別に恋じゃなくても

らすぽてと

文字の大きさ
11 / 15

第10話

しおりを挟む
『いよいよ明日ですね』
 例によってテシからそんなメッセージが届いたから『そうだな』と返した。いつもなら変なパンダのスタンプが来るところだけど今日は違った。
『今日、お泊まりしてもいいですか?』
 わざわざ泊まりに来たいなんて、一昨日したばっかりなのにもうしたいってことなのかと考えてしまった。
 テシの性欲の強さからするとない話じゃないけど、俺としてはできることなら明日に備えて早く寝たい。
 ただ、単に俺の寝起きが悪いから心配してくれてるだけの可能性もあるし、来てくれる分には嬉しいから『うん』と返信した。すぐに『わーい!』と子供みたいな一文が返ってきてちょっと笑った。
 志村くんに対する謎の罪悪感は相変わらずあるけど、もうお互い様なんじゃないかと考えると前よりは気が楽だ。自分で邪魔しておきながら、未だに心のどこかで志村くんを応援してる俺もいるからややこしい。
 三人で話し合った日から志村くんのシフト休を挟んでの今日、志村くんがどんな顔をしてやって来るか心配ではある。テシは休みだし、俺と二人じゃ気まずいんじゃないか。
 そんな予想とは裏腹に、出勤してきた志村くんはわりかし元気そうでほっとした。完全に上の空だった一昨日とは大違いだったから、少しは気持ちの整理がついたんだろう。

 仕事を終えてテシに『終わったよ』と連絡したら、ものの数秒で『すぐ行きます!』と返信が来て、十分もしないうちにインターホンが鳴った。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
「日付変わって、もう今日ですね」
「ちゃんとカウントダウンやりきったね」
「あとは寝坊しないように気を付けるだけです」
「目覚まし多めにセットするよ」
 テシの口振りからして、やっぱり俺を直接起こすために来てくれたみたいだ。もしかしたらそれだけじゃないかもしれないけど。
「明日、お昼は軽めにして、動物園でしっかり食べたいと思ってて」
「いんじゃない?」
「サラダと夏彦さんが好きそうなパン買って来ました」
「ありがとう。好きそうなパンって、何買ったの?」
「ブラックペッパーが効いたベーコンエピと甘さ控えめのクリームパンです」
「大正解だよ」
「やりました」
 パンの好みなんて話したこともないのに俺の好きなパンを見事に当てたテシは嬉しそうにピースしてた。
「そういえば、今日はまだ着替えてないんですね」
「これから風呂だから」
「お背中流してもいいですか」
 遠慮がちに問い掛けられて、そのままの意味じゃないことはわかった。
「いいけど、変なことしない?」
 暗に今日はする気はないと伝えたら、テシは俯いてもじもじしてた。
「今日、一応、すぐできるように準備して来たんですけど……」
 そんなことを打ち明けられたら来るものがあったし、受け入れる側の苦労を考えると無下にするのも気が引ける。
「わかったよ。一回だけね」
「はいっ」
 結局、断り切れなくて一緒に風呂に入ることにした。明日の俺には恨まれそうだ。

 体力は削られたけど触れ合ってると充足感があって、結果的には癒された気がする。クーラーの効いた部屋で横になって身を寄せ合うのも好きだ。
「夏彦さんって意外と甘えさせてくれますよね」
「なんなら腕枕だってするよ」
 冗談半分で腕を差し出してみると、テシはにこにこしながら頭を乗せてきた。
「雰囲気的には終わった後すぐタバコ吸いそうです」
「めちゃくちゃ印象悪いじゃん。そもそもタバコ吸わないし」
「もちろん知ってますけど、タバコ似合いそうですもん」
「よくわかんねぇな」
 時々こんな風にテシの中での勝手なイメージの話をされる時があるけど大抵はピンとこない。
「ところで、夜の営みの頻度ってどれくらいが理想ですか」
 くだらない話から一転して、急に踏み込んだ質問をされたから答えに迷った。
「そんなの考えたことないけど……テシは?」
「毎日です」
「バイタリティすげぇな」
「だから、したい時は遠慮なく誘ってください」
 思い返せば今までどんなに忙しい時でもテシが疲れてそうな姿は見たことがない。きっと体力が人並み以上なんだろう。
「まあ、どんくらいできるかはわかんないけどさ、なるべく一緒にいようよ」
「それは素敵ですね」
 何はともあれ、コミュニケーションを取る機会は多い方がいいに決まってる。俺の提案にテシは笑顔で賛同してくれた。
 体力も性欲も明らかに差があるけど、性の不一致で別れるなんてくだらないし、お互い不満を抱えなくていい落とし所を見つけたい。

