サイクリングストリート

けろよん

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第三章 勇者の挑戦

第54話 悠真の待ち合わせ

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 人の多い駅前の路上で悠真は人を待っていた。
 待っている相手はいとしの彼女だ。
 自転車になっている時はやりたくてたまらなかった念願の待ち合わせをついにやる時が来ていたのだ。
 前の大会でデートをしようと約束した。その約束を果たすために悠真は町へ来ていた。

「姫子さん遅いな」

 彼女が遅い理由は想像がついている。
 今までに何度も会ったことはあるが、明確にデートをしようと約束して誘ったのは今回が初めてだ。
 姫子がパニックになって慌てている様は容易に想像することが出来た。

「慌てて転んでなきゃいいけどな」

 そう心配していた時だった。知っている少女の声が掛けられた。

「お兄様ではありませんか」

 悠真はにこやかに振り返る。

「やあ、僕も今来たところ……って翼さん!?」

 声を掛けてきたのが待っていた相手と違って、それも町一番のお嬢様である翼とあって悠真はびっくりして跳びあがってしまった。
 そんな悠真の反応に、翼は苦笑していた。

「お兄様とお呼びしたのは不躾でしたでしょうか」
「いや、俺は何でも」
「翼は一人っ子だから兄弟のいる家庭がうらやましいのよ。そっとしといてやって」

 翼の隣にはどこかで見たような知らない少女がいる。
 太陽のような力強さを持った翼とは反対に、雪のような静けさを感じさせる少女だったが、彼女も美人だ。
 一度見たら忘れられそうになかったが、悠真は正直に訊ねていた。

「えーと、どちら様でしたっけ」

 渚は少しむっとしたが、翼や周囲の目もあるので礼儀正しく挨拶することにした。
 人の印象とは興味や関わりを持つことで深まるとも言える。ただ大会の運営をしていただけの渚のことを悠真が覚えていなくても仕方がないことと言えた。

「結菜さんの学校の生徒会長をしています白鶴渚と申します。翼の友達で大会では運営の方を担当していました。以後お見知りおきくださいませ」
「ああ、これはどうも」

 なんだろう、翼の友達と言った部分をやけに強調していた気がする。
 考える間もなく、翼が言葉を繋いできた。

「ちょうど良かったですわ。お兄様にも結菜さんのことで相談したいと思っていたのです」
「いや、俺の方はちょうどいいわけでは……」

 悠真は周囲を伺った。姫子の姿はまだなかった。翼は察してくれたようだった。

「もしかしてご用事の途中でしたか? では、日を改めて……」
「あ、大丈夫だよ。まだ来そうにないし、少し話すぐらいなら」

 悠真は慌てて彼女を呼び止めた。せっかく翼が声を掛けてくれた機会を逃すわけにはいかない。
 それに姫子はまだ来なさそうだ。きっとまだ準備に戸惑っているのだろう。困った彼女だった。
 渚が不機嫌そうに悠真を見ていたが、そちらの方は悠真の視界に入らなかった。

「話をするなら早く済ませたら?」
「そうですわね。では、そちらのベンチで手短に話し合いましょうか」

 翼が指したのは駅前の広場にある普通のベンチだ。
 話し合いをするには人通りが多く騒がしい場所だが、悠真の事情を考慮してくれたのだろう。
 そう思うと嬉しい気分だったし、次はもっと良い場所で話しをしたいと思ったが、そんな空想は長続きしなかった。
 突如として悠真の背後で黒い気が膨れ上がった。
 その巨大な気を悠真ははっきりと感じ取り、ぎこちなく振り返る。
 そこに立っていたのは様々な黒い感情に身を包んだ姫子だった。
 実に気合いを入れてお洒落をしてきていたが、その可愛さも彼女の放つ黒い波動を抑えきることは出来なかった。
 悠真は彼女のお洒落を褒めるべきなのだろうが何も言えなかった。
 姫子の口が悔し気な負のオーラとともに言葉を紡ぐ。

「初デートだと思って頑張って来たのに……」
「違うんだ! 姫子さん!」
「どうして、翼さんと会っているんですかあああ!!」

 姫子は叫ぶ。まるで聞く耳を持たなかった。周囲の通行人達が何事かと振り返った。

「いえ、わたくし達はたまたま会っただけですわ」
「翼はただ知っている人がいたから声を掛けただけなのよ。ほら、彼は結菜さんのお兄さんだから」

 翼と渚は何とか事情を察して場を取りもとうとするが……

「だまらっしゃい! わたしは悠真さんと話をしているんです!!」
「「はい……」」

 今の姫子の剣幕には敵わなかった。今日の彼女はいつも以上にキレていた。
 こうなってはしばらく止められない。誰もがそれを理解していた。
 姫子は瞳に涙を震わせて悠真に向かって訴えた。

「わたしは初デートだって期待して夜も眠れなかったのに、悠真さんにとってはそうじゃなかったんですか!」
「いや、俺だって同じ気持ちだったよ!」
「だったら、なんで翼さんとデートしていたんですか!」
「それはたまたま会っただけで……」
「たまたまって何ですか! 今日はわたしとデートだって約束したじゃないですか!」
「だからあ!」

 悠真は助けを求めて翼を見た。翼も姫子の学校の生徒会長として何かを助言しようと思ったのだが、

「翼、二人のことは二人に任せておくことが一番よ」
「え……ええ」

 渚に腕を引っ張られ、周囲に野次馬の人だかりが出来つつあったのにも気が付いてその場を後にしたのだった。


 映画のチケットを無駄にするわけにもいかない。
 二人のことは気になったが、翼と渚は予定通りに映画を鑑賞した。しかし、やはり悠真と姫子のことが気になってあまり楽しむことは出来なかった。

「うちは女子校だからこうしたことはよく分からないのですが、男女の付き合いというのも大変なものなのですのね」
「共学のわたしだって詳しいわけじゃないんだけど、姫子さんには謝っておいた方がいいわよ」
「ええ、分かっていますわ」

 映画館を出て翼はすぐに姫子にメールを送った。
 その頃にはもう姫子の気持ちも落ち着いていた。
 落ち着いてうつむいて気落ちまでしていた。
 楽しいはずのデートだったのにどうしてこうなってしまったのだろう。落ち着いてパニックにならずに悠真や翼の話を聞けばよかったのに。
 携帯が鳴って姫子はメールを受け取った。
 そこには確かな謝罪と心配と気配りの行き届いた文面があった。

「翼さんはあんなに大人なのに、わたしなんて酷いことを……」

 うつむく姫子を悠真が励ましてくれる。

「姫子さんは悪くないよ。俺が上手く事情を説明しておくから。何も心配することはないから」
「ううー」

 みんなに迷惑をかけ、悠真に励まされ、姫子はもう枕があったら顔を埋めたい気分だった。
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