サイクリングストリート

けろよん

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第三章 勇者の挑戦

第55話 帰ってきた叶恵

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 日曜が終わって月曜日。
 大会の後しばらく休んでいた叶恵が久しぶりに登校してきた。
 お嬢様学校の校舎前で、彼女の姿を認めた生徒達は次々と心配していた声を掛けた。

「お久しぶりです、叶恵さん」
「お体の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、風邪ではないので。少し自分のことを見つめ直していたんです」

 副会長として声を掛けてくる生徒達に笑顔と声を返して歩いて行くと、その先で待っている生徒がいた。
 上村苺。彼女はずっと叶恵に相談したいことがあった。
 思いつめた表情をした一年生に叶恵は優しく声を掛けた。

「どうかしたんですか? 苺さん」
「叶恵さん、わたしまた相談したいことがあって……」

 苺は言いにくそうにもじもじとしている。
 前に姫子の言いにくい悩みを聞いていた叶恵はすぐに事情を察した。
 人目のあるところで聞くような話ではない。場所を移す必要がある。

「では、行きましょうか。授業には遅れると伝えておいてください」

 叶恵は同じクラスの生徒に一声掛けて、苺を連れて歩いていった。


 叶恵と苺は人のいない屋上へとやってきた。
 姫子の悩みを聞いた時は放課後の暖かさに包まれていたその場所は、今は朝の希望の始まりを感じさせるような日差しに包まれていた。

「空はこんなに輝いているのに、どうして世界から不幸なことは無くならないんでしょうか」
「え……」
「いえ、こちらの話です」

 屋上の端で一人ごちた叶恵は振り返って苺に訊ねた。

「それで相談ってなんですか? わたしで助けになれることならいいんですが……」

 朝の風に彼女の綺麗な髪が揺れる。
 叶恵の態度は優しかったが、同時に頼りになる自信の強さも感じさせた。
 叶恵は頼りになる先輩だ。それは苺が一番よく知っている。
 だから言いにくいことでも思い切って言うことにした。

「実は……」

 ずっと悩んでいたことを打ち明ける。
 苺の前で叶恵は初めて驚いた顔を見せた気がした。
 それほどのことを言ったのだと改めて認識して、苺は歯を噛みしめて自分の手を握った。
 長いと感じながらも短い時間の後、叶恵はぽつりと呟いた。

「陸上を……辞めたい……?」
「はい、だって悔しいんです。あの敗北が……」

 前の大会での敗北。
 翼やみんなに期待されて走ったのに全く歯が立たなかった。
 それがずっと苺には重い責任となってのしかかっていた。

「だからこれからは自転車で頑張ろうかと……」
「あてはあるのですか?」
「翼様のお父様が自転車クラブのスポンサーの方と知り合いだと」
「そのことを翼様には?」
「まだ言ってません。まず叶恵さんに相談したかったので……」
「でも、ずっと頑張ってきたのに……」

 そう言われるのは分かっていた。
 でも、前の敗北のことを思い出すと、苺の中にはどうしようもない屈辱が湧いてきてしまうのだ。
 さすがの叶恵も少し考え、その瞳に少しの寂しさを交え、答えた。

「苺さんはもし……もしもですよ。わたしがこの学校を辞めるといったらどう思います?」
「そんな! 辞めないでください!」

 何で話がそこに飛ぶのか苺には理解出来なかった。
 苺が激しく食ってかかると叶恵はおとなしく引き下がった。

「たとえ話としては不謹慎でしたね。すみません。大丈夫、わたしは辞めませんよ」
「叶恵さん……」

 叶恵の言いたいことは分かった。
 自分が彼女に期待しているように、自分もみんなに期待されているのだと。
 そのことを噛みしめ、苺は元気に顔を上げた。

「叶恵さん……分かりました。わたしまだ陸上で頑張ります!」

 今度こそみんなの期待に答えるように。苺は自分の役割を理解した。

「そうですか」

 叶恵の言葉は短いながらも苺に安心を与えてくれた。
 その時、学校にチャイムが鳴った。
 朝のホームルームが始まる前の予冷だ。急げばまだ間に合う。
 苺は駆け足に構えながら頼りになる上級生に言った。

「相談に乗っていただきありがとうございました! 叶恵さんも急いでください!」
「はい」

 苺の姿はすぐに屋上から消えていく。

「うらやましいですね。何も知らない人は……」

 見送って、叶恵は一つ息をついて自分も教室へ向かうために歩み出した。
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