会社をクビになり絶望したので異世界に行ってみた

麻鈴いちか

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第5章 旅の終焉

帝国の危機

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ハルたちが丁度帝国大図書館でヤマモト家の手帳の翻訳作業をしていた頃。
帝都ユートピアの中心にある城では、皇帝陛下のおわす玉座の間へと向かう一人の女性がいた。
彼女は肩のあたりで綺麗に切りそろえられた滑らかな金色の髪に、サファイアのような透き通った碧眼をしていた。
また腰には剣が携えられており、軍服の胸にはその年齢にはそぐわない幾つかの勲章も輝いていた。

「お勤めご苦労様です」

彼女は玉座の間を守る二人の城内騎士にねぎらいの言葉をかけた。
城内騎士たちは姿勢正しく敬礼をした。
しかし、内心ではこの状況を快くは思っていないはずだ。
なぜなら目の前にいる金髪碧眼の軍人は齢が十五。自分たちなんかよりも年下だったからだ。
だが、軍という組織は階級がすべてだ。この年にして准佐という驚異的な身分である彼女に対して、そのような反抗は当然許されるはずがなかった。

「皇帝陛下にまみえたいのですが・・・」

彼女は二人の騎士に少しだけ微笑みそう話しかけた。
すると、騎士たちは顔を見合わせて少し戸惑った様子を見せた。

「皇帝陛下への謁見に際しましては事前に申し出がないとお通しすることができないんです・・・」

一人の騎士が困ったように言った。
すると、今度はもう一人の騎士が少しだけ高圧的な態度で話し始めた。

「それに、その腰に差している剣・・・いくら准佐殿と言えども、そのような格好でここをお通しするわけにはいきません!」

すると、笑顔だった金髪碧眼の准佐の表情がすっと無くなった。

「ええ、だからお願いしているのよ・・・どうしてもだめかしら?」

「・・・・当然です」

二人の騎士は、突然無表情になった彼女に少し驚いたが、毅然とした態度で入室を断った。

「忠実な臣下ね・・・いい心がけだわ。本当・・・殺すのがもったいないくらい」

「!?」

彼女のその言葉に二人の騎士は咄嗟に剣を抜こうとした。
しかし、剣に手が届く前に二人の喉元には風穴があいていた。
二人の騎士は声も出せずにその場で同時に崩れ落ちた。
しかし、彼女の手に握られていた剣はしっかりと二人の騎士の血を吸っていた。切先からぽたぽたと血液が滴っている。

「あなたたちの忠誠心は見事でした・・・ですが、皇帝陛下をお守りするには少し腕前が足りなかったようですね」

准佐は動かなくなった二人にそれだけ告げると、玉座へとつながる扉を開けた。
目の前には、玉座でどっしりと構える皇帝と近衛長である長身の男の姿があった。

血に染まった剣を握ったまま准佐は陛下の方へとゆっくり歩いて行った。

すると、眼鏡をかけた糸目の近衛長の目が一瞬見開くと瞬間移動のごとく准佐に襲い掛かった。
剣と剣が切り結ぶ音が広い玉座の間に響き渡る。

「なんのおつもりですか准佐殿・・・」

近衛長の声は静かだったが、怒りが込められていた。

「見ての通り・・・暗殺ですよ」

そう言うと准佐は一瞬だけ中心線を近衛長に譲った。
近衛長もその機を逃さずに突きのモーションに入る。
だが、准佐はその突きを上から押さえつけると同時に、近衛長の剣の上を滑らせながら首めがけて切り上げた。
しかし、その動作に気がついた近衛は後ろに大きくのけぞり刃を交わし、その勢いを使って片手でバク転をし間合いを取りなおした。

「陛下!お逃げください!」

近衛長は咄嗟にそう叫んだ。
しかし、皇帝ジュールはその場を動こうとしなかった。
それはまるで、この戦いの行く末を最後まで見届ける確固たる意志を持っているかのようだった。

