53 / 67
第三章 勇者の挑戦
第53話 渚と翼の昼食会
しおりを挟む
大会から一週間が過ぎた次の日曜日。
休日の人で賑わう駅前のファミレスに入って、渚と翼は食事をしながら話をしていた。
お互いに生徒会長という立場でこの前の大会について真面目な話し合いをするのも目的の一つだったが、幼い子供の頃からの友人である二人が何も用事が無くても会うのもごく日常的なことだった。
翼がお嬢様学校に進学してからはその回数は減っていたが。
注文して届いた庶民に優しい値段のサラダを箸で突きながら渚は学校のことを報告した。
「あんたの助言で田中さんのクラスでは勉強フィーバーが起きているわよ」
「そこまでの効果を期待したわけではなかったのですが……」
「翼には立場があるんだから。発言もほどほどにね」
「気を付けておきますわ」
翼は別にお嬢様向けというわけでもない庶民のハンバーグを箸で一切れ取って食べる。そして、少し考えてから言った。
「バニシングウェイのことですけど……やはり発表しないことにしましたわ」
「そう」
渚にとっては意外なことではない。大会のことは町のニュースで少し取り上げられただけで、すぐに話題にされなくなっていた。
翼にやる気があるならもっと大々的に宣伝を続けていたはずだからだ。
渚の短い答えに翼は訝し気に訊ねた。
「反対はしませんのね」
「翼の始めたことだし、わたしは翼の好きにすればいいと思うわ。翼にも考えがあってのことなんだろうし。面白いレースが見れてわたしも町の人達も満足したし、引くとするなら今がいい引き際なんじゃないかしら」
「そう言ってもらえると助かりますわ」
翼は心から安心しているようだった。渚は考えてみる。
考えられる原因としてはやはり最後にこけたことだろうかと推測するが、翼が言わないなら渚がそれ以上追及する必要もなかった。
大会は無事に終わり、勇者が紹介された。結果としてはそれで十分だ。
渚にとってはもう終わったことよりもこれからのことが余程重要だった。
翼と休日に町に出て遊ぶ。幼い頃からやっていることだが、学年が進むほどに立場の違いを感じずにはいられない。
でも、今はまだ二人でこうしている。この時間をもう終わった悩みで使うつもりは渚にはなかった。
「それにしても……」
渚は町一番のお嬢様を誘うにしてはごく庶民的な食事の手を止めて、わざと軽い調子で言う。
「純星の鷹、お嬢様の頂点とまで呼ばれる人と二人っきりで食事を出来るなんて、これは光栄と思うべきなのかしらね」
「渚、今更わたくしを持ち上げても何も出ませんわよ」
翼は冗談だと思って受け流しているが、渚としてはこの数年で後ろめたく思うことがあった。
こちらは普通の一般庶民で相手は町一番のお嬢様。
せめて小さい山でも一番になろうと生徒会長になってみたものの、相手も生徒会長になってしまった。それも名門の。
もう本当にへこんでしまう。
子供の頃は全く気にしなかった距離感を年を取るほどに意識してきてしまう。
翼はそんなことには全く頓着していないが。
王者の余裕とも取れるが、単に分け隔てのない翼の性格ゆえだとも伺える。
翼は子供の頃から何も変わらない。ただ生徒達の前では手本となる振る舞いを自ら見せようとするようになったこと以外には。
だから渚もつまらないことは気にしないようにして、幼い頃からの友人として話をすることにする。
「それでこの前の試合でお眼鏡に叶ったうちの生徒を翼はどうするつもりなのかしら?」
「それなんですけどね」
翼は悩んでいる様子だった。
あの大会は勇者の力を示したもののやはり順調なものとは言えなかった。
翼がそのことを気にしていることを渚は気が付いていたが、わざとどうでもいいことのように言った。
「転んだのは仕方がないわよ。誰にでも失敗はあるものだからね」
「渚はあの時に何か気が付いたことはありませんでしたか?」
「何かって? んー、わたしは会場の方にいたから。何かあったの?」
翼には何か気になることがあるようだった。渚は訊いてみるが、翼は口を閉ざすだけだった。
「いえ、特には。調査班の報告でも何も無かったと言っていましたし」
「翼のところの調査班は優秀だからね」
親友の態度に渚は腑に落ちない物を感じていたが、翼とその調査班が調べて分からない物ならどうしようもない。ただ後でもう一度現場を見てみようと思っただけだった。
