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第1章 ささやきの彼方に / Whisper Not
第1話 声が届いた瞬間
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「ダメだ左はッ…罠だ!そこに踏み込むなッ…!」
反射的に彼は叫んでいた。
そしてその直後——
画面の中の彼女の動きが止まった。
——異世界の出来事をリアルタイムで“視る”ことができる——そんな常識外れの配信アプリ。
異世界の住人には、自分たちが配信されているという認識はない。
視聴者はこちらの世界からただ見るだけ。
“魔素”と呼ばれる異世界の粒子に現代のネットワーク技術を掛け合わせた結果、 この一方通行の『観測』が可能になったのだと説明されていた。
声も文字も反応も何ひとつ届くことはない。
——はずだったのに。
♢
その日の配信もユウは布団に横になったままアプリを起動した。
最初に目に入ったのは、人気ランキング上位にある激戦系のチャンネルだった。複数の冒険者がパーティを組み、巨大な魔獣に挑んでいる。
「おらァ!もういっちょ!」
「いいぞ!押してる!」
冒険者武器と魔獣の鋼皮がぶつかり、火花を散らす。
カメラアングルは複数切り替わり、視点も演出も凝っている。
コメント欄も活発で、リアルタイムに流れる歓声とツッコミが画面を埋め尽くしていた。
「……ふーん」
指先が躊躇いなくスワイプする。
続いて開いたのは商人系配信。交易路を行く馬車と、市場の喧騒。こちらも穏やかで人気の枠だった。
(――《Echoes Watching System》。通称EWS。異世界をリアルタイムで覗き見れるっていう、常識外れのアプリ。)
(声も文字も届かない、一方通行の配信。……だから、結局はただの動画と変わんねえんだよな)
ふと思い出すように“フォロー中”の欄を開き、そこにあった一つのアイコンに目を留めた。
♢
そんなユウには、毎日欠かさず視聴するお気に入りのチャンネルがあった。冒険者リゼ。
まだ駆け出しの彼女の配信は、派手さも人気もないが、妙に心に残るものがあった。
誰とも話さず、黙々と進む姿。言葉少なに、それでも懸命に生きている背中。
ユウはそんな彼女に、目を奪われ続けていた。
リゼは剣も鎧も不格好で装備も最低限だった。 けれど不思議と視線を離せなかった。
——Rize_channel_042。
更新通知は出ていない。だが、配信マークは灯っていた。
「……今日も、ひとりか」
ユウはためらいなく、その枠をタップした。
♢
画面の中リゼは古代遺跡の中にいた。
彼女の背中には小さな皮のリュックがあり、歩くたびに小さく揺れていた。腰には地味な短剣、そして肩には擦り切れたケープ。
彼女の歩き方は、どこかぎこちなく、それでも慎重だった。剣の扱いにも慣れていないのか、時折手を伸ばしてバランスをとるような仕草を見せた。
リゼはときおり立ち止まり、壁の彫刻を指でなぞって確かめる。古文書のような図案に首をかしげ、目を細めてじっと見つめていた。
何かを読み取ろうとしているのか、それともただ見惚れているだけなのか。
周囲の空気が重く沈む中でも、彼女の動きには不思議な意志が感じられた。迷いながらも進もうとするその姿は、決して華やかではないけれど、どこか胸に残る。
画面の端には“冒険歴:3ヶ月”と小さく表示されていた。 崩れかけた柱とひんやりした石の床。 苔と湿気が空気にじっとりと染みていて、モノクロームのように沈んだ景色。
ユウは何気なく視線を画面に預けていた。 だがその瞬間だった。
「ん?」
画面の中で石が一つ、音を立てて転がった。 その拍子に映り込んだ床の紋様。
ユウの心臓が大きく跳ねた。それは前日の配信で見た“罠”と同じ形だった。 別の冒険者が踏み抜いた瞬間に下から串刺しにされた、あの罠。
「ダメだ左はッ…罠だ!そこに踏み込むなッ……!」
反射的にユウは叫んでいた。
そしてその直後——
画面の中のリゼの動きが止まった。
一歩踏み出そうとしていた足が宙で静止し、彼女の視線が左右をゆっくり彷徨う。 誰かを探しているような動き。いや何かを感じたような——
ユウは息を呑んでスマホを見つめた。 そして彼女がそっと足を引いたその瞬間、身体中に冷たい電流が走った。
「……今、誰かの声が…?」
かすかに彼女がそう呟いたのが確かに聞こえた。
心臓が鳴る。耳の奥で自分の呼吸音がうるさいほどに響いている。
「…聞こえたよう、な?」
つぶやいたその言葉も誰にも届かない。 画面の中の彼女もそれ以上は何も言わず、また探索を続けていった。
ほんの一瞬だった。
けれどユウの中には、確かに“何か”が残っていた。
もし。
もし本当に自分の声が届いていたとしたら——?
