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3巻
3-2
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朝食には遅く、昼食には早い。そんな時間帯にもかかわらず、いたるところから美味しそうな香りが漂ってくる。
帝国の街は俺が初めて来た時と変わらず、活気に溢れていた。
「今朝採れたばかりの冠ブリだ! しゃぶしゃぶにして、おろしポン酢をかけたら最高だぜ?」
「自分の手で好きな形に曲げられる器が入荷しました! お一ついかが⁉」
こんな感じで大きな声で呼び込みをかける店員さんに、嬉しそうな表情を浮かべて商品を眺めている客たち。うん、今日も盛況だな。
色々なお店があるのだが、その中でも特に目を引くのは、帝国の特産品である海産物だ。鮮魚や干物、海鮮丼など、海の幸を扱う店が軒を連ねている。
その中の一つを指差して、リリが嬉しそうな声を上げる。
「見てください、アルト様! 冠ブリのフルコースがありますよ! ブリ大根、照り焼き、塩焼き、握り寿司が、セットで1280エンみたいです!」
「すごいな。王国とは物価が違いすぎて、比べる気にもならない……」
王国は、とかく物価が高い。運送費や関税などの問題もあるとは思うが、十中八九、貴族様が私腹を肥やしている影響だろう。あの国は、上がどこまでも腐っていたからな。
「帰りに食べていくか? せっかくだし、ブリかまの醤油漬けも食べよう」
「え? いいんですか⁉」
「ああ。授業が終わる時間次第だけどな」
授業は早ければ午前中に、遅くても夕食前には終わるだろう。
冠ブリのフルコースに、ブリかまの醤油漬け。帝国のお酒も追加で頼むか。そうすれば、至福の時間になるのは間違いない。
とはいえ、基本のセットが1280エンで、人数は五人。
「どれだけ贅沢に使っても、2万エンが限界か」
100万エンにはまったく届かないな。
「マルリアは? 何か欲しいものはないのか?」
「そうね。色々と考えたのだけど、どれもパッとしないのよね」
やっぱり、そうなるよな。俺はその隣のマイロくんに話を振る。
「マイロくんは? 本当になんでもいいぞ?」
「いえ、今の生活が本当に幸せで、不自由していないんです。なので、どうにも……」
俺も含めて、今まで最底辺の生活を送ってきたから、金が自由に使えるって言われても何に使っていいのかが分からないんだよな。骨の髄まで、庶民気質が染み付いているというか……
ん? そういえば、元冒険者がいたな!
「フィオランは? 何か思い付かないか? それこそ、冒険者時代に欲しかったものでもいいぞ?」
冒険者は、一攫千金も夢ではない職業だ。フィオランは落ちこぼれていたものの、成功した冒険者を見て憧れることくらいはあったのではないか。
フィオランは考え込むように手を顎に当てる。
「ん~……、本当になんでもいいの?」
「ああ、もちろん! 予算を大幅に超えるのは、さすがに厳しいけどな」
月給も合わせて、予算は最大で300万エン。なんでもは言いすぎだとしても、大概のものは買えるだろう。
少しして、フィオランは活気のある街並みに目を向けて、大きく頷く。
「お姉さんは、お姉さんっぽいものが欲しい!」
……? どういうことだ?
俺は聞き返すことにした。
「……えーっと? お姉さんっぽいもの?」
「うん! お姉さんっぽいもの!」
フィオランは自信に満ちた顔で頷いているが、意味が分からない。
リリやマルリアなら、フィオランの言葉の意図が理解できるかも。そんな思いで振り向くが……「関わりたくないです」とばかりに、二人とも目を逸らしやがった。
仕方なく、俺はもう一歩踏み込んだ質問をすることにした。
「あー、えーっと、具体的には?」
「ん? ん~とね。なんだと思う?」
いや、俺に聞かれても……とは思うが、考えてみるか。
妹や弟がいたとしても、それがお姉さんっぽさに直結するわけではないだろう。
一番大事なのは、言動。あとは、醸し出す雰囲気か? 面倒見のよさも重要だろう。
……どれも金で買えないな。
「とりあえずは、あれだ。お姉さんっぽいものが決まったら、教えてくれるか?」
「うん! 任せて!」
キリッとした顔でフィオランが頷くが、期待はできそうにないな。よし。深く聞くのはやめよう。
あと頼りになりそうなのは……
「そういえば、髭おやじのオーナーも、大金をもらっているはずだよな?」
普段のフランクな様子からは想像できないが、あれでも警邏隊の隊長。ルルベール教官やルドルフ少佐と同じくらい給料をもらっているはずだ。きっと、俺たちでは考え付かないようなアイディアをくれるだろう。
「このまま警邏隊のところに向かって、隊長に金の使い道を聞いてみるか」
俺の言葉にリリ、フィオラン、マイロくんが頷く。あれ、マルリアは……?
