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乱入して来たもの

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 結果から言うと、サラのお菓子大作戦は成功だった。

 お姫様オーラに当てられてガチガチに固まったクロエも、お菓子をほおばるたびに表情がやわらぐ。

 2時間を経過する頃には、普通に会話が出来る程度にまで成長して見せた。

「このクッキー、すっごく美味しいね、お姉ちゃん」

 それどころか、サラのことをお姉ちゃんと呼ぶようにまでなっていた。

 敬語とか、失礼とか、そんなレベルの話ではない気がするが、本人達が望んだ結果なのだから良いのだろう。

 サラもお姉ちゃんと呼ばれて、満更でもない顔をしているし……。

 それに、そこまで仲良くなったと思えば、決して悪いことではない。
 たとえそのきっかけが、ボクの事を姉だと思うならば、新しいお菓子を持ってこよう、の一言だったとしてもだ。

「このプリンふわふわだよ、お姉ちゃん。
 私、今日が人生で1番幸せな日だと思うな」

「そうか、それは良かったよ。
 ここにある物は全部食べて良いからね」

「ほんと? ありがとー。
 わー、このタルトも、うまうまだよー。
 お兄ちゃんも食べる? 
 はい、あーん」 

 自由気ままにお菓子をぱくつくクロエに、お菓子と俺、どっちが好き? と聞いて見たい衝動に駆られたが、敗北の予感しかしないのでやめておいた。 

 そうして急激に仲良くなったところでお菓子での歓迎パーティは終了し、すこしだけまじめな話しに移行する。

「改めてだが、ボクのわがままに付き合わせてしまって申し訳なく思う。
 作戦が完了した暁には、クロエにも適切な報酬の用意を約束するよ。ハルキと一緒にボクを助けてくれないかい?」

「うん、任せといて。
 サラお姉ちゃんのために一生懸命働くよ」

 事前に俺から聞かされていた事もあってか、クロエは迷うことなくうなずいた。

「そうか、ありがとう」

 サラがクロエを近くに手繰り寄せ、抱きかかえるように頭をなでた。

 幸せそうに目を細めながら、サラが言葉を続ける。

「早速で悪いのだが、クロエにダンジョンコアの取り扱いを移植しようと思う。良いだろうか?」

「んゅ? ダンジョンコアの、いしょく?」

 キョトンと首を傾げたクロエが、サラの顔を見上げた。

 そして紡がれる、サラの説明。

 1時間あまりに及んだ話を要約しよう。

 この世界には、ダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟が存在する。
 その魔物達を発生させているのが、ダンジョンコアと呼ばれる玉らしい。

 サラは、物にかけられた魔法を人に付与出来るとのこと。

「ダンジョンコアがもつ魔法をクロエに移したいんだ」

 そういうことらしい。

「痛いの?」

「いや、痛みはないと思う」

「ならいいよー。移植しちゃって」

 軽い言葉で了承したクロエの前に、紫色の球体が置かれた。

 大きさは服を作った魔石の倍ほどで、透明感はない。
 恐らくはそれが、ダンジョンコアなのだろう。

「それでは、始めさせてもらうよ」

 そんなことを考えていると、ダンジョンコアから光りの玉が飛び出してきた。

 ふらふらと宙を漂った光の玉が、クロエの胸に 吸い込まれていく。

「クロエ、体に異常はないかい?」

「んー、少しだけ胸のあたりが熱いけど、そのくらいだから大丈夫」

「そうか、それなら少しだけ休憩をしてから、魔法の使用訓練をしようか。
 ハルキにも召喚魔法を教えよう」

 にやりと微笑んだサラが、自信満々に胸を張った。


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ダンジョンコアの魔法が、クロエに移植されてから3日。

 俺とクロエは、サラに魔法の基礎を教わっていた。

「キミたちは絶対に魔法を使えるのだから、あとはイメージを膨らませるだけだよ。
 目を閉じて自分の中にある魔力の確認をすることだね。それから、詠唱をしてみようか」

 指示された通りに目を閉じて、魔力を探る。

 中2病染みたセリフを腹の底から叫んだ。

「我が呼び声に答え、現世へと出現せよ。ファイヤーーー!!」

 …………。

 何も出ませんでした。

「1つだけアドバイスするとすれば、魔力を体から外に出すときは、ハーーーって感じだね。ハァーーーだと違うから注意が必要だよ」

 それって、どんな感じなのでしょうか?
 どう違うのでしょうか?

