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第一楽章『レイバー・ジェーガン』
自責
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新聖帝暦二五八年、ソルカ帝国。全ては、ここからはじまる。
先日までの晴天が嘘のように重くのしかかる雲に、ゴミを燃やす黒煙が合流する。まともな医療を受けられない病人のうめき声や、子どもの泣き声の中、レイバーは一人歩いていた。うつむいて、やや早足であばら家に戻ると、物置を無秩序に占拠したアイビスのパーツが目に映る。あいつが死んだ。ついこの間盗みに入ったウェストウッド家、そこで友になった貴族の子ども、それが銃殺刑になった。世間知らずの優しさと好奇心によって満たされた目は、もうこの世のものではない。
仲間を失うことは、レイバーにとって初めてではない。だが、今回は何かが違った。たった少し話しただけの関係、ただちょっと仲良くなって、生まれて初めて心から『楽しい』って思って。何もなかった、その日その日を生きるだけの生活を、ちょっと忘れかけたくらいで……。
「ぅっ……うぅ……」
目が霞む。一滴、また一滴と水滴が頬を伝い、乾いた地面にシミをつける。どうして、どうしてあいつは死んだ?あの地図さえ渡さなければ、殺したのは、自分自身ではないか?
「ぶつかったぞ、少年」
「誰だよ」
レイバーが顔を上げると、フードで顔を隠した大人の姿があった。
「レイバー・ジェーガンだな。力を借りたい」
「断る」
「そう即答するな」
立ち去ろうとするレイバーの腕をフードの大人は掴んだ。抵抗しようにも、健康状態の悪い痩せた腕では振り払えない。
「コート・ウェストウッド」
「は?」
「死んだウェストウッド家の子どもだ。彼が死んだ本当の理由を知りたいだろ」
「もう知ってる」
「スラムに続く地図か?あんな落書き、証拠になんかならないよ」
レイバーの抵抗が収まり、続きを聴きたそうに大人の方を向く。
「簡単な話だ」
一瞬ニヤリと笑って大人は言った。
「他家にとってウェストウッド家は邪魔だった。理由はどうせ貴族のくだらない権力争いだろう。そこにあの地図の『現物』があった。だから、あることないことでっち上げて死刑に追い込んだ」
「どうでもいい……それは貴族が殺した理由で、きっかけは俺だ。俺はただの仲間殺しだよ」
真実を知ったところで慰めにはならない。罪悪感に打ちのめされて、レイバーはうめいた。
「ならば、変えればいい」
大人はフードを外した。砂色の髪をした若い女性であった。
「罪のない子どもが大人の争いで犠牲になる。それがこの世界だ。なら、その子どもである君たちが、この世界を変えるべきだ。もし、『仲間』の死の原因だと自分を責めるなら、それが二度と起こらない世界にするのだよ」
「そんなもの知らない」
女性の演説を遮ってレイバーは言った。『世界を変える』くだらない綺麗事だ。
「どんな世界だろうと構わない。けど、死んだ仲間の仇ぐらいは討ってやりたいんだ」
何かを決意した目で、レイバーは顔を上げた。砂色の髪の女性はカバンからファイルを取り出した。
「我々は『西暦軍』。ソルカ帝国によって絶望を味わった者の集まりだ。君たちを歓迎しよう」
そう言ってレイバーはファイルとトラックの鍵を手渡された。
「ファイルには我々の拠点の座標がある。そこにあるアイビスで目標を壊してほしい」
西暦軍の女性が指さしたのは、スラムと貴族居住区を分ける壁だった。
レイバーたちが印がつけられた廃工場にたどり着いたのは、その二日後だった。一日目はイリヤやマーティンらスラムに暮らす仲間と支度をし、翌日は丸一日かけて移動した。サビだらけで打ち捨てられた工場が、寒空の下に巨体をさらしている。生産ラインの特徴から、軍用の野戦食の製造をしていたのだろうとレイバーは予想を立てた。
「見ろよ、食いもんがあるぞ」
幼い子どもが満面の笑みを浮かべて野戦食の入った段ボールを掲げている。
「レイバー、食っていい?」
「いいぞ、たくさんあるから遠慮するな」
スラムから離れた場所までの移動で彼らは、疲労が残る顔つきだったが、食事を前にすると生気を取り戻す。栄養優先の野戦食は、高級食材に慣れた貴族には不味いだろうが、ろくな食べ物がないスラムの子どもたちにとっては安全に栄養が採れる上に腹も膨れるごちそうである。干し肉やビスケット、ドライフルーツなどをほおばり、胃に送り込むと、なんとも言えない幸福感が満ちてきた。全員が満足した頃、別の部屋で見つけた毛布を敷き始めると、あちこちから抗議の声が聞こえてきた。まだ寝たくないのだろう、初めて安心して過ごせる夜だ。
「ほら、もう寝なさい」
「えー」
「子どもはもう寝る時間でしょ」
「イリヤだって子どもじゃん」
母親のように(本人はそのつもり)声をかけたイリヤに、無邪気で容赦のない声が飛ぶ。
「子どもはもう寝る時間でしょ、イリヤ」
「私は……レイバーに話があるって言われてるし……」
それ以上の追求を許さないとでも言うように、イリヤは毛布の上ではしゃぐ子どもに背を向けた。
幼い子どもたちがいた部屋から離れたところに、大きな倉庫がある。その真ん中の広いスペースにそれはあった。西暦軍のアイビスである。
先日までの晴天が嘘のように重くのしかかる雲に、ゴミを燃やす黒煙が合流する。まともな医療を受けられない病人のうめき声や、子どもの泣き声の中、レイバーは一人歩いていた。うつむいて、やや早足であばら家に戻ると、物置を無秩序に占拠したアイビスのパーツが目に映る。あいつが死んだ。ついこの間盗みに入ったウェストウッド家、そこで友になった貴族の子ども、それが銃殺刑になった。世間知らずの優しさと好奇心によって満たされた目は、もうこの世のものではない。
仲間を失うことは、レイバーにとって初めてではない。だが、今回は何かが違った。たった少し話しただけの関係、ただちょっと仲良くなって、生まれて初めて心から『楽しい』って思って。何もなかった、その日その日を生きるだけの生活を、ちょっと忘れかけたくらいで……。
「ぅっ……うぅ……」
目が霞む。一滴、また一滴と水滴が頬を伝い、乾いた地面にシミをつける。どうして、どうしてあいつは死んだ?あの地図さえ渡さなければ、殺したのは、自分自身ではないか?
