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和花葉神社の瑞獣さま〜3
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「あ、あの神主さま!」
どう声をかけたら良いか迷ったんだろう。
私も宮司さんをなんて呼ぶのかわからなかったから、本人に直接聞いてしまった。
私は葵川中学1年、雨見伊桜里ですと自己紹介した時は、噂の美形宮司さんとの接近にあわあわしていた記憶がある。
不安そうな顔をしながら柏翁さんに声をかけた女の子は、市内中学校共通の制服を着ている。
手に持っている白の紙袋を開くようにして、彼女は頼れる大人に状況を説明した。
「これ全部、私の下足箱の中に突っこまれてたものです。はじめは気持ち悪くて捨てようと思ったんですけど、色々検索して調べたら、ここの神社の願掛けの鈴紐じゃないかって思って……」
触りたくはないのか、紙袋のまま私たちに中身を見せてくれた彼女はうつむいて目線を合わせてくれない。
柏翁さんは、優美な手つきで中身の紐を検分する。
数え切れないほどの色紐は、どれも鈴だけを乱雑に切断していた。
「確かにうちの願い鈴と似てはいますが、在庫の管理で不審なことはありませんし、鈴緒にも変化は見られません。わかりづらいようにしてありますが、カメラは必要な数を設置しています。この神社から盗まれたものである可能性は低いですね」
「……そう、なんですか」
「あなたが検索したように、それを準備した方もここの鈴を画像検索して、似たようなものを手配したのかもしれません」
みんなの思いがこもったものを悪意で引きちぎったら、願いはよくない形に逆流するかもしれない。
それっぽい紐を購入しただけなら、呪いの効果は発生しないと思ったのに、柏翁さんの意見は真逆だった。
「便利な検索ツールがあるのも善し悪しということですか……。あなたはおそらくその袋の中身をこの神社と紐づけて考えてしまった。それが何らかのトリガーになってしまったのかもしれません」
「それは……、どういうことですか?」
柏翁さんの言葉一つ一つに過敏な反応する彼女は、すがるような目で私たちを見つめる。
「いやがらせを行った方に心当たりがありますか? この神社を冒涜するような振る舞いは容認できませんが、反転した呪いが増幅されて対象者へ向かうなら我々としても放ってはおけません」
「……い、いやがらせが始まったのは一ヶ月前くらいです。最初は、おもちゃの虫が靴の中に入れられていました。学校で借りた本や教科書に虫の羽を挟まれてることもありました」
「誰かに相談はしたんですか?」
彼女はつらそうに言葉をしぼり出す。
「……こっちに引っ越してきた時、クラスのみんなは優しくしてくれました。仲良くなれるか不安だった私は、みんなのことをよく知らないまま自分のことをたくさん話しすぎたんだと思います」
「同級生のコンプレックスを刺激してしまった……ということですか?」
「自慢したつもりはなかったんです。ひとりぼっちになりたくなって必死だった。他の人がどう思うかなんて、あの時は考えてなくて。だから、誰から嫌われてるのか、どの子は味方なのか……私にはわからないんです」
彼女が語らなかった事情まで察したのだろう。問い詰めることはしない柏翁さんは、正しい大人の見本みたいな笑顔を浮かべる。
「今回の件は報復された側に非があります。あなたがそうして気に病む必要はない」
神職だからではなく、常識と倫理観を備えた大人の男の人として、柏翁さんは彼女に不用意に触れないし、距離を詰めすぎることもない。
なぐさめたり、力づけるための接触であっても、許される人は限られる。
感情のままに動けば、それが善意であっても問題行動とみなされる時代になってしまった。
安全で頼れる大人のフリをして狡猾にしのびよる悪人がいるからだ。
他人を簡単に信じてはいけないと私たちは自衛について教わってきた。
人間側の新しいルールが適用しない神さまの眷属は、ためらうことなく彼女の額にてのひらを押し当てる。
「翠玉さまの御手を煩わせることではありません」
止めようとする柏翁さんに瑞獣さまは言い放つ。
「お前がこの女に触れるのはまずいのだろう? ならば、そこでおとなしく見ておけ。この程度の浄化ごときでオレの神気が揺らぐとでも?」
瑞獣さまの身体の輪郭がじわりとけていく。
ゆらりと立ち上がる青白い炎はふくれあがり、私の知らない輪郭に変わっていった。
龍でもなく、鳥でもない。
その姿を映した女の子の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれて、はりつめていた感情がほころびていく。
「ご、めん……なさ、い。わたし、……しらなかった……」
この小さな町に住む人にとって、よそから来た転入生は異質で、理解し合うには時間が必要だった。
何気ない発言が叩かれ、燃えさかる時代を生きる子どもたちの防衛能力には個人差がある。
彼女はきっと素直で、人を疑わないタイプだったのだろう。
だから、悪意の標的となった。
流れ落ちる大つぶの涙は地面に落ちることなく、彼女を包む青色の中で浮遊する。
圧倒的な力は、人の理解と許容をはるかに越えていて、いま起きていることは記憶にとどまってはくれないだろう。
