滅亡のその先に———

晴釣雨書

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一話:化物と呼ばれた少年

002

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「ねぇ‥‥、そこどいてもらっていい?」

 未だ呆然状態の一塊に声を掛け道を開けるよう促すと、傍観者は顔を強張らせすごすごと僕から一定の距離を保ち道を開けはじめた。
 その様はまるで海が裂けるかのように絶景であり、僕はその真ん中を悠然と通り過ぎた。

「きゃああぁぁっっ‼︎」

 通り過ぎた直後、ようやく事の重大さに気付いた傍観者から悲鳴が上がり、場に一気に動揺が走った。

「さて‥‥、警邏隊なんて呼ばれたら面倒だし、今すぐ退散だ」

 街の治安を維持する警邏隊。
 リヴィル帝国の人間で構成されているその組織の実情は、治安を維持するというよりかは、旧アスレア王国の僕達が反旗を翻さないよう監視していると言った方が話が分かりやすいだろう。
 現に、僕達アスレア人が迫害されようと、警邏隊は動かず黙認している事が多々で、仮に動いたとしても咎められるのは迫害を受けた僕達の方で、どれだけ本当の事を言っても、有る事無い事罪をでっち上げられ罰に処されるのが関の山だ。

「おい、そこを退け‼︎ いったい何があった‼︎」

「嘘⁉︎ やば‥‥もう来た」

 誰が通報したのか。
 軍服を模した制服に身を包んだ数名の警邏隊員は慌てふためく群衆の渦に入って行く。

「あの人、あの人が殺しました‼︎」

 そんな中、青褪めた顔で僕を指差す女と目が合った。

「ふぅん‥‥あの人が呼んだのか」

 豪華な装飾を身に付けた格好からして、彼女はリヴィル帝国出身なのだろう。
 同時に駆け付けた警邏隊員も僕の方を確認し、次の瞬間、逃げようとする僕に警邏隊員は近寄ってきた。

「おい、そこのお前、こっちに来い‼︎」

「いやいや、こっち来いって言われて素直に行くバカはいないでしょ」

 僕は警邏隊員から逃げるようにして路地裏へと駆け込んだ。

「おい逃げたぞ、追え‼︎ お前はそっちからだ。犯人は黒のパーカーを着た仮面を被ったガキだ‼︎」

 入り組んだ路地を進み、ある程度逃げたところで僕は建物の影に隠れ息を殺し、警邏隊員の動向を確認する。
 手には銃を携え、血眼になって探す警邏隊員の雰囲気からは、明らかに僕を撃ち殺そうとする殺気しか感じない。
 まぁ、それもそうだろう。アスレアの奴隷がリヴィルの住人を殺したのだから。

「(はぁ‥‥面倒くさい事になったな。これじゃ予定の時間に間に合わなくなる)」

 ボヤいてみたものの、事の発端が自分であるだけに感情の持って行き場が見つからない。そうこうしている間にも、警邏隊員は未だ諦める様子も無く路地裏を巡回していた。

「何としても見つけ出せ‼︎ 最悪撃ち殺しても構わん‼︎」

「(やっぱ、殺す気マンマンか。てか、ここに居てもいつかは見つかる‥‥。どうにかしてここから逃げ出さないと———)」

 確認出来た警邏隊員は総勢四名。
 下手に動き回っても見つかる可能性があるし、最悪の場合、僕の身体は彼等の銃によって蜂の巣となるだろう。
 こちらの対抗策といえば、さっき男の喉元を切り裂いた自決用の短剣一本のみ———
 どう考えたってこっちに分が悪いとはいえ、このままみすみす蜂の巣になるのをジッと待つのは得策では無い。
 僕は覚悟を決め、警邏隊員の隙を見て物陰から這い出た。

「おい、いたぞ‼︎ 撃ち殺せ‼︎」

〝ズガガガガガッッ‼︎〟

「嘘でしょ‼︎ もう見つかった⁉︎」

 なんたる失態。
 こんな事ならまだ隠れておけば良かった‥‥
 物陰から這い出てみたものの、ほんの数分で警邏隊員に居場所がばれ、次の瞬間、躊躇なく無数の鉛玉が僕目掛け飛んできた。

「殺せ殺せ殺せ‼︎ リヴィルに歯向かう叛逆者は皆殺しだ‼︎」

 薄闇の路地裏で、ギラギラと煌めく銃口から放出された、空気を切り裂く無数の流星群が、僕の身体を貫かんと襲ってくる。
 僕は射線から逃れるように、必死に右に左に避けながら路地裏を駆け抜ける。

「はぁはぁ‥‥、ここまで来れば———って、何でよりにもよって行き止まりなんだ」

 辿り着いた先は三方が建物と壁に囲まれた行き止まり。壁をよじ登って逃げようにも、高さは僕の身長の約三倍はある高さ。また、背後から掛けられた言葉でその思案は無駄に終わった。

「くはははは。逃走劇もここで終いのようだな」

「マジか‥‥さっきより人増えてるよ‥‥」

 振り向くと、八人の警邏隊員が僕に銃口を向け立っていた。

「貴様、アスレアゴミの分際で崇高なるリヴィル人に手を掛けたな? それが、どういう事か分かってやったんだよな?」

 ぶっちゃけ、どういう事か分からない。
 むしろ分かりたくもない。
 知らないとこで勝手に始まった戦争で、勝手に格差を分けられた事の何処に理解を示せば良いのか。表向きでは敗戦国なんて言われてるが、巻き添えを食らった僕達からすれば到底勝ち負けなんて関係の無い事だ。

「さて、たかが一匹の害虫駆除にこれ以上相手にするのは時間の無駄だ。お前等、構えろ」

 向けられた銃口がより精密に僕へ向けられる。

「まぁ‥‥、あんた達にはあんた達の立場ってもんがあるんだろうな。だけど、僕だってそう簡単に死ぬつもりは無いよ。から、僕の目的はなんだから———」

 そう言って、僕は静かに仮面を外した。
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