しかし、准佐は攻撃の手を緩めなかった。
今度は恐ろしいほどに早い突き技で一気に間合いを詰めたのだ。
だが、近衛長も人並み外れた動体視力でそれを見切ると、突きを交わすように体をかがめ准佐の腹めがけて水平に剣を走らせた。
これで准佐の体も真っ二つ。かと思いきや彼女は近衛長の剣の間合いに入る直前に地面を蹴っていた。
准佐はひらりと近衛長の胴切りを前宙返りでかわすと着地と同時に後方へ踏み出し一気に剣を切り上げた。
普通ならここで近衛長は背中を切られて終わりなのだが、彼もまた剣の達人であった。
何と近衛長は空振りに終わった胴切りを振りぬいて、体を回転させて准佐の着地した方に剣を向けていたのだ。
准佐の切り上げはまたしても近衛長に防がれる。
再びお互いが少し下がって間合いを取りなおす。

「准佐殿・・・強くなられましたね」

近衛長は准佐の剣技を褒めたたえた。

「・・・お褒めにあずかり光栄です」

准佐はただそれだけ返すと再び近衛長に切りかかった。
今度はお互い切り下ろしたものが切り結ばれた。
つばぜり合いになり状況が再び膠着する。

「ですが・・・同じ近衛から反逆者を出してしまうとは・・・私一生の不覚です」

こんな状況でも近衛長の方はまだしゃべる余裕があるようだった。
すると近衛長は准佐の剣の鍔を横にはじくとがらりと空いた准佐の体を思い切り蹴り飛ばした。
准佐の体は大きく後ろに飛び、蹴りによる痛みから少しだけ前かがみになり顔をゆがませた。
そして、反撃に出ようと頭をもたげた時だった。

なんと、近衛長は准佐の剣の間合いのずっと内側に入り込んでいたのだ。
近衛長の鋭い眼光が、高速道路を行き交う車のテールランプのごとく尾を引き、彼の剣の切先はすでに准佐の左胸を捉えていた。

勝負は決した。

かに思えた。しかし、倒れたのは准佐ではなく近衛長の方だった。
近衛長の眉間と胸には銃痕が刻まれていた。
そして、もちろん准佐の右手には拳銃が握られており、その銃口からは煙が上がっていたのだ。

