猫と不思議な落とし物

のやなよ

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鈴鳴り祭 裏技

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城前の広場に銅鑼が鳴り響き、魔王と並びを同じくする両隣のカップルが走り出したと同時に背中におぶさる女性が短く悲鳴を上げた。
そして街頭に向かう相棒の男性の肩をポンッと静かに叩いた。
それぞれの相棒が駆け足で走りながら背中におぶさっている女性の方に顔を向けた。
「失格よ…」
「へ?!」
2組のカップルが呆然と立ち尽くす間を先程まで空中に泳いでいた光沢のある黄色いハチマキを手早く両腕にグルグルグルグル…と糸巻き状に巻き取る女性騎手の姿があった。
その女を背中におぶった金髪の男が、つむじ風を地面に起こし落ち葉を舞い上がらせながら街道へと駆け抜けて行った。
フィンとノノである。
2人はスタート地点から仕掛けてくる事はないだろうと何の根拠もなく油断していた両脇のカップルを一足先にスタートさせてハチマキが空中になびいたところをノノが掴んで巻き盗ったのだ。
フィンとノノのペアは2回分の復活アイテムをスタート時点で手に入れた事になる。
「上手いな~!」
それを後方から見ていたレオンが感心と共に声を漏らした。
そのレオンの後ろから獣人のカップルが残り10組が街道へと走って行った。
「レオン何ボーッとしてるの?!
皆行っちゃったよ?!
猫族の脚力を見せつけるんじゃなかったの?!」
キャルがレオンの肩越しに話し掛けてきた。
「それは君が言ってた事だよ?キャル」
「あはは~
そうだっけ?ね?」
キャルが笑って誤魔化した。
「うん」
「ところで何故レオン動かないの?」
不自然に、いつまでもスタート地点から動かないレオンに疑問を感じたキャルが彼に訊ねた。
「鈴鳴り祭には影の特典があって先頭から1キロ離されると…」
レオンの声に重なって足音が近付いてきた。
「今、先頭が1キロ地点を通過しましたので復活のハチマキを贈呈させて頂きます。
頑張って下さいね」
祭典委員がレオンにハチマキを渡してニコリと笑って元来た道を戻っていった。
「へ?!」
キャルが間の抜けた声をあげた。
「魔王様のように格好よく行きたいところだけど僕には他人と喧嘩してキャルを守り抜けるだけの力量が無いからね。
裏技と今までの『鈴鳴り祭』の知識をフル活用する!」
レオンは貰ったハチマキをポケットの中に仕舞いながら、ゆったり街道へと走り始めた。
「しかも鈴鳴り祭の参加者のほとんどは獣人。
ぶつからないに越したことはないんだよ…キャル。
猫が、ヒョウや狼を相手にしたって勝てっこないんだから…さ!」
そう言うとレオンは石畳の地面を踏み切って祭のコースである街道を壁伝いに走り始めたのである。
「キャーー!」
キャルは初めてみる光景に悲鳴を上げた。
浮遊魔法が使えないキャルは、壁にレオンの足が付いた状態とは言え、いや浮遊魔法を使っていなければ地面に平行に立てる筈がない状態を目の当たりにしてキャルは悲鳴を上げた。
3階建ての建物の高さから地面を見下ろす事もキャルは初体験だったのである。
レオンの浮遊魔法のおかげで地面に引っ張られる重力をキャルは感じていないものの、やはり恐怖を感じていた。
「ルールには足をつけて走る。
と、あるけど浮遊魔法を使うなともコースをショートカットしてゴールを目指すなとも書いて無いんだよ!キャル」
レオンは建物の壁を観客の注目を浴びながら一直線にゴールを目指して走った。
「キャーー!」
キャルがレオンの背中で悲鳴を上げた。
「だからだと思うんだよ。
ほら!」
レオンが3階建ての建物の屋根の上に立ちスタート会場を振り返った。
「へ?!」とキャル。
城の前庭からレオンと同じ様に街の建物の壁を走って追い掛けて来る跳ね人の姿を指差した。
「いっぱい来たー!!」
キャルが、全身の毛を逆立てて、その集団に向かって声を上げた。
「やっぱり僕の仮説に間違いはなかったみたいだ。
キャル全力で逃げるよ!」
レオンは3階建て住宅の上から最短コースにあたる隣の2階建ての家へと飛び降りた。
そこは猫族、身軽るなものである。
「猫族の脚力を思い知らせてヤラー!」
レオンは誰かが言っていたセリフを叫びながら、夕日が赤く染め始めた屋根の上をゴールを目指して走った。
「キャーー!」
茜色の空にキャルの悲鳴を響かせながら…。
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