聖少女ミリエルと中の魔王

けろよん

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第5話 発動する力

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 ミリエルはネネの後について部屋に入っていった。そこは暗い部屋だった。ミリエルは部室を見回す。
 放課後とは言ってもまだ明るい時間帯なのに暗いと思ったのも当然だった。窓は全て黒くて分厚いカーテンで塞がれていた。
 天井からは何枚かの布が下げられ、棚には怪しい小道具が飾られている。魔術の研究に使う物だろうか。棚には怪しい本もたくさん並んでいた。
 ミリエルの初めて入った魔法研究部の部室はとにかく怪しい雰囲気てんこ盛りだった。
 この学校にはこんな場所もあったのか。意外な光景にごくりと唾を呑みこんでしまう。
 部屋の中央には丸いテーブルがある。その上では蝋燭の炎が揺らめいている。

「お化け屋敷……」
『占い小屋か』
「…………」

 受ける印象はミリエルと謎の声の人物とで違うようだった。ただ間違いなく中の人もこの景色を見ている。その確信は持てた。
 緊張するミリエルの前で、ネネが気さくに奥で待っていた人物に声を掛けに行った。

「シズカ先輩、連れてきました」
「ほう、君が噂の聖少女か」
「はい」

 物が多くて分かりにくかったが奥に人がいた。
 聖少女の何が噂になっているかは知らないが、そう呼ぶ人がいるのは確かなので否定する材料は無かった。他にそう呼ばれている人を知らないし。
 シズカ先輩と呼ばれた人物は上級生らしく大人びた知性的なたたずまいをしていた。
 彼女が着ているのはミリエルやネネと同じこの学校の制服だが、その上に魔術師のようなマントを羽織り、頭に三角帽子を被っている。魔術研究部なりの衣装なのだろうか。
 推測するミリエルの視線を見返して、シズカ先輩は自慢そうにニヤリと笑んだ。

「この格好が不思議かい?」
「いえ」

 ミリエルは自分が不躾な視線をぶつけていたことに気付いてうつむいてしまうが、シズカは気にしていないように言葉を続けてきた。

「君は勇者様とともに魔王と戦ったマホッテ様を知っているだろうか」
「いえ、知りません」

 知らなかったので正直に答えた。

「聖少女といえど生まれる前のことは知らないか」
「…………」

 何だか自分が無知だとがっかりされてる気がする。期待に応えられないのは残念なことだった。
 ネネの方を見ると両拳を握ってガッツのポーズを送られた。改めて視線を戻す。シズカの口調にミリエルの無知を責める物は無かった。
 上級生の少女はマントをひらめかせて自慢気に言った。

「この格好はマホッテ様にあやかってるんだ。魔法の才女と謡われた彼女のようになりたくてな」
「そうなんですか」
「だが、何かが足りない気がしているんだ。何だろう」
「うーん……」

 訊かれてもマホッテを知らないミリエルに分かるわけもない。それでも何だか場の雰囲気に流されて考えてしまっていると、ミリエルの内に声がした。

『思い出したぞ。あの眼鏡のことか』
「眼鏡?」

 つい釣られて口に出してしまう。その言葉を聞いて、シズカの顔がまるで子供のようにパッと輝いた。

「そうだ、眼鏡だ。なぜ気づかなかったんだろう。当たり前すぎることを見落としていた」

 その答えはミリエルにも覚えがあることだった。
 隅っこの目立ちにくい場所に落とした物だとばかり思いこんで探していると、不意に目立ったど真ん中で見つかることがある。
 あるいはあるのが当たり前すぎて傍にある物を意識しなくなってしまう。
 そんな答えだ。
 だが、今はそんなことはどうでもいい。ミリエルはシズカに相談したいことがあってここに来たのだから。
 だが、その言葉を発する前にミリエルの両肩はシズカにガッシリと掴まれてしまった。さすがにびっくりする。鼻息が荒くてちょっと怖い。身を引こうとするが逃げる選択肢は無かった。
 いざとなればネネに助けを求めればいいだろう。そう判断する。

「君はもしかしてマホッテ様のことを知っているのだろうか?」
「いや、わたしじゃなくて、わたしにいたずらを仕掛けてきている人が知っていたんです」
「いたずら?」

 上手く話が戻った。ちょうどいい好機だ。ミリエルは自分が来た目的を今こそ語ることにした。
 謎の声が自分に語り掛けてくること。その正体を探って欲しいと。正直に伝えた。
 聞き終えたシズカの視線が訊ねるようにネネの方を向くが、ネネは知らないと首を横に振った。謎の声はやはりミリエルにだけ聞こえるようだ。

「あたしは多分天使様だと思うんだけど」
「まだそれ引っ張るの」
「本人に聞いてみたらどうだ?」
「うーん……」

 いたずらを仕掛けてきている張本人に教えを乞う。それは面白くないことだが、面と向かって言われると確かに一番の近道に思えた。
 ミリエルは仕方なく本当に面白くないと思いながら、自分の内に向かって話しかけることにした。

