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穏やかな日々
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その日、学校から帰った夜。
光輝は夢を見ていた。
自分のいる場所は暗い石造りの部屋で、わずかな松明の灯りだけが周囲を赤く照らしていた。
不意に耳に声が届く。
「王よ、決断されるのですな」
「ああ、俺は人間を知りたいのだ」
訊ねてきたのはゼネルだ。答えたのは誰だろう。とても懐かしい声のような気がした。
光輝はベッドに横たわっている。自分の感覚でそう感じた。石のように固い。祭壇のようだった。
今度は別の声が囁く。
「転生すれば今の体は捨てることになるだろう。それでも良いのだな?」
訊ねてきたのは蠢く黒い影だった。実体が無いかのように形が揺らめいて掴めない。
これは誰だろう。かつては知っていたはずだが、今は全く知らない相手だった。
ただ、光輝は素直に頷いていた。
信頼する相手だったことは確かなようだった。
「ああ、よろしく頼む」
「神よ、王の願いをどうか叶えてくだされ」
神? 神なのだろうか。この黒い影が。
ゼネルの口ぶりではそのようだった。
光輝はよく知らないが。
神らしきその黒い影は告げる。儀式の始まりを。
「では、始めよう。転生の儀式を」
何かが近づいてくる感覚とともに、光輝の視界が闇と光に包まれる。
体が空間を落ちていく。その体を黒い影が抱くように受け止めた。
だが、光輝は止まらない。
体を離れ、意識はさらに深い底へ。
光輝の意識だけが落ちていく。
もう受け止める物は何も無かった。
漆黒の炎シャドウレクイエムが空間を舞う。
それに意識の手を伸ばし、光輝は目を覚ました。
朝が来ていた。いつもの日常の平和な朝だった。
「なんだ、今の夢……」
ベッドで身を起こして考えるも、夢はすぐに記憶から抜け落ちて忘れていってしまう。
「お兄ちゃん、朝ご飯できたよー!」
「ああ、今行く!」
階下から希美の呼ぶ明るい声がする。いつまでも考えていてもしょうがない。
これから学校だ。みんなが待っている。
「夢は夢か……」
光輝は気にしないことにして、今は自分の生活を急ぐことにした。
家のリビングは朝から賑やかだった。
希美とリティシアが上機嫌で朝食を並べている。
朝から元気な光輝の妹達だった。
「おはよう、朝から張り切ってるね」
「うん、リティシアちゃんに魔界の料理を教えてもらったの」
「魔界の料理ね」
それは人間の食べられる物なのだろうか。
パッと見では美味しそうで、どのあたりに魔界のやばさを感じればいいのかよく分からなかった。
思えば向こうの世界の城で歓迎会が開かれた時も、たいして気にせずご馳走を食べていた。
リティシアならともかく希美なら間違いはしないだろう。
そう思うことにして、光輝は希美とリティシアとゼネルと一緒に朝食の席を囲んだ。
朝食は美味しかった。すぐにやばいかもと思ったことなんて忘れてしまった。
さすがは希美だ。腕が立つ。リティシアならどうか分からなかったけど。
「こっちはあたしが作ったんやで」
「ん、そうなのか」
前言撤回。リティシアも料理が上手かった。
希美と一緒に作ったなら当然か。光輝はそう思った。
「お兄ちゃんがおらんようになってから、あたしも練習したんやで。お兄ちゃんみたいな王になりたい思って、お兄ちゃんの残したレシピ帳を見ながらな」
「僕にそんな趣味が……」
すっかり忘れていた前世の記憶。前世の自分は料理もしていたらしい。
シャドウレクイエムが出現した一件以来、おぼろげに思い出してきたこともあるが、まだ忘れていることも多くあった。
それを全部思い出す必要はあるのだろうか。
リティシアと話すにはいい話題かもしれないが、無理に思い出す必要もないかと思った。
前世があっても今自分が暮らしているのは現世なのだ。
学校に通って勉強することも、今は大事な仕事だ。
