不思議ホールに挑む者

けろよん

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第4話 チーム結成

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 車の行きかう賑やかな大都会。幹線道路の横に立ち並ぶ高層ビル群の一角にこの俺、凄井手勝ことエージェントMの所属する国家不思議調査局がある。
 週休二日をたっぷりと楽しんだ俺は月曜の朝から再び穴の調査に行く予定だったのだが、長官の呼出しを受けてここに来ていた。
 エレベーターが来るのを待って上階へ向かう。俺はそわそわしていた。いったい長官が何の用事なのだろうか。異世界のことを聞かれるのだろうか。報告書にまずいことでも書いただろうか。
 気にはなったが、気にしてもしょうがない。
 エレベーターが到着する頃には俺はキリッとしたエージェントMの顔をして廊下へと歩みを進めた。



 オフィスは今日も空いていた。調査員の仕事は外で調査をすることだから、日頃からみんな外に出ていて、エージェント同士が顔を合わせることはあんまり無い。
 俺に声を掛けてくるのは、椅子に座ってパソコンを操作していた事務員。

「エージェントM、カワウソロボの耳がほつれていたわよ。会社の備品はもっと丁寧に扱いなさい」

 真面目なOLを絵に描いたような少女、鈴野鈴子だ。会社の中では若い方だが、最年少の高校生にして特級エージェントとなった俺にとっては年上のお姉さんでしかない。

「俺は丁寧に扱ったつもりだったがな。すずすずはここで何をしているんだ?」
「書類の整理よ。あなた達エージェントの持ち帰った情報をまとめるのもわたしの仕事よ」
「それは月曜の朝から精の出るこって」
「あなたの資料も読んだわ。穴の中は異世界になっていたそうね」

 椅子に座ったまま見上げてくる鈴子の目がきらりと光り、険しくなった気がした。俺は離脱を考えたが、遅かった。

「そこに座りなさい。エージェントM」

 鈴子はすぐ隣の椅子を指す。俺は背伸びをして部屋を見渡した。

「俺は長官に呼ばれてきたんだ。長官はどこかなあ」
「あなたが来た連絡をさっき入れたわ。長官は間もなくここへ来るわ。それまでここで座りなさい」
「はい……」

 俺は仕方なく座った。鈴子のお小言が始まった。

「穴の中が異世界だったなんて、わたし達にとっても全く想定外だったわ。いい? 異世界はとても危険なのよ」
「分かっているぜ。だからこそ俺達のような特級がそこの調査を任されるんだろう?」
「わたしはそもそもあなたが特級というのも反対なのよ。高校生で特級だなんて。あなたのような年頃ならもっと他にやることがあるでしょう」
「俺はこれが一番やりたいんだ。合格したのは俺が優秀すぎたからしょうがないだろう」
「あなたが優秀なのはよく知っているわ。だからこそ自分で考えて」

 と話していると、ドアが開いて長官がやってきた。ダンディな髭の似合うナイスミドルな男性だ。上司がやってきて鈴子はそれ以上自分の話を続けなかった。
 俺は立ち上がって敬礼する。長官は真摯なおじさんの瞳をして頷いた。

「急に呼び出してすまないね、エージェントM」
「いえ」
「報告書を読ませてもらったよ。穴の中は異世界になっていたそうだね」
「はい、なぜそうなっているかは現在調査中でありますが、謎は必ず解ける物と信じております」
「うむ、今日呼んだのはその仕事とも関係のあることなんだ」
「と言われますと?」

 俺の疑問に長官は一呼吸置いてから言葉を続けた。

「異世界の調査は大変だろう。人手が欲しくはないかね?」
「いえ、自分は一人の方が気楽です」

 答えるとなぜか鈴子に睨まれた。そして、鈴子は立ち上がると長官に向かって期待度MAXの明るい顔をして弾むように訊ねた。

「エージェントMの仕事に超有能な超仕事の出来る超ベテランのエージェントを付けてくださるのですか?」

 超言い過ぎだ。誰への当てつけなのかは分かっていたので俺は黙っておいた。
 答える長官の言葉はちょっと歯切れが悪かった。

「いや、超ベテランというか、昨日テストに合格したばかりの新人なのだが」
「え……」

 鈴子が言葉を失ってしまう。俺の心境も同じだった。がっかりというレベルじゃねえよ。いない方がマシだった。

「おいおい、冗談はよしこさんにしてくれよ。どこの小僧か知らないが、俺の任務に素人の手は必要ないぜ」
「わたしも同感です。これ以上若者を異世界に送るなんて、やってはいけないことです」
「テストに合格したから仕方ないんだ」

 俺と鈴子の言葉を長官は仕方ないと突っぱねた。

「採用したからには使わないといけないんだ」
「採用担当は首にした方がいいわ」
「俺も同感だ」

 さっきから鈴子と意思疎通が出来てしまっていて恐い。だが、恐いのはこれからだ。初心者を連れて行って怪我でもされちゃあ、俺の査定に響く。この前もそれで異世界に来ていた子供達に気を揉んだばかりだというのに。
 そんなことを気にしたからだろうか。聞き覚えのある声がした。

「長官、もう入っていい?」
「いいよ。おいで」

 孫を呼ぶような声音で招かれて、やってきたのはこの前のちびっ子達。

「Mさん、お久しぶり」
「こ……こんにちはですわ」
「お前ら、何しに来たんだ」

 異世界であった麻衣と美結だった。長官が紹介してくれる。

「紹介しよう、このたび特級エージェントとなった麻衣君と美結君だ」
「「え……ええーーーーーー!!」」

 俺と鈴子は同時に驚きの声を上げてしまった。さっきから気が合いすぎて恐い。
 俺が呆然としていると麻衣が駆け寄ってきて俺の手を取ってきた。

「あれからあたしも猛勉強して特級になったのよ」 
「いやいやだって、あれからまだ一週間も経ってねえぞ」
「麻衣お姉様は我が校始まって以来の才女なんですのよ」
「ということはお前も?」

