和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

文字の大きさ
27 / 127
第一章・はじまりの物語

初撃を終えて

しおりを挟む

「……上手くいったみたいだな」

 ほぼほぼ制圧された敵の第一陣と、そこで暴れ回る味方軍の武士たちの姿を見ながら、燈が小さく呟く。
 蒼に言われた通りに動き、ド派手な一撃で一番槍の役目を掻っ攫った時には、この後に大々的に注目されるのではないか……と思ったものだが、仲間たちは今、自分の手柄を確保することで頭が一杯になっているようだ。

 注目はされたが、それは一時的なこと。戦いの最中にああだこうだと手柄を立てた者に声をかける余裕など、兵士にあるわけがない。
 味方軍の最後尾で成り行きを見守っていた燈は、全ての展開が蒼の言った通りになっていることに戦慄しながらも、自分がこころを救うために必要な褒賞を得られるだけの手柄を立てられたことに安堵の気持ちを抱いていた。

「うぉ、血の臭いがすげえな……」

 そうやって、自分の役目を取り敢えず果たせたことで気分を落ち着かせれば、興奮で気にも留めなかった血生臭さが鼻腔を突いた。
 朱に染まる戦場に流れる、狒々たちの血……首を切り取られ、腹を裂かれ、亡骸となった彼らの臓物や四肢が転がっている景色を見た燈の表情が何重にも巻かれた包帯の下で不快そうに歪む。

 きっと、おそらく、絶対……この戦は、ほぼほぼ一方的なものだったのだろう。
 戦いの跡に転がっている死体は殆どが狒々たちのもので、彼らが如何に蹂躙されたかがその光景から見て取れる。

 しかし、人間側の損害も皆無ではない。
 無数の骸を晒す狒々たちの間に、点々と見える息絶えた人々の姿を目にした燈は、改めて戦の恐ろしさを実感していた。

「これが、戦争……人間と妖の殺し合い、か……」

 以前に髑髏を倒した時には感じなかった、命を奪う恐怖が大蛇のように燈の身を包む。
 殺されることは勿論恐ろしいが、殺すこともまた恐ろしい。こうして転がっている人や狒々たちの死体を見ると、その恐怖がより一層強まっていく気がする。
 そして、自分はつい今しがた、数え切れないくらいの狒々たちの命を奪ったのだという事実を思い返した途端、暗く冷たい吐き気が込み上げてきた。

「……思ってたより、すっとしねえ気分だな」

 人を襲う怪物を打ち倒し、弱き人々から感謝される。それが燈の、最強の武士団を作ろうとする宗正の目標だ。
 その夢は、とても素晴らしいものだと思う。嘘偽りなく、燈はそう思っている。
 だがそれでも、相手が何者であっても、命を奪う感触というものに快感を覚えることは、彼には出来なかった。

 わかってはいる。これから先、何度もこんなことをしなければならないということは。
 理解出来ている。妖が生きていれば、何の罪もない人々が食い殺されてしまうということも。

 これは悪行ではない。だが、善行と割り切ることも出来ない。要は、燈の気持ちの問題なのだ。
 結局は燈自身が敵を斬るという行為に慣れることでしか、この不快な気分は晴れないのだろう。だが、それに慣れ切ってしまうことも、何処か恐ろしいことに思えた。

 自分の愛刀である『紅龍』は、一切血を浴びず、刃毀れもしていない。
 あれだけの命を一瞬で焼き尽くせるだけの力を自分が有していることを実感した燈の体が、急に寒気を覚え始めた。

 大いなる力には、大いなる責任が伴う……何かの映画で聞いたその格言を思い返し、燈は深く息を吐く。
 宗正に見初められ、鍛え上げられたこの力は、正しいことに使おう。弱い人々を救うための力として、自分に胸を張れる力の使い方をしよう。
 それがきっと、責任を果たすということだ。そう、自分自身に言い聞かせるように思いを抱いた彼の肩を、そっと誰かが叩く。

 ビクリと反応し、今が戦いの真っただ中であったことを思い出した燈は咄嗟に鞘に納めた刀を引き抜こうとするが、その行動を予想していたかのように彼の腕を抑え、動きを制止させた蒼は、恐慌する燈を落ち着かせるために声をかける。

「予想以上の戦果だよ、燈。君のお陰で、随分とこちらの損害も減った」

「俺の、お陰……?」

 羽織の所々に返り血と思わしき赤黒い染みを滲ませた蒼からの言葉をオウム返しする燈。
 遠慮なしの火柱によって敵陣を壊滅状態に追い込んだ燈の初撃を賞賛する蒼は、その一撃が齎した戦果を改めて口に出して解説した。

「戦において、最も被害が出るのは両軍の最初のぶつかり合いの時だ。万全の状態の兵士たちが全力でぶつかり合えば、無数の死者が出るのは当たり前でしょ? でも、燈が突破口を開いてくれたお陰で、僕たちは敵陣へと簡単に乗り込むことが出来た。予想外の一撃を食らった敵を一方的に討ち取ることも出来た。真っ当に勝負をしていたら、こちらにも少なくはない犠牲が出ていたはずだよ。そうならなかったのは、燈のお陰なんだ」

「そう、なのか……? いまいち、よくわかんねえよ」

「……誇って良い。君のお陰で、確かに救われた命があるんだ。その規模に関わらず、戦が起きれば沢山の命が散る。なら、そこで失われる命の数は少ない方がいい。奪った命の分だけ、救われる命がある……今はそう思って、最後まで戦い抜こうよ」

 燈の迷いを、苦しみを、見抜いているのだろう。
 蒼は戦場に似つかわしくない普段通りの穏やかな口調でそう告げると、ぽんと優しく燈の肩を叩いた。

 どんな時でも自分を気遣ってくれる兄弟子に心の中で感謝しつつ、無言で頷くことで返事をした燈に向けて、蒼もまた小さく頷き返すと確認事項を口にする。

「渡した物は食べたかい? 美味しくはないと思うけど、言い訳作りには必要だよ」

「おうよ! んで、あれだけ気力を大量に放出したのになんで動けてるんだって誰かに聞かれたら、気力を回復させる丸薬を服用したからって答えればいいんだよな?」

「うん。怪しまれるかもしれないけど、一応の理由付けがあれば十分に誤魔化しは利くさ。ここからはあまり目立たず、されど椿さんを身請け出来るだけの褒美を貰えるくらいには手柄を立てていこう」

 燈が一番槍として大手柄を挙げたように、蒼もまた今のぶつかり合いで相当の狒々を討ち取ったのであろう。
 涼しい顔をしているが、呼吸が僅かに乱れている。彼もまた、自分同様にこれが初めての戦であることに気が付き、それでも自分を気遣ってくれていることに再び感謝の念を抱きながら、燈もまた狒々の第一陣の掃討戦に参加した。

「弱い者いじめしてるみたいでいい気分じゃねえが、椿のためだ。それに、こいつらは今までしこたま女を喰ってきたんだ。年貢の納め時ってことで、覚悟しな!」

 まだ迷いはある。命を奪うことにも抵抗があるし、一方的な蹂躙に対しての忌避感だって拭えていない。
 だが、それでも……守りたいものを守るために、命を奪われた者たちの無念を晴らすために、立ち止まってはいられない。

 今は戦う、それだけを考えよう。
 そう、自分を納得させた燈は、蒼と共に武神刀を構えて狂乱の戦場を駆け抜けていく。
 体を濡らす生臭い返り血の温度も、狒々を斬る時の不快な手応えも、全て心に刻み込もうと決めた彼の戦いは、まだ始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...