テストで同じクラスのリティシアに負けるわけにもいかないだろう。
まだ転校してきてからテストをやってないので、彼女のレベルがどれぐらいかは分からないが。
普通にクラスメイト達と勉強の話が出来る程度にはリティシアは頭が良いようだった。
兄としては安心だが、負けたくはなかった。
しばらくして希美が報告を行ってきた。
「お父さんとお母さん、来週には帰ってくるんだって」
「そうなんだ」
希美が明るい声でそう言ってくる。光輝にとってはわりとどうでもいいことだった。
生活は無事に送れている。
闇の世界の事情のことは両親はもう知っているし、ことの顛末だけ話しておけば問題ないだろう。
リティシアも暖かく迎えられるはずだ。
「ああ、あたしも行けば良かったかなあ。温泉旅行」
希美は残念そうに呟いた。学校があるから仕方がないと断ったり、夫婦水入らずでどうぞと送り出したのも随分と昔に感じられる。
そもそも光輝を狙ってくる闇の脅威から遠ざけるための配慮だったのではないだろうか。
今ではすっかり旅行の気分のようだった。
その狙ってきた闇の張本人、リティシアが興味を持った子供のような眼差しをして訊ねてくる。
「温泉旅行って楽しいん?」
「うん、帰ってきたらいっぱい話を聞かせてもらおうねー」
「楽しみやわあ」
妹二人できゃいきゃいと旅の話で盛り上がっている。
光輝が微笑ましく見守っていると、さっきから無言だったゼネルが重々しく口を開いた。
「王よ、わしはしばらく国に帰ろうと思います」
「え? おじいちゃん、帰ってしまうん?」
光輝が何かを答えるよりも先に、リティシアが訊ね返していた。
希美もきょとんと目を丸くしていた。
ゼネルは答える。
「ああ、少し用事が出来たのでな。数日留守にする」
「そうか」
「王よ、その間リティシア様のことをお願いします」
「ああ、分かった」
言われなくてもリティシアは光輝の妹だ。
面倒を見るのは当然のことだった。
ゼネルが帰ってくれた方が翔介達ハンターも安心できるかもしれない。
そう思いながら光輝は頷いたのだった。
光輝は夢を見ていた。
自分のいる場所は暗い石造りの部屋で、わずかな松明の灯りだけが周囲を赤く照らしていた。
不意に耳に声が届く。
「王よ、決断されるのですな」
「ああ、俺は人間を知りたいのだ」
訊ねてきたのはゼネルだ。答えたのは誰だろう。とても懐かしい声のような気がした。
光輝はベッドに横たわっている。自分の感覚でそう感じた。石のように固い。祭壇のようだった。
今度は別の声が囁く。
「転生すれば今の体は捨てることになるだろう。それでも良いのだな?」
訊ねてきたのは蠢く黒い影だった。実体が無いかのように形が揺らめいて掴めない。
これは誰だろう。かつては知っていたはずだが、今は全く知らない相手だった。
ただ、光輝は素直に頷いていた。
信頼する相手だったことは確かなようだった。
「ああ、よろしく頼む」
「神よ、王の願いをどうか叶えてくだされ」
神? 神なのだろうか。この黒い影が。
ゼネルの口ぶりではそのようだった。
光輝はよく知らないが。
神らしきその黒い影は告げる。儀式の始まりを。
「では、始めよう。転生の儀式を」
何かが近づいてくる感覚とともに、光輝の視界が闇と光に包まれる。
体が空間を落ちていく。その体を黒い影が抱くように受け止めた。
だが、光輝は止まらない。
体を離れ、意識はさらに深い底へ。
光輝の意識だけが落ちていく。
もう受け止める物は何も無かった。
漆黒の炎シャドウレクイエムが空間を舞う。
それに意識の手を伸ばし、光輝は目を覚ました。
朝が来ていた。いつもの日常の平和な朝だった。
「なんだ、今の夢……」
ベッドで身を起こして考えるも、夢はすぐに記憶から抜け落ちて忘れていってしまう。
「お兄ちゃん、朝ご飯できたよー!」
「ああ、今行く!」
階下から希美の呼ぶ明るい声がする。いつまでも考えていてもしょうがない。
これから学校だ。みんなが待っている。
「夢は夢か……」