考えても答えは出ない。 でも心臓の鼓動は止まらない。
画面の中のリゼはいつも通りの姿で遺跡の奥へと進んでいく。
♢
その年の春、ある新しいサービスが突如として始まり、そして瞬く間に広がっていった。
最初は嘘だと笑う人間も多かったが、配信が映し出す光景はあまりにも現実離れしていた。
それなのに不思議と"作り物"には見えなかった。 その世界には魔術があり、魔物がいて、そして人間がいた。
高校二年の城野ユウもその配信アプリにハマっている一人だった。
けれど彼は、もういつも通りではいられなかった。
彼の見ていないところで、スマホの周囲が一瞬青く光る。
それは“魔素”自体の輝きに、少し似ていた。
反射的に彼は叫んでいた。
そしてその直後——
画面の中の彼女の動きが止まった。
——異世界の出来事をリアルタイムで“視る”ことができる——そんな常識外れの配信アプリ。
異世界の住人には、自分たちが配信されているという認識はない。
視聴者はこちらの世界からただ見るだけ。
“魔素”と呼ばれる異世界の粒子に現代のネットワーク技術を掛け合わせた結果、 この一方通行の『観測』が可能になったのだと説明されていた。
声も文字も反応も何ひとつ届くことはない。
——はずだったのに。
♢
その日の配信もユウは布団に横になったままアプリを起動した。
最初に目に入ったのは、人気ランキング上位にある激戦系のチャンネルだった。複数の冒険者がパーティを組み、巨大な魔獣に挑んでいる。
「おらァ!もういっちょ!」
「いいぞ!押してる!」
冒険者武器と魔獣の鋼皮がぶつかり、火花を散らす。
カメラアングルは複数切り替わり、視点も演出も凝っている。
コメント欄も活発で、リアルタイムに流れる歓声とツッコミが画面を埋め尽くしていた。
「……ふーん」
指先が躊躇いなくスワイプする。
続いて開いたのは商人系配信。交易路を行く馬車と、市場の喧騒。こちらも穏やかで人気の枠だった。
(――《Echoes Watching System》。通称EWS。異世界をリアルタイムで覗き見れるっていう、常識外れのアプリ。)
(声も文字も届かない、一方通行の配信。……だから、結局はただの動画と変わんねえんだよな)
ふと思い出すように“フォロー中”の欄を開き、そこにあった一つのアイコンに目を留めた。
♢
そんなユウには、毎日欠かさず視聴するお気に入りのチャンネルがあった。冒険者リゼ。
まだ駆け出しの彼女の配信は、派手さも人気もないが、妙に心に残るものがあった。
誰とも話さず、黙々と進む姿。言葉少なに、それでも懸命に生きている背中。
ユウはそんな彼女に、目を奪われ続けていた。
リゼは剣も鎧も不格好で装備も最低限だった。 けれど不思議と視線を離せなかった。
——Rize_channel_042。
更新通知は出ていない。だが、配信マークは灯っていた。
「……今日も、ひとりか」
ユウはためらいなく、その枠をタップした。
♢
画面の中リゼは古代遺跡の中にいた。
彼女の背中には小さな皮のリュックがあり、歩くたびに小さく揺れていた。腰には地味な短剣、そして肩には擦り切れたケープ。
彼女の歩き方は、どこかぎこちなく、それでも慎重だった。剣の扱いにも慣れていないのか、時折手を伸ばしてバランスをとるような仕草を見せた。
リゼはときおり立ち止まり、壁の彫刻を指でなぞって確かめる。古文書のような図案に首をかしげ、目を細めてじっと見つめていた。
何かを読み取ろうとしているのか、それともただ見惚れているだけなのか。
周囲の空気が重く沈む中でも、彼女の動きには不思議な意志が感じられた。迷いながらも進もうとするその姿は、決して華やかではないけれど、どこか胸に残る。
画面の端には“冒険歴:3ヶ月”と小さく表示されていた。 崩れかけた柱とひんやりした石の床。 苔と湿気が空気にじっとりと染みていて、モノクロームのように沈んだ景色。
ユウは何気なく視線を画面に預けていた。 だがその瞬間だった。
「ん?」
画面の中で石が一つ、音を立てて転がった。 その拍子に映り込んだ床の紋様。
ユウの心臓が大きく跳ねた。それは前日の配信で見た“罠”と同じ形だった。 別の冒険者が踏み抜いた瞬間に下から串刺しにされた、あの罠。
「ダメだ左はッ…罠だ!そこに踏み込むなッ……!」
反射的にユウは叫んでいた。
そしてその直後——
画面の中のリゼの動きが止まった。
一歩踏み出そうとしていた足が宙で静止し、彼女の視線が左右をゆっくり彷徨う。 誰かを探しているような動き。いや何かを感じたような——
ユウは息を呑んでスマホを見つめた。 そして彼女がそっと足を引いたその瞬間、身体中に冷たい電流が走った。
「……今、誰かの声が…?」
かすかに彼女がそう呟いたのが確かに聞こえた。
心臓が鳴る。耳の奥で自分の呼吸音がうるさいほどに響いている。
「…聞こえたよう、な?」
つぶやいたその言葉も誰にも届かない。 画面の中の彼女もそれ以上は何も言わず、また探索を続けていった。
ほんの一瞬だった。
けれどユウの中には、確かに“何か”が残っていた。
もし。
もし本当に自分の声が届いていたとしたら——?
考えても答えは出ない。 でも心臓の鼓動は止まらない。
画面の中のリゼはいつも通りの姿で遺跡の奥へと進んでいく。
♢
その年の春、ある新しいサービスが突如として始まり、そして瞬く間に広がっていった。
最初は嘘だと笑う人間も多かったが、配信が映し出す光景はあまりにも現実離れしていた。
それなのに不思議と"作り物"には見えなかった。 その世界には魔術があり、魔物がいて、そして人間がいた。
高校二年の城野ユウもその配信アプリにハマっている一人だった。
けれど彼は、もういつも通りではいられなかった。
彼の見ていないところで、スマホの周囲が一瞬青く光る。
それは“魔素”自体の輝きに、少し似ていた。
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