滅亡のその先に———

晴釣雨書

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一話:化物と呼ばれた少年

005

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「———」

「(今度こそ分かってもらえた?)」

 いくら待てども彼女からの返答が無く、僕は再度、廊下の角から顔を少し覗かせるとそこには彼女の姿は無かった。
 いや、あった———
 地面に伏した姿で。

「ね、ねぇ‥‥どうしたの?」

 僕は廊下の角から顔を覗かせたまま彼女に声を掛けるが、彼女は一向に動こうともせず、むしろ苦しがってるようにも見えた。

「ねぇ、誰か‼︎ この子の仲間の方、このままじゃ何かヤバそうだよ? 僕、別に君達と殺り合うつもりとか無いからさ‥‥、早く助けたほうが———」

「うるさい‼︎」

 一言、地に伏した彼女は、声を必死に振り絞りながら、手にした銃を杖代わりに立ち上がった。

「あんたが‥‥、何処にでもある恨み節なんて聞かせるから眠くなって寝てただけよ」

「いやいや、その顔‥‥どう見ても違うでしょ」

 月明かりしか無い現状でも、うっすらと浮かび上がる彼女の顔色は血の気が無く青褪めているのが分かった。
 そして、次の瞬間———

「無理しないで。仲間はどこ? 早くここから逃げないと‥‥」

 僕としても、どうしてこんな行動を取ったのか分からない。先の大戦以降、人間なんていとも簡単に死んでしまうのだから、他者なんかに無駄に気を使う事を避けてきた僕が、何でよりにもよって見ず知らずの彼女に駆け寄ったのか、僕が僕自身を信じられなかった。

「うるさいわね‥‥。私は大丈夫、私を子供扱いしないで」

「別に子供扱いしてるわけじゃない。ここに長居したら危険だから言ってるんだ。さぁ、早くここから———」

〝ギギッッ‥‥ギギギギ‥‥‥‥〟

 言い争いの最中、背後で金属の擦れる音が不気味に響いた。
 恐る恐る振り返ると、開いた扉からは身の丈僕と同等か、それ以上の体躯をした犬が五頭、血を求める吸血鬼のように牙を剥き出し、目を血走らせ、涎を垂らしながら姿を現した。

「くそっ‥‥あいつ等の雰囲気、普通の番犬じゃない。———まさか、魔獣 ブラッドビースト? 何でこんなとこに‥‥」

 僕達の生きる世界には人間に懐く獣と、そうでない獣が存在する。まぁ、これは単に野生か飼育かという違いなのだが、眼前にいる獣はそれ等とは別に、対戦闘用にリヴィル帝国が人工的に生みだした血を喰らう獣。人はそれを『ブラッドビースト』と呼び、その凶暴性は終戦後の今も僕達人間の脅威となっていた。

〝ジジッ‥‥〟

 そんな中、何処からともなく言葉が発せられた。

『くくくっ‥‥。よく来た、無謀なる侵入者達。我が屋敷へようこそ。何処のバカかは知らんが、私の可愛いペット達が君達の相手をしよう』

 スピーカーから聞こえてきた声は長年聞き続けた声。
 銃声と轟音、断末魔の入り乱れる中でずっと聞き続けた、ふと一瞬でも心を許せば懐かしさに駆られそうなほど聞き慣れた声。

「その声‥‥グラド‼︎ グラドなのか⁉︎ あんた、この屋敷にいるのか‼︎」

『おっ? その声、何処かで聞いた事もある感じだが‥‥はて、何処の誰だったかな。随分前の事は上手く思い出せないな』

「思い出せないなら思い出させてやる‥‥。僕の名はアンカー=ブレイク。第十三特殊部隊所属、あんたの直属の部下だったもんだよ」

『第十三特殊部隊———あぁ、そういえばそんな部隊もあったな。ハナから諦めて敗北を認めれば良いものを、薬漬けの子供まで使って勝ちに拘った愚かな国。そうか、お前も『ドラッグチルドレン』の一人か』

「あぁ、そうだよ。あんた達大人が勝手に始めた戦争で僕達はこんな姿になった。だから、その報復として、まずはあんた‥‥。僕達を身代わりにして真っ先にリヴィル帝国に亡命したあんたを殺しに来た」

『くくくくっっ。私を殺す? まずは、私を殺すよりも眼前の事に気を使うべきではないかね? その子達は普通のブラッドビーストとは違い、より凶暴だ。並の人間なら一瞬で血肉を喰らい尽くすだろう。まぁ、何分、いや何秒持つかな?』

「———くそっ、この外道が」

 眼前の魔獣に目を向けると、五頭の魔獣は今にも襲い掛かってきそうなほど、生々しい獣臭と殺気のオーラを放ち、僕達を睨み付けていた。

「(さっき、力を使ったばっかだし、この子を庇いながら魔獣相手に凌ぎ切れるか?)」

 現状の絶対的不利に周章狼狽な僕は、魔獣を睨み返すのが精一杯で、良案が思いつかない。

「‥‥ポケットに‥‥‥‥取って」

 そんな時、小さく呟く彼女の声が耳に入り、僕は魔獣を警戒しながらも彼女の言葉に耳に立てる。

「ポケットに入ってるモノを取って———」

「え? ポケット?」

 僕は視線を魔獣に向けたまま手探りで彼女のポケットを弄ると、中には何やら小さな袋状のものが入っていた。

「こ、これ?」

 僕はそっと彼女に手渡し、彼女はそれを受け取り静かに口へと運ぶ。首元のすぐ近くでは「コクッコクッ」と喉が鳴る音を聞きながら、僕はこれからどうするかを考えていると、飲み終えたらしい彼女は少し覇気の戻った声で僕の耳元に顔を近づけこう囁いた。



 と———
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