「夏彦さーん! 起きてくださーい!」
「おはよう……」
「おはようございます」
 アラームとテシの大声で十二時きっかりにどうにか起き上がれたけど、まだ眠いし身体が重い。目を擦ってたら「可愛い」と言われたから思わずビンタした。
「可愛いはNGですか」
「なんとなくバカにされてる気がするんだよな」
「愛しさが溢れちゃっただけです」
「反射的にぶってごめん」
「もっとしてくれてもいいですよ」
 俺が叩いた辺りを撫でるとテシはだらしなく笑ってた。もっとぶたれたいのか撫でられたいのかは聞かないことにした。
 今日もテシにくっつかれながら支度して、予定通り軽めに食事を済ませて家を出た。俺の気持ちを汲んでか、テシは外では適度な距離感を保ってくれてる。
 平日の昼間とあって電車はガラガラだったから余裕で座れた。テシは珍しくスマホを片手に話し掛けてきた。
「動物園でのご飯、お勧めはこれです」
 何かと思えば、嬉々としてパンダの顔を模した弁当の画像を見せられて呆れてしまった。
「俺のこと五歳児だと思ってる?」
「三十四歳だと認識しております」
「なら年相応なもん勧めてくれよ」
「夏彦さんは世間体を気にし過ぎです」
 テシはたまに何食わぬ顔で核心を突いてくるから油断ならない。とはいえ、それとこれとは話が別だ。
「何も気にしなくてもパンダ弁当は選ばないって」
「そうですか……あ、パンダちゃんソフトもありますよ」
「パンダじゃないのがいい」
「わがままですね」
「テシにだけは言われたくねぇな」
「俺ってそんなにわがままですかね?」
「今まで散々ぱら駄々こねてきただろ」
「はて?」
 本当に自覚がなさそうな表情をされたから悔しいけど笑いそうになった。テシはしたり顔で笑ってた。
「他には何があんの?」
「パンダまんもあります」
「パンダから離れろって」
 パンダモチーフ以外のメニューを見てるうちに、終点を告げるアナウンスが流れてきた。
 上野方面の電車に乗り換えて座席に腰を下ろしたところで、テシはこんな質問をしてきた。
「夏彦さんの一番好きな動物ってなんですか」
 考えてみると、たまに動物番組を見ることはあっても特別好きな動物はいない。親しみがあるのは犬くらいだ。
「犬かな」
「猫派かと思ってました」
「なんで?」
「夏彦さんが猫っぽいからかもしれないですね。全然撫でさせてくれない感じの」
 猫っぽいなんて言われるのは初めてだったけど、その原因に心当たりはなくもない。
「ドライヤー拒否したの根に持ってる?」
「そういうわけじゃないですよ」
 遺恨があるか聞いてみたらテシは困ったように笑いながら否定した後、自分の顔を指差した。
「俺は何っぽいです?」
「犬だな」
「ってことは、俺のこと結構好きなんですね?」
「そりゃまあ、好きじゃなきゃ付き合わないよ」
 調子に乗った様子で尋ねられて、当たり前のことを答えただけなのにテシは目を見張ってた。
「初めて好きって言われました」
「言ってなかったっけ」
「言ってないですよ。キュンキュンしちゃいました」
「あーそう」
 言わなくても伝わってるもんだと思ってたから、そんなに喜ばれるなんて意外だった。どうやらテシは言葉で示してほしいタイプらしい。
「一回、ちゃんと言ってもらえませんか」
 甘えた口調でねだられて、どうしたもんかと考えた結果、ここでスカすのも違うかと思った。
「好きだよ」
 テシの耳元に手を添えて囁いた途端、テシは両手で顔を覆ってしまった。どんな表情をしてるか見たくてその手をどかしてみる。
「顔、真っ赤じゃん」
「だって破壊力すごかったんですもん。録音したいからもう一回お願いします」
「やだ」
「えー」
 二回目のリクエストはきっぱり断って、とりあえず話題を戻すことにした。
「テシの一番好きな動物って何?」
「動物全般好きです」
「今日の気分だったら?」
「今日だったら……うーん……」
 こんなの適当に答えればいいのにテシはじっと考え込んでる。なんとなく面白いから黙って見てた。
「今日のところはやっぱりパンダですね」
「何と迷ってたの?」
「コビトカバと接戦でした」
「三位は?」
「もうちょっと考えさせてください」
 そのままテシの好きな動物ランキングをゆっくり聞いてる間に、電車は上野駅に到着した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

腐男子ってこと旦那にバレないために頑張ります

ゆげゆげ
BL
おっす、俺は一条優希。 苗字かっこいいだって?これは旦那の苗字だ。 両親からの強制お見合いで結婚することとなった優希。 優希には旦那に隠していることがあって…? 美形×平凡です。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

窓のない部屋の、陽だまりみたいな君

MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。 そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。 ​そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。 完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。 ​「五分だけ、ここにいさせてくれないか」 ​一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。 次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。 住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。

イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺

スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。  大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

処理中です...