会社をクビになり絶望したので異世界に行ってみた

麻鈴いちか

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第3章 ルーマの盗人

ルーマの異変

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ルーマ滞在二日目。
天気は快晴でお出かけ日和と言ったところだ。

昨日は区長のゼーニによって半ば強引に屋敷に招待され、あまりゆっくりできなかったので今日はいつものメンバーでゆっくりと遺跡巡りをし、ハルは現実世界とこの世界のつながりについて、マルクはこの世界の謎について、アキは兄の行方の情報について探索する。

そして、今日はいよいよユートピアでも屈指の遺跡である「ルーマ遺跡群」へと足を運ぶ予定だ。

「これまで謎とされてきたルーマ遺跡の謎が今日ついに!」

マルクは興奮した様子で朝食を口に運んでいた。

「こらマルク!口にものを入れたまましゃべらない!」

「あはははは」

朝からにぎやかなハルたちであった。
しかし・・・

「認められません」

「そこを何とか!」

「ダメなものはダメです!」

ハルはある人と何やら押し問答を繰り広げていた。

「これは教会の規則なんです。部外者に遺跡部分を開放することは許可証がある場合を除いてできません」

「・・・」

ハルたち一行四人は遺跡を目の前にして調査を断られてしまったのだ。

「まぁ、せっかくだし礼拝堂だけでも見て行こうか・・・」

ハルはそう言うと、礼拝堂の方へ向かった。

礼拝堂には美しい彫刻と大きなステンドグラスや壁画があった。
ひときわ目立つのはやはり聖堂正面にある女神像だ。

「あれが知恵の神ミーカ?」

ハルは尋ねる。

「そうです。あのサイズの彫刻はユートピアでも屈指の大きさですね・・・私も見たことはありませんが教会関係者や貴族しか入ることの許されない奥の大聖堂はこれよりももっと大きな彫刻があるといわれていますし、歴史的遺産のほとんどがそこに記録されているそうです・・・なんとか調査することができればいいのですが・・・」

心なしかヴァイシュも気を落としているようだった。

「とりあえず・・・遺跡の調査については違う方法を模索してみよう。ところでユートピア教のお祈りの仕方ってどんな感じなの?」

ハルはユートピア教の信者であろうヴァイシュに尋ねた。

「こうですよ」

ヴァイシュは胸の前で合掌すると彫刻の方を向いて目をつむって祈りをささげた。
その様子はまるで仏教徒のようだった。

ハルはここに来てもまた自分の世界との繋がりを見つけた。
ユートピア教をどこかキリスト教のように考えている節があったが、必ずしもそれが正しいわけではないようだ。
しかし、彫刻などはキリスト教のそれに近いのもまた事実だった。