「ぶつかったぞ、少年」
「誰だよ」
レイバーが顔を上げると、フードで顔を隠した大人の姿があった。
「レイバー・ジェーガンだな。力を借りたい」
「断る」
「そう即答するな」
立ち去ろうとするレイバーの腕をフードの大人は掴んだ。抵抗しようにも、健康状態の悪い痩せた腕では振り払えない。
「コート・ウェストウッド」
「は?」
「死んだウェストウッド家の子どもだ。彼が死んだ本当の理由を知りたいだろ」
「もう知ってる」
「スラムに続く地図か?あんな落書き、証拠になんかならないよ」
レイバーの抵抗が収まり、続きを聴きたそうに大人の方を向く。
「簡単な話だ」
一瞬ニヤリと笑って大人は言った。
「他家にとってウェストウッド家は邪魔だった。理由はどうせ貴族のくだらない権力争いだろう。そこにあの地図の『現物』があった。だから、あることないことでっち上げて死刑に追い込んだ」
「どうでもいい……それは貴族が殺した理由で、きっかけは俺だ。俺はただの仲間殺しだよ」
真実を知ったところで慰めにはならない。罪悪感に打ちのめされて、レイバーはうめいた。
「ならば、変えればいい」
大人はフードを外した。砂色の髪をした若い女性であった。
「罪のない子どもが大人の争いで犠牲になる。それがこの世界だ。なら、その子どもである君たちが、この世界を変えるべきだ。もし、『仲間』の死の原因だと自分を責めるなら、それが二度と起こらない世界にするのだよ」
「そんなもの知らない」
女性の演説を遮ってレイバーは言った。『世界を変える』くだらない綺麗事だ。
「どんな世界だろうと構わない。けど、死んだ仲間の仇ぐらいは討ってやりたいんだ」
何かを決意した目で、レイバーは顔を上げた。砂色の髪の女性はカバンからファイルを取り出した。
「我々は『西暦軍』。ソルカ帝国によって絶望を味わった者の集まりだ。君たちを歓迎しよう」
そう言ってレイバーはファイルとトラックの鍵を手渡された。
「ファイルには我々の拠点の座標がある。そこにあるアイビスで目標を壊してほしい」
西暦軍の女性が指さしたのは、スラムと貴族居住区を分ける壁だった。
レイバーたちが印がつけられた廃工場にたどり着いたのは、その二日後だった。一日目はイリヤやマーティンらスラムに暮らす仲間と支度をし、翌日は丸一日かけて移動した。サビだらけで打ち捨てられた工場が、寒空の下に巨体をさらしている。生産ラインの特徴から、軍用の野戦食の製造をしていたのだろうとレイバーは予想を立てた。
「見ろよ、食いもんがあるぞ」
幼い子どもが満面の笑みを浮かべて野戦食の入った段ボールを掲げている。
「レイバー、食っていい?」
「いいぞ、たくさんあるから遠慮するな」
スラムから離れた場所までの移動で彼らは、疲労が残る顔つきだったが、食事を前にすると生気を取り戻す。栄養優先の野戦食は、高級食材に慣れた貴族には不味いだろうが、ろくな食べ物がないスラムの子どもたちにとっては安全に栄養が採れる上に腹も膨れるごちそうである。干し肉やビスケット、ドライフルーツなどをほおばり、胃に送り込むと、なんとも言えない幸福感が満ちてきた。全員が満足した頃、別の部屋で見つけた毛布を敷き始めると、あちこちから抗議の声が聞こえてきた。まだ寝たくないのだろう、初めて安心して過ごせる夜だ。
「ほら、もう寝なさい」
「えー」
「子どもはもう寝る時間でしょ」
「イリヤだって子どもじゃん」
母親のように(本人はそのつもり)声をかけたイリヤに、無邪気で容赦のない声が飛ぶ。
「子どもはもう寝る時間でしょ、イリヤ」
「私は……レイバーに話があるって言われてるし……」
それ以上の追求を許さないとでも言うように、イリヤは毛布の上ではしゃぐ子どもに背を向けた。
幼い子どもたちがいた部屋から離れたところに、大きな倉庫がある。その真ん中の広いスペースにそれはあった。西暦軍のアイビスである。
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