周囲を見回すと、マルリアは俺たちの少し後ろ、とある屋台の前で立ち止まっていた。その傍らには『どんどん焼き 一枚
200エン』と書かれたのぼり旗が、揺れている。
屋台の中を覗いてみると、鉄板の向こうに立つ店員が生地を丸く広げ、きざみ昆布、鰹節、干しエビをのせて焼き上げているところだった。そこにとろみのあるソースをかけて……
周囲には、美味しそうな香りが漂っている。
「なんだ? 欲しいのか?」
「ふにゃ⁉」
俺の言葉にビクンと肩を跳ね上げたマルリアが、慌てて振り返る。
目を大きく見開いて、何故か頬を赤らめた。
「べっ、別に、欲しくなんてないわよ! なんとなく見ていただけなんだから!」
言葉とは裏腹に、マルリアの視線は、鉄板に吸い寄せられている。
「でっ、でも、そうね! あんたがどーしても食べたいって言うのなら、一緒に食べてあげてもいいわよ⁉」
俺は、そんなマルリアの素直じゃない言葉に笑ってしまいそうになりながらも言う。
「あー、そうだな。小腹が空いてきたし、俺の休憩に付き合ってもらっていいか?」
金の使い道の相談は、警邏隊の授業が終わってからでもいいからな。
「マルリア。人数分、頼めるか?」
「分かったわ! おじさん! 焼きたての美味しいやつを五枚ね!」
心の底から食べたかったのだろう。店員に話しかけながらも、視線は焼きたてのどんどん焼きに釘付け。恋い焦がれる少女のような視線を、鉄板の上に注ぎ続けている。
そんなマルリアの様子に、男の店員も、微笑みながらどんどん焼きを焼いてくれた。
「軍人さんには、いつも世話になっているからね。一枚サービスさせてもらうよ」
「ありがとう! おじさん、いい人ね!」
どう見ても、マルリアの愛らしさのおかげだろう。
「アルト様! そこのベンチが空いているみたいです!」
そう指さすリリに、俺は頷く。
「了解。ゆっくり座って食べようか。マルリア、食べられそうなら二枚食べていいからな?」
「わっ、分かったわ! あんたが、どーしても食べられないって言うのなら、食べてあげるわよ!」
相変わらず耳まで真っ赤だが、ソースの香りには勝てないようだ。
「マルリアちゃん! お姉さんのどんどん焼きも食べる⁉ あーんってする⁉」
「しないわよ! あーもー! 抱きつくなー!」
楽しそうにじゃれ合っているフィオランとマルリアを横目に、俺は袋の中に目を向ける。
「これはあれか? そのまま手に持って食べればいいのか?」
聞くと、リリが頷いてくれた。
「はい! クレープやガレット、はし巻きなどのイメージに近いです!」
「……なるほどね」
そう言ってはみたが、その三つにもあまり馴染みがない。
そんな戸惑いが表情に出ていたのか、マルリアが得意げな顔で口を開いた。
「何よ? 帝国の名物なのに、知らなかったの? どんどん焼ける、どんどん食べられる。だから、どんどん焼き。まあ、諸説はあるらしいけどね」
なるほど、一般大衆向けの商品か。
それなら、と俺は二人に言われた通りにどんどん焼きを手に取る。
「王国じゃ、牢獄行きだな」
「……どういう意味ですか?」
「いや、なんでもないよ」
マイロくんの言葉に、俺は首を横に振る。
王国で人目も気にせず、片手で飯を食べる姿を貴族に見られたら、下品だと言われ投獄されてしまう。それが帝国では、みんなで笑いながら食べられるのだ。
「俺はやっぱり、こっちの方が好きだな」
呟いてから、どんどん焼きを一口齧る。
ダシのきいたモチモチの生地と、旨味たっぷりのソース。挟まれている昆布と干しエビも、いい味を出している。……これ、美味いな!
