さそりの心臓、君の幸い

三千鴉

文字の大きさ
14 / 14

第十一話

しおりを挟む
◆◇◆◇

 生憎の曇り空。
 ブラインドの隙間から申し訳程度の光が差す。

 今日は、彼と初めて再会したあのスタジオで仕事だ。しかし、事前準備は終えてしまった。彼の到着を待つ以外にやる事がない。

 何とはなしに曇り空を見上げれば、ふとズボンのポケットに突っ込んだスマホが震える。画面には『レオくん』の4文字。スルーしても良いけれど、暇という大義名分が出来てしまった。仕方なく、通話をタップする。


「なに、レオくん」

「うわ、いつもの星野だ」

「悪い? それより早く用件言って」

「いや、月永さんとはどうかと思ってな。上手くやれているか?」


 苦笑と共に、そんな質問が返ってくる。こんなに他人へ興味を持つような奴では、なかったはずだけれど。なんと返しても彼は満足しなさそうだから、思い切っていちばん動揺しそうなことを言ってやることにした。


「色々話をして、恋人未満の関係になったよ」

「へぇ、良かったじゃないか。じゃあ、月永さんがお前の探してた人だったんだな」

「…………驚かないの?」


 飄々とした声で、「全く驚いていない」と言うレオくん。どうして、そんな簡単に受け入れられるのだろう。前世の恋人を探し続けていることだけ、レオくんには伝えていた。その正体が男で、しかも親密な関係になったことを知った上で、どうしてこんなにも簡単に。自然と、奥歯を噛みしめる。


「そういや、星野……」

「用件それだけなら、切るね」

「え、ちょっ!?」


 何かを言いかけたレオくんなどお構い無しに、通話を切る。彼がかけ直してくることはなく、沈黙したスマホをまたポケットにねじ込んだ。ようやく静かになったと思った空間には、雨音が混じっていた。窓を見れば、ガラスに雫が伝う。

 窓越しの冷気に溜息を吐いて、自分の空っぽな手を見つめる。つい昨日、ヤトのことを抱きしめたこの腕。
 
 軽い気持ちで、看病に向かっただけで。
 熱に浮かされた彼の夢だったと、儚く残るだけで良かったのに。彼が前世の記憶を持っていると確信した途端に、愛しさが溢れて。運んだベッドの上で引き留められた時には、悪い感情が浮かんでしまった。


『大好きなのに、ずっと苦しいんだよ』


 ヤトがそう思っているだろうって、心のどこかで分かっていた。それで、ずっと知らないフリをした。繕えば、せめてヤトにこれ以上傷を作らないで済むと。

 あんなに暗い赤色に染めてしまったのも、笑顔を奪ったのも、きっとオレなのだ。明るかったヤトが、淡々と苦しさを吐き出す様を見るのは辛かった。いっそ突き放してくれたら、お互い楽になれるかもしれない。


『もう一度、恋人未満から始めよう』


 それでも、ヤトは乗り越えてそう言ってくれた。思わず彼の優しい体温に触れてしまったら、もうダメだった。抑えていたものを、全部溶かされて。
 まるで火に焼かれるようだと思いながら、ヤトの存在が己の心臓よりも大切だと感じた。絶対に離したくないという、呪いのような気持ちを……オレは再び。

 それでも『見つけてくれてありがとう』と、ヤトがそう言ってくれる度に。この執着は間違っていないと、許された気になる。

 けれど、やっぱりすぐに現実を知る。
 お前たちの関係はおかしい、お前の選ぶ道は間違いだ。周りからそう言われる度に、やはり自分が赦されない存在だと再認識するのだ。


「……はは、あの人まだ懲りないんだ」


 思考から現実へ引き戻すように、またスマホが震え出す。画面に映る『父』の一文字だけで、拒否を押すには充分だった。この重荷も、いつかヤトに話さなければいけないだろうか。願わくば、また墓場まで持っていきたいものだ。

 曖昧な顔で笑う自分が、真っ暗な液晶へ映り込む。今からは、ちゃんと笑わなければ。ほら、がちゃりと彼が来る音がする。


「おわ、先に来てたのか」

「まあね、準備が色々あるからさ。それよりヤト、体調は大丈夫?」

「お陰さまでな」


 小さく笑った彼に、正直なところ前世のような明るさは微塵もない。しかし、少しでも笑ってくれることで心が暖かくなる。ここに居てくれることが、何より嬉しい。そんな思いを込めて、オレも普段の笑顔を顔に貼り付けた。きっとまだ、彼には暴かれない。


「今日もよろしく、ルキ」

「もっちろん! 思い切り可愛くするね」

「やめろ、普通でいいから……!」


 こんな冗談にも、真面目な顔で返す彼が愛おしい。仕事だから、抱きしめてあげる事は出来ないけれど。代わりに、優しい手つきでヤトの髪を撫でる。
 どこまでも暗いオレの黒色とは違う。この柔らかさが大好きだから、染められたいとさえ思ってしまう。

 今日はどんな撮影をするだとか、色んな話を交わしながらヤトを確かめる。
 彼はここに居る。オレの傍で、こんなにも近くで。君の笑顔も、声も、何もかもを感じていたい。否定だらけの世界だけれど。君の暖かさに、何度も救われたんだ。だから、オレも。


 ──、この命を使って君を救いたい。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

こずみっくにゃんこ

こういう話好き

解除

あなたにおすすめの小説

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。