翼はごく普通のファミレスのジュースを一口飲んで話を続けた。
「それで伝説の勇者のことですけど」
「田中結菜さんのことね。なかなか見込みのある生徒だとは思うけれど」
生徒会室で話したことを思い出し、渚はスパゲッティをフォークに絡ませながら相槌を打つ。
田中結菜。伝説の勇者だと噂されている生徒だ。
大会ではよく頑張っていたが、渚は特には伝説のような物は感じなかった。そんな彼女を翼はどうするつもりなのか。
生徒会長としては自分の学校の生徒のことを気にしないわけにはいかない。
翼の答えはこうだった。
「何もしないことに決めましたわ」
「そう」
何となくそうなる予感はしていた。
結菜はよく頑張っている生徒だが、特に特別な力を持っているわけではないごく普通の少女なのだから。
「とくに差し迫った脅威も無さそうですし、わたくしには結菜さんの学校生活まで邪魔するつもりはないのです」
「高校の三年間は短いものね。わたし達もわたし達でやることがあるし、そろそろ大学の事も考えていかないと」
「そうですわね」
「でも、ちょっとは面倒を見てやってよ。あの子を勇者として町のみんなに紹介したのは翼なんだからね」
「それはもちろん心得ておりますわ」
「学校のことぐらいだったらわたしの方で見ておくけどね。生徒会長として生徒に気を配るのは当然の義務だから。翼の負担を減らしてあげる」
「頼りにしてますわ。渚が友達で良かったです」
「わたしを褒めてもこんな物ぐらいしか出ないわよ」
「それは?」
渚が取り出したのは二枚のチケットだった。渚はそれを指先に挟んで翼に見せながら言った。
「駅前に新しく出来た映画館のチケットよ。4DXとか言って新しい体感型の映画らしいんだけど」
「4DX? 聞いたことがありませんわね」
「わたしも行ったことはないんだけどね。翼も町一番のお嬢様なら町に出来ている物ぐらいは知っておいた方がいいわよ」
「それはもちろんそうですわ」
「じゃあ、食事を終えたら町を適当に見て回って、時間が来たら行きましょうか」
「ええ、渚のおすすめの映画。期待していますわよ」
そして、食事を終えて会計を済ませ、二人は休日の人で賑わう町へと繰り出していった。
休日の人で賑わう駅前のファミレスに入って、渚と翼は食事をしながら話をしていた。
お互いに生徒会長という立場でこの前の大会について真面目な話し合いをするのも目的の一つだったが、幼い子供の頃からの友人である二人が何も用事が無くても会うのもごく日常的なことだった。
翼がお嬢様学校に進学してからはその回数は減っていたが。
注文して届いた庶民に優しい値段のサラダを箸で突きながら渚は学校のことを報告した。
「あんたの助言で田中さんのクラスでは勉強フィーバーが起きているわよ」
「そこまでの効果を期待したわけではなかったのですが……」
「翼には立場があるんだから。発言もほどほどにね」
「気を付けておきますわ」
翼は別にお嬢様向けというわけでもない庶民のハンバーグを箸で一切れ取って食べる。そして、少し考えてから言った。
「バニシングウェイのことですけど……やはり発表しないことにしましたわ」
「そう」
渚にとっては意外なことではない。大会のことは町のニュースで少し取り上げられただけで、すぐに話題にされなくなっていた。
翼にやる気があるならもっと大々的に宣伝を続けていたはずだからだ。
渚の短い答えに翼は訝し気に訊ねた。
「反対はしませんのね」
「翼の始めたことだし、わたしは翼の好きにすればいいと思うわ。翼にも考えがあってのことなんだろうし。面白いレースが見れてわたしも町の人達も満足したし、引くとするなら今がいい引き際なんじゃないかしら」
「そう言ってもらえると助かりますわ」
翼は心から安心しているようだった。渚は考えてみる。
考えられる原因としてはやはり最後にこけたことだろうかと推測するが、翼が言わないなら渚がそれ以上追及する必要もなかった。
大会は無事に終わり、勇者が紹介された。結果としてはそれで十分だ。
渚にとってはもう終わったことよりもこれからのことが余程重要だった。
翼と休日に町に出て遊ぶ。幼い頃からやっていることだが、学年が進むほどに立場の違いを感じずにはいられない。
でも、今はまだ二人でこうしている。この時間をもう終わった悩みで使うつもりは渚にはなかった。
「それにしても……」
