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第9話 天からの使命
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ミリエルは不思議なまどろみの中にいた。どこまでも気持ちが良くていつまでも眠っていられそうなそんな安らぎに包まれていた。
だが、目覚めの時は訪れる。どこからともなく不思議な声が少女を呼ぶ。
最近慣れ親しんできた奴の声じゃない。それよりももっと強大で神々しさを感じさせる光の声だった。
『ミリエル、天の力を受け継ぎし聖少女よ。目覚めなさい』
「ん…………」
呼ばれてミリエルは目を開ける。彼女は最初、自分が天上の世界に来たのかと思った。
周囲に広がる地面には白い雲が絨毯のように広がって、それより下の世界には何も見えない。
上を見上げれば澄み渡った青空に眩しい陽光が映えていた。空は地平の果てまで透き通り、障害となる物は何も見えなかった。
ミリエルが今いるその場所はとても高い建物の頂上のようだった。下界とはまるで違う環境のように思えたが聖なる力が満ちているからか居心地の悪さは何も感じなかった。
自分はなぜこの場所に? 疑問を口にするよりも早く、不思議な安らぎに満ちた声が再び話しかけてきた。
「気が付きましたね、聖少女よ。ここはこの地上で最も神の恩恵に満ちた場所、聖地と呼ばれる場所に建つ白い塔の頂きです。この度はあなたに神からの使命を伝えるためにあなたの意思だけをここに呼び寄せました』
「わたしに使命を?」
ミリエルは声を辿って目線を上げる。視界に入ってきた物を見て、少女のその目を見開いた。
壁かと思っていたが違っていた。それは大きな生き物だった。ファンタジーの絵本でしか見たことが無いような白くて大きな生き物。
生きていることを証明するかのようにその瞳がミリエルを見、口が動いて語り掛けてくる。
「そうです。人間よ。神はこの地上に蔓延る災厄を人間自らの手で排除することを望んでおられます」
「…………」
ミリエルは最初、自分に話しかけてくる存在が何なのか理解できなかった。だが、次第に分かるようになってきた。
まだわずか10才とは言えミリエルは最高の勇者と神官の間に育まれ、特別な力を持って生まれてきた子供だった。常人離れした意識でそれの正体を理解した。
今目の前にいるそれは途方もなく大きな存在だった。それは純白の見上げるほどに大きな竜だった。だが、獰猛な恐ろしさは感じさせずただ神々しい白い威厳に満ちていた。
「ド……ドラゴン……なの?」
「子供の絵本でそう読みましたか? 驚かせてしまったのなら詫びましょう、小さい人の子よ。私は聖竜ヴァナディール。神の使いの者です」
「神の使い……聖竜様」
少女の声を聞いて聖竜ヴァナディールは気に入ったかのようににこりと微笑んだ。
「あなたは良い教育を受けているようですね。さすがはソフィー神官の娘です」
「お母さんのことを知って……?」
これほど大きな存在が母のことを知っているとは驚きだった。
見上げるいたいけな少女を聖竜はただ慈愛に満ちた瞳で見下ろした。そして、無知な娘に母のことを語った。
「もちろん存じていますよ。あなたの母は敬虔な信徒でした。そして、何よりも素晴らしい才能を持っていた。彼女の連れてきた男もそれに見合う期待できる能力を持っていました。神はいたくその人間達を気に入られ、彼らに特別な力、天の力をお与えになられたのです」
「天の力……」
その力のことをミリエルは知らなかったが不思議と感じる物はあった。自然と自分の拳を握って見てしまう。
竜はその拳を一瞥し、再び少女の顔を見て話を続けた。
「勇者クレイブと神官ソフィーは見事に神の期待に応えてくれました。彼らの働きによって魔王は倒され、世界は神の望んだ平穏を取り戻した……そのはずだったのですが……」
「?」
ミリエルは小首を傾げた。魔王は倒されて世界は平和になったはずだ。学校の授業でそう習ったし、大人達もそう言っている。ミリエルの知る範囲でモンスターの関係する大きな事件も何も起こっていなかった。
竜は感情を押し殺すように低く唸ってから言葉を続けた。
「魔王は狡猾だったのです。後になって分かったことですが、奴は滅びゆく自分の体を捨ててその邪悪な魂をどこかに転生させたのです」
「転生……」
まだ幼いミリエルには全く予想だに出来ない言葉だった。竜は少女の疑問を気にせず言葉を続けた。
「奴の行き場所はまだ分かっていませんが、恐らく魔王と志を同じくする邪悪な人間の中でしょう」
「そんな邪悪な人間がこの世界に?」
びっくりしてしまう。そんな邪悪な人間なんて物語の中でしか見たことがなかった。聖竜ヴァナディールは憐れむような目を向けた。
「あなたはまだ知らないかもしれませんが、邪悪な人間はいるのですよ。神の築いたこの地上に魔を生み出したのも、元はと言えば人間の邪な心なのですからね」
ミリエルは背筋の震える思いだった。いじわるな人はいるが邪悪とまではそうそういないと思いたい。
いくら狩りでモンスターを倒すのが好きな少女でも、悪い人間がいると聞くのは良い気分では無かった。
聖竜は少女が理解するように一呼吸を置いてから話を続けた。
「あなたの使命はそのような魔王と志を同じくする邪悪な人間を見つけ出し、あなたの手で今度こそ魔王を滅することです。それが出来るのはすでに戦いを退いた勇者クレイブに代わって天の力を受け継いだあなただけ。神はあなたに期待しているのです。この地上の平和を任せましたよ、人間よ」
「え、ちょっと……」
ミリエルには何も答える機会を与えられなかった。
ただ一方的に使命を伝えられて、再び意識が遠のく心地がした。
精神が自分の場所に帰っていく。そんな感覚を抱き、少女は目を覚ました。
だが、目覚めの時は訪れる。どこからともなく不思議な声が少女を呼ぶ。
最近慣れ親しんできた奴の声じゃない。それよりももっと強大で神々しさを感じさせる光の声だった。
『ミリエル、天の力を受け継ぎし聖少女よ。目覚めなさい』
「ん…………」
呼ばれてミリエルは目を開ける。彼女は最初、自分が天上の世界に来たのかと思った。
周囲に広がる地面には白い雲が絨毯のように広がって、それより下の世界には何も見えない。
上を見上げれば澄み渡った青空に眩しい陽光が映えていた。空は地平の果てまで透き通り、障害となる物は何も見えなかった。
ミリエルが今いるその場所はとても高い建物の頂上のようだった。下界とはまるで違う環境のように思えたが聖なる力が満ちているからか居心地の悪さは何も感じなかった。
自分はなぜこの場所に? 疑問を口にするよりも早く、不思議な安らぎに満ちた声が再び話しかけてきた。
「気が付きましたね、聖少女よ。ここはこの地上で最も神の恩恵に満ちた場所、聖地と呼ばれる場所に建つ白い塔の頂きです。この度はあなたに神からの使命を伝えるためにあなたの意思だけをここに呼び寄せました』
「わたしに使命を?」
ミリエルは声を辿って目線を上げる。視界に入ってきた物を見て、少女のその目を見開いた。
壁かと思っていたが違っていた。それは大きな生き物だった。ファンタジーの絵本でしか見たことが無いような白くて大きな生き物。
生きていることを証明するかのようにその瞳がミリエルを見、口が動いて語り掛けてくる。
「そうです。人間よ。神はこの地上に蔓延る災厄を人間自らの手で排除することを望んでおられます」
「…………」
ミリエルは最初、自分に話しかけてくる存在が何なのか理解できなかった。だが、次第に分かるようになってきた。
まだわずか10才とは言えミリエルは最高の勇者と神官の間に育まれ、特別な力を持って生まれてきた子供だった。常人離れした意識でそれの正体を理解した。
今目の前にいるそれは途方もなく大きな存在だった。それは純白の見上げるほどに大きな竜だった。だが、獰猛な恐ろしさは感じさせずただ神々しい白い威厳に満ちていた。
「ド……ドラゴン……なの?」
「子供の絵本でそう読みましたか? 驚かせてしまったのなら詫びましょう、小さい人の子よ。私は聖竜ヴァナディール。神の使いの者です」
「神の使い……聖竜様」
少女の声を聞いて聖竜ヴァナディールは気に入ったかのようににこりと微笑んだ。
「あなたは良い教育を受けているようですね。さすがはソフィー神官の娘です」
「お母さんのことを知って……?」
これほど大きな存在が母のことを知っているとは驚きだった。
見上げるいたいけな少女を聖竜はただ慈愛に満ちた瞳で見下ろした。そして、無知な娘に母のことを語った。
「もちろん存じていますよ。あなたの母は敬虔な信徒でした。そして、何よりも素晴らしい才能を持っていた。彼女の連れてきた男もそれに見合う期待できる能力を持っていました。神はいたくその人間達を気に入られ、彼らに特別な力、天の力をお与えになられたのです」
「天の力……」
その力のことをミリエルは知らなかったが不思議と感じる物はあった。自然と自分の拳を握って見てしまう。
竜はその拳を一瞥し、再び少女の顔を見て話を続けた。
「勇者クレイブと神官ソフィーは見事に神の期待に応えてくれました。彼らの働きによって魔王は倒され、世界は神の望んだ平穏を取り戻した……そのはずだったのですが……」
「?」
ミリエルは小首を傾げた。魔王は倒されて世界は平和になったはずだ。学校の授業でそう習ったし、大人達もそう言っている。ミリエルの知る範囲でモンスターの関係する大きな事件も何も起こっていなかった。
竜は感情を押し殺すように低く唸ってから言葉を続けた。
「魔王は狡猾だったのです。後になって分かったことですが、奴は滅びゆく自分の体を捨ててその邪悪な魂をどこかに転生させたのです」
「転生……」
まだ幼いミリエルには全く予想だに出来ない言葉だった。竜は少女の疑問を気にせず言葉を続けた。
「奴の行き場所はまだ分かっていませんが、恐らく魔王と志を同じくする邪悪な人間の中でしょう」
「そんな邪悪な人間がこの世界に?」
びっくりしてしまう。そんな邪悪な人間なんて物語の中でしか見たことがなかった。聖竜ヴァナディールは憐れむような目を向けた。
「あなたはまだ知らないかもしれませんが、邪悪な人間はいるのですよ。神の築いたこの地上に魔を生み出したのも、元はと言えば人間の邪な心なのですからね」
ミリエルは背筋の震える思いだった。いじわるな人はいるが邪悪とまではそうそういないと思いたい。
いくら狩りでモンスターを倒すのが好きな少女でも、悪い人間がいると聞くのは良い気分では無かった。
聖竜は少女が理解するように一呼吸を置いてから話を続けた。
「あなたの使命はそのような魔王と志を同じくする邪悪な人間を見つけ出し、あなたの手で今度こそ魔王を滅することです。それが出来るのはすでに戦いを退いた勇者クレイブに代わって天の力を受け継いだあなただけ。神はあなたに期待しているのです。この地上の平和を任せましたよ、人間よ」
「え、ちょっと……」
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