近衛長の剣は寸でのところで力尽き、彼女の肩口をえぐる程度で終わってしまっていた。
幸い刃は動脈を避けており、出血も思ったより少なかった。

「あなたは・・・まっすぐ過ぎますね」

准佐はぼそりと目の前に横たわる師にそうつぶやくと顔を皇帝ジュールの方へと向けた。
そして、軍靴のコツコツという音が玉座の間に規則正しく響き渡る。

「十年ぶりですね叔父様・・・いえ、ジュール・フォンテーヌ・ユートピア」

准佐は皇帝の前で仁王立ちになると、恐ろしいほどに感情のない声でそう呼びかけた。
皇帝陛下をフルネームで呼び捨てにするとは、不敬にもほどがあった。

しかし、当の皇帝は気にする様子もなく、この状況に対する怒りや焦りというものが微塵も感じられなかった。

「レオの娘か・・・よもやまだ生きておったとは」

「・・・地獄の縁より舞い戻って参りました」

今度は少しばかり准佐の表情筋がピクリと動く。
そして、准佐は続けざまに尋ねた。

「ジュール・・・最後、貴様に聞いておきたいことがあります・・・」

顔は伏せられていたが、准佐のその声は低く静かだった。

「なんだ・・・」

皇帝は少し呆れた様子で返した。

「父上はまだしも・・・なぜ、母上と兄上まで手にかけたのですか」

「・・・ふは・・・ふっはっは・・・ふっはっはっはっはっは!!!」

すると皇帝は高らかに笑い始めた。
准佐は突然のことに思わず目を見開く。

「そんなことを聞くためにお前はここまで来たのか・・・マリアよ」

「!!」

マリアと呼ばれた准佐は皇帝のその言葉を聞いた瞬間に剣を抜き、気がつくと皇帝の煌びやかな服の襟を掴んでいた。

「そんなこと・・・そんなことだとっ!!!」

彼女の目には涙が浮かんでいた。
皇帝の襟元を掴む左手と銀色に輝く剣を握る右手は怒りのあまり小刻みに震えていた。

「もうよい・・・早く殺せ」

皇帝はゆっくりと目を閉じると静かにそうつぶやいた。

「言われなくても!!!」

マリア准佐は正確に心臓を貫いた。そして、手首を返して思い切り引く抜く。
直後皇帝の胸は深紅に染まっていった。

「はぁ・・・はぁ・・・」

皇帝陛下を手にかけるという一大事をやってのけた准佐は肩で息をしていた。
すると、皇帝が最期の力を振り絞って言葉を発した。

「・・・私は・・・この時を待っていた・・・のかも・・・しれんな・・・」

ひゅーひゅーという息遣いの合間にそうつぶやく。
言っている意味がよく分からず准佐も思わず困惑した。
しかし、そんな彼女の様子など気にすることなく皇帝は語り続けた。

「・・・私は・・・兄さんを殺して・・・失敗した・・・マリ・・ア・・・お前・・は・・しくじるなよぉ・・・ごほっ」

皇帝はそう言い切ると激しく喀血した。その表情は苦痛でも憎しみでもない。
笑顔だった。
それはまるで、お前にこの国を動かせるかな。と試すかのような・・・そんな表情だった。

「貴様・・・何を言っている!!」

准佐はひどく混乱した。
自分がこの男の前に現れ剣を抜けば、ひどく恐怖し、徹底的に始末しておけばよかったという後悔の念で顔を埋める皇帝の姿が見れると思ったのに。
この男は笑っている。
なにゆえ、なにゆえ殺される相手に笑いかけるのだ。
准佐には分からなかった。

しかし、皇帝はいよいよ辛くなったのか笑顔を作ることが難しくなっていた。
そしてすっと目を閉じると大きく息を吸った。

「マリア・・・すまなかったな」

皇帝は最期にそれだけ言い残すとその命を散らした。
彼の死に顔はとても剣で胸を貫かれたとは思えぬほどに安らかだった。

准佐はもう息のない皇帝を目の前にしてもなお、考え続けていた。
しかし、死んでしまった以上もう答えなど聞く余地もない。

准佐は黒い髪の毛を皇帝の手に握らせると玉座の間を後にした。






















時刻が変わって午前二時過ぎ。
宿の裏手から一目散に駆け出したハルたちは、電気自動車を隠してある南の森を目指していた。

「この路地をまっすぐ行って、その先の林を突っ切ればすぐです!」

張り詰めた声で後ろからヴァイシュが叫んだ。

「分かった!」

ハルはヴァイシュにそれだけ返事をすると後ろなど振り返らずに一生懸命走った。
アキとマルクも何が何やら分からないといった様子だった。

しかし、今回は相手が悪かった。

林の手前の丁字路でに黒い影が五つ現れたのだ。
月光に照らされたその陰にハルは見覚えがあった。

「帝国軍・・・」

そう、そこにいたのは紛れもなくユートピア帝国軍の者たちだった。深緑色に鍔のついた帽子、そして五人とも腰にサーベルを差していた。
横一列に並ぶ彼らの背筋はピンと伸びており、剣を交えなくともその練度の高さはひしひしと伝わる。
そして、今度は後ろからも軍靴の音がぞろぞろと聞こえていた。
このままでは、前後から挟み撃ちにされることは目に見えていた。何とか状況を打破せねば。
ハルが必死に考えを巡らせていると、再びヴァイシュが叫んだ。

「左の小さい路地へ!!」

ハルは言われるがまま人がすれ違うのがやっとのような細い路地へ入った。
建物と建物の間隔が狭く、月明かりも入ってこないので足元が良く見えなかったが、とにかく今はがむしゃらに進むしかなかった。
たが、この細さの道なら追手の速度も落ちるはずだ。
しばらく走っていると、向こう側に青白い縦の筋が見えた。

