織田信長 -尾州払暁-

藪から犬

文字の大きさ
11 / 100
第一章 うつろの気

十一

しおりを挟む
 西側・美濃の脅威が消えると、信秀は古渡城をこわして東側・三河により近い末森すえもりというところに城を築いた。末森城は小さな山の頂にあり、古渡城よりずっと実戦的な砦である。言わずもがな今川義元の侵攻に対するための新たな拠点だったが、この頃より、信秀の病は次第に重いものになっていく。

 翌・天文十八年(一五四九年)、一月、末森からはるか北の犬山いぬやま楽田がくでんというとことで地侍らが蜂起した。この地は、そもそも弾正忠家のものでもなければ、清洲衆のものでもなかった。かつて清洲織田氏と守護代の地位を二分し、尾張の上群治めた岩倉織田氏の領地なのだが、信秀はここに弟の信康を派遣し長く支配させていた。
 しかし、信康が二年前の美濃攻めの折に討死すると、跡を継いだのは幼年の息子(織田信清という)で、これまで清洲衆、弾正忠家に頭を抑えられていた岩倉織田氏の土豪らがこれに従うはずはなく、さらに信秀が重病と知るや、いよいよ清洲領の下群へちょっかいをかけてきたというわけである。
 さて、岩倉衆の来襲を聞いた坂井大膳、不本意に弾正忠家と和睦させられた腹いせのつもりか、その撃退を信秀に命じてきた。「和睦した以上は、本来の主従に立ち返れよ」と、そういう訳である。
 この時、病体の兄の名代として采配を振ったのが織田信光だった。
「やれやれ。冗談ではなく、前に信長さまが言っていた通りだったのかもしれないな。こうこき使われちゃ和睦した意味があったのか疑わしいものだ」
 憂鬱なボヤキは止まないものの、その武勇は百戦錬磨。居城・守山もりやま城から打って出ると、あっという間に敵を押し返した。
 そこへ信秀本隊もすこし遅れて合流する。
「お体は大丈夫なのですか、兄上」
「今川勢が来たときに腕がなまっていては、困るのでな」
「ハハ。それは、そうですな」
 そう言って兄弟二人、逃げ行く敵を散々に追いかけて、余すことなく討ち取った。
「時に、なぜ今日も信長さまをお呼びにならないのですか」
「あれは戦が好きすぎる」
「乱世のことですから、不得手とするよりはよほど良いことではないですか」
「好きなものは放っておいても勝手に上達するものだ。しかし、肝心の兵が集められなければ戦はできん。何のために平手のようなカタブツを付けているかすらわからんらしい。あいつが学ぶべきことは、戦場にはない」
「手勢には例の取り巻きの一党がいるではないですか。大人たちの評判はともかく、下の者には慕われているご様子。たいした人望だ」
「あれで頭打ちだよ。趣味の戦についていく兵などいやしない。人間とは実利を示してやって初めて働くものだ」
 自身でそう言って、信秀はわずかに妙な気持ちになった。仮に自分が死んだら、この弟は、果たして信長を支えてくれるのだろうか? そんなことを思ってしまった。信光を信頼していないわけではない。しかし、実力一つでのし上がった信秀には、力ある者が低い立場に甘んじ得ない心理のほどがよく分かってしまうのだ。
「兄上は、信長さまのこととなると口数がとたんに増えますな。ご自分ではお気づきでないかもしれませんが。ハハハ」
 その語り口は朗らかで、表裏の欠片も見つけられないが、
「俺の死後、あいつがだらしない真似をしていたら、お前が尻を叩いてやってくれ」
 つい、柄にもないことを言った。しかし、本当は「支えてやってくれ」と言いたかったのかもしれない。
「いけないな。そう簡単に死ぬなどと仰いますな、兄上」
 信光はそう言うだけで信長の話には答えなかった。だからどうというわけではないが、それが信秀には強く印象づけられ、時折思い出すことがあった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】 3巻からは戦争編になります。 戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。 ※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

処理中です...