「あんた何者なの?」
『それを俺に聞きたいのか?』
「うん、聞きたい」

 屈辱だが、ここは素直に言っておく。相手も素直に答えてきた。

『だが、教えん』
「何で!?」
『俺はここの人間が今の俺をどう評価するのか期待してここへ来たのだ。先に答えを教えては興ざめもいいところだろう。それに先ほどからのお前の行動。面白い。俺は今の状況をもっと見ていたい』
「…………」

 駄目だ、こいつ。早く何とかしないと。
 ミリエルは改めて期待を胸に目の前の魔術に詳しい先輩に縋った。

「駄目でした。こいつきっと悪魔です。先輩の力で正体を突き止めてください!」
「ふむ、マホッテ様のことを知っている悪魔か。わたしにとっても興味深い。だが、そのことをあまり他所で吹聴しない方がいいぞ」
「どうしてですか?」

 ミリエルはきょとんとして訊ね返す。シズカ先輩はいじわるをせずに教えてくれた。

「君はかつて魔女裁判というのがあったことを知っているだろうか」
「魔女裁判?」

 また知らなかったのでミリエルは数回瞬きしてしまう。無知を馬鹿にせず、シズカ先輩はもったいぶらずに教えてくれた。

「今でこそ魔法は普通である物として認識されているが、昔は良く思わなかった者達も多くいたのだ。悪魔と契約した者は異端として忌み嫌われ、火炙りや死刑になった者も多いと言われている。ましてや君は聖少女だからな。聖少女に悪魔が憑いたとなったら王家がどう思うか。君のお父さんの今の栄光と地位もはく奪されるかもしれないなあ」
「ええーーー」

 もしかして事は思ったより深刻だったのだろうか。ただの誰かのいたずらだと思っていたのに、ミリエルはびっくりしてしまう。
 異端と見なされそうな友達でもネネは優しい微笑みを向けてくれる。

「大丈夫だよ。ミリエルちゃんに悪い悪魔が憑いたとしてもすぐに浄化されちゃうよ」
『安心しろ。俺は自分に不都合なことは口外しない』
「他人事だと思って!」

 とにかく今の状況を何とかして欲しかった。ミリエルは目の前の魔法に詳しいシズカ先輩に縋った。

「早くこいつの正体を突き止めてください!」
「心得た。まずは軽く君の中の魔力を計ってみよう。そこに座ってくれたまえ」
「はい」

 ミリエルは言われた通りに座った。丸いテーブル、シズカの対面の席に。

「ネネ君、あれを持ってきてくれたまえ」
「はい、シズカ先輩」

 勝手知ったる自分の部室。ネネはすぐに先輩に言われた物を持ってきた。あれと呼ばれた物をテーブルに置く。あれは大きな水晶玉だった。
 ミリエルはまじまじとその水晶玉を見つめる。何だか知らないがとても高価そうだと思った。
 シズカとネネの言葉がその予想を裏付けた。

「高かったが、奮発して買ったんだ」
「先輩、思い切りましたよね」
「これで君の魔力を計る。魔力を念じてくれ」
「はい」

 念じろと言われても魔術を専攻していないミリエルにはよく分からなかったが、とにかく魔力出ろーと念じることにした。
 水晶玉で観測した先輩が唸るような声を出し、その横から見ていたネネもちょっと驚いたように声を上げた。

「これが聖少女の魔力か」
「白いですね。うん、白い」

 ミリエルもそれを見た。
 確かに暗く沈んでいた水晶玉がほんのり明るくなっている気がした。ミリエルはさらに念じた。心の内から声がする。

『面白い物だな。これで俺の魔力も計ろうというわけだな』
「そうよ。あんたの正体も突き止めてやるから」
『では、弱すぎだと恥を掻くわけにはいくまい。行くぞ』
「え…………!」

 瞬間、闇が膨れ上がったかと思った。いや、事実膨れ上がっていた。水晶玉の中で闇がミリエルの出した小さな光を覆い尽くさんと大きくなっていた。
 ミリエルはびっくりして謎の声に話しかけた。

「ちょっと、あんた。何やってるの!?」
『計るのだろう? 俺の力を。ならば存分に計らせてやるのが俺の流儀というものだ』
「あんたの流儀なんて知るかー、うわっ!」

 文句を言っている場合でも無かった。
 闇は水晶玉の中だけに留まらなかった。脆弱な皮を中から吹き飛ばすように濃厚な黒一色に染められた水晶玉は砕け散った。
 闇はさらに増長して、部室の中を黒い風となって荒れ狂った。カーテンがバサバサと揺らめき、棚の小道具が滑っていく。