「出口だ!!」

ハルは後ろに向けてそう叫んだ。
そして、ハルはそのまま走る速度を落とさずに裏路地から大きめの通りに飛び出した。
右に行けば、郊外。左に行けば街だ。
電気自動車は郊外に停めてあるので、当然ハルは右を目指した。
しかし、またしてもそこには軍服を着た者たちが五人待ち構えていた。
つまり、左に行くしかない。しかし、左は中心街の方向。このままではいつまでたっても電気自動車のある森までたどり着けない。
するとヴァイシュは左ではなく右に大きく飛び出した。
突然の彼女の行動にハルとアキとマルクは驚きを隠せないでいた。

「ヴァイシュさんそっちは!!!」

「シロ姉無茶だ!!」

しかし、ヴァイシュは静かに抜刀すると精神を研ぎ澄ました。

「ハルさん・・・あなたは今私たちが来た細路地からくる敵を殲滅してください・・・そこなら一対一で戦えます」

「・・・分かった」

ハルは彼女の口から出た殲滅という言葉に少しだけ恐怖した。
だが、ここまで来たらやるしかあるまい。
ハルは腹をくくると、暗い細路地にルーマの司祭から授かった剣を構えた。
アキとマルクもお互いを守るように背中合わせになる。

直後、ヴァイシュがものすごい勢いで目の前の五人の軍人にとびかかった。
五人も一斉にヴァイシュに飛び掛かるが、不規則に跳ねるボールのように軽やかな身のこなしをするヴァイシュをその剣で捉えることがなかなかできないようだった。
それどころか一人、また一人と腕や足を切られ、剣を握れなかったり立てなかったりといった戦闘不能状態へと追い込んだのである。
しかし、ひときわ大きな体格をした男だけは未だにしっかりと立ったままであった。
そして、低いが通る声を発した。

「ヴァイシュ・ホフマン少尉・・・剣を収めよ」

「!?」

ヴァイシュはその声に聞き覚えがあった。
そして、月光に照らされたその男は紛れもなくヴァイシュの知る人だったのだ。

「教・・・官・・・」

ヴァイシュそうつぶやくと思わず体を硬直させた。
しかし、男はそんな彼女をよそにさらに話を続ける。

「貴様と行動を共にしている、橘ハルに指名手配が出ている」

ヴァイシュはその言葉が信じられなかった。
だが、恐る恐る尋ねてみる。

「なにゆえ、ハルさんは指名手配されているのですか・・・?」

「皇帝陛下の暗殺容疑だ」

その言葉を聞いた瞬間、ヴァイシュはもちろんのことアキとハルも驚きのあまり硬直した。

「何かの間違いです!ハルさんは今日一日中私たちと一緒にいました!!」

ヴァイシュは必死の形相でハルを擁護したが、その男は聞く耳をもたなかった。

「反駁は後程聞こう・・・さぁ、大人しく投降したまえ」

しかし、ヴァイシュには分かっていた。
皇帝陛下の暗殺・・・それはこの国で一番重い罪ともいえる。その容疑がハルにかけられているのだ。
これは、もう何者かがハルに濡れ衣を着せようとしているとしか思えなかった。
ゆえに、ここで大人しく従えばハルはもちろんのこと、自分やアキやマルクまでもが断罪の対象になりかねなかった。
もう、選択肢はなかった。

「あいにく軍は退役いたしましたので・・・少佐の言うことは聞けません!!」

ヴァイシュはそう叫ぶと果敢に大男へと突進した。
大男の剣とヴァイシュの剣が激しくぶつかり橙色の火花が散る。
鍔迫り合いでは圧倒的に相手が有利。じりじりと押し込まれる。
そこで思い切り相手を跳ね除け、もう一度間合いを取りなおそうとした。
刹那、大男はまだ飛びのけて足が浮いた状態のヴァイシュに切りかかった。
普通の剣士であればここで突きを決め込まれ、勝負ありという状況になるのだが、ここはさすがヴァイシュ。
自身の剣のしのぎを相手の剣のしのぎにぶつけ剣の軌道をそらす。
そして、左足を着地させると同時に大きく体を浮かさせ、まだ突きのモーションが終わっていない大男めがけ回転切りを繰り出した。
その回転切りはほぼ縦で、大男の上腕前部に切り込みを入れると男の後ろに着地した。