横を向くと、マルリアは一心不乱にどんどん焼きを食べ進めていた。
「どうだ? 美味いか?」
「当たり前じゃない! 私が選んで買ってきたのよ⁉ 美味しいに決まってるでしょ!」
周りを見ると他の三人も、美味しそうに頬張っている。
食べ始めてから少しして、リリがハンカチを取り出した。
「フィオランさん、おくち拭きますね。ちょっとだけ動かないでください」
「あっ、うん。ごめんねー」
「いえいえ。はい、もう大丈夫ですよ」
「ありがとー! 本当に美味しいね、これ」
「ですね!」
フィオランが欲しがったお姉さんっぽいものからは、ずいぶん遠い気もするが……むしろ、リリがお姉さんみたいになっているが、フィオランが幸せそうだからまあ、いいか。
こうして、楽しくどんどん焼きを食べ終えた俺たちは、髭おやじに向かって歩いている。
時刻は、九時三十分。
歩きながらもお姉さんっぽいものやリリたちが欲しがりそうなものを探したが、見つからなかった。
「見えてきましたね!」
「そうだな。結局、三十分前に到着か」
ゆっくり見て回ったつもりだったが、時間的には、もうちょっとゆっくりしてもよかったかな。まぁ、遅れるよりはいいだろう。それに、金の使い道について相談もできる。
そう考えつつ、喫茶店の入口に目を向けたのだが……
「ん?」
店の電気が消えている? それになんとなくだが、近寄りがたい気配がある。
入口には「準備中」の看板が立て掛けてあり、物音一つしない。
出直した方がいいのか?
そんな風に首を傾げる俺の隣で、マイロくんは神妙な口調で言う。
「アルトさん。たぶんですが、人避けの魔法が発動しています」
「ひとよけ?」
思わず聞き返した俺の言葉に反応して、マルリアとリリが周囲に目を向ける。
「特定の人間以外を近寄りがたくする魔法よ。授業でそう聞いたわ」
「はい。あの時は、クラスメイト以外の立入りを禁止する魔法でした。その感覚に似ていると思います」
何かしら特殊な事態に陥っている可能性が高い。そういうことなのか。
「どうしたらいいと思う?」
俺の言葉に、マルリアが答える。
「早めに入った方がいいわね。ドアの前にいるのに、頭痛も吐き気も感じないのだから、私たちは人避けの対象外よ」
その言葉を引き継ぐように、マイロくんも口を開いた。
「一般のお客さんは入らない状態で、アルトさんとお話がしたい。そんな感じだと思います」
「分かった。教えてくれて助かったよ」
前回の授業は、狼の化物が現れたせいで中断されたとはいえ、それまでは順調そのものだった。だから今回は何事もなく終えることができるだろうと思っていたのだが、気合いを入れ直した方がよさそうだ。
「入るぞ?」
俺はリリたちと視線を合わせ、頷き合ってからドアノブをゆっくり捻る。カランカランと鳴る鈴の音を聞きながら、店内に目を向けた。
数日前と変わらない、アンティーク調の落ち着いた内装。カウンターの向こうではいつもと同じように、珈琲カップを磨いていたオーナーが俺らに気付いて口を開く。
「おう、来たか。早く来てくれて、正直助かったぜ」
オーナーの表情は険しい。
「何かあったんですか?」
俺が聞くと、オーナーは力なく頭を横に振る。
「いや、決定的な何かがあったわけじゃねえ。だが、少しばかり面倒事のにおいがしてな」
朗らかで快活なオーナーがこんな表情になるなんて、余程の事態だろう。
いつもならフランクに声をかけてきてくれる先輩たちも、今は席に座って無言で武器を手入れしている。
ひとまずリリたちには前回と同じ席に座るように促しつつ、俺はカウンター席に腰掛けて、オーナーと視線を合わせる。
今回は牛タンや珈琲は出てこない。その代わりに、赤い紙が俺の前に置かれた。
「上からの報告書だ。読んでみな」
オーナーが指差した先にあったのは、チューリップの焼き印。その形には、見覚えがある。
「……女王様の王冠に入っていたのと同じ印がありますね」
「そうだな。王家に代々伝わるチューリップの印は、帝国の象徴だからな」
その印があしらわれているということは、この報告書の出所は女王様本人、あるいは王家に連なる者――帝国の最上位だと見て間違いない。
俺は震える手で赤い報告書を広げていく。すると……
『結論を記す。王国の貴族が帝都の内部に侵入した』
「なっ……⁉」
冒頭に書かれた一文に、思わず声が漏れてしまう。
嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、速くなる鼓動を落ち着けるために胸に手をあてる。
大きく息を吸い込んで、視線を下に滑らせた。
『先日起きた魔物召喚事件は、魔物によって帝国を壊滅させるのと別に、王国の貴族を帝国内に侵入させる目的も兼ねていたのだと捕虜が自供した。混乱に乗じて、王国貴族が帝都内部に入り込んだ可能性が極めて高い。慎重な調査を求める』
