妖精使いの孫

九軒

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第1話 しずかな誕生日

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 孫のバルメとしての生が始まってから、早くも一年が経ちました。

 私の身体は少しずつ大きくなり、何かに掴まりながらも二本足で立ち歩き、断片的な言葉を発するにまで成長した。
 まだ小さな赤ん坊の身体の私は、注意深く子供らしい振る舞いで日々を過ごしていた。
 しかし60年のブランクはそうやすやすと埋められるものではない。
 赤ちゃんを演じるのって、とっても大変なのよ。
 赤ん坊は泣くことで様々な意思を表現するのだけれど……それが現在まったくうまく出来ない。
 どうやっても演技臭い泣き方になってしまうの。……もっとこう、火がついたように思い切りビエーンとは泣けないのよ。

 娘のセレーヌは私を抱き上げて、ゆったりと揺らしながら毎日首を傾げていた。
「バルメ……貴方、おむつが濡れていても全然泣いて教えてくれないのね。困ったわ……」
 そんな語りかけにも私は現状どうすることも出来ないのよ。
 仕方なく笑顔で返すと、そんな誤魔化しの笑顔でもセレーナはぱっと明るく笑顔になった。
「きっと泣かないってことはごきげんなのよね! 亡きお母様に似てとても大らかなんだわ、きっと」
 セレーヌは昔からとてもポジティブでのんびりとした末の娘で、しかし人一倍愛情深い芯の強い頑固娘。
 オリアン家に嫁いでからは夫のギュンダー(現在は私の父)を支える善き女主人となり、家族とともに力を合わせて切り盛りしている。
 セレーヌの母だった頃のバルメは夫との間に三人の子供を産み育て、妖精の名を冠する家業は私亡き後長子のアルベルトが代表を継ぎ、次男であるエリアスを補佐として取り仕切ってくれていることだろう。
 セレーヌは魔力こそあれ、精霊を見る目が弱かった。よって常時眼鏡を使用している。
 弱視に生んでしまったことは母親として大変申し訳なかったけれど、それをものともせず溌らつとして健康に育ってくれてよかったわ。

 息子と娘に思いを馳せた理由は、本日が私の1歳の誕生日を迎えることに起因する。
 今日は彼らが当家に訪れることになっている。
 孫である私の誕生を祝い、母であった私の死を悼むために。


◇◇◇◇◇


「さああ見て頂戴!」
 家中がどこか慌ただしい気配の中、ふくふくと育った私に少々華やかな服を着せたセレーヌは、私の柔らかな髪を整えながら鼻息も荒く、自信たっぷりにこう言った。
「この子は将来、お母様似の美貌で社交界の華絶対間違いなしね! ちょっともう生き写しってレベルじゃないわ」
 鏡に映った私は死ぬ前と同じ白い肌と、薄緑色の丸い瞳、そして真っ白な髪。
 私はなんだか、孫というよりは自分をやり直している気分で……正直とっても複雑なのよね。
 可愛い女孫の成長も、これじゃあ素直に楽しめないじゃない!
 そんな心中を知ってか知らずか、セレーヌの息子たちは妹と母を囲んでいる。
「1歳でこんなに可愛くなるなんて、年頃になったら本当に大変なことになるなあ」
 長男のブルーノはゆったりと微笑んで私の頭をなでた。大変に呑気なので家長としては今後心配ですけれど、優しいこの子が私の兄になってくれたことはとっても嬉しいわ。
「……うん」
 ブルーノの弟ボリスは隣に座って、無言無表情で私の頬をずっとぷにぷに押している。
 物静かだけれど大変思慮深い、とっても頭の良い子。でもセリーヌ譲りの芯の強さで頑固なのよね。
 ブルーノは今年10歳、ボリスは5歳になる。

 セレーヌが着飾られた私の手を引いて食堂に入ると、現在の父であるギュンダーと、元私の息子のアルベルトとエリアスが着席していた。
 テーブルの上にはカトラリーが精緻に並べたてられ、ここにいる人数よりも1セット多い。
 いつも明るいセレーヌの表情が少し切なげに歪んだ。
「バルメお母様……」
 今にも泣き出しそうなセレーヌは私を抱き上げて顔を伏せた。ギュンダーは彼女に寄り添い、背中にそっと手を添えた。
「ああセレーヌ、そんな顔をしないでおくれ。
 バルメの誕生日を、お義母様も一緒に祝ってくださるよ」
「……はい、あなた」
 目尻に涙を滲ませながら、セレーヌはギュンダーを見上げて微笑んだ。
 そんなに悲しむ必要は無いのですよセレーヌ。何せあなたの母はここにいますからね……
「セレーヌ、久しぶりだな。……あまり顔を出せなくて本当にすまない」
「母様を看取り、更にお産まで……本当に大変だっただろう。
 今日はお母様と共に、バルメの誕生日を祝いに来たんだ」
 私達が席に着くと、アルベルトとエリアスは申し訳無さそうに頭を下げた。
 空席の椅子には、細身の剣が立てかけてある。
 一年ぶりに見た私の私物。
「……これはお母様のね?」
 セレーヌは剣の柄にあしらわれた宝石をそっと撫で、眩しそうに目を細めた。
「そうだ。そして本日今よりバルメを守る物となった」
「母様からのプレゼント……ということにしてもらおうと思ってさ」
 セレーヌはやや驚いたように兄二人を見やった。
「……そうね、この子は私の弱視は受け継がなかった。妖精のお側の仕事をする予感があるのよ。
 それになんだか、お母様の剣がここにあると安心するわ。良かったわね、一歳おめでとうバルメ」
 セレーヌがにっこりと微笑んで私の頬にキスを落とす。
 そして私の手に剣の柄を触れさせたその時――

「なに……きゃっ!」
「母さま! バルメ!?」

 おびただしい数の光の粒が私達を取り囲み、ゆっくり旋回している。
 ギュンダーはセレーヌと私をかばうように抱えこみ、ブルーノとボリスは子供ながらに私達を守るように取り囲んだ。
 これは……妖精たち。
「一体……何が」
「これは……」
 アルベルトとエリアスが席から立ち上がり息を飲む。
 そんな私達をからかうかのように、回るたびに光はどんどん増え、眩しくて目を開けられないほどになった瞬間、光が一つになりぱんと弾けた。


「やぁやぁおめでとう! 我が愛しの隣人よ」
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