「っく・・・」

男は一瞬顔をゆがめるがすぐにヴァイシュに正対した。
すると、彼は口元を緩めると不意に語り始めた。

「やはり君は強い・・・いや、卒業の時よりもっと強くなっているな・・・さすが白虎と学校中の生徒から言われていただけはあるな」

「・・・・」

ヴァイシュは彼の話を聞きながらも一切の集中を乱さなかった。
絶対に勝つ。
そのイメージを極限まで高めた。

そして再びお互いの距離を一気に詰める。
大男は右斜めからの切り下ろしだった。
それを見切ったヴァイシュは素早いステップで大男の右側に出ながら、手首を返し剣の柄が上、刃が下となるようにして大男の切り下ろしをいなした。
瞬間に愛剣を逆手に持ち替え地面に突き立てると、彼の無防備になった右手を掴み小柄な体を大男の懐に潜り込ませた。
そして、思い切り男の腕を引き、上体を前屈させる。
一本背負いのような形で大男が宙を舞った。
直後ヴァイシュは先ほど突き立てた剣をすぐさま抜き取とると、倒れこむ大男のアキレス腱を切断した。

「っく・・・」

大男は一瞬顔をゆがめると顔を伏せた。
勝負は決した。

「ハルさん!退路を確保しました!!」

「分かった!!」

ヴァイシュの呼びかけで、三人は再び郊外の方へと走り抜けた。

「さすがシロ!」

「姉ちゃんすごいよ!」

「感動しました!」

三人が後ろからヴァイシュを褒めたたえた。

「ありがとうございます・・・ですが油断は禁物です」

というのもヴァイシュは今の状況に違和感を感じていたのだ。
なぜなら先ほどまで執拗に追いかけてきていた軍人たちの気配が後ろにないのだ。
何かかがおかしい・・・。
そんな風に一瞬考えこんだ時、ひょっとするとヴァイシュは油断してしまったのかもしれない。
いや、それは油断云々で到底回避できるものではなかった。

突如として、街道の脇の長い草むらから放たれた矢がヴァイシュの左太ももに突き刺さったのだ。

突然のことにヴァイシュは思い切り前に転倒した。

「シロ!!」

慌ててハルとアキとマルクが駆け寄る。
しかし、ヴァイシュは冷静さを保っていった。

「バカっ!!私より周りを警戒してください!!」

三人はヴァイシュが咄嗟に暴言を吐いたことに一瞬驚いたが、それもそうかとお互い背中合わせになり三方向を見やった。
一方のヴァイシュは太ももに刺さった矢を無理やり引っこ抜いた。

「ぬあああっ!!」

ヴァイシュは小さく絶叫すると、痛みを必死にこらえた。
ズボンが血で濡れていく感覚がある。

四人でしばらく辺りを警戒したがすぐにその必要は無くなった。
なぜなら、相手からその姿を見せたからっだった。

「いやぁ~いやいやいや・・・お久しぶりですねぇ~レージョンの騎士長さん!!」

そう声高に叫びながら現れたのは、背が小さく小太りの男だった。左右には腕のたちそうな剣士と弓兵もいる。
ハルたちはその怪しげな男に覚えはなかったが、どうやらヴァイシュは違ったようだった。

「貴様はいつぞやの・・・」

そう、この男はレージョンでヴァイシュを瀕死に追いやった奴隷商人の男だった。そして、彼の右腕はヴァイシュが切り落とした。
戦わねばと思ったが、ヴァイシュは立ち上がることができなかった。
それどころか、次第に呼吸の調子がおかしくなっていた。