必要最低限の情報だけが書かれた、簡素な報告書。しかし記された情報はとんでもないものだ。これが一般市民に広まれば、混乱は避けられないだろう。
「嬢ちゃんたちも見ていい。他言無用だがな」
オーナーの言葉を聞き、リリたちが俺の手元を覗き込む。
四人とも目を大きく見開いて、息を呑んでいる。
俺は話を先に進めるために、口を開いた。
「この情報が確かなら、狼の召喚が失敗前提の囮だった可能性すらありませんか?」
「そうだな。帝国に貴族を侵入させることの方が任務の重要度としては高いだろうな」
召喚した狼で帝国にダメージを与えられればよし。失敗したとしても、入り込んだ貴族が次の行動を起こす――そういう二段構えの作戦だったわけだ。
狼を召喚した男は、貴族ではなかった。使い捨ての駒だと割り切られていたとしても不思議ではないな。
オーナーは一つ咳払いをして、まとめるように言う。
「そういうわけで今日の授業は、その侵入した貴族の情報を入手してもらいたい。くれぐれも国民に不安を与えないよう、慎重に行ってくれ」
「ええ。もちろんです」
王国の貴族の仕業だとすれば、他人事じゃない。
今の幸せな生活を守るためなら、どんなことでもする覚悟だ。
そう決意する俺に、オーナーは続ける。
「それと、前回の授業で君たちの強さは見させてもらった。その上で、警邏も平行してお願いしたいんだが、頼めるか?」
「はい。全力を尽くします」
俺が答えると、オーナーは全員の顔を見渡した。
「よし。今回は時間との勝負だ。前回と同じく、二班に分かれて動いてくれ。正規兵と合わせて四班体制で、夕暮れまでに情報を集める!」
「「「「分かりました」」」」
隣に座るリリとマルリアに目を向ける。
大きく頷いた二人と共に、俺は髭おやじをあとにした。
髭おやじを出て、太陽の光に目を細める。
後ろからマルリアの声がする。
「それで? どうするつもりなのよ?」
「ん? 何がだ?」
「この三人で、どうやって情報を集めるつもりなのかって聞いてるの!」
マルリアは腰に手を当て、俺とリリを見比べてから「はぁ」と溜め息をついた。
「常識外れと、人見知りと……どう見ても、情報収集に向かない三人じゃない」
「あー……それはまあ、な……」
常識外れは、間違いなく俺だとして。人見知りは、リリ。マルリアもあまり自信がないのだろう。
徐々に改善してはいるが、初めて会う人を前に、リリが積極的に話せる気はしないし、マルリアも、素直になれない性格が裏目に出ることも多々ある。だが――
「問題ないよ。俺たちは、俺たちにしかできないやり方で調査すればいい」
街を歩いて情報を集める。それも確かに有効な手段だと思う。だが、それだけが全てじゃない。
むしろ、先輩たちと違う調べ方をすることで得られる成果だってあるだろう。
「えっと、どういうことですか?」
聞き返すリリに、俺は微笑んで言う。
「一般市民からの情報収集は、先輩たちに任せるってこと」
「……えーっと?」
意味が分からないとばかりに、リリが首をコテリと倒す。
マルリアも胸の前で腕を組み、不思議そうな顔をしていた。
「知り合いに聞いて回る。このメンバーならそっちの方がいいと思うんだ」
手当たり次第に聞くよりも、知っていそうな相手を探す方が効率的だというわけ。
俺は続ける。
「フィオランがこっちにいれば冒険者ギルドへ向かうところだが、そこは向こうに任せるとして、俺らには別のコネがあるだろ?」
しかし、いまいちマルリアはぴんときていないようで、首を傾げた。
「なるほどね。なんとなくだけど、言いたいことは分かったわ。それで? どこへ行くのよ」
それに答えたのは俺ではなく、リリだった。
「孤児院、ですよね?」
「そういうこと。孤児院の子供たちは、周囲の悪意や不穏な気配に敏感だからね。軍や一般市民とは違う話が聞けると思うんだ」
つい最近、お菓子の差し入れをした二人がいれば、警戒されることもない。
どこどこに、見知らぬ人がいた。あの道にはお化けが出る。あそこに行ったら、怖い感じがした。そんな話が聞ければ、御の字だ。もちろん先生たちにも話を聞くつもりだ。
それと、もう一つ。
「バドラとバスダムル。王国から逃げてきた二人にも話を聞くつもりだ」
こっちは、俺だけが使えるコネだな。
探す相手は、王国の貴族。その嫌らしさは、俺たち三人が、この国の誰よりも知っている。
「あの二人なら、何をおいても協力してくれるはずだからな」
それこそ、命を投げ出す覚悟で。そう確信している。
相手は、帝国の幸せな生活を脅かす害悪。それ以外の何ものでもないからな。