これらの感覚的情報はハルが元いた世界に帰るためには有益かもしれない。

ハルもそんなことを考えながらヴァイシュやアキのお祈りを見よう見まねで実践した。


「とりあえず、また東区に戻ろうか・・・」

ハルはそう言うと礼拝堂を後にした。



そして、時刻は昼下がり。
ハルたちは東区へと戻ってきた。

「あーあ・・・結局無駄足だったなぁ」

マルクは今日の遺跡調査を楽しみにしていた分、落胆の気持ちも大きいようだった。

「とりあえず東区の教会に行ってみましょうか・・・」

アキがそう提案した。

「そうですね・・・東区教会の司祭に相談だけでもしてみる方がいいですね・・・」

ヴァイシュもアキの意見に納得のようだ。



そして、一行が教会を目指して本通りを歩いていた時だった。
空気を切り裂くような大きな振動と爆音が突然轟いた。
火薬かなにかの爆発音であろうが、かなり距離が近い。



ハルは反射的に三人をかばう様に覆いかぶさった。

「みんな大丈夫!?」

ハルはすぐに安否を確認した。

「大丈夫です・・・本来であれば私がみなさんをお守りしなければならなかったのに・・・申し訳ありません・・・」

ヴァイシュは自分が出遅れてしまったことを謝罪した。

「怪我がなければいいんだ・・・」

しかし、ほっとするのもつかの間。

アキの様子がおかしかった。

「アキ姉!おい、しっかりしろ!」

マルクがアキの肩をゆする。
しかし、アキの意識はここにあらずといった様子だった。

彼女は目を見開いたままで、呼吸のリズムもうまくいっていないようだった。

「アキ、落ち着いて・・・」

ハルはアキを落ち着かせようとするが、彼女の震えは止まらなかった。

「とりあえず、宿に戻ろう」

ハルはそう言ってアキを抱えると宿へと急いだ。





「意識はまだ戻っていませんが、容体は安定しているようです」

ヴァイシュがベッドの上で休んでいるアキの呼吸や脈を調べるとそう言った。

「良かった・・・でもどうして急に」

ハルは疑問を持った。
アキのあの慌てようは尋常ではない。

「戦争のせいだよ」

するとマルクがぼそりとつぶやいた。

「なるほど・・・」

ヴァイシュはマルクの一言に納得したようだった。



マルク曰く、アキは俗にいう「戦争後遺症」という病態にあるらしい。

「あの日はカターヌの王宮にめがけて何千発もの砲弾が撃ち込まれたんだ・・・あんな大きな爆発音を近くで聞けばそりゃパニックになるさ」

「そうだったのか・・・」

ハルは複雑な心境になった。
するとその時、アキがちょうど意識を取り戻しはじめた。

「・・・あれ、私何でここに」

アキは爆発の前後の記憶に混乱が生じているようだった。

「アキ姉、久々に例の症状が出たんだよ・・・」

マルクが混乱するアキにそう声をかけた。

「・・・ご迷惑おかけしました」

アキは申し訳なさそうに謝罪した。

「気にしなくても大丈夫だよ・・・今はゆっくり休んで」

ハルはそう言うとアキの手を握った。

「それじゃあ俺は古代文字の解読作業をするから」

マルクはそう言うと、自身の部屋に戻って行ってしまった。

「私も少し外の空気を吸ってきますね」

ヴァイシュもマルクのあとにつづいて部屋を出て行ってしまった。

「それじゃあ僕もマルクと一緒に古代文字の解読を手伝おうかな・・・」

そう言って、アキのそばを離れようとした時だった。
服の裾をアキに引っ張られたのだ。

「一人だと寂しいので、迷惑じゃなかったら話し相手になってくれませんか・・・」

「うん、いいよ」

ハルは笑顔でそう返すと、アキのそばに腰を下ろした。

「今日は本当にすみませんでした・・・もうすっかり良くなったと思っていたんですが・・・」

アキは浮かない顔をした。

「辛い思いをしたんだね・・・」

ハルはなんて言ってあげればいいのかよく分からなくなっていた。

「なんだか暗い感じになっちゃいましたね・・・それじゃあ久しぶりにハルさんの世界のお話を聞かせてください・・・例えばご家族の話とか」

アキはにこりと笑うとそう言った。

「家族の話か・・・」

ハルはふと、ひとり家に置いてきてしまったユキのことを思い出した。
ここ最近色々あってすっかり忘れかけていた。
自分の薄情さに少し嫌気がさした。

そんなことを考えているのが顔に出たのか、アキが怪訝そうな様子になった。

「どうか・・・しましたか?」

ハルはアキに余計な心配をかけたと思った。

「ううん、なんでもない・・・そうだなぁ・・・家族かぁ」

ハルはユキや両親のことに思いをはせた。

「アキにはまだちゃんと話してなかったね・・・僕にはユキって名前の妹が一人いるんだ・・・ついこの間高校に入学してさ、アキにっそっくりでかわいい妹なんだ」

「か、かわいい・・・」

アキは顔を赤らめた。

「でも両親はいない・・・三年前に行方不明になったんだ」

「え・・・」

アキはハルの思わぬ発言に驚きを隠せないようだった。

「ごめんなさい・・・」

「全然、気にすることないよ・・・もう昔の話だから」

ハルは気丈に振舞って見せた。

「まぁ、でも・・・まだ遺体を確認したわけじゃないし・・・どこかで生きてるんじゃないかって気持ちはあるよ」

ハルは少し寂しそうな表情でそうつぶやいた。

「ハルさんも私も、マルクやヴァイシュさんも・・・みんな傷を抱えているんですね」

「そうかもしれないね・・・」

ハルはアキのその一言で、どこか忘れかけていた気持ちを思い出したような気がした。



一方そのころヴァイシュは一人街の散策に出ていた。
先ほどの爆発音が気になったのだ。

「さっきの爆発音・・・庶民が使うような火薬じゃない・・・」

彼女の勘は何か良くないものに反応していた。
人目を避け、路地裏から爆発したと思しき場所を目指した。

そして、民家の屋根に上った時。
その現場が見えた。

爆発場所は商人の蔵だった。
石造りでかなり頑丈そうに見えるが、外壁の一部に大きな穴が開いていて、爆発が原因と思しき煙も上がっていた。
もう少し近くによって状況を確認したい。
そう思い、屋敷に近づこうとした時だった。