異変に気付いたハルがヴァイシュを抱き起そうとした。
その時。

「動くな!!」

小太りの男が突然大声で叫んだ。
それどころか、その合図で隣の剣士が大きな太刀を構えているではないか。

「ハルさん・・・」
「ハル兄ちゃん・・・」

アキとマルクはその剣士の荘厳たる姿に恐怖を隠せないようだった。
ハルもとっさに二人を自分の背中の後ろに隠す。

すると、その小太りの男はヴァイシュの綺麗な白い前髪を乱暴に引っ張ると自身の顔に引き寄せた。

「ど~だぁ~??新作の毒は??」

小太りの男はそう言うと、醜悪な笑顔をヴァイシュに向けた。

「やめろ!!」

ハルが再びヴァイシュを助けようとするが・・・

「動くなって言ってるだろぉぉぉぉ!!!」

小太りの男はそう絶叫した。

「まぁ黙って見てろよ・・・さぁて品定めと行こうか・・・」

男はそう言うと、ヴァイシュの前髪を先ほどよりも強く握り、彼女の顔を自分の顔にグイっと引き寄せるとヴァイシュの白く透き通った頬を下から上へと舐め上げた。
ヴァイシュの目はもうすでに焦点が合っていないが、よほど不快であるに違いない。彼女の皮膚という皮膚が鳥肌になっていた。

「いや・・・いやっ・・・」

上手く呼吸ができないはずなのに、それだけははっきりと聞こえた。
ハルの柄を握る右手が今にも剣を引き抜こうと震えていたが、今抜けば後ろのアキとマルクまでも危険に・・・。
そんなことを考えていた時、その男はさらに悪魔のようなことを囁いた。

「お前さんの後ろにいるピンクの髪の女も高く売れそうだなぁ・・・・」

その言葉を聞いた瞬間、ハルの左腕の袖を握るアキの手の力がぎゅっと強くなった。

「それに、そこのウルマン人も当然売り飛ばしてやるよ・・・そうだなぁ・・・ウルマン人の少年ばかりを買うコレクターがいるんだ・・・そいつに売れば・・・いっひっひっひっひ」

「っく・・・」

マルクはそう言って顔をしかめると、最大限の侮蔑の表情を小太りの男に向けた。
そして、その男は超えてはならない線を越えたのだった。

「それじゃあ・・・こっちの方も品定めしようか・・・」

小太りの男はヴァイシュの胸に手をかけた。
ヴァイシュは満足に動かないであろう体を必死にばたつかせるが、それはほとんど痙攣のように小刻みなものでしかなかった。
そして、ヴァイシュは咄嗟にハルの方へ顔を向けた。
その目には涙が浮かんでいた。

助けて、お願い助けて!!

声こそ聞こえなかったが、ハルにははっきりとヴァイシュの助けを求める声が聞こえた。
刹那、ハルは剣を抜くとその醜い男めがけて剣を振りかぶった。
予想はしていたが、ハルの剣が当たったのは、醜い男ではなくその隣にいた剣士の刃だった。

「この男はいらん!!殺せえぇぇえぇっ!!」

小太りの男がそう叫ぶと、剣士の剣を握る手にグイっと力が入るのを感じた。
しのぎを削っているが、明らかにこちらが競り負けている。
このままではあと十秒と持たずにハルの体は致命傷を受けるだろう。
そして、いよいよ。もうだめだ・・・と思った時だった。

「よくやった・・・青年!!」

凛々しい女性の声がしたかと思うと、突如として草原の長草たちをなでていた風の音を切り裂くような爆音が轟いた。
と同時に醜い男の口から、聞くに堪えない悲鳴が草原にこだました。

「あああああああああああ!!!足がっ!!足があああっっっ!!!」

ハルはその男を体の上から下へと目をやると、膝のあたりから血が噴き出していることに気がついた。
すると、いつの間にかその女性は小太りな男の背後に回ると彼の後頭部に銃口を突きつけた。
その女はローブのようなものを着ており、フードは目深に被られているせいか口元しか見えなかった。
しかし、ハルはこの女を以前にもどこかで見たような気がした。

