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備品管理局長は眠れない(1)

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 備品購入記録と管理帳簿を年代順に並べただけで壁一面に設置された書棚の大半が埋まってしまった。図録や名鑑などが運び込まれたら、今以上の圧迫感を放つだろう。
 局長が数十年空席だったというのは、召喚された茉冬の必要性を説くための大袈裟な言葉ではなく事実だった。
 
 長年放置され利用しなかった資料や物品は経年劣化する。保管期限を過ぎて価値を無くしたものが大半らしい。
 前任者は無駄なものを処分するだけでなく、備品購入の内容を見直して経費削減にも意欲的だったという。
 退職する前に引き継ぎはあったらしいが、後任者となる予定だった人間は家庭の事情で学園を辞めていった。
 その後いくつかの部署に業務を割り当て、支障が出なかったのをいいことに備品管理局は機能を奪われ年月が経っていく。
 その間に何度も監査は入ったそうだが、彼らの目眩しを得意とする魔道士の関与が噂されている。
 エヴァが校長代理になった時点で、別の世界に助けを求めなければならないくらい切迫した事態となっていた。

 他所から来た茉冬が直感で資料的価値を決めてしまうと希少な道具や書物などを失うかもしれない。
 専門知識のある研究者や講師に最終判断をくだしてもらいたいと提案したところ、学園の最高責任者の座にいる校長代理は、茉冬の認識をあっさり否定した。

「あの人達は目先の仕事しか対応する気がないのでしょう。前任者が放置した書物や道具の管理義務は契約内容に含まれてないと言い張って、毎年の報告書類も提出してくれません」

 レナス・フローディアの収入源は、生徒達からの授業料や有志の寄付、四割は国からの支援だと聞いた。
 備品ひとつを買うのにも国民からの税収が使われているし、教職員の給与にも同じことが言える。
 節電節水だけでなく、コピー機の多用禁止まで言及されていた元の世界の職場を思い出して、茉冬は溜息をつく。
 
「備品管理局は学園が所有する物品や資料の保管や廃棄を担当する部署です。魔法耐性のある方でなければ、扱うことさえ難しい備品が多くあります。残存魔力を中和する装置や鑑定の助けとなる測定器はこちらで用意出来ますが、触れて動かす作業を長く続けられる適任者を私たちは見つけられず、廃棄処理を長く放置することになりました」

 エヴァは笑顔を崩さず、茉冬よりも付き合いが長い職員達を酷評する。

「来られたばかりの貴方にこんなことを言いたくはありませんが、変化を嫌う保守的な人たちの集まりです。倉庫となる部屋を魔法でいくつも作って、備品の現状確認もせず見苦しいものを隠してしまった彼らが、貴方の就任でどう動くのか私にもわかりません。何かあればすぐに報告をお願いします」

 忌み嫌われた部署というより、今更取りかかるのが億劫になる作業量なのだろう。
 購入記録との照合や現状のチェックを求められないのは、備品の正確な数を彼女も把握しきれないからだ。
 管理体制が甘いなら、適正価格以上で購入させられたものや数や質が違うものもあったはずだ。不正な取引で得られた金や役職を予想して、茉冬は薄く笑う。
 備品管理局が再開しなかったのは、その方が皆にとって都合が良かったからだ。
 茉冬にそう言わないだけで、エヴァはきっと学園内の腐食に気付いている。

 この世界の基準でも可愛いらしさ最高値を叩き出す茉冬の特性にしか着目しない彼女は、穏和な見た目と違って賢明である。
 どこに据えても女性からの好意を集め問題になりそうなアスベルを補佐役に寄越したのも正しい判断だ。
 ナチュラルに女心を掴みまくる新人なんて、どんなに優秀でも使い所が限られる。
 
 茉冬を登用することで、学園内の不安材料を一気に掃き出すつもりかもしれなかった。
 管理職になる人間は清く正しいだけでは潰されてしまう。
 したたかで、他者とやり合う覚悟を持つ者だけが生き残る。
 賭けに出たエヴァの手駒として動くのも悪くはない。前の世界を思い出しながら、茉冬はこれから働いてくれる肩をゆっくりと回した。




 

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