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閑話 少年と妖精の遊戯
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※三人称で進行します。
バロック領の大半を占める”黒き森”は昼間でも常に夕時のように薄暗く、地面は木の根が隆起して常にじめついている。
今日は小雨が降っているため更に靄がかり、閉ざされたように真っ暗だった。
領民はそのような危険な場所に理由なく近寄ろうとはせず、野生生物が我が庭のごとく蔓延っている。
白い靄をかき分けるようにして小さな光が揺れている。
ランプを手に持った少年が前だけを見据えて森を歩いていた。少年は小さな麻袋とランプを両手に持ち、彼の周りには小さな光がいくつかふよふよと漂っている。
「もし……そこの麗しいお坊ちゃま……」
狩人でも迷う森を直向きに歩いていた少年を、嗄れた声が呼び止めた。
少年が足を止め、声のした方を見ると、木の切り株にうずくまるボロ布を纏った老人がいた。
「……僕ですか?」
「そうです貴方ですよ。この森は深い……どうやら道に迷ってしまったようなのですが、空腹を抱え動けなくなってしまったのです……
この老いさらばえた私めに、少し分けては下さらぬか?」
「……いいですよ」
少年は迷うこと無く老婆に歩み寄り、ランプを足元に置くと、唯一の荷物である麻袋を開いて中をまさぐる。
「とはいえ……僕が持っているのは黒パンにチーズひと欠片、あとはぶどう酒ですね」
「おお……かたじけない。
そのうちの僅かでも貰えれば、森を抜けられる足の力になりましょうぞ」
「そうですか……では、これはすべて差し上げます」
「おや……よろしいのですかな?」
「はい、森の出口までもうしばらくあります。なので、これで力を付けてどうにか自力で抜けてください」
「おお……優しいお坊ちゃま。ありがとう、ありがとう」
「礼にはおよびません。それでは貴方の旅に幸運を」
少年は足元のランプを持ち、会釈をして老人に背を向けた。
「おお、お坊ちゃまお待ちくださされ」
「……どうしました? まだ何か?」
「わたくしのような老いぼれに、親切にしていただけたお礼をさせていただきたいのです」
「ああ……結構です。僕は今日中に森を抜けられますし、紳士として当たり前のことを行っただけです。
それに早く帰りたいんですよね」
「まあ、それはなりません」
少年ははあとため息を吐いて、体をすっぽりと包んでいた外套の中から細身の剣を出した。
同時に老人の体が発光しだした。
「僕は本当にそろそろ、茶番はいい加減にしてほしいんですよね。『枯れ枝』」
「まあ、ひどいわねボリス。
貴方は絶賛修行中の身。今行われている『妖精の試練』を無事終えでもしないと、妖精達に対等に見てもらえないわよ?
貴方の愛しの愛しの妹君も、さぞやお寂しいでしょうねー」
枯れ枝、と呼ばれた発光中の老婆は少女のようにくすくすと笑い、巨大な光の玉に変貌した。
完全に触れられたくない部分を思い切り突かれたボリスは仏頂面で剣の鞘で地面の土を二度強く打つと、玉は一瞬で光を失い、たちどころに少女の姿へと変える。
浮き上がっていた自分の体が”元の姿”に戻ったことで完全に虚を突かれた少女は、地面に落下して尻餅をつく。
「あいったあ……」
「フン」
「全くもう、ボリスがムキになったから今日の試練終了! 忍耐力ゼロ! 親和性皆無! もちろん不合格!!」
「……チッ」
「しーたーうーちーとはなにごとですかっ!」
ボリスは一寸も納得がいかないという顔をして、再度土を鞘で穿つと、地面に座ったままの枯れ枝と呼ばれた少女は浮き上がり、つま先からふわりと柔らかく着地した。同時に少女の服についた湿った土はたちどころに乾いて跡形もなく落ちていく。
老婆が座っていた切り株に腰掛け、剣を杖のようにして顎を乗せる。
不貞腐れた様子のボリスを見て、枯れ枝は肩をすくめた。
「……術の能力はその歳で超一流なのに……
妖精に対する配慮が欠けすぎじゃない?」
「妖精だって、人間に対して振る舞いたいように振る舞うだろうが」
「まあね。でもそれにボリスが合わせてどうするの? って話なのよ」
「…………」
妖精は元来本能的な種族で、平気で人を欺くこともあれば、恩恵を与えたりもする。
ボリスは昔、妹と同じ名の祖母であるバルメ・バロックに言われた言葉を思い出していた。
「『愚者と同じ戦場で争う者も愚か者』」
「そうそう、ボリスのおばあ様だってそう言ってたじゃない?