 俺は呆然としてしまう。麻衣は利発そうだが、美結はどう見ても馬鹿にしか見えないのに。その疑問を麻衣が氷解させてくれた。

「美結の家は大金持ちなのよ」
「お金?」

 俺が目を向けると、長官は答えた。

「エージェントM、君は地獄の沙汰も金次第という言葉を知っているだろうか」
「お金持ちこえー。鉄矢と浩二は?」

 追及するのも恐い気がしたので俺は話を変えた。ここに見えない残りの二人のことを訊ねる。麻衣は答える。

「彼らは置いてきたわ。この戦いにはついてこれなかったのよ」
「わたくしは浩二君とも一緒に来たかった。でも、彼は部活に忙しいからと言って断ったのよ」
「さよか」

 まあ、どうでもいいことなので流しておく。来ないならそれにこしたことは無い。邪魔者が減るだけだ。俺にとって重要なのはこれからのことだ。

「それで俺にこいつらの面倒を見ろって言うんですか?」
「そうだ。他に頼める者もいないし彼女達の希望でもある。こう見えて彼女達も特級になるほどの実力者。足手まといにはならないだろう」
「いやいや、ちょっと待ってくださあい!」

 話が纏まりかけたその時、鈴子が待ったを掛けてきた。俺は仕方ねえなと安堵だか諦めだか分からない息を吐いていたのだが、やっと合っていた気が離れたようだ。
 麻衣が俺に小声で訊ねてくる。鈴子に聞こえないように。

「この人誰?」
「鈴野鈴子。みんなにはすずすずって呼ばれている。俺の仕事仲間だ」
「ライバルじゃなくて?」
「すずすずはエージェントじゃねえからな。敵にならねえよ」
「敵じゃないんだ」

 麻衣は何か考えているようだ。まあ、小学生のおつむの中なんざどうでもいい。鈴子が長官に詰め寄っている。俺にとってはそっちの方が気になる。

「わたしは反対です。高校生ならまだしも小学生に特級エージェントをやらせるなんて」
「そうは言っても彼女達は資格を有しているし、会社の決めたことだからな。長官と言っても会社の方針には逆らえんのだよ」
「会社が許しても法律はどうするんですか! 高校生ならまだしも小学生を働かせたら逮捕されますよ!」

 高校生もどうなんだと思ったが、言ったら薮蛇だ。俺は余計なことを言わないように自分の手で口をチャックしておいた。

「逮捕は困る。ガクブル」

 長官が良い負かされそうになっている。そこに麻衣が口を挟んだ。

「それは大丈夫よ。美結のお父さんは警視総監と友達なのよ。法律なんていかようにも捻じ曲げてくれるわ! ねえ、美結」
「は……はい、お姉様!」
「金持ちきたねー!」

 鈴子の言葉だ。
 俺は慌ててお口チャックの力を強めた。危うく鈴子と言葉が被るところだった。
 麻衣はさらに強気に言葉をぶつける。鈴子に向かって。

「すずすずさん! あたし達のことが気に入らないならあなたも特級になればいいじゃない!」
「むぐう。わたしは別に気に入らないわけではないのよ。ただあなた達のことを心配して」
「心配ならご無用よ。なんたってあたし達は特級なんだから!」
「…………分かったわ」

 鈴子は長く沈黙して、やがて諦めたようにため息をついた。どの道ただの平社員に上からの決定は覆せないのだ。だが、付け足すのを忘れなかった。

「ただし何かあった時にはエージェントMに責任を取ってもらいますからね。あなた達に迷惑を掛けない覚悟はある?」
「もちろん!」
「エージェントMは!?」
「仕方ねえな。やれと言われたら俺はやるだけさ」

 話がまとまったところで長官が話しかけてきた。威厳のある態度を取って。

「これから君達はチームを組むことになる。チーム名を決めねばなるまいな」
「それならもう考えてあります!」

 さすがは才女と言われるだけあって麻衣の頭の回転は早い。俺の方が舌を巻くぐらいだった。麻衣は自信に満ちた態度で自分の案を発表する。

「Mさんとあたしと美結の名前を取ってトリプルM! どう?」
「いいんじゃないか? 美結はどう思う?」

 俺はさっきから黙って固まっている美結を肘で突いて訊ねた。美結は我に返ったように言った。

「お、お姉様が決めたならわたくしに異議はありませんわ!」
「お前、緊張してんの?」
「緊張してません!」

 美結が吠えて場に笑いが満ちる。長官は改まって宣言する。

「任務の成功は君達に掛かっている。出撃するのだ、チームトリプルM!」

 続いて鈴子が子供を心配するお母さんのように声を掛ける。

「二人ともお兄ちゃんの言う事はしっかり聞いて。勝君はこまめに連絡を入れるのよ」
「俺を名前で呼ぶな」
「だって誰がMか分からないじゃない」
「俺は俺だ」
「あたしはM2、美結はM3でいいです」

 麻衣がさっさと決めてしまう。鈴子は微笑んで頷いた。

「了解。この子達、エージェントMより役に立つかもね」
「言ってろ。じゃあ、行ってくるぜ」

 そうして、俺達は向かう。今回はチームを組んで。穴の中に広がる異世界へと。
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