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第4章 仮初の舞踏会 / Masquerade
第31話 女神の午後と画面の向こう
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机の上は、教科書とプリントで埋もれていた。
数式の途中で止まった文字列、赤ペンで大きく書かれた「復習」とだけの指示。
シャーペンは開いたままのノートの上に転がり、芯はわずかに折れかけている。
城野ユウは、完全に手を止めていた。
机の端に立てかけたスマホから、光と音が絶え間なく溢れている。
通知欄には「EWS - 配信中:クラヴァル in アヴラス」の文字。画面いっぱいに映るのは、異世界の大通りを跳ね回る銀髪の少女だった。
その横で、端末に新しいメッセージが表示される。
《女神また無双w》
差出人は春川。クラスメイトで、同じように配信に入り浸っている友人だ。
ユウは短く「見てる」とだけ返す。
画面の向こうでは、モンスターの群れが悲鳴を上げて倒れていく。
銀色の髪が陽光を反射し、青のマントが翻る。
剣を振るうたびに、光の刃が縦横に走り、石畳を砕きながら敵をなぎ払っていく。
大通りがまるで舞台のように照らされ、人々の歓声と恐怖の入り混じった声が、リアルタイムに伝わってくる。
コメント欄が滝のように流れていく。
《つよっ》
《❤❤❤❤❤》
《保存した》
《推し更新!》
視聴者たちは熱狂の渦にいる。
だがユウの目には、それらの文字列が別の次元の言語のように見えた。自分の感覚だけが浮いている。
胸にせり上がってきたのは、言葉にできない焦燥だった。
「……強すぎるんだよなぁ」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けるでもない。
だが、その一言が自分の立ち位置を決定づけてしまう。
机の上のプリントはすでに意味を失っていた。
数式の隙間に書かれた落書きは線が乱れ、意識の逃げ場を象徴するように歪んでいる。
現実に繋ぎ止めるものは、この部屋には一つもなかった。
目の前に広がるのは英雄の物語。
彼女の物語。
──自分の居場所ではない。
ユウは、乾いた喉で呟いた。
ランキング上位、金の盾。
知識としてはわかっていた。
だが、こうして映像で突きつけられると、その完璧さは残酷なまでに遠く感じられる。
配信の向こうの少女は、人々を救っている。
けれどその姿はあまりに神話的で、絵巻の中の存在のようで。
(……これは英雄の物語だ)
届かない。声をかけても、触れられなくても当然。視聴者にすぎない自分は、この物語の外に立ち続けるしかない。
刹那、画面の向こうの紺碧の瞳が、こちらを見据えた気がした。
息が止まる。
ただの錯覚だと自分に言い聞かせても、背筋を針で刺されたように固まってしまう。
慌てて視線を逸らした。
握りしめたスマホの端に、じっとりと汗がにじむ。
「……気のせいだ」
声に出すことで無理やり心を落ち着ける。
だが心臓の早鐘は止まらなかった。
コメント欄は熱気を増していく。
だがユウだけが、そこから取り残されていた。
♢
スマホの隅に「配信終了まで残り10秒」の表示。ユウは椅子に凭れ、ぼんやりと見つめていた。
春川からまた軽口混じりのDMが届く。
《女神まじ強すぎw》
《推し変えよかな》
指先で短く《勝手にしろ》と返す。
その間にも画面のクラヴァルは、軽く手を振った。
「依頼完了。アヴラスは今日も安全、ね?」
金の盾アイコンがまばゆく輝き、コメント欄には《❤❤❤》《最高》《保存した》が並ぶ。
──英雄の舞台の幕引き。
ユウはタブを閉じかけた。
冷めたように、他人事のように。
だが、その瞬間。
ザザ……ッ。
イヤホンの奥で、音声が歪んだ。
フェードアウトしたはずの画面の奥で、まだ何かが囁いている。
「……私、本当はわかってるんだよ?」
女神の笑顔とは違う。
乾いた、無機質な声。
ユウの背筋を、氷のようなものが駆け抜けた。
反射的に椅子を引く。
「……今の、誰の声だ……?」
あわてて巻き戻す。
履歴には何も残っていない。
春川にメッセージを送る。
「今の聞いたか?」
すぐ返事が来た。
《は?何も?》
短い一言。
静寂が部屋を包む。
だがユウの耳の奥には、まだ残っていた。
「ユウ」
そう呼ばれた気がして──呼吸が止まった。
冷たさと同時に、胸の奥が熱を持った。