神聖で不遜な存在がもたらす事象を人間がとがめることなど出来はしない。
面倒なしきたりのすべてをぶち壊して、突き進める力は何よりもまばゆかった。
どう声をかけたら良いか迷ったんだろう。
私も宮司さんをなんて呼ぶのかわからなかったから、本人に直接聞いてしまった。
私は葵川中学1年、雨見伊桜里ですと自己紹介した時は、噂の美形宮司さんとの接近にあわあわしていた記憶がある。
不安そうな顔をしながら柏翁さんに声をかけた女の子は、市内中学校共通の制服を着ている。
手に持っている白の紙袋を開くようにして、彼女は頼れる大人に状況を説明した。
「これ全部、私の下足箱の中に突っこまれてたものです。はじめは気持ち悪くて捨てようと思ったんですけど、色々検索して調べたら、ここの神社の願掛けの鈴紐じゃないかって思って……」
触りたくはないのか、紙袋のまま私たちに中身を見せてくれた彼女はうつむいて目線を合わせてくれない。
柏翁さんは、優美な手つきで中身の紐を検分する。
数え切れないほどの色紐は、どれも鈴だけを乱雑に切断していた。
「確かにうちの願い鈴と似てはいますが、在庫の管理で不審なことはありませんし、鈴緒にも変化は見られません。わかりづらいようにしてありますが、カメラは必要な数を設置しています。この神社から盗まれたものである可能性は低いですね」
「……そう、なんですか」
「あなたが検索したように、それを準備した方もここの鈴を画像検索して、似たようなものを手配したのかもしれません」
みんなの思いがこもったものを悪意で引きちぎったら、願いはよくない形に逆流するかもしれない。
それっぽい紐を購入しただけなら、呪いの効果は発生しないと思ったのに、柏翁さんの意見は真逆だった。
「便利な検索ツールがあるのも善し悪しということですか……。あなたはおそらくその袋の中身をこの神社と紐づけて考えてしまった。それが何らかのトリガーになってしまったのかもしれません」
「それは……、どういうことですか?」
柏翁さんの言葉一つ一つに過敏な反応する彼女は、すがるような目で私たちを見つめる。
「いやがらせを行った方に心当たりがありますか? この神社を冒涜するような振る舞いは容認できませんが、反転した呪いが増幅されて対象者へ向かうなら我々としても放ってはおけません」
「……い、いやがらせが始まったのは一ヶ月前くらいです。最初は、おもちゃの虫が靴の中に入れられていました。学校で借りた本や教科書に虫の羽を挟まれてることもありました」
「誰かに相談はしたんですか?」
彼女はつらそうに言葉をしぼり出す。
「……こっちに引っ越してきた時、クラスのみんなは優しくしてくれました。仲良くなれるか不安だった私は、みんなのことをよく知らないまま自分のことをたくさん話しすぎたんだと思います」
「同級生のコンプレックスを刺激してしまった……ということですか?」
「自慢したつもりはなかったんです。ひとりぼっちになりたくなって必死だった。他の人がどう思うかなんて、あの時は考えてなくて。だから、誰から嫌われてるのか、どの子は味方なのか……私にはわからないんです」
彼女が語らなかった事情まで察したのだろう。問い詰めることはしない柏翁さんは、正しい大人の見本みたいな笑顔を浮かべる。
「今回の件は報復された側に非があります。あなたがそうして気に病む必要はない」
神職だからではなく、常識と倫理観を備えた大人の男の人として、柏翁さんは彼女に不用意に触れないし、距離を詰めすぎることもない。
なぐさめたり、力づけるための接触であっても、許される人は限られる。
感情のままに動けば、それが善意であっても問題行動とみなされる時代になってしまった。
安全で頼れる大人のフリをして狡猾にしのびよる悪人がいるからだ。
他人を簡単に信じてはいけないと私たちは自衛について教わってきた。
人間側の新しいルールが適用しない神さまの眷属は、ためらうことなく彼女の額にてのひらを押し当てる。
「翠玉さまの御手を煩わせることではありません」
止めようとする柏翁さんに瑞獣さまは言い放つ。
「お前がこの女に触れるのはまずいのだろう? ならば、そこでおとなしく見ておけ。この程度の浄化ごときでオレの神気が揺らぐとでも?」
瑞獣さまの身体の輪郭がじわりとけていく。
ゆらりと立ち上がる青白い炎はふくれあがり、私の知らない輪郭に変わっていった。
龍でもなく、鳥でもない。
その姿を映した女の子の瞳から、涙がぽろぽろとこぼれて、はりつめていた感情がほころびていく。
「ご、めん……なさ、い。わたし、……しらなかった……」
この小さな町に住む人にとって、よそから来た転入生は異質で、理解し合うには時間が必要だった。
何気ない発言が叩かれ、燃えさかる時代を生きる子どもたちの防衛能力には個人差がある。
彼女はきっと素直で、人を疑わないタイプだったのだろう。
だから、悪意の標的となった。
流れ落ちる大つぶの涙は地面に落ちることなく、彼女を包む青色の中で浮遊する。
圧倒的な力は、人の理解と許容をはるかに越えていて、いま起きていることは記憶にとどまってはくれないだろう。
神聖で不遜な存在がもたらす事象を人間がとがめることなど出来はしない。
面倒なしきたりのすべてをぶち壊して、突き進める力は何よりもまばゆかった。
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