竪琴と小鳥と大亀

のやなよ

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 『薔薇の祭典』が催される今日小鳥が眼下に臨む街道には去年よりは幾分少ないながらも色とりどりの薔薇やその他の花が街を彩っていた。
 全っ然終わってないじゃない!
小鳥は薔薇の魔物の言葉を心の中で一蹴した。
それから小鳥は家の軒先から赤い薔薇がないか辺りを見回した。
街道中央には薔薇の花を売る屋台が列をなし外の城門までの下り坂に大きな虹の架け橋を演出していた。
イエロー、ピンク、ベージュ、ブルー、オレンジ、グリーン、パープル…小鳥は呟いて確認しながら屋台や各家々の玄関先に並ぶ薔薇の鉢植えや切り花に視線を向けた。
しかし赤い薔薇は1本も見当たらない…
屋台の店先で店員が客に向かって両腕を広げて首を横に振っている。
どうやら、本当に赤い薔薇は入荷していない様だ。
「アタシならピンクの薔薇でも喜んで受け取るけどなぁ」
小鳥は、ぷくーっと頬を膨らませた。
 でも本当、困ったなぁ
「何処かにないの?
赤い薔薇」
小鳥は家の軒先から飛び立った。

         ※

「銀杏の並木道の枯れ木、抜いてくれたのですね。
有難うございます。玄武」
薔薇園の地中に入れた岩盤が薄いため魔法を使って抜く事が出来なくて、手をこまねいていた所に偶々通りかかった玄武に白羽の矢が刺さった仕事だったのだ。
「ああ」
この度も玄武が城内の廊下を黒い鎧を纏って歩いていたところにリジーがばったり出くわしたのだ。
「手こずったが、なんとかな…」
玄武の報告に笑みを浮かべながらリジーが空中に空穴を開いて小袋を取り出した。
「今回の報酬です。
大分、手こずらせちゃったみたいだから…ふふ」
 見られてたのか…
表情には表さなかったが玄武は心の中でそう思っていた。その時ふと玄武の頭の中に小鳥とのやり取りが浮かんだ。
 あの時、私は笑っていなかったか?
玄武は長く使っていなかった口回りの筋肉を確かめる様に撫でた。
「玄武どうかしましたか?」
玄武の不自然な動きにリジーは眉を潜めた。
それから、暫し玄武の様子を眺めてから流れる様な所作で取り出した小袋をリジーが彼に向かって差し出した。
「リジー、赤い薔薇を手に入れる伝はないか?
もしもを考えて…
3本もあれば十分だと思うのだ…が…」
玄武は、顎に手を当てて考えてから顔を上げて固まった。
リジーから、いつもの3倍増しの微笑みが玄武に向けて放たれていたからだ。
それでも、玄武の表情に変化はない。
「想い人は何処のどなたですか!?」
「わからない」
「え?!」
玄武からの意外な返答に今度はリジーが固まった。
「わからないとは…?」
「赤い薔薇を贈られる者は、また別にいるんだよ」
「それでは、玄武が好意を抱いている方の想い人のために赤い薔薇を所望していらっしゃるのですか?」
「そうなるのかな?」
玄武の返答にリジーは唇を尖らせた。
「赤い薔薇は今日中に、お渡し致します。
けれど、お約束下さいませ。
必ず貴方の想い人にも、薔薇を渡すと。でないと私くし薔薇を用意したくはございません!」
リジーは顔を赤くして言った。
「リジー、君は少し勘違いしている」
「勘違い?」
玄武はリジーの問いかけに頷いた。
「しかし、想いを寄せているのは確かだ。
必ず贈る。約束する」
リジーは玄武のかすかな口元の笑みを見て薔薇好きの友人がいる『魔界』に向かって空間転移魔法を発動させたのだった。

          ※

薔薇の魔物にピンクの薔薇の花束を捧げ渡す女性から飛び散った血液が、白い小さな一輪の薔薇を深紅の薔薇に変えた。
白い薔薇しかない薔薇園で、その深紅の薔薇は目立ち空を飛んでいた1羽の小鳥を招き寄せた。
「あった!!」
小鳥は止まるのを止められていた薔薇の枝に降り立ち、その深紅の薔薇に身を寄せた。
「あのう!この薔薇の花を下さい!」
その小鳥の声は食いたい者を地中に引きずり込み眠りについていた薔薇の魔物を再び眠りの縁より呼び戻した。
「恋の香りを纏った君の願いだ。
この小さき薔薇を所望するなら…くれてやろう」
半透明な若い男の手の中で赤い薔薇の茎がシュンッ!と音を立てて切れたかと思うと小鳥の前にフワリと浮かんだ状態で渡された。
「早くその花を持って想い人の元へ行くがいい…」
薔薇の魔物は優しく笑った。
「ありがとう!
後でソウビさんに水を頼んでおくね!」
小鳥は、そう言うと赤い薔薇を一輪くわえて空に向かって飛んだ。
飛んだと思っていた。
しかし、小鳥の体は薔薇の木の蔦に絡まれ置き去りにされたままとなっていたのである。
小鳥は自分の姿を一瞥したが再び目的地を心の中に思い絵描き、魂の状態になってしまった想いを風にのせ、スチュアートのいる部屋の窓辺へと赤い薔薇を運んだ。
そして小鳥は最後の魔力を使ってピッピッ!とスチュアートの耳に鳴き声を届けた。
「イーファ?!」
スチュアートが窓を引き上げると落下防止の柵の上に、人差し指と親指でつまみ上げる程小さな赤い薔薇が一輪残されていた。
「イーファ!」
スチュアートは、何度も小鳥の名を呼んだが、もう2度とその鳴き声を聴く事はなかったのである。

 スチュアート…幸せになってね…
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