「分かりました。それじゃあ、ひとまず訓練校に戻るということでいいですか?」
リリの質問に、俺は頷く。
「そうなるな」
子供たちと、バドラたち。どちらに話を聞くにしても、行き先は訓練校だ。
だが、その前に試してみたいことがある。
帝国の街は俺が初めて来た時と変わらず、活気に溢れていた。
「今朝採れたばかりの冠ブリだ! しゃぶしゃぶにして、おろしポン酢をかけたら最高だぜ?」
「自分の手で好きな形に曲げられる器が入荷しました! お一ついかが⁉」
こんな感じで大きな声で呼び込みをかける店員さんに、嬉しそうな表情を浮かべて商品を眺めている客たち。うん、今日も盛況だな。
色々なお店があるのだが、その中でも特に目を引くのは、帝国の特産品である海産物だ。鮮魚や干物、海鮮丼など、海の幸を扱う店が軒を連ねている。
その中の一つを指差して、リリが嬉しそうな声を上げる。
「見てください、アルト様! 冠ブリのフルコースがありますよ! ブリ大根、照り焼き、塩焼き、握り寿司が、セットで1280エンみたいです!」
「すごいな。王国とは物価が違いすぎて、比べる気にもならない……」
王国は、とかく物価が高い。運送費や関税などの問題もあるとは思うが、十中八九、貴族様が私腹を肥やしている影響だろう。あの国は、上がどこまでも腐っていたからな。
「帰りに食べていくか? せっかくだし、ブリかまの醤油漬けも食べよう」
「え? いいんですか⁉」
「ああ。授業が終わる時間次第だけどな」
授業は早ければ午前中に、遅くても夕食前には終わるだろう。
冠ブリのフルコースに、ブリかまの醤油漬け。帝国のお酒も追加で頼むか。そうすれば、至福の時間になるのは間違いない。
とはいえ、基本のセットが1280エンで、人数は五人。
「どれだけ贅沢に使っても、2万エンが限界か」
100万エンにはまったく届かないな。
「マルリアは? 何か欲しいものはないのか?」
「そうね。色々と考えたのだけど、どれもパッとしないのよね」
やっぱり、そうなるよな。俺はその隣のマイロくんに話を振る。
「マイロくんは? 本当になんでもいいぞ?」
「いえ、今の生活が本当に幸せで、不自由していないんです。なので、どうにも……」
俺も含めて、今まで最底辺の生活を送ってきたから、金が自由に使えるって言われても何に使っていいのかが分からないんだよな。骨の髄まで、庶民気質が染み付いているというか……
ん? そういえば、元冒険者がいたな!
「フィオランは? 何か思い付かないか? それこそ、冒険者時代に欲しかったものでもいいぞ?」
冒険者は、一攫千金も夢ではない職業だ。フィオランは落ちこぼれていたものの、成功した冒険者を見て憧れることくらいはあったのではないか。
フィオランは考え込むように手を顎に当てる。
「ん~……、本当になんでもいいの?」
「ああ、もちろん! 予算を大幅に超えるのは、さすがに厳しいけどな」
月給も合わせて、予算は最大で300万エン。なんでもは言いすぎだとしても、大概のものは買えるだろう。
少しして、フィオランは活気のある街並みに目を向けて、大きく頷く。
「お姉さんは、お姉さんっぽいものが欲しい!」
……? どういうことだ?
俺は聞き返すことにした。
「……えーっと? お姉さんっぽいもの?」
「うん! お姉さんっぽいもの!」
フィオランは自信に満ちた顔で頷いているが、意味が分からない。
リリやマルリアなら、フィオランの言葉の意図が理解できるかも。そんな思いで振り向くが……「関わりたくないです」とばかりに、二人とも目を逸らしやがった。
仕方なく、俺はもう一歩踏み込んだ質問をすることにした。
「あー、えーっと、具体的には?」
「ん? ん~とね。なんだと思う?」
いや、俺に聞かれても……とは思うが、考えてみるか。
妹や弟がいたとしても、それがお姉さんっぽさに直結するわけではないだろう。
一番大事なのは、言動。あとは、醸し出す雰囲気か? 面倒見のよさも重要だろう。
……どれも金で買えないな。
「とりあえずは、あれだ。お姉さんっぽいものが決まったら、教えてくれるか?」
「うん! 任せて!」
キリッとした顔でフィオランが頷くが、期待はできそうにないな。よし。深く聞くのはやめよう。
あと頼りになりそうなのは……
「そういえば、髭おやじのオーナーも、大金をもらっているはずだよな?」
普段のフランクな様子からは想像できないが、あれでも警邏隊の隊長。ルルベール教官やルドルフ少佐と同じくらい給料をもらっているはずだ。きっと、俺たちでは考え付かないようなアイディアをくれるだろう。
「このまま警邏隊のところに向かって、隊長に金の使い道を聞いてみるか」
俺の言葉にリリ、フィオラン、マイロくんが頷く。あれ、マルリアは……?