渚は町一番のお嬢様を誘うにしてはごく庶民的な食事の手を止めて、わざと軽い調子で言う。
「純星の鷹、お嬢様の頂点とまで呼ばれる人と二人っきりで食事を出来るなんて、これは光栄と思うべきなのかしらね」
「渚、今更わたくしを持ち上げても何も出ませんわよ」
翼は冗談だと思って受け流しているが、渚としてはこの数年で後ろめたく思うことがあった。
こちらは普通の一般庶民で相手は町一番のお嬢様。
せめて小さい山でも一番になろうと生徒会長になってみたものの、相手も生徒会長になってしまった。それも名門の。
もう本当にへこんでしまう。
子供の頃は全く気にしなかった距離感を年を取るほどに意識してきてしまう。
翼はそんなことには全く頓着していないが。
王者の余裕とも取れるが、単に分け隔てのない翼の性格ゆえだとも伺える。
翼は子供の頃から何も変わらない。ただ生徒達の前では手本となる振る舞いを自ら見せようとするようになったこと以外には。
だから渚もつまらないことは気にしないようにして、幼い頃からの友人として話をすることにする。
「それでこの前の試合でお眼鏡に叶ったうちの生徒を翼はどうするつもりなのかしら?」
「それなんですけどね」
翼は悩んでいる様子だった。
あの大会は勇者の力を示したもののやはり順調なものとは言えなかった。
翼がそのことを気にしていることを渚は気が付いていたが、わざとどうでもいいことのように言った。
「転んだのは仕方がないわよ。誰にでも失敗はあるものだからね」
「渚はあの時に何か気が付いたことはありませんでしたか?」
「何かって? んー、わたしは会場の方にいたから。何かあったの?」
翼には何か気になることがあるようだった。渚は訊いてみるが、翼は口を閉ざすだけだった。
「いえ、特には。調査班の報告でも何も無かったと言っていましたし」
「翼のところの調査班は優秀だからね」
親友の態度に渚は腑に落ちない物を感じていたが、翼とその調査班が調べて分からない物ならどうしようもない。ただ後でもう一度現場を見てみようと思っただけだった。
翼はごく普通のファミレスのジュースを一口飲んで話を続けた。
「それで伝説の勇者のことですけど」
「田中結菜さんのことね。なかなか見込みのある生徒だとは思うけれど」
生徒会室で話したことを思い出し、渚はスパゲッティをフォークに絡ませながら相槌を打つ。
田中結菜。伝説の勇者だと噂されている生徒だ。
大会ではよく頑張っていたが、渚は特には伝説のような物は感じなかった。そんな彼女を翼はどうするつもりなのか。
生徒会長としては自分の学校の生徒のことを気にしないわけにはいかない。
翼の答えはこうだった。
「何もしないことに決めましたわ」
「そう」
何となくそうなる予感はしていた。
結菜はよく頑張っている生徒だが、特に特別な力を持っているわけではないごく普通の少女なのだから。
「とくに差し迫った脅威も無さそうですし、わたくしには結菜さんの学校生活まで邪魔するつもりはないのです」
「高校の三年間は短いものね。わたし達もわたし達でやることがあるし、そろそろ大学の事も考えていかないと」
「そうですわね」
「でも、ちょっとは面倒を見てやってよ。あの子を勇者として町のみんなに紹介したのは翼なんだからね」
「それはもちろん心得ておりますわ」
「学校のことぐらいだったらわたしの方で見ておくけどね。生徒会長として生徒に気を配るのは当然の義務だから。翼の負担を減らしてあげる」
「頼りにしてますわ。渚が友達で良かったです」
「わたしを褒めてもこんな物ぐらいしか出ないわよ」
「それは?」
渚が取り出したのは二枚のチケットだった。渚はそれを指先に挟んで翼に見せながら言った。
「駅前に新しく出来た映画館のチケットよ。4DXとか言って新しい体感型の映画らしいんだけど」
「4DX? 聞いたことがありませんわね」
「わたしも行ったことはないんだけどね。翼も町一番のお嬢様なら町に出来ている物ぐらいは知っておいた方がいいわよ」
「それはもちろんそうですわ」
「じゃあ、食事を終えたら町を適当に見て回って、時間が来たら行きましょうか」
「ええ、渚のおすすめの映画。期待していますわよ」
そして、食事を終えて会計を済ませ、二人は休日の人で賑わう町へと繰り出していった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる