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〈32〉 ダンジョンにお金を求める!

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 だからなんだ、って感じだけど。

 蟻は、全体的に丸くて目も大きいせいか、どことなく可愛くも見える。

 腕には武器もあるし、どう見てもグリーンスライムより厄介な相手だ。

「リリ! 悪いけど、飛び出せるように待機しといてくれ!」

「はい! 任せてください!」

 1人でやるとか言ったけど、俺なんかじゃ無理そうだからな。

 見栄なんかより、命の方が大事だ。

 そんな思いを胸に、鉄の棒を握り直して、蟻の前へと突っ込んでいく。

「キシャァアアア!!」

 鳴き声は、見た目に反して気持ち悪い。

 蟻が動くたびにギチギチと堅い物が擦れ合うような音が聞こえていた。

「先手必勝!」

 動きが鈍い蟻の背後に回り込んで、艶のある後頭部に、鉄の棒を叩き込む。

 ガツンと鈍い音がして、両手に強い反動が返ってくる。

--硬い!

 艶のある見た目からある程度予想はしていたが、それ以上だ。

 全力じゃなかったとは言え、どう見ても効いていない。

「なっ!?」

 不意に大きな目がこちらを向き、蟻がスコップを片手に持ち替えた。

 ゾワリとした殺気が、全身を駆け抜ける。

「離れて!!」

 彩葉の声が聞こえるけど、間に合いそうもない。

 蟻の体がグルリと回り、少しだけ遅れてスコップが迫ってくる。

「ご主人様!!」

 悲鳴のようなリリの声を聞きながら、足にグッと力を込める。

 そのまま、スコップを持つ手を目掛けて飛び込んだ。

「ごふっ……!!」

 腹が痛い!

 ぶつかった衝撃が腹を突き抜けて、息が詰まる。

 それでもしっかりと腕に力を入れて、蟻の腕に抱きいた。

 死ぬほど痛いが、スコップで斬られるよりはマシだ。

 そんな思いで、目の前にある腕の隙間に、鉄の棒を差し込む。

「グギギギギギ」

 歯ぎしりのような音が聞こえて、蟻が暴れる。

 だけど、ここで腕を離すわけにはいかない。

「り、り……」

「!! はい!」

 痛みのせいで声が掠れていたが、どうにか聞こえたようだ。

「倒れてぇえええええ!!!!」

 焦りを滲ませながら走ってきたリリが、お辞儀でもするかのように、鉄の棒を叩き付ける。

 ベコンと潰れる音が周囲に響き、もがいていた蟻から力が抜け落ちた。

 俺が必死に押さえていたスコップも、カランカランと地面を転がっていく。

「はぁ、はぁ、はぁ……、やり、ました……?」

 折れ曲がった鉄の棒を握り締めたリリが、肩で大きく息をする。

 動かなくなった蟻を見下ろして、何かに弾かれたように、ハッと顔をあげた。

「御主人様!! お怪我は!?」

「大丈夫。腹がちょっと痛いくらいだから」

 骨が折れている感じもないし、息が詰まったのも一瞬だけだった。

 なにより、どこも斬られてない。

「本当ですか!? ほんとうに、ほんとうに大丈夫ですか!?」

 そのまま駆け寄ってきたリリが、俺の腹や腕をペタペタと触る。

「心配かけた」

「いっ、いえ、無事でよかったです」

 目尻に涙を浮かべたリリが、ホッとした笑みを浮かべて、ペタンととその場に座り込む。

「ごめんなさい。気が抜けちゃったみたくて……」

「いや、俺が悪いんだしな。ちょっと休憩するか」

 俺もその場にどっしりと腰を下ろして、ふぅと一息入れる。

 今更ながら、相当焦っていたらしい。

 斬られそうになった恐怖が、嫌でも脳内を過っていた。

「リリさんの言う通りだよ、まったく……。死んだかと思ったじゃない」

 いつの間にか近付いていた彩葉が、ペシっと俺の頭に手を乗せる。

「まぁでも、格好良かったよ。さすがはギルマスって感じかな! リリさんも強いし!」

 でも、ハラハラしたわー。なんて口にしながら、ゴソゴソとローブの中を探っていた。

「あれ? どこやったかなぁ?」

 なんて言いながら探し当てたのは、透明な2本のナイフ。

 1本の持ち手が、俺の方を向いていた。

「貸したげる。手作りだから切れ味はあんまりなんだけど、お兄さんには鉄の棒より合うんじゃない?」

「いいのか?」

「もちろん。消耗品だから、いっぱい持ってるし」

 言葉通りに、1本、2本と、服の中から取り出して見せてくれる。

 手のひらより少しだけ大きいサイズで持ちやすく、刃の形状もキレイだ。
 
 軽くて、使い易そうに見える。

「手作り? これが?」

「そ。私の手作り! こう見えて魔力持ちだからねー」

 えっへんと胸を張った彩葉が、ドヤ顔で笑ってみせた。

 スライムの肉には、魔力を流すと固まる性質があって、このナイフもそうやって作ったらしい。

「露天なんかで使ってる袋は、水でのばしたあとで固めたりしてるから正確には違うんだけど、まぁ、あんな感じ!」

「……なるほど」

 詳しくは知らないが、安く大量に作れるのだろう。

 ペラペラの袋と同じたど聞くと、なんだか心許ないが、重たい鉄の棒よりは使い易そうだ。

 断る理由はないな。

「有り難く使わせて貰うよ」

「どうぞー。あっ、壊したら500ルネンで買取お願いね。さてと、仕事しますか!」

 くるりと背を向けた彩葉が、透明なナイフを握って、倒したばかりの蟻に近付いていく。

 どうやら、ナイフの販売が目的だったらしい。

 耐久性がどれだけあるか分からないが、500ルネンなら安いな。

「にしても、本当にすごいよねー。頭以外はすべて無傷とか、腕が鳴るわ!」

 そう言って、彩葉が蟻の胴体をコンコンと叩く。

 軽く腕捲りをして、関節の隙間に透明なナイフを突き立てた。
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