「……魔力さん、お願い、炎に変わって」

 クロエの方も何も出なかったが、叫んだ俺よりは、傷は浅く済んだと思う。

 穴があったら入りたい。

「クロエの方は、少しだけど魔力が出ていたね。
 キミにはそのスタイルがあっているようだから、ドンドンとお願いしてみようか」

「はーい。
 魔力さん、水になってくれたら、お礼にクッキーをいちま……、半分あげるから、水になってほしいな」

 3日程度では不十分らしく、俺もクロエも未だに魔法を発動する事は出来ていない。
 まぁ、時間と言うよりは、サラの感覚的な教え方の問題な気もするが……。

 それでも、何となくではあるが、自分の中にある魔力とやらを感じる事は出来るようになっていた。

 サラ曰く、2人とも順調だそうだ。

「2人とも、お菓子を奪って来たんだが、食べるかい?」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 城での生活も、すごく快適だった。

 サラが研究で引き篭もるために作らせたというこの部屋は、風呂やトイレ、台所など、人が生活できるだけの能力が備わっている。

 サラが城の厨房に出向いては、食べ物を奪ってきてくれるので、美味しい物を食べることも出来た。

 ただ1点だけ不満があるとすれば、米がなかったことくらいだ。

 そんな悠々自適な幸せ生活も、1人の訪問者によって終わりを迎える。

「サラ姉。アリスを面倒事に巻き込まないでよ!!」

 そんな言葉と共に入口の扉が開かれた。
 1人の少女が、俺達の空間に入り込んで来る。

 サラの事を姉と呼んでいることや、第4王女の私室に無断で入れることから考えるに、彼女が第5王女のアリスなのだろう。

 そんなこと考えていると、アリスに睨まれてしまった。

「……ふん」

 姉妹と言う割りには、似通った部分が少なく、あえてあげるとすれば、もてそうな容姿であることくらいだろうか。
 後で聞いた話ではあるが、姉妹とは言っても、母親が違うらしい。

 YESロリータ、NOタッチ、そんな感じだった。

 待ちわびていた訪問者の到着に、ほっと安堵の息を吐き出す。
 事前の打ち合わせ通り、サラの横へと移動した。

 そんな俺の動きを見てか、アリスが更に目をつり上げる。

「その男が首謀者ね。
 あんた、サラ姉から離れなさいよ!」

「首謀者ねぇ。まぁ、間違ってないが、あってるとは言えないな」

 ボソッと口走った言葉だったが、どうやらアリスに聞こえていたらしく、彼女の表情がさらに険しくなった。

「なによ、平民の癖して、アリスに口答えする気?
 あんたは平民らしく、黙ってアリスの前に跪いていたら良いのよ」

 怒りが湧きそうな物言いだが、彼女のような美少女に言われるならば、笑って流せそうなのは何故なのだろうか。   

「…………なにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いわねぇ。
 怒鳴られてにやけるなんて、あんた、変態なの?」

 おっと、どうやら、顔に出てたみたいだ。

 変態か否かと聞かれれば、変態だ‼ と答えるべきなのだが、俺が話してもこじれるだけだろう。

 無言をつらぬいたまま、サラに視線を向ける。

「ボクの夫を変態呼ばわりしないで貰えるかい?」 

 そんな言葉から、国の行く末を大きく左右する姉妹のケンカが始まった。

 
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