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第十一話
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◆◇◆◇
生憎の曇り空。
ブラインドの隙間から申し訳程度の光が差す。
今日は、彼と初めて再会したあのスタジオで仕事だ。しかし、事前準備は終えてしまった。彼の到着を待つ以外にやる事がない。
何とはなしに曇り空を見上げれば、ふとズボンのポケットに突っ込んだスマホが震える。画面には『レオくん』の4文字。スルーしても良いけれど、暇という大義名分が出来てしまった。仕方なく、通話をタップする。
「なに、レオくん」
「うわ、いつもの星野だ」
「悪い? それより早く用件言って」
「いや、月永さんとはどうかと思ってな。上手くやれているか?」
苦笑と共に、そんな質問が返ってくる。こんなに他人へ興味を持つような奴では、なかったはずだけれど。なんと返しても彼は満足しなさそうだから、思い切っていちばん動揺しそうなことを言ってやることにした。
「色々話をして、恋人未満の関係になったよ」
「へぇ、良かったじゃないか。じゃあ、月永さんがお前の探してた人だったんだな」
「…………驚かないの?」
飄々とした声で、「全く驚いていない」と言うレオくん。どうして、そんな簡単に受け入れられるのだろう。前世の恋人を探し続けていることだけ、レオくんには伝えていた。その正体が男で、しかも親密な関係になったことを知った上で、どうしてこんなにも簡単に。自然と、奥歯を噛みしめる。
「そういや、星野……」
「用件それだけなら、切るね」
「え、ちょっ!?」
何かを言いかけたレオくんなどお構い無しに、通話を切る。彼がかけ直してくることはなく、沈黙したスマホをまたポケットにねじ込んだ。ようやく静かになったと思った空間には、雨音が混じっていた。窓を見れば、ガラスに雫が伝う。
窓越しの冷気に溜息を吐いて、自分の空っぽな手を見つめる。つい昨日、ヤトのことを抱きしめたこの腕。
軽い気持ちで、看病に向かっただけで。
熱に浮かされた彼の夢だったと、儚く残るだけで良かったのに。彼が前世の記憶を持っていると確信した途端に、愛しさが溢れて。運んだベッドの上で引き留められた時には、悪い感情が浮かんでしまった。
『大好きなのに、ずっと苦しいんだよ』
ヤトがそう思っているだろうって、心のどこかで分かっていた。それで、ずっと知らないフリをした。繕えば、せめてヤトにこれ以上傷を作らないで済むと。
あんなに暗い赤色に染めてしまったのも、笑顔を奪ったのも、きっとオレなのだ。明るかったヤトが、淡々と苦しさを吐き出す様を見るのは辛かった。いっそ突き放してくれたら、お互い楽になれるかもしれない。
『もう一度、恋人未満から始めよう』
それでも、ヤトは乗り越えてそう言ってくれた。思わず彼の優しい体温に触れてしまったら、もうダメだった。抑えていたものを、全部溶かされて。
まるで火に焼かれるようだと思いながら、ヤトの存在が己の心臓よりも大切だと感じた。絶対に離したくないという、呪いのような気持ちを……オレは再び。
それでも『見つけてくれてありがとう』と、ヤトがそう言ってくれる度に。この執着は間違っていないと、許された気になる。
けれど、やっぱりすぐに現実を知る。
お前たちの関係はおかしい、お前の選ぶ道は間違いだ。周りからそう言われる度に、やはり自分が赦されない存在だと再認識するのだ。
「……はは、あの人まだ懲りないんだ」
思考から現実へ引き戻すように、またスマホが震え出す。画面に映る『父』の一文字だけで、拒否を押すには充分だった。この重荷も、いつかヤトに話さなければいけないだろうか。願わくば、また墓場まで持っていきたいものだ。
曖昧な顔で笑う自分が、真っ暗な液晶へ映り込む。今からは、ちゃんと笑わなければ。ほら、がちゃりと彼が来る音がする。
「おわ、先に来てたのか」
「まあね、準備が色々あるからさ。それよりヤト、体調は大丈夫?」
「お陰さまでな」
小さく笑った彼に、正直なところ前世のような明るさは微塵もない。しかし、少しでも笑ってくれることで心が暖かくなる。ここに居てくれることが、何より嬉しい。そんな思いを込めて、オレも普段の笑顔を顔に貼り付けた。きっとまだ、彼には暴かれない。
「今日もよろしく、ルキ」
「もっちろん! 思い切り可愛くするね」
「やめろ、普通でいいから……!」
こんな冗談にも、真面目な顔で返す彼が愛おしい。仕事だから、抱きしめてあげる事は出来ないけれど。代わりに、優しい手つきでヤトの髪を撫でる。
どこまでも暗いオレの黒色とは違う。この柔らかさが大好きだから、染められたいとさえ思ってしまう。
今日はどんな撮影をするだとか、色んな話を交わしながらヤトを確かめる。
彼はここに居る。オレの傍で、こんなにも近くで。君の笑顔も、声も、何もかもを感じていたい。否定だらけの世界だけれど。君の暖かさに、何度も救われたんだ。だから、オレも。