周囲を見回すと、マルリアは俺たちの少し後ろ、とある屋台の前で立ち止まっていた。その傍らには『どんどん焼き 一枚
200エン』と書かれたのぼり旗が、揺れている。
屋台の中を覗いてみると、鉄板の向こうに立つ店員が生地を丸く広げ、きざみ昆布、鰹節、干しエビをのせて焼き上げているところだった。そこにとろみのあるソースをかけて……
周囲には、美味しそうな香りが漂っている。
「なんだ? 欲しいのか?」
「ふにゃ⁉」
俺の言葉にビクンと肩を跳ね上げたマルリアが、慌てて振り返る。
目を大きく見開いて、何故か頬を赤らめた。
「べっ、別に、欲しくなんてないわよ! なんとなく見ていただけなんだから!」
言葉とは裏腹に、マルリアの視線は、鉄板に吸い寄せられている。
「でっ、でも、そうね! あんたがどーしても食べたいって言うのなら、一緒に食べてあげてもいいわよ⁉」
俺は、そんなマルリアの素直じゃない言葉に笑ってしまいそうになりながらも言う。
「あー、そうだな。小腹が空いてきたし、俺の休憩に付き合ってもらっていいか?」
金の使い道の相談は、警邏隊の授業が終わってからでもいいからな。
「マルリア。人数分、頼めるか?」
「分かったわ! おじさん! 焼きたての美味しいやつを五枚ね!」
心の底から食べたかったのだろう。店員に話しかけながらも、視線は焼きたてのどんどん焼きに釘付け。恋い焦がれる少女のような視線を、鉄板の上に注ぎ続けている。
そんなマルリアの様子に、男の店員も、微笑みながらどんどん焼きを焼いてくれた。
「軍人さんには、いつも世話になっているからね。一枚サービスさせてもらうよ」
「ありがとう! おじさん、いい人ね!」
どう見ても、マルリアの愛らしさのおかげだろう。
「アルト様! そこのベンチが空いているみたいです!」
そう指さすリリに、俺は頷く。
「了解。ゆっくり座って食べようか。マルリア、食べられそうなら二枚食べていいからな?」
「わっ、分かったわ! あんたが、どーしても食べられないって言うのなら、食べてあげるわよ!」
相変わらず耳まで真っ赤だが、ソースの香りには勝てないようだ。
「マルリアちゃん! お姉さんのどんどん焼きも食べる⁉ あーんってする⁉」
「しないわよ! あーもー! 抱きつくなー!」
楽しそうにじゃれ合っているフィオランとマルリアを横目に、俺は袋の中に目を向ける。
「これはあれか? そのまま手に持って食べればいいのか?」
聞くと、リリが頷いてくれた。
「はい! クレープやガレット、はし巻きなどのイメージに近いです!」
「……なるほどね」
そう言ってはみたが、その三つにもあまり馴染みがない。
そんな戸惑いが表情に出ていたのか、マルリアが得意げな顔で口を開いた。
「何よ? 帝国の名物なのに、知らなかったの? どんどん焼ける、どんどん食べられる。だから、どんどん焼き。まあ、諸説はあるらしいけどね」
なるほど、一般大衆向けの商品か。
それなら、と俺は二人に言われた通りにどんどん焼きを手に取る。
「王国じゃ、牢獄行きだな」
「……どういう意味ですか?」
「いや、なんでもないよ」
マイロくんの言葉に、俺は首を横に振る。
王国で人目も気にせず、片手で飯を食べる姿を貴族に見られたら、下品だと言われ投獄されてしまう。それが帝国では、みんなで笑いながら食べられるのだ。
「俺はやっぱり、こっちの方が好きだな」
呟いてから、どんどん焼きを一口齧る。
ダシのきいたモチモチの生地と、旨味たっぷりのソース。挟まれている昆布と干しエビも、いい味を出している。……これ、美味いな!