「おお、これは凄い。これは凄い魔力だぞ! 聖少女の力がこれほどとは!」
「ミリエルちゃん! 強すぎるよ!」
「わたしに言われても!」

 部長は歓喜に宙を荒れる闇を見上げ、ネネは吹き飛ばされないように身をかがめて耐えていた。ミリエルはもうどうしていいか分からない。
 謎の声はさらに調子に乗っていた。

『さあ、存分に計るがよいぞ! これが俺の力だ! 括目して見よ、人間ども!』
「ぷちっ」

 ミリエルの中で何かがぶち切れた。
 問題を解決しようとここへ来たのに、さらに問題を拡散されて。少女はもう我慢の限界になっていた。
 親友のネネにまで助けを乞うたのに。彼女の部室までめちゃくちゃにされて。この上さらに好き放題に増長させるのだろうか。
 否。断じて否であった。少女は闇を拒絶する。
 ミリエルは吠えた。力のありったけをぶちまけて。
 それは生まれた時から両親や王族や国民達から期待された、聖少女と呼ばれた者の咆哮だった。

「お前、いい加減にしろよおおおおおお!!」
『なにっ!?』

 光が闇を抑え込んでいく。これ以上好き勝手に暴れさせないように。闇の外にまで広がった白い高貴な光が闇を中へと抑え込んでいく。
 力づくで容赦なく。光が闇を押し付けて二つともに小さくなっていく。それはやがてサイコロや梅干しのように小さくなり、そして消え去った。
 光と闇が暴れていた部室は台風の去った後のように静かになった。
 声が呟く。

『お前、俺の力を抑え込んだのか……?』
「抑え込むよ、そりゃ! 勝手に暴れないでよね!」
『…………ップ、ふははははは!』
「笑うな!」

 勝手なことをされた上に笑われてミリエルは苛立ったが、いたずらの主に構っている暇は無かった。シズカとネネが立ち上がる。部室をめちゃくちゃにしたことを謝らなければならなかった。
 小道具があちこちに散乱した上に高い水晶玉を割ってしまった。窓ガラスが無事だったのが幸いだった。

「部室をこんなにしちゃってごめんなさい」
「いや、構わない。君には素晴らしい者がついているようだ」
「ええーーーー」

 シズカ先輩はおおらかな人なのだろうか。部室がこんなにされたのに。
 ミリエルには謎の声の主がそんなに素晴らしい人物とはとても思えなかった。
 先輩の判断を聞いたネネはすぐに弾んだ声を上げた。

「やっぱりミリエルちゃんには天使様が憑いてるの?」
「いやいやいやいやいやいや」

 全力で拒否りたいミリエルだった。声の主は何が受けたのかまだ面白がっているようで何も答えてくれない。
 シズカ先輩はコホンと咳払いをして気を取り直すように話を続けてきた。

「我々の力では今の君の力を計りきることは出来ないようだ」
「そうなんですか」

 しょぼんとしてしまうが、部室がこんな状況になってしまったのでは仕方が無かった。それよりも新しい問題が出来てしまった。

「あの、この騒ぎの弁償は……」

 これだけめちゃくちゃにしてしまったのだ。高価な水晶玉も壊してしまった。ミリエルはただでは済まないと思っていたのだが……
 シズカ先輩は気にしなくていいと優しく言ってくれた。

「実験に爆発は付き物だからな」
「付き物なの!?」

 ミリエルはびっくりしてしまうが、ネネはふんわりしていた。

「水晶玉もこれで5つ目ですからね。1ダースを買っておいたのに1年持たなそう」
「5つ目……」
「ふむ、そうだなあ。もっと良い物を取り寄せた方が良いのだろうか」

 さすがは貴族の通う名門校だ。みんな金持ちなのだろうか。ミリエルが思っているとネネと道具の相談をしていたシズカが声を掛けてきた。

「今日は有意義な研究が出来た。良かったらまた来てくれ。これはわたしのお勧めの魔導書だ。気に入ってくれたらぜひ入部を検討してくれると嬉しい」
「はい」

 ミリエルはたいして魔術に興味は無かったが、今日付き合ってくれたお礼だ。とりあえずその本を受け取って退室することにした。ネネは先輩と話すことがあるから残るそうだ。
 友達と別れ、放課後の廊下に一人佇む。

『面白そうな本をもらったな。読まないのか?』
「帰ってからね!」

 前言撤回。まだ一人じゃなかった。
 結局この声の正体は分からなかったが、迷惑な奴だということはよく分かった。
 これ以上学校で騒ぎを起こすのは控えよう。少なくとも今日のところは。
 そう決めて、ミリエルは帰路につくことにした。
 昇降口から外に出る。外は夕暮れが近づいていた。
 部室に寄っていたのでいつもより時間が遅くなってしまった。ミリエルは少し速足になって茜差す王都の町並みの中を歩いていった。
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