恐怖と興奮が絡まり、どちらにも振り切れないまま。
ユウはただ、黒い画面を凝視していた。
数式の途中で止まった文字列、赤ペンで大きく書かれた「復習」とだけの指示。
シャーペンは開いたままのノートの上に転がり、芯はわずかに折れかけている。
城野ユウは、完全に手を止めていた。
机の端に立てかけたスマホから、光と音が絶え間なく溢れている。
通知欄には「EWS - 配信中:クラヴァル in アヴラス」の文字。画面いっぱいに映るのは、異世界の大通りを跳ね回る銀髪の少女だった。
その横で、端末に新しいメッセージが表示される。
《女神また無双w》
差出人は春川。クラスメイトで、同じように配信に入り浸っている友人だ。
ユウは短く「見てる」とだけ返す。
画面の向こうでは、モンスターの群れが悲鳴を上げて倒れていく。
銀色の髪が陽光を反射し、青のマントが翻る。
剣を振るうたびに、光の刃が縦横に走り、石畳を砕きながら敵をなぎ払っていく。
大通りがまるで舞台のように照らされ、人々の歓声と恐怖の入り混じった声が、リアルタイムに伝わってくる。
コメント欄が滝のように流れていく。
《つよっ》
《❤❤❤❤❤》
《保存した》
《推し更新!》
視聴者たちは熱狂の渦にいる。
だがユウの目には、それらの文字列が別の次元の言語のように見えた。自分の感覚だけが浮いている。
胸にせり上がってきたのは、言葉にできない焦燥だった。
「……強すぎるんだよなぁ」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けるでもない。
だが、その一言が自分の立ち位置を決定づけてしまう。
机の上のプリントはすでに意味を失っていた。
数式の隙間に書かれた落書きは線が乱れ、意識の逃げ場を象徴するように歪んでいる。
現実に繋ぎ止めるものは、この部屋には一つもなかった。
目の前に広がるのは英雄の物語。
彼女の物語。
──自分の居場所ではない。
ユウは、乾いた喉で呟いた。
ランキング上位、金の盾。
知識としてはわかっていた。
だが、こうして映像で突きつけられると、その完璧さは残酷なまでに遠く感じられる。
配信の向こうの少女は、人々を救っている。
けれどその姿はあまりに神話的で、絵巻の中の存在のようで。
(……これは英雄の物語だ)
届かない。声をかけても、触れられなくても当然。視聴者にすぎない自分は、この物語の外に立ち続けるしかない。
刹那、画面の向こうの紺碧の瞳が、こちらを見据えた気がした。
息が止まる。
ただの錯覚だと自分に言い聞かせても、背筋を針で刺されたように固まってしまう。
慌てて視線を逸らした。
握りしめたスマホの端に、じっとりと汗がにじむ。
「……気のせいだ」
声に出すことで無理やり心を落ち着ける。
だが心臓の早鐘は止まらなかった。
コメント欄は熱気を増していく。
だがユウだけが、そこから取り残されていた。
♢
スマホの隅に「配信終了まで残り10秒」の表示。ユウは椅子に凭れ、ぼんやりと見つめていた。
春川からまた軽口混じりのDMが届く。
《女神まじ強すぎw》
《推し変えよかな》
指先で短く《勝手にしろ》と返す。
その間にも画面のクラヴァルは、軽く手を振った。
「依頼完了。アヴラスは今日も安全、ね?」
金の盾アイコンがまばゆく輝き、コメント欄には《❤❤❤》《最高》《保存した》が並ぶ。
──英雄の舞台の幕引き。
ユウはタブを閉じかけた。
冷めたように、他人事のように。
だが、その瞬間。
ザザ……ッ。
イヤホンの奥で、音声が歪んだ。
フェードアウトしたはずの画面の奥で、まだ何かが囁いている。
「……私、本当はわかってるんだよ?」
女神の笑顔とは違う。
乾いた、無機質な声。
ユウの背筋を、氷のようなものが駆け抜けた。
反射的に椅子を引く。
「……今の、誰の声だ……?」
あわてて巻き戻す。
履歴には何も残っていない。
春川にメッセージを送る。
「今の聞いたか?」
すぐ返事が来た。
《は?何も?》
短い一言。
静寂が部屋を包む。
だがユウの耳の奥には、まだ残っていた。
「ユウ」
そう呼ばれた気がして──呼吸が止まった。
冷たさと同時に、胸の奥が熱を持った。
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ユウはただ、黒い画面を凝視していた。
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