横を向くと、マルリアは一心不乱にどんどん焼きを食べ進めていた。
「どうだ? 美味いか?」
「当たり前じゃない! 私が選んで買ってきたのよ⁉ 美味しいに決まってるでしょ!」
周りを見ると他の三人も、美味しそうに頬張っている。
食べ始めてから少しして、リリがハンカチを取り出した。
「フィオランさん、おくち拭きますね。ちょっとだけ動かないでください」
「あっ、うん。ごめんねー」
「いえいえ。はい、もう大丈夫ですよ」
「ありがとー! 本当に美味しいね、これ」
「ですね!」
フィオランが欲しがったお姉さんっぽいものからは、ずいぶん遠い気もするが……むしろ、リリがお姉さんみたいになっているが、フィオランが幸せそうだからまあ、いいか。
こうして、楽しくどんどん焼きを食べ終えた俺たちは、髭おやじに向かって歩いている。
時刻は、九時三十分。
歩きながらもお姉さんっぽいものやリリたちが欲しがりそうなものを探したが、見つからなかった。
「見えてきましたね!」
「そうだな。結局、三十分前に到着か」
ゆっくり見て回ったつもりだったが、時間的には、もうちょっとゆっくりしてもよかったかな。まぁ、遅れるよりはいいだろう。それに、金の使い道について相談もできる。
そう考えつつ、喫茶店の入口に目を向けたのだが……
「ん?」
店の電気が消えている? それになんとなくだが、近寄りがたい気配がある。
入口には「準備中」の看板が立て掛けてあり、物音一つしない。
出直した方がいいのか?
そんな風に首を傾げる俺の隣で、マイロくんは神妙な口調で言う。
「アルトさん。たぶんですが、人避けの魔法が発動しています」
「ひとよけ?」
思わず聞き返した俺の言葉に反応して、マルリアとリリが周囲に目を向ける。
「特定の人間以外を近寄りがたくする魔法よ。授業でそう聞いたわ」
「はい。あの時は、クラスメイト以外の立入りを禁止する魔法でした。その感覚に似ていると思います」
何かしら特殊な事態に陥っている可能性が高い。そういうことなのか。
「どうしたらいいと思う?」
俺の言葉に、マルリアが答える。
「早めに入った方がいいわね。ドアの前にいるのに、頭痛も吐き気も感じないのだから、私たちは人避けの対象外よ」
その言葉を引き継ぐように、マイロくんも口を開いた。
「一般のお客さんは入らない状態で、アルトさんとお話がしたい。そんな感じだと思います」
「分かった。教えてくれて助かったよ」
前回の授業は、狼の化物が現れたせいで中断されたとはいえ、それまでは順調そのものだった。だから今回は何事もなく終えることができるだろうと思っていたのだが、気合いを入れ直した方がよさそうだ。
「入るぞ?」
俺はリリたちと視線を合わせ、頷き合ってからドアノブをゆっくり捻る。カランカランと鳴る鈴の音を聞きながら、店内に目を向けた。
数日前と変わらない、アンティーク調の落ち着いた内装。カウンターの向こうではいつもと同じように、珈琲カップを磨いていたオーナーが俺らに気付いて口を開く。
「おう、来たか。早く来てくれて、正直助かったぜ」
オーナーの表情は険しい。
「何かあったんですか?」
俺が聞くと、オーナーは力なく頭を横に振る。
「いや、決定的な何かがあったわけじゃねえ。だが、少しばかり面倒事のにおいがしてな」
朗らかで快活なオーナーがこんな表情になるなんて、余程の事態だろう。
いつもならフランクに声をかけてきてくれる先輩たちも、今は席に座って無言で武器を手入れしている。
ひとまずリリたちには前回と同じ席に座るように促しつつ、俺はカウンター席に腰掛けて、オーナーと視線を合わせる。
今回は牛タンや珈琲は出てこない。その代わりに、赤い紙が俺の前に置かれた。
「上からの報告書だ。読んでみな」
オーナーが指差した先にあったのは、チューリップの焼き印。その形には、見覚えがある。
「……女王様の王冠に入っていたのと同じ印がありますね」
「そうだな。王家に代々伝わるチューリップの印は、帝国の象徴だからな」
その印があしらわれているということは、この報告書の出所は女王様本人、あるいは王家に連なる者――帝国の最上位だと見て間違いない。
俺は震える手で赤い報告書を広げていく。すると……
『結論を記す。王国の貴族が帝都の内部に侵入した』
「なっ……⁉」
冒頭に書かれた一文に、思わず声が漏れてしまう。
嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、速くなる鼓動を落ち着けるために胸に手をあてる。
大きく息を吸い込んで、視線を下に滑らせた。
『先日起きた魔物召喚事件は、魔物によって帝国を壊滅させるのと別に、王国の貴族を帝国内に侵入させる目的も兼ねていたのだと捕虜が自供した。混乱に乗じて、王国貴族が帝都内部に入り込んだ可能性が極めて高い。慎重な調査を求める』