「ここは帝国軍が封鎖している。一般人は即刻我々の命令に従って退去せよ」

ヴァイシュが立つ民家の目の前でそう言ったのは、昨日南区の公園で会ったロバート・ユーフラテスであった。

「ユーフラテス中尉・・・」

「聞こえなかったのかい?お嬢ちゃん」

ロバートの目つきは昨日とは異なり鋭く、冷たかった。

ヴァイシュは軽々と屋根から降りるとロバートに話しかけた。

「いったい何が起こっているんです・・・テロか何かですか?」

しかし、ロバートの厳しい表情は変わらなかった。

「君に話す義務はない・・・もう軍属ではないのだろう?」

「っく・・・」

昨日の自分の発言がこのような形で自身の首を絞めるとは、何とも皮肉であった。

「ただ、これは友人としての忠告だ・・・この街から早く立ち去った方がいい」

「・・・ご忠告どうも」

ヴァイシュはそれだけ言うと宿への帰路へとついた。





ヴァイシュが宿についた時、ロビーにはハルとアキとマルクの三人がいた。

「シロ!どこに行ってたんだよ!」

ハルはひどく心配しているようだった。
爆発現場の調査に夢中になり時間を忘れていたが、もうだいぶ日も沈みかけていた。

「・・・す、すみませんでした」

ヴァイシュはハルに若干圧倒されながら謝罪した。

「外の空気吸いに行くって言ってからもうだいぶたってたし・・・心配で探しに行こうとしてたところだったよ」

ハルはそう言うと着ていた上着を脱ぎ始めた。

「でも、私は心配していただかなくても大丈夫ですよ・・・」

ヴァイシュは微笑みながら言った。

「そういう問題じゃない!」

しかし、ハルの表情は険しかった。

「確かにシロは強いかもしれない・・・でもそれは万能じゃないんだ!」

ハルの言う通り。
現にレージョンでは毒矢を受けて生死の境をさまよった。

「今後はきちんと僕に行き先を伝えてから外出してくれ・・・いつもシロには守ってもらっているけど、僕だって旅の道中みんなの命を預かっているんだ」

「はい・・・ごめんなさい」

「分かってくれたんだったらもういいよ」

ハルはそう言うとほっとしたような笑みを浮かべた。
ヴァイシュは不思議な気分になった。
ここ最近、年長の人に怒られるなんていう経験はなかったためか、少しばかり童心に帰ったようなそんな気分だった。

「まぁでもシロのことだし・・・何か理由があったんだろ?」

ハルは少し得意げな顔になって言ってみせた。

「はい・・・お部屋でお話ししたいのですが・・・」

そこで、ハルたちはヴァイシュの調査結果を聞くために自分たちの部屋へと向かった。




四人はアキとヴァイシュの部屋に入った。

「単刀直入に言います」

ヴァイシュは突然本題を切り出した。

「私はこの街を早々に出るべきであると思います・・・先の爆発の件もそうですがルーマの治安が悪化しているのは明らかです」

「ちょっと待ってよ!ルーマ大聖堂の遺跡調査がまだ・・・」

すかさずマルクが異議を申し立てた。

「ルーマの遺跡調査はまたの機会に・・・というのが私の意見です」

しかし、ヴァイシュは強硬姿勢を崩さなかった。

「でも、そんなに急を要することかなぁ・・・昨日ゼーニのところで聞いた話になるけど今回の爆発も連続強盗事件の一つで僕らに実害はないんじゃない?」

ハルはヴァイシュに疑問を投げかけた。

「確かにただの強盗事件という見方も出来ます・・・しかし、本件に際し警備隊ではなく軍が出動しているのです。私の気がかりはそこなのです」

「つまり・・・国が動き出したということですか?」

今度はアキが質問した。

「はい、警備隊は各市町村によって運営されているのに対して軍は帝国の権力です・・・すなわち帝国は本件案を国で処理すべき事件であると判断したと考えるのが妥当でしょう」