光輝は気にしないことにして、今は自分の生活を急ぐことにした。
家のリビングは朝から賑やかだった。
希美とリティシアが上機嫌で朝食を並べている。
朝から元気な光輝の妹達だった。
「おはよう、朝から張り切ってるね」
「うん、リティシアちゃんに魔界の料理を教えてもらったの」
「魔界の料理ね」
それは人間の食べられる物なのだろうか。
パッと見では美味しそうで、どのあたりに魔界のやばさを感じればいいのかよく分からなかった。
思えば向こうの世界の城で歓迎会が開かれた時も、たいして気にせずご馳走を食べていた。
リティシアならともかく希美なら間違いはしないだろう。
そう思うことにして、光輝は希美とリティシアとゼネルと一緒に朝食の席を囲んだ。
朝食は美味しかった。すぐにやばいかもと思ったことなんて忘れてしまった。
さすがは希美だ。腕が立つ。リティシアならどうか分からなかったけど。
「こっちはあたしが作ったんやで」
「ん、そうなのか」
前言撤回。リティシアも料理が上手かった。
希美と一緒に作ったなら当然か。光輝はそう思った。
「お兄ちゃんがおらんようになってから、あたしも練習したんやで。お兄ちゃんみたいな王になりたい思って、お兄ちゃんの残したレシピ帳を見ながらな」
「僕にそんな趣味が……」
すっかり忘れていた前世の記憶。前世の自分は料理もしていたらしい。
シャドウレクイエムが出現した一件以来、おぼろげに思い出してきたこともあるが、まだ忘れていることも多くあった。
それを全部思い出す必要はあるのだろうか。
リティシアと話すにはいい話題かもしれないが、無理に思い出す必要もないかと思った。
前世があっても今自分が暮らしているのは現世なのだ。
学校に通って勉強することも、今は大事な仕事だ。
テストで同じクラスのリティシアに負けるわけにもいかないだろう。
まだ転校してきてからテストをやってないので、彼女のレベルがどれぐらいかは分からないが。
普通にクラスメイト達と勉強の話が出来る程度にはリティシアは頭が良いようだった。
兄としては安心だが、負けたくはなかった。
しばらくして希美が報告を行ってきた。
「お父さんとお母さん、来週には帰ってくるんだって」
「そうなんだ」
希美が明るい声でそう言ってくる。光輝にとってはわりとどうでもいいことだった。
生活は無事に送れている。
闇の世界の事情のことは両親はもう知っているし、ことの顛末だけ話しておけば問題ないだろう。
リティシアも暖かく迎えられるはずだ。
「ああ、あたしも行けば良かったかなあ。温泉旅行」
希美は残念そうに呟いた。学校があるから仕方がないと断ったり、夫婦水入らずでどうぞと送り出したのも随分と昔に感じられる。
そもそも光輝を狙ってくる闇の脅威から遠ざけるための配慮だったのではないだろうか。
今ではすっかり旅行の気分のようだった。
その狙ってきた闇の張本人、リティシアが興味を持った子供のような眼差しをして訊ねてくる。
「温泉旅行って楽しいん?」
「うん、帰ってきたらいっぱい話を聞かせてもらおうねー」
「楽しみやわあ」
妹二人できゃいきゃいと旅の話で盛り上がっている。
光輝が微笑ましく見守っていると、さっきから無言だったゼネルが重々しく口を開いた。
「王よ、わしはしばらく国に帰ろうと思います」
「え? おじいちゃん、帰ってしまうん?」
光輝が何かを答えるよりも先に、リティシアが訊ね返していた。
希美もきょとんと目を丸くしていた。
ゼネルは答える。
「ああ、少し用事が出来たのでな。数日留守にする」
「そうか」
「王よ、その間リティシア様のことをお願いします」
「ああ、分かった」
言われなくてもリティシアは光輝の妹だ。
面倒を見るのは当然のことだった。
ゼネルが帰ってくれた方が翔介達ハンターも安心できるかもしれない。
そう思いながら光輝は頷いたのだった。
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