私達妖精が好き勝手やってんなら、それを利用していいとこ取りしちゃえばいいのよ。
妖精がそれに乗る乗らないはあんたへの信頼次第でしょ」
そう言われるならそうかも知れない。と、ボリスはちょっと納得しそうだった。
でもまだ釈然とはしない。わがまま勝手な奴らにだけは言われたくない台詞のオンパレードだ。
迷える少年の心中は複雑だ。
黒き森で修行を始めて早数年。
ボリスは身長が急激に伸びて叔父たちにも追いつこうとするような体格になった。
妖精の恩恵と自らの魔力を結んで魔法のように扱う修行はすぐにコツを掴んだけど、小狡い妖精たちにに出し抜かれないための交渉術はまだまだ修行が足りない。そのための試練を毎日毎日やらされている。
「それじゃあ明日は黄金のがちょう連れてくるから! また麻袋に食料入れてきて! 今度こそちゃんと試練乗り越えてよね!」
「……はいはい、わかった」
枯れ枝はすくすくと育つボリスの成長を楽しんでいた。
きっともうすぐ、彼ならこう言ってくれるだろう。
「この麻袋の中の食料ですが、よければ分け合って一緒に食べましょう」
バロック領の大半を占める”黒き森”は昼間でも常に夕時のように薄暗く、地面は木の根が隆起して常にじめついている。
今日は小雨が降っているため更に靄がかり、閉ざされたように真っ暗だった。
領民はそのような危険な場所に理由なく近寄ろうとはせず、野生生物が我が庭のごとく蔓延っている。
白い靄をかき分けるようにして小さな光が揺れている。
ランプを手に持った少年が前だけを見据えて森を歩いていた。少年は小さな麻袋とランプを両手に持ち、彼の周りには小さな光がいくつかふよふよと漂っている。
「もし……そこの麗しいお坊ちゃま……」
狩人でも迷う森を直向きに歩いていた少年を、嗄れた声が呼び止めた。
少年が足を止め、声のした方を見ると、木の切り株にうずくまるボロ布を纏った老人がいた。
「……僕ですか?」
「そうです貴方ですよ。この森は深い……どうやら道に迷ってしまったようなのですが、空腹を抱え動けなくなってしまったのです……
この老いさらばえた私めに、少し分けては下さらぬか?」
「……いいですよ」
少年は迷うこと無く老婆に歩み寄り、ランプを足元に置くと、唯一の荷物である麻袋を開いて中をまさぐる。
「とはいえ……僕が持っているのは黒パンにチーズひと欠片、あとはぶどう酒ですね」
「おお……かたじけない。
そのうちの僅かでも貰えれば、森を抜けられる足の力になりましょうぞ」
「そうですか……では、これはすべて差し上げます」
「おや……よろしいのですかな?」
「はい、森の出口までもうしばらくあります。なので、これで力を付けてどうにか自力で抜けてください」
「おお……優しいお坊ちゃま。ありがとう、ありがとう」
「礼にはおよびません。それでは貴方の旅に幸運を」
少年は足元のランプを持ち、会釈をして老人に背を向けた。
「おお、お坊ちゃまお待ちくださされ」
「……どうしました? まだ何か?」
「わたくしのような老いぼれに、親切にしていただけたお礼をさせていただきたいのです」
「ああ……結構です。僕は今日中に森を抜けられますし、紳士として当たり前のことを行っただけです。
それに早く帰りたいんですよね」
「まあ、それはなりません」
少年ははあとため息を吐いて、体をすっぽりと包んでいた外套の中から細身の剣を出した。
同時に老人の体が発光しだした。
「僕は本当にそろそろ、茶番はいい加減にしてほしいんですよね。『枯れ枝』」
「まあ、ひどいわねボリス。
貴方は絶賛修行中の身。今行われている『妖精の試練』を無事終えでもしないと、妖精達に対等に見てもらえないわよ?
貴方の愛しの愛しの妹君も、さぞやお寂しいでしょうねー」
枯れ枝、と呼ばれた発光中の老婆は少女のようにくすくすと笑い、巨大な光の玉に変貌した。
完全に触れられたくない部分を思い切り突かれたボリスは仏頂面で剣の鞘で地面の土を二度強く打つと、玉は一瞬で光を失い、たちどころに少女の姿へと変える。
浮き上がっていた自分の体が”元の姿”に戻ったことで完全に虚を突かれた少女は、地面に落下して尻餅をつく。
「あいったあ……」
「フン」
「全くもう、ボリスがムキになったから今日の試練終了! 忍耐力ゼロ! 親和性皆無! もちろん不合格!!」
「……チッ」
「しーたーうーちーとはなにごとですかっ!」
ボリスは一寸も納得がいかないという顔をして、再度土を鞘で穿つと、地面に座ったままの枯れ枝と呼ばれた少女は浮き上がり、つま先からふわりと柔らかく着地した。同時に少女の服についた湿った土はたちどころに乾いて跡形もなく落ちていく。
老婆が座っていた切り株に腰掛け、剣を杖のようにして顎を乗せる。
不貞腐れた様子のボリスを見て、枯れ枝は肩をすくめた。
「……術の能力はその歳で超一流なのに……
妖精に対する配慮が欠けすぎじゃない?」
「妖精だって、人間に対して振る舞いたいように振る舞うだろうが」
「まあね。でもそれにボリスが合わせてどうするの? って話なのよ」
「…………」
妖精は元来本能的な種族で、平気で人を欺くこともあれば、恩恵を与えたりもする。
ボリスは昔、妹と同じ名の祖母であるバルメ・バロックに言われた言葉を思い出していた。
「『愚者と同じ戦場で争う者も愚か者』」
「そうそう、ボリスのおばあ様だってそう言ってたじゃない?
私達妖精が好き勝手やってんなら、それを利用していいとこ取りしちゃえばいいのよ。
妖精がそれに乗る乗らないはあんたへの信頼次第でしょ」
そう言われるならそうかも知れない。と、ボリスはちょっと納得しそうだった。
でもまだ釈然とはしない。わがまま勝手な奴らにだけは言われたくない台詞のオンパレードだ。
迷える少年の心中は複雑だ。
黒き森で修行を始めて早数年。
ボリスは身長が急激に伸びて叔父たちにも追いつこうとするような体格になった。
妖精の恩恵と自らの魔力を結んで魔法のように扱う修行はすぐにコツを掴んだけど、小狡い妖精たちにに出し抜かれないための交渉術はまだまだ修行が足りない。そのための試練を毎日毎日やらされている。
「それじゃあ明日は黄金のがちょう連れてくるから! また麻袋に食料入れてきて! 今度こそちゃんと試練乗り越えてよね!」
「……はいはい、わかった」
枯れ枝はすくすくと育つボリスの成長を楽しんでいた。
きっともうすぐ、彼ならこう言ってくれるだろう。
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