がぶっ壊されたからか、テシと親しくすることに対する抵抗感は徐々に薄れてきた。
 二人で出掛ける日を心待ちにしてくれてることはここ数日でひしひしと感じられて、それは嬉しく思ってるし、俺もちょっと楽しみにしてる。
 考えてみると、今まで付き合ってきた彼女とのデートは義務感が強くて楽しみだと思ったことはあまりなかった。人として好きという度合いで言ったらテシの方が上だ。
 これが恋なのかは定かじゃないけど、別に恋じゃなくても、今までの人生で一番好きということは間違いない。テシの気持ち次第では付き合えるんじゃないかとさえ思う。
 ただ、店長という立場で従業員と付き合うのも褒められたことじゃないし、志村くんや時生のことも気に掛かる。
 志村くんも時生もテシを好きだと明言してるわけじゃないとはいえ、時生は八割くらいはそうだろう。志村くんに至ってはあれで好きじゃないわけがない。
 いい年こいて若者の恋路を邪魔するのも気が引けるけど、もしも今、テシのことが好きだから協力してほしいと言われたら頷けはしないかもしれない。
 俺は自分の気持ちすらはっきりわかってないし、他人の気持ちなんて尚更わかりっこない。理解するためにはもっと対話が必要だから、話せるタイミングがあれば腹を割って話したいと思った。

「おはようございます」
 出勤してきた時の第一声だけで、今日はテシの雰囲気が普段と違うと気付いた。笑ってはいるけど、心なしかテンションが低い。
「おはよう。なんかあった?」
「え? 何もないですよ」
 尋ねてみても取り繕ったような笑顔でそう答えられて、絶対なんかあっただろと思いながらも「そっか」と相槌を打った。
「そんなことより、あと四日ですよ」
「そうだな」
「雨降らないといいですね」
「今んとこ晴れの予報だったよ」
「意外と楽しみにしてくれてます?」
「それなりに」
「嬉しいです」
 恒例の動物園の件でにこにこ笑ってたからいつもの調子に戻ったかと思ったけど、その後もやっぱりどこか元気がないように見えた。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはよ」
 片や志村くんはいつになく元気に出勤してきたから、それはそれで何かあったのかと思った。
「なんか今日いつもより声出てていいね」
「ありがとうございます」
 声量を褒めたら志村くんは照れ笑いを浮かべた後、テシを一瞥して何か感じ取ったみたいで急に真顔になった。
 今日のテシは気抜けしてるというか、物憂げというか、その時々で多少の違いはあれど、とにもかくにも様子がおかしかった。
 そのうち小さな溜め息が聞こえてきて、いよいよ大丈夫かと心配になったその時、志村くんも見かねたみたいでテシに遠慮がちに声を掛けた。
「あの……無理しないでくださいね」
「ありがとう」
 テシが取ってつけたような笑顔で感謝を告げると、志村くんは思い詰めたような表情になってしまった。
 三人中二人がまともじゃない状態でやっていけるか不安だったものの、テシは客前では落ち込んでる素振りを一切見せなかった。
 いつにも増してテシのことを気にしてた志村くんは結局何も聞かないまま帰っていった。聞けなかったと言う方が正しいかもしれない。
 俺もテシの様子がおかしい理由は気にならなくはないけど、本人に話す気がなさそうなのに詮索するなんて野暮だ。かといってこのまま放っておくのも夢見が悪い。
 どうしたもんかと少し考えて、俺はとりあえずテシが帰る前に一杯のカクテルを振る舞うことにした。
「これ、よかったら飲んできなよ」
 俺がグラスを差し出すと意図を察してくれたようで、テシの表情はパッと明るくなった。急いで近付いてきてカウンター席に座ったテシは嬉しそうに笑いながらグラスを眺めてた。
「もしかして、メロンボールですか」
「そう」
「夏彦さんも可愛いとこありますね」
 完全にナメた口を利かれて思わず無言でデコピンしたけど、テシは笑顔のままで「いただきます」とグラスに口を付けた。
「美味しいです」
「ホント甘いもん好きだよな」
「夏彦さんは飲まないんですか」
「俺はいいや」
 出しておいてなんだけど、俺は甘いカクテルがそんなに好きじゃないからメロンボールを美味いとは思ってない。
「えー、一緒に飲みたいです」
 不満そうな表情のテシを見て、これは間違いなくごねられる流れだとわかった。
「じゃあ、テシがジャンケンで勝ったらなんか飲むよ」
「わかりました」
 そんな条件でジャンケンをしたら五回もあいこが続いて、テシはくすくす笑い出した。
「これだけ気が合ったらもういいんじゃないですか」
「まあ、そうだな」
「やったぁ」
 面倒くさくなって付き合うことにしたけど、メロンボールはごめんだからウイスキーの水割りにした。作ってる間にテシはわざわざ真隣にやって来た。
「座ってりゃいいのに」
「こっちの方が落ち着きます」
「職業病?」
「夏彦さんの隣にいたいっていうのもありますね」
「あーそう」
 仕事中より近くに立たれるのはしっくりこなくて一歩横に移動したけど、テシがまた距離を詰めてきたからもう諦めた。笑顔で乾杯を求められてグラスを軽く合わせる。
「試飲とかじゃなく二人で飲むのって初めてですね」
「いっつもドリンクバーだもんな。よく考えたらなんで二ヶ月に一回くらいパフェ食うの見せられてんだろ」
「でも、いつも結構長時間付き合ってくれるじゃないですか。満更でもないですよね?」
 にやにや笑われると否定したくなるけど、テシとは会話のテンポが合うから話してて心地いいのは確かだ。ズレてるところや共感できない部分も近頃は面白く感じてる。
「まあ、テシと喋んの嫌いじゃないよ」
「嫌いじゃないなら好きって言ってほしいです」
「そのうちね」
「告白のお返事もずっと待ってますからね」
 テシはそう言いながら窺うような視線を送ってきた。テシの顔なんてもう見慣れてるつもりだったけど、この距離で直視すると、綺麗な顔してんなと思わされた。
 諸々のしがらみを考えると返事は曖昧なままにしておくべきだろう。だけど、もしもテシが本当に俺のことを好きなんだとしたら、テシや自分の気持ちを蔑ろにするのも違ってるんじゃないかと思った。
「それって本気で言ってる?」
 今日はもう絶対にテシの本心を確かめようと覚悟を決めて、反応を見るために抱き寄せてみた。最初はポカンとしてたテシもすぐに状況を理解できたようで、一気に頬が紅潮していった。
「黙ってないでなんか言ってよ」
 見るからに照れてる様子に加虐心を掻き立てられて、首に手を回して顔を近付けると、テシは慌てて顔を背けた。
「あの、勅使河原ですけど大丈夫ですか」
「人違いしてるわけじゃねぇよ」
 この期に及んでふざけたことを聞かれて頭突きを入れたくなったけど、そんな形で話を終わらせるわけにはいかないから我慢した。
「どういう風の吹き回しです?」
「テシが俺のことどう思ってるか知りたくなったから」
 もう一つ問答を挟んだ後、テシはまた黙り込んだ。しばらくするとこっちを向いて、意を決した様子でこう言った。
「ずっと前から好きですよ」
 その答えは嬉しかったけど照れくさくもあって「ふーん」とだけ返した。もっと顔を近付けるとテシが目を閉じたから、頬に触れるだけのキスをして、そのまま放置してたらテシはゆっくり目を開けた。
「もしかして、からかってます?」
「そんなことないよ」
 戸惑った顔をしてるテシにちょっと笑って、今度はちゃんと唇を重ねた。ほのかにメロンの甘い香りがした。
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