「誰が殺していいと言った?」

その問いただす女の声は冷たくとがっていた。

「ですがあっ!この女は私の右腕を!!」

小太りの男はそう絶叫しながら、意識が朦朧としているヴァイシュを指さして言い訳を始めた。
すると、その女は不敵な笑みを浮かべると末恐ろしいことを口走った。

「では、左腕を出せ。そっちも切り落とせばバランスが取れるだろう・・・」

「ひいいいぃぃぃっ!!!」

小太りの男はこの女が本気であることを悟ったのか、体を女の方に向けると額を地面にこすりつけた。

「どうか、お許しをっ!!」

すると、その女はニヤリと笑うと意地悪そうに語りかけた。

「では、その白髪の女をよこせ・・・」

「っく・・・・」

小太りの男はその女の条件をのむことを渋っているようだった。

「早く解毒剤を打ってやれ・・・」

女は冷たくそう言った。
男はしぶしぶ胸ポケットから注射器を出すとヴァイシュの腕にそれを打ち込んだ。

「さ、これでいいんだろう・・・」

小太りの男がそう言いながら振り返った時だった。
パンっという轟音がしたかと思うと、その男はそのまま仰向けに倒れた。
すかさず、両隣にいた弓兵と剣士が彼女を襲おうとするが、両者とも彼女の方を向き直る前にその首がはねられた。

気がつくと、その女の手には黄金に輝く剣が握られていた。
正直いつ抜いたものなのかハルたちには全く分からなかった。
ヴァイシュの剣技もまさに神速といえる速さであるが、彼女の抜刀術はそのさらに上を行っていた。
本当に刃の軌道が全く見えなかったのだ。

「お勤め、ご苦労さま・・・」

彼女は何が起こったか理解しきっておらず口をパクパクさせている小太りの男の顔を覗き込むとそう言った。
だが、その男の胸には銃痕があり、一つだけ言えることはあと二、三分もすればこの男は絶命してしまうだろうということだった。

ヴァイシュは相変わらず、苦しそうに仰向けになっているが、それ以外の三人はこの異常な状況に言葉を失っていた。

「あ・・・・あ・・・」

「なんと惨い・・・・うっ」

マルクは言葉にならない声を発しており、アキは胃からこみあげてくるものを必死にこらえていた。
ハルは彼女がてっきり助けてくれたのかと思っていたが、この状況を見てどう言えばいいか分からなくなってしまっていた。
すると、今度はローブを着た女が話し始めた。

「驚かせてしまいすまなかったね・・・これだから傭兵は・・・」

彼女はそう言いながら、目の前に横たわるヴァイシュを軽々と担いだ。
ハルはすかさずヴァイシュを連れて行こうとするその女を止めた。

「おい、どこに行く!!」

すると彼女はゆっくりとハルたちの方を振り向いた。

「どこへって・・・では君たちはこのまま少尉をここに置いておくつもりなのか?」

「それは・・・」

確かにこの女の言っていることはもっともだった。
しかし、だからと言って何のためらいもなく三人の人を一瞬で殺して見せるような人間にヴァイシュを預けられるわけもなかった。
ハルが返答しかねていると、しびれを切らしたのかその女は再び口を開いた。

「それに、実を言うと私が一番会いたかったのは君なのだよ・・・橘ハル君」

「え・・・」

ハルは彼女の言っている意味が分からなかった。
ますます、彼女が怪しく思えてくる。
ハルは全力で過去を思い出そうとした。
この女は一体何者なのか。
記憶のかけらを探す。

そして、思い出した。
この女は確かにハルと以前に会っていた。

「あなたは!!ルーマの東区の教会前と昨日市場ですれ違った女だ!!!」

ハルは自分の全身の毛が逆立っていくのを感じた。
この感情は恐怖に間違いなかった。
なぜなら、この女は少なくともルーマからここユートピアに来るまでハルの行方を知っていたということになるからだ。

「やっと思い出してくれましたか・・・まぁいい、とりあえず我が屋敷へ君を招待するよ」

彼女はそう言うと再びハルたちに背を向けて街道を郊外の方へと歩き始めた。
アキとマルクも相変わらず動けずにいるが、いま彼女に後ろから剣で襲い掛かっても全く勝てるイメージがわかなかった。
ここは、彼女の言うことを素直に聞いておくべきかもしれない。

ハルはアキとマルクの方を振り返るとその意思を目で訴えた。
二人もハルの考えていることが分かったようで、黙ってゆっくり頷いた。
そして、三人は街道の真ん中にむごたらしく横たわる三体の遺体を避けてそのローブを着た女の背中をゆっくりと追ったのだった。

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