──また、この命を使って君を救いたい。
生憎の曇り空。
ブラインドの隙間から申し訳程度の光が差す。
今日は、彼と初めて再会したあのスタジオで仕事だ。しかし、事前準備は終えてしまった。彼の到着を待つ以外にやる事がない。
何とはなしに曇り空を見上げれば、ふとズボンのポケットに突っ込んだスマホが震える。画面には『レオくん』の4文字。スルーしても良いけれど、暇という大義名分が出来てしまった。仕方なく、通話をタップする。
「なに、レオくん」
「うわ、いつもの星野だ」
「悪い? それより早く用件言って」
「いや、月永さんとはどうかと思ってな。上手くやれているか?」
苦笑と共に、そんな質問が返ってくる。こんなに他人へ興味を持つような奴では、なかったはずだけれど。なんと返しても彼は満足しなさそうだから、思い切っていちばん動揺しそうなことを言ってやることにした。
「色々話をして、恋人未満の関係になったよ」
「へぇ、良かったじゃないか。じゃあ、月永さんがお前の探してた人だったんだな」
「…………驚かないの?」
飄々とした声で、「全く驚いていない」と言うレオくん。どうして、そんな簡単に受け入れられるのだろう。前世の恋人を探し続けていることだけ、レオくんには伝えていた。その正体が男で、しかも親密な関係になったことを知った上で、どうしてこんなにも簡単に。自然と、奥歯を噛みしめる。
「そういや、星野……」
「用件それだけなら、切るね」
「え、ちょっ!?」
何かを言いかけたレオくんなどお構い無しに、通話を切る。彼がかけ直してくることはなく、沈黙したスマホをまたポケットにねじ込んだ。ようやく静かになったと思った空間には、雨音が混じっていた。窓を見れば、ガラスに雫が伝う。
窓越しの冷気に溜息を吐いて、自分の空っぽな手を見つめる。つい昨日、ヤトのことを抱きしめたこの腕。
軽い気持ちで、看病に向かっただけで。
熱に浮かされた彼の夢だったと、儚く残るだけで良かったのに。彼が前世の記憶を持っていると確信した途端に、愛しさが溢れて。運んだベッドの上で引き留められた時には、悪い感情が浮かんでしまった。
『大好きなのに、ずっと苦しいんだよ』
ヤトがそう思っているだろうって、心のどこかで分かっていた。それで、ずっと知らないフリをした。繕えば、せめてヤトにこれ以上傷を作らないで済むと。
あんなに暗い赤色に染めてしまったのも、笑顔を奪ったのも、きっとオレなのだ。明るかったヤトが、淡々と苦しさを吐き出す様を見るのは辛かった。いっそ突き放してくれたら、お互い楽になれるかもしれない。
『もう一度、恋人未満から始めよう』
それでも、ヤトは乗り越えてそう言ってくれた。思わず彼の優しい体温に触れてしまったら、もうダメだった。抑えていたものを、全部溶かされて。
まるで火に焼かれるようだと思いながら、ヤトの存在が己の心臓よりも大切だと感じた。絶対に離したくないという、呪いのような気持ちを……オレは再び。
それでも『見つけてくれてありがとう』と、ヤトがそう言ってくれる度に。この執着は間違っていないと、許された気になる。
けれど、やっぱりすぐに現実を知る。
お前たちの関係はおかしい、お前の選ぶ道は間違いだ。周りからそう言われる度に、やはり自分が赦されない存在だと再認識するのだ。
「……はは、あの人まだ懲りないんだ」
思考から現実へ引き戻すように、またスマホが震え出す。画面に映る『父』の一文字だけで、拒否を押すには充分だった。この重荷も、いつかヤトに話さなければいけないだろうか。願わくば、また墓場まで持っていきたいものだ。
曖昧な顔で笑う自分が、真っ暗な液晶へ映り込む。今からは、ちゃんと笑わなければ。ほら、がちゃりと彼が来る音がする。
「おわ、先に来てたのか」
「まあね、準備が色々あるからさ。それよりヤト、体調は大丈夫?」
「お陰さまでな」
小さく笑った彼に、正直なところ前世のような明るさは微塵もない。しかし、少しでも笑ってくれることで心が暖かくなる。ここに居てくれることが、何より嬉しい。そんな思いを込めて、オレも普段の笑顔を顔に貼り付けた。きっとまだ、彼には暴かれない。
「今日もよろしく、ルキ」
「もっちろん! 思い切り可愛くするね」
「やめろ、普通でいいから……!」
こんな冗談にも、真面目な顔で返す彼が愛おしい。仕事だから、抱きしめてあげる事は出来ないけれど。代わりに、優しい手つきでヤトの髪を撫でる。
どこまでも暗いオレの黒色とは違う。この柔らかさが大好きだから、染められたいとさえ思ってしまう。
今日はどんな撮影をするだとか、色んな話を交わしながらヤトを確かめる。
彼はここに居る。オレの傍で、こんなにも近くで。君の笑顔も、声も、何もかもを感じていたい。否定だらけの世界だけれど。君の暖かさに、何度も救われたんだ。だから、オレも。
──また、この命を使って君を救いたい。
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