「ってことは・・・ゼーニの依頼に深くかかわりすぎると」

「ハルさんさすが察しがいいですね・・・そうです、我々が帝国に目を付けられるのは今後の旅に悪影響を及ぼす可能性があるんです」

話の流れとして、ルーマの街を早々に出た方がいいという感じになりつつあった。
しかし、マルクだけはどうしても納得がいかないようだった。

「でも!またいつ来られるか分からないんだぜ・・・俺は絶対にここの遺跡を調査したい!」

ハルは困ってしまった。
ヴァイシュの言う安全第一で街を離れるという考えもわかるが、マルクの熱意もわかる。
一体どうすればいいのか。

「私が現段階で知りえた情報、それと私の意見は以上です・・・判断は皆さんにお任せします」

ヴァイシュはそれだけ言うと話を終えた。

「私もルーマは早々に出て次の街を目指した方がいいような気がします・・・」

「んー・・・」

アキもヴァイシュの意見に同意といった様子だった。
しかしマルクだけは一向に譲らなかった。

「だったらみんなで先に次の街に行けばいい!俺は一人残ってもここの遺跡を調査する!」

「いいかげんにしなさい!マルク!」

アキが珍しく少しだけ声を大にした。

「あなた一人で旅をしているわけじゃないのよ!」

「俺が何をしようと俺の勝手だろ!」

マルクはそう言い放つと部屋を出て行ってしまった。

「ちょっと僕、追いかけてくる!」

ハルもマルクの後を追った。



部屋を飛び出したマルクはハルとマルクの部屋のバルコニーにいた。
夜のルーマの街にウルマン人であるマルクが一人で出歩くのは危険であるということは本人が一番よく分かっているのかもしれない。

「何しに来たんだよ・・・」

マルクの目には涙が浮かんでいた。

「一応ここは僕の部屋でもあるんだけど・・・まぁ、それはいいとして・・・マルクはどうしてそんなに遺跡調査がしたいんだい?」

マルクもアキやヴァイシュに比べれば幼いが今まで聞き分けが良かった分、ハルは彼がどうしてこれほどまでに頑ななのか気になって仕方がなかった。

「父ちゃんと母ちゃんの夢だったんだよ・・・ここの調査は」

マルクはそう返した。

「ご両親の夢?」

「ああ・・・二人ともずっとここに来たがってた・・・ここにはユートピアやウルマンの創生があるって」

「そっか・・・」

ハルはいつか、アキと話した時のことを思い出した。

「あの、ハルさん・・・旅についてなんですが」

「ん?」

「マルクも一緒に連れて行ってあげられないでしょうか・・・」

「え?マルクも?僕は構わないけど・・・ご両親とかは?」

「彼のご両親はすでに他界しています・・・大陸へ向かう船の事故で・・・」

「そう・・・なんだ」

ハルもマルクと似たような境遇にあるせいか、何となくではあるが彼の気持ちを理解できた。
そして、ハルもまたかつて父親の背中を見て憧れを抱いたことを思い出した。

「でもあいつらは何も知らないくせに・・・ああやって言うんだ・・・ハル兄ちゃんがいつ元の世界へ帰ってしまうか分からないのに!そしたら古代遺跡の解読だって出来なくなるのに!」

マルクの心の中に焦燥感か垣間見えた。
両親の悲願を自分が達成したい、この世の心理を知りたい。
そういう強い気持ちが感じられた。
それと同時に、ハルも自身が異方から来た存在であり、いつその姿をくらますか分からない不安定な存在であるということを再認識させられた。

「マルクの気持ちはよく分かったよ」

ハルはマルクにそう言った。

「でも、明日ここを発つんだろ・・・分かってるよ・・・命あっての調査だっていうのは最初から分かってるんだ・・・わがまま言ってごめん」

マルクは背中を丸くするとそう謝罪した。
しかし、ハルはそう思っていなかった。

「何言ってるんだ?明日は東区の教会に行って大聖堂の遺跡の調査許可をもらいに行くんだぞ」

「え?」

マルクはきょとんとした様子だった。

「命も大事だけど、夢も大事なんでね」

ハルはそう言うと親指を立てた。
そういうわけでここルーマにはもうしばらく滞在することが決まった。

「それじゃああの二人説得してくるね」

ハルはそう言うと部屋を出た。

しかし、そうは言ったもののいざあの二人を説得しようとすると、上手く言いくるめられるのは難儀なように思えてきた。
だが、マルクの調子のいいところを見せてしまった手前引き返せない。

ハルは意を決すると、アキとヴァイシュのいる部屋のドアに手をかけた。
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