異世界配信サービス

vincent_madder

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第1章 ささやきの彼方に / Whisper Not

第4話 ノイズとささやき

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授業はいつも通りに進んでいた。

教師の声が淡々と板書を読み上げ、チョークの音だけが小さく耳に残る。

ユウは開いたノートにペンを動かしていたが、何を書いているのか、自分でも分かっていなかった。

視線だけが、黒板と窓の間をゆっくりと彷徨う。
教科書の内容は、近代の通信技術とその社会的影響についてだった。

「リアルタイム視聴の普及により、個人の行動が常時可視化される…か」

教師が読み上げたその一文が、耳に引っかかった。別にEWSの話をしているわけじゃない。

けれど、ユウにはそれがあの世界のことのように思えてしまう。

Echoes Watching System──EWS。

その名前は、数年前からネットの片隅で囁かれていた。「異世界を覗く技術があるらしい」「誰かが見ているらしい」——そんな都市伝説じみた話だった。

だが、本当にアプリが一般公開されたのは半年前のこと。今やニュースにも取り上げられ、人気配信者ランキングまで存在している。

異世界の映像を“配信”という形で覗き見るこのアプリ。

魔術と技術の融合だとか、観測された魔素の反響を映像化しているとか、説明はされている。

が、結局のところ「見えているものは本当なのか」という問いに、誰も答えられていない。

それでも今では、学校でも普通に話題に上がるし、帰りの電車では広告が流れている。現実と異世界が、“画面越しに”隣り合わせにあるのが、当たり前になっていた。



教室を出たユウは、自販機で適当に選んだパックのジュースを手に、昇降口の前に立った。

部活へ向かう生徒たちの背中を、なんとなく眺めながらストローを口にくわえる。

まだ午後の日差しが残るグラウンドの隅で、友人の春川がスニーカーの砂を払っていた。

「帰んの? また部活サボり?」

「……まあ、そんなとこ」

曖昧に笑ってスマホをかざすと、画面には“グリム”の配信開始通知が浮かんでいた。

「今日はグリムか。派手なやつ好きだよな」

「見てて分かりやすいから」

「俺は最近、職人系もアリだなって思ってる。鍛冶屋とか、薬師とか」

「地味じゃん」

「地味だからこそさ。リアルって感じ」

その言葉に、ユウは一瞬だけ表情を動かした。
グリムのように人気でエンタメ性のある配信と、リゼのように静かで淡々とした配信。どちらが本物に近いのか。

そんなこと、比べようもないはずなのに。



その夜、ユウのスマホに、再びリゼからのライブ配信通知が届いた。

「Rize_channel_042——ライブ配信中」。
いつものように、音のないバイブレーションだけが静かに知らせてくれる。

ユウは布団に潜り込み、スマホの画面をタップした。画面に現れたのは、薄暗い洞窟。

湿った空気が画面越しにも伝わってくるようで、すぐに鳥肌が立った。

松明の炎が揺れ、オレンジ色の明かりが、リゼの後ろ姿と石壁にゆらゆらと影を落とす。

その光以外、何も見えない。音もほとんどない。
時折、水滴が岩肌から落ちる音だけが響き、逆に静けさを際立たせていた。

リゼはいつものように、慎重な足取りで進んでいた。背中の小さなリュックが微かに揺れ、腰の短剣に手を添えるたび、金属のかすかな音がマイクに拾われる。

表情は見えないが、彼女の動きには緊張と集中が感じられた。

ユウは息を詰めるようにして画面を見つめた。
何かが起きそうな予感があった。
普段の探索とは違う空気が漂っていた。

突然、リゼが立ち止まった。

洞窟の天井から落ちた水滴が、ぴちゃりと床に弾ける。その音に呼応するように、リゼの肩がわずかに震えた。

彼女はゆっくりと振り返り、そして周囲を見渡す。カメラがそれに合わせて動き、ぐるりと360度、黒い岩壁と水たまりを映し出す。

だが何もいない。ただの洞窟だ。
——のはずだった。

ユウの心臓が、嫌な跳ね方をした。
画面越しなのに、自分がそこにいるような錯覚を覚えた。

リゼの目が、カメラではなく、その“向こう側”を見ているように思えたからだ。

「……誰か……見てる?」

低く、震えるような声が、ノイズ混じりに拾われた。

その瞬間、画面に乱れが走る。
砂嵐のような横ノイズ、赤と緑の走査線。
映像が数フレームずつカクつき、音声が引き伸ばされて途切れた。

「……こ、え……が、……きこ……え……」

それはノイズか、それとも——

ユウが息を吸い込んだ、その瞬間だった。
画面が突然ブラックアウトした。

エラーメッセージも、終了表示もない。
ただ、静かに切れた。

スマホの画面には、もう何も映っていなかった。

真っ暗な中に、ユウの顔だけが、わずかに反射していた。

彼はしばらく、動けなかった。
画面を見つめたまま、言葉にできない何かが胸に重くのしかかっていた。
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