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〈1〉はじめて自分を占った
しおりを挟むその日、俺は、王都にある冒険者ギルドの中で、100人を越える人々に見られていた。
俺を見据える彼らは、全員が危険な仕事を請け負う会社の社長。
--通称 ギルマス と呼ばれる立場の人間たちだ。
「長らくお待たせしました。これより、新人冒険者の採用面接をはじめます」
聞こえて来た司会の声に、会場の雰囲気が引き締まる。
光が消え、天井に埋められたスポットライトが、俺だけを照らしていた。
どうやら、最初は俺らしい。
「1人目は、18歳の少年です。彼は馬車で3日かかる王都まで道のりをその足で歩いて来ました。Fランクの魔物を討伐した実績もあります!」
一度そこで言葉が切れ、「ほぉ」や「おぉ!」などと言った声が聞こえてくる。
「悪くないな」
「ええ。外泊も魔物の討伐も経験済みであれば、使えるかも知れませんね」
「うちで育ててみるか」
「いやいや、おたくには荷が重いでしょ。我々が確保しますよ」
「何を言う。彼にはうちのようなフレッシュなギルドこそ--」
なにやら、一段と盛り上がっていた。
実を言うと、長い距離を歩いたのは、馬車に乗る金がなかったから。
Fランクの魔物を倒したのも、死にたくない一心で振り回した木の棒が、たまたま当たっただけだ。
でも、ウソは言ってない
もしかしたら、このまま何処かのギルドに採用されて、俺も冒険者に!!
なんて思えたのも、束の間のこと、
「--保有スキルは “占い師” 。プロフィールは以上です」
あれだけ騒がしかった客席の喧騒が、一瞬にして消え去っていた。
誰かが持つ青いライトが光り、男の声が聞こえてくる。
「すまない。もう一度、保有スキルを教えて貰えないだろうか?」
「畏まりました。1時間前の調査ではありますが、“ 占い師 ” との結果が出ております」
「……そうか、ありがとう」
俺からは暗闇しか見えないが、会場全体が沈んでいるように見える。
「彼を雇う意思のある方は、お手元の端末に金額を入力してください」
「…………」
今は、小さな物音すら聞こえなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
不作に見舞われた故郷を出て2ヶ月。
あの悪夢のような採用試験から1ヶ月が過ぎたその日。
俺は、空腹さえ感じなくなった腹を手で押さえながら、冒険者ギルドに出来た長い列に並んでいた。
「おい、見ろよ。例の“占い師”だぜ」
「へぇ、あれがそうなのか。“占い師”のくせに冒険者に成りたいとか言うバカだろ?」
「ある意味すげぇよな。平民の“占い師”なんて、ゴミ漁りの仕事が限界なのによ」
ぷははは、と俺を笑う声が聞こえてくるけど、気にするだけの余裕なんてない。
「次の方、どうぞ」
「すまない。どんな仕事でもいい。何か、俺に仕事を……」
思えば、3日ほど何も食べてない。
……いや、4日だったか?
空腹のせいで、記憶すら曖昧だ。
金さえもらえるのなら、どんな仕事だってやる。
だから、俺に何か食えるものを!
「申し訳ありません。冒険者の資格をお持ちでない方への依頼は、今日も来てなくて……」
「……そう、ですか」
ぷははははは! と、飯に成らない笑い声が、背後から聞こえていた。
どうやら冒険者ギルドに、飯はないらしい。
商業ギルドなら、飯があるだろうか?
「おい、“占い師”。お前、いつ死ぬんだよ? 得意の“占い”で当てて見たらどうだ?」
「おっ、いいねぇ。そう言えば、聞いたことがあるんだけどよ。自分を占ったら死ぬって本当か? ここで占って、確かめてくれよ」
もしダメだったら、その次は鍛治ギルドに行って、飯を……。
いや、いっそのこと、無断で森に出るか?
王都に戻って来れなくなるけど、森なら飯が--
「てめぇ! 無視してんじゃねぇよ!!」
不意に肩を掴まれた。
だけど、振り向くだけの気力はない。
振り向いたとしても、飯は貰えないと思うしな。
「平民の“占い師”が! 死にたいらしいな!!」
むしろ、このまま振り向かずにいたら、飯が貰えたりしないだろうか?
殴られるか、剣で斬られるかすれば、慰謝料の代わりに飯が--
「おい、やめとけ。ギルド内じゃ面倒事になるぞ。それにあれだ。そんなヤツの相手なんて、時間の無駄だろ?」
「……ちっ。それもそうだな」
不意に肩が軽くなって、よろめいた。
だけど、それだけだ。
残飯でいい。腐っててもいい。
俺に、何か食えるものを……。
「雨……?」
あてもなく歩いているうちに、いつの間にか、外に出ていたらしい。
大粒のしずくが額に当たって、頬を冷たさが流れ落ちていく。
「水で腹が膨れればいいんだけどな……」
雨と一緒に、パンでも降らないだろうか?
そんな思いで水しか落ちて来ない空を見上げて、口を広げる。
「…………黒い、雲」
そのまま力が抜けて、ぬかるんだ地面に、背中から倒れ込んでいた。
見えるのは、地獄のような黒い空。
痛みは感じない。
それどころか、体の感覚がない。
「飯、を……」
闇の中をもがくように手を伸ばす。
指先に触れるのは、腹が膨れない雨ばかり。
「俺に、食い物を……」
そう願っても、無駄だった。
動かない体に雨が当たって、地面に流れ落ちていく。
ただ、それだけだ。
「天国なら、腹いっぱい、食えるかな……」
そんな淡い期待も頭に浮かんだけど、
願い続けてもパン1つくれない神がいるような天国だ。
望みは薄いだろう。
地獄に飯があるとも思えない。
「なにか、食い物を……」
漏れる言葉が掠れても、食い物はない。
--そんなとき、
ふと、天に向かって伸ばす自分の手が、ぼんやりと浮かんで見えた。
「〈運命の神々よ。我の行くしるべを示し給え〉」
頭に浮かんだ文字が、言葉になって口から漏れていく。
--腹が、熱い。
マグマのような何かが、腹の中に湧き上がって来る!
「ぐっ……」
なんだ!?
何かが俺の胃を広げている!?
苦しい! 気持ち悪い!!
--死ぬのか?
俺は、飯も食えないまま、死ぬのか?
「……っはっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
そんな思いとは裏腹に、降り注ぐ雨は冷たく。
遠くを歩く人々の、ガヤガヤとした声が聞こえる。
【南門の前にある小さな宿屋。その裏道でタンポポの花と希望の道を開け(100%)】
目の前に、金色に輝く文字が浮かんでいた。
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