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「ごきげんよう、マーガレット様」

「ごきげんよう!カリンヌ様」

学生達が行き交う廊下を歩いていると廊下の窓辺に気品溢れる麗しい令嬢の姿を発見した。
友人のマーガレットだ。
煌めく白銀の髪に麗しき顏の背の高い彼女、マーガレットはカリンヌに気づくと目を爛々と輝かせて笑顔でこちらに近づいてくる。
「カリンヌ!聞いてちょうだい」
興奮した様子のマーガレットにカリンヌはあら、珍しいと目を瞬く。

「ご機嫌そうですわね?何か良い事が?」

「ええ、とっても!例のが昨夜戻ったのよ。」

そんなマーガレットの言葉に私はピンと来た。

アレだ、生徒会メンバー達のキャッキャウフフな、あれだ。

カリンヌの目がキラリと輝いた。

「まぁ!マーガレット様、今日は午前中は選択授業はありませんでしたよね?すぐに聞きたいわ!どこかで話せます?」

興奮したカリンヌが矢継ぎ早にそう言うとマーガレットの笑が深まった。話したくて堪らないと言った感じだ。いや、正確にはだろうか。

「ふふっ、もちろんよ!じゃあ、見晴らしの良い三階のカフェの個室を取りましょう。」



ここはシャルム王国の王都、デジールにある聖六龍学園。

この学園は十三歳で入学して四年間通うと卒業となる。

私はこの学園の二年生、マーガレットと同じ魔術科のクラスに通っていて、将来は王宮で魔道具を作る部署である特殊魔道具管理課に就職することを目標としている。

私の名前はカリンヌ・ジュスタ。

建国から続くジュスタ家の四女だ。そして七人兄妹の末っ子。

ついでに言うと我が家は少々貧乏…だった。

先祖様は偉大だった。魔法の才に恵まれ、山岳地帯だった領地を切り開き農地に変えるほどの力を持っていたのだ。
しかし偉大なるご先祖さまは育児には失敗してしまった。甘やかし放題だった跡継ぎを残し早くに亡くなってしまった。

おかげでその後のジュスタ家は放蕩息子だった跡継ぎが爵位を継ぎ、その後も遊び呆け借金返済のために領地を縮小されている。更には彼の息子が爵位を継ぐと汚職に手を染め爵位を降格されている。

そして気付けば領地は半分近く失い、当初、侯爵だった爵位も今や男爵位になっていた。

そんな我が家の家訓は


働かざる者食うべからず!

真っ当に生きましょう!



そんな訳で手に職だ!ついでに食いっぱぐれる心配の無い、王宮の職に就きたいと私は幼いながらに考えた。

私は幼い頃に王宮での職場参観の日に王宮へ見学に連れて行けと父に駄々を捏ねた。
年に一度のその日、たまたまカリンヌは父にくっ付いて滅多に訪れる事の無い王都にいた。

せっかく来たのだからと、観光気分で私はそう言ったのだ。

あんまりにもカリンヌが暴れるもんだから父は渋々折れて、おかしな事をしない。変な言葉で喋らない、と言う誓いを立て漸く連れて行ってもらえた。

そこで見た職業の中で一番興味が湧いたのは、魔術師と特殊魔道具管理課の仕事だった。

貴族の令嬢だと言われなきゃ分からないフレンドリーな口調で喋る魔術師の女性や、特殊魔道具を作ってるオタクな女性達の姿に強く惹かれた。

彼女達を目にして。あ、これだ!と思った。その時は軽くそう思っていた。

軽い気持ちで、私にも出来る仕事だと、幼い私は既になった気分で将来ここにいる自分を想像して大変満足する。

魔術師や魔道具の職だったら私みたいな口の悪い、なんちゃって令嬢でもやって行ける。

そう確信した私は数年後に控えた入学試験の為に魔道具や魔術について猛勉強をした。

全く使っていなかった頭からは本気で煙が出そうなほどだったが。
私は頑張ったのだ。

その過程で私は本当に魔術や魔道具に興味が湧き、作ってみたいものや、こうするとこんな感じの道具が出来るんじゃないのかな?と思って魔道具を作り、出来上がった魔道具を商業ギルドに持ち込んでみた。

単純に自分の作品を見てもらいたかった。それだけだったのだけど、商業ギルドの職員に、同じ物をたくさん作ってぜひまた納めて欲しいと言われ私は本当に売れるのだろうか?と怪しみながら納めていると、あっという間に完売したと言われ、また追加の依頼がきた。

そして、ふと、何気なくいくらもらえたのかな?と、ギルドの通帳を見た。

そこに記されていたのは見たことも無い金額。それが、自分のギルドの口座に振り込まれていたのだ。

私は一目散に家に帰り、領地の為に使ってと父に全て渡した。

おかげで領地で長年悩まされていた壊れた橋の修復や道の整備、不作な地域への専門家の派遣が終わり、気がつけば我が家は貧乏を脱していたのだ。

けれどさすがに貧乏から少し抜け出しただけで普通の貴族の様に多額の寄付金なんて払えない。
だから貴族にも関わらず私は入学試験を受けて、無事合格してこの学園に通っている。

入学試験を受けて合格してしまえば多額の寄付金を請求されない。

普通、貴族なら頭の出来の善し悪しに関わらず、馬鹿みたいな寄付金を積み上げて入学試験を免除してもらうものだ。

でも我が家はそんな勿体ない事は出来ない。
兄妹皆、入学試験に合格してちょっぴりランクの低い寮に入って卒業している。

カリンヌも兄や姉が頑張って受験勉強をしてくれた様に、頑張って受験勉強をしてここにいるのだ。

本来なら、カリンヌは数年前の豪雨災害の被害で悲鳴を上げる領地の事もあり、王都の学園に通う事は難しいと思われていた。
その心配が払拭された今も切り詰められる所は切り詰めるつもりだ。

それに、この王都までの旅費や細々としたお金は馬鹿にならない。


本場の貴族の令嬢達にはかなり馬鹿にされているけれど。
そんなものは気にしない様にしている。
私は特殊魔道具管理課に入るのだ。その為にここにいるのだから。
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