必要最低限の情報だけが書かれた、簡素な報告書。しかし記された情報はとんでもないものだ。これが一般市民に広まれば、混乱は避けられないだろう。
「嬢ちゃんたちも見ていい。他言無用だがな」
オーナーの言葉を聞き、リリたちが俺の手元を覗き込む。
四人とも目を大きく見開いて、息を呑んでいる。
俺は話を先に進めるために、口を開いた。
「この情報が確かなら、狼の召喚が失敗前提の囮だった可能性すらありませんか?」
「そうだな。帝国に貴族を侵入させることの方が任務の重要度としては高いだろうな」
召喚した狼で帝国にダメージを与えられればよし。失敗したとしても、入り込んだ貴族が次の行動を起こす――そういう二段構えの作戦だったわけだ。
狼を召喚した男は、貴族ではなかった。使い捨ての駒だと割り切られていたとしても不思議ではないな。
オーナーは一つ咳払いをして、まとめるように言う。
「そういうわけで今日の授業は、その侵入した貴族の情報を入手してもらいたい。くれぐれも国民に不安を与えないよう、慎重に行ってくれ」
「ええ。もちろんです」
王国の貴族の仕業だとすれば、他人事じゃない。
今の幸せな生活を守るためなら、どんなことでもする覚悟だ。
そう決意する俺に、オーナーは続ける。
「それと、前回の授業で君たちの強さは見させてもらった。その上で、警邏も平行してお願いしたいんだが、頼めるか?」
「はい。全力を尽くします」
俺が答えると、オーナーは全員の顔を見渡した。
「よし。今回は時間との勝負だ。前回と同じく、二班に分かれて動いてくれ。正規兵と合わせて四班体制で、夕暮れまでに情報を集める!」
「「「「分かりました」」」」
隣に座るリリとマルリアに目を向ける。
大きく頷いた二人と共に、俺は髭おやじをあとにした。
髭おやじを出て、太陽の光に目を細める。
後ろからマルリアの声がする。
「それで? どうするつもりなのよ?」
「ん? 何がだ?」
「この三人で、どうやって情報を集めるつもりなのかって聞いてるの!」
マルリアは腰に手を当て、俺とリリを見比べてから「はぁ」と溜め息をついた。
「常識外れと、人見知りと……どう見ても、情報収集に向かない三人じゃない」
「あー……それはまあ、な……」
常識外れは、間違いなく俺だとして。人見知りは、リリ。マルリアもあまり自信がないのだろう。
徐々に改善してはいるが、初めて会う人を前に、リリが積極的に話せる気はしないし、マルリアも、素直になれない性格が裏目に出ることも多々ある。だが――
「問題ないよ。俺たちは、俺たちにしかできないやり方で調査すればいい」
街を歩いて情報を集める。それも確かに有効な手段だと思う。だが、それだけが全てじゃない。
むしろ、先輩たちと違う調べ方をすることで得られる成果だってあるだろう。
「えっと、どういうことですか?」
聞き返すリリに、俺は微笑んで言う。
「一般市民からの情報収集は、先輩たちに任せるってこと」
「……えーっと?」
意味が分からないとばかりに、リリが首をコテリと倒す。
マルリアも胸の前で腕を組み、不思議そうな顔をしていた。
「知り合いに聞いて回る。このメンバーならそっちの方がいいと思うんだ」
手当たり次第に聞くよりも、知っていそうな相手を探す方が効率的だというわけ。
俺は続ける。
「フィオランがこっちにいれば冒険者ギルドへ向かうところだが、そこは向こうに任せるとして、俺らには別のコネがあるだろ?」
しかし、いまいちマルリアはぴんときていないようで、首を傾げた。
「なるほどね。なんとなくだけど、言いたいことは分かったわ。それで? どこへ行くのよ」
それに答えたのは俺ではなく、リリだった。
「孤児院、ですよね?」
「そういうこと。孤児院の子供たちは、周囲の悪意や不穏な気配に敏感だからね。軍や一般市民とは違う話が聞けると思うんだ」
つい最近、お菓子の差し入れをした二人がいれば、警戒されることもない。
どこどこに、見知らぬ人がいた。あの道にはお化けが出る。あそこに行ったら、怖い感じがした。そんな話が聞ければ、御の字だ。もちろん先生たちにも話を聞くつもりだ。
それと、もう一つ。
「バドラとバスダムル。王国から逃げてきた二人にも話を聞くつもりだ」
こっちは、俺だけが使えるコネだな。
探す相手は、王国の貴族。その嫌らしさは、俺たち三人が、この国の誰よりも知っている。
「あの二人なら、何をおいても協力してくれるはずだからな」
それこそ、命を投げ出す覚悟で。そう確信している。
相手は、帝国の幸せな生活を脅かす害悪。それ以外の何ものでもないからな。
「分かりました。それじゃあ、ひとまず訓練校に戻るということでいいですか?」
リリの質問に、俺は頷く。
「そうなるな」
子供たちと、バドラたち。どちらに話を聞くにしても、行き先は訓練校だ。
